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切ない ―後宮に消えた忠誠と復讐の記録―  作者: 雪燈
第2章 欲と愛が交差する後宮
5/8

第5話 後宮の底


※本作には、心理的に重い描写や残酷な表現が含まれます。


苦手な方はご注意ください。


後宮での朝は、鐘ではなく声で始まる。


怒鳴り声、叱責、命令。

名前を呼ばれることは少なく、

代わりに「おい」「そこの」「新人」と呼ばれる。


雪瑶は、そのすべてに応える側だった。


水を運び、床を磨き、

割れた器を片づけ、

誰かの失敗の尻拭いをする。


誰の記憶にも残らない仕事。

残るのは、手荒れと疲労だけだ。


「ねえ、聞いた?」


昼下がり、洗濯場で声がひそやかに弾む。

雪瑶は黙って布を叩きながら、耳だけを向けた。


「また下女が一人消えたって」

「病死ってことになってるけど?」

「嘘でしょ。皇后様の宮でしょ、あそこ」


名前は出ない。

だが、誰のことかは分かる言い方だった。


後宮では、

消えることが日常だ。


声を上げた者。

美しすぎた者。

運悪く、誰かの機嫌を損ねた者。


「でもさ、最近変じゃない?」

「何が?」

「皇帝陛下。ずっと後宮に来てないらしいよ」


その言葉に、空気がわずかに揺れた。


「女嫌いなんでしょ?」

「妃は何人もいるくせに?」

「気に入ったら、すぐ壊すって話じゃない」


笑い声は軽い。

だが、その奥にある怯えを、雪瑶は聞き逃さなかった。


皇帝。


復讐の相手。

姉を死に追いやった、元凶の一人。


けれど今は、

まだ遠い存在だった。


「ねえ、雪瑶」


年嵩の侍女が声をかけてくる。

親切というより、値踏みの目だ。


「顔、整ってるわね。気をつけなさい」

「……はい」


「目立つとね、上に引き上げられるか、

 下に沈められるか。どっちかだから」


忠告なのか、脅しなのか。

判断はつかなかった。


夜。

粗末な寝床で横になり、

雪瑶は目を閉じる。


闇は静かだった。

静かすぎて、思い出が入り込んでくる。


白い布切れ。

触れたときの、確かな温度。


失くさないで。


その声を思い出しそうになって、

雪瑶は強く息を吐いた。


思い出してはいけない。

今はまだ。


蒼影は、もういない。

その事実だけが、雪揺をここに立たせていた。


姉の死の理由を知るために。

この後宮の底から、

真実へ手を伸ばすために。


翌朝、

雪瑶は新しい持ち場を命じられた。


妃の宮へ向かう通路。

最も噂が集まり、

最も消えやすい場所。


後宮の底は、

確かにここにあった。


そして雪瑶は、

その底から這い上がることを、

もう決めていた。


次回更新は【金曜日22時】を予定しています。


よろしくお願いいたします。


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