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切ない ―後宮に消えた忠誠と復讐の記録―  作者: 雪燈
第2章 欲と愛が交差する後宮
6/8

第6話 消えた名

※本作には、心理的に重い描写や残酷な表現が含まれます。


苦手な方はご注意ください。


後宮では、物が消える。


簪、布、薬、

そして――人。


雪瑶がその噂を聞いたのは、

妃の宮へ向かう回廊の掃除を命じられた朝だった。


「昨日までいた子がいないの」

「誰?」

「名前……何だったかしら」


その言葉に、誰も困らなかった。

名を覚えていないことは、

罪にならない場所だからだ。


昼過ぎ、騒ぎが起きた。


「薬箱がない!」


声を上げたのは、

病を抱える若い妃付きの侍女だった。


「昨日まで、ここに――」

「盗まれたに決まってる!」


視線が、一斉に下に向く。

下女たち。


雪瑶も、その中にいた。


「新人が怪しいわ」

「顔だけは良いしね」

「最近、うろついてたじゃない」


理由は、それだけで十分だった。


雪瑶は否定しなかった。

声を荒げることもなかった。


ただ、一歩前に出る。


「薬箱の中身は、何でしたか」


場違いなほど、静かな声だった。


「……滋養薬と、鎮痛の粉」

「粉は、布で包まれていましたか」


侍女が一瞬、目を瞬かせる。


「ええ……白い布で」


雪瑶は視線を回廊の隅へ移した。

香炉の影。

風の通り道。


「昨夜、雨が降りました」

「……それが何?」


「粉薬は湿気を嫌います。

 盗むなら、ここには置かない」


沈黙が落ちる。


「ですが、

 捨てるなら、話は別です」


雪瑶は歩き、

香炉の裏に手を伸ばした。


指先に、布の感触。


白い布。

湿って、重い。


「……ありました」


誰かが息を呑んだ。


「薬箱は、ここに隠されていました。

 中身は使われていません」


「じゃあ、誰が――」


雪瑶は、侍女たちを見回した。


「昨夜、ここを通ったのは、

 この宮に仕える者だけです」


名指しはしない。

だが、視線は一人に止まった。


若い妃の、側近。


彼女は、青ざめていた。


「……私は、ただ」

「責めません」


雪瑶はそう言った。


「けれど、

 誰かを消してまで守るものではない」


その言葉は、

後宮にとって異物だった。


結局、罪はうやむやになり、

下女が消えることはなかった。


だが、代わりに――

雪瑶の名が、残った。


「変な子ね」

「怖い」

「……でも、使える」


その夜、

雪瑶は呼び止められた。


「上からよ」


それが誰を指すのか、

まだ分からない。


ただ確かに、

後宮の空気が変わり始めていた。


雪瑶は、月を見上げる。


白く、冷たい光。


――蒼影。


名を呼ばずに、

心の中だけで呟いた。


これは、

あなたが守れなかった場所。


だから私は、

ここで生きる。


消えないために。




次回更新は【金曜日22時】を予定しています。


よろしくお願いいたします。

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