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切ない ―後宮に消えた忠誠と復讐の記録―  作者: 雪燈
第2章 欲と愛が交差する後宮
7/9

第7話 皇帝の噂

※本作には、心理的に重い描写や残酷な表現が含まれます。


苦手な方はご注意ください。

後宮では、人が減る。

誰も数えないだけで。


それは事件でも、事故でもない。


ただの出来事として、静かに処理される。



夜。


洗濯場の奥、湿った空気が溜まる場所で、声はひそやかに交わされていた。



「……ねえ、昨日の子、戻らなかったんですって」



布を叩く音。


水を絞る音。


それらに紛れるように、軽い調子で言葉が落ちる。



「西殿の?」



「そう。夜伽に呼ばれてた子」



「……ああ」



それだけで、察したような間が生まれる。



「泣いたらしいわ」



誰かが言い、


誰かが、鼻で笑った。



「また?」



「だって仕方ないじゃない。怖いでしょうよ」


「……でも、本当かしら」


「見た人はいないのよね」


誰も確かめようとはしない。

それでも、声は続く。



「陛下、泣く女がお嫌いなんでしょう」



「ええ。声を上げるのも」



「命乞いするのも」



「――生きたい、って顔をするのも」



雪瑶の指が、布の端を強く掴んだ。



生きたい、という顔。



それは、ここでは許されない。



「最初から分かってることよね」



「そうそう。だから、あの子が悪いのよ」



「……悪い、かしら」



一瞬、迷うような声がした。


だが、すぐに別の声が被せる。



「悪いわよ。だって陛下を不快にしたんだもの」



「……でも、あの子まだ十六だったのよ」



誰かが、小さく息を吐いた。



「次は誰かしら」



その言葉に、軽い笑いが混じった。



次。



それは、順番の話だった。



雪瑶は、俯いたまま、黙々と手を動かしていた。


雑用係は、聞こえていないふりをするのが仕事だ。



「ねえ、雪瑶」



不意に声をかけられ、顔を上げる。



「あなた、静かよね」



視線が集まる。


値踏みするような目。



「余計なこと、考えてなさそう」



雪瑶は、ほんの少しだけ首を傾けた。



「……恐れ多いです」



抑えた声。


感情を削いだ響き。



「そういうの、陛下が好みそう」



その言葉を聞いた瞬間、


胸の奥で、何かがはっきりと折れた。



好み。



人の生き方が、


人の生死が、


“好み”で語られる。



「気をつけなさいよ」



別の侍女が、親切ぶるように言った。



「呼ばれたら、何も考えないこと」



「何も感じないこと」



「何も望まないこと」



「それが、一番長く生きるコツだから」



長く。



生きる、ではない。


“残る”。



雪瑶は、静かに頭を下げた。



「……心得ます」



その言葉は、嘘ではなかった。



この場所で、生き延びるには、


心が邪魔だった。



夜、寝台に横になっても、


昼に聞いた声が、耳の奥で繰り返された。



泣いたら、消える。


願ったら、終わる。


生きたいと顔に出したら、許されない。



皇帝。



まだ、会っていない。


それでも、もう分かっていた。



きっと、人を壊すことに慣れている男なのだ。



姉は、


こんな場所で、


こんな空気の中で、


声を奪われ、消えていったのだ。



雪瑶は、瞼を閉じた。



――許さない。



それは誓いではない。


叫びでもない。



ただ、深く沈めた感情だった。



皇帝に会うその日まで、


憎しみは、沈めておけばいい。


……顔も知らない相手を。


もう憎んでいる。


次回更新は【金曜日22時】を予定しています。


よろしくお願いいたします。

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