第4話 後宮の門
※本作には、心理的に重い描写や残酷な表現が含まれます。
苦手な方はご注意ください。
後宮の門は、思っていたよりも低かった。
凌雪は、その前に立ち、ほんの一瞬だけ足を止めた。
ここを越えれば戻れない。
そう理解していたのに、身体は驚くほど静かだった。
「名は」
役人の声に、反射的に背筋が伸びる。
「雪瑶」
用意してきた偽りの名を、淡々と口にした。
喉は渇いていたが、声は震えなかった。
「年齢」
「十八」
真実でも、嘘でも、どちらでもいい。
ここでは、誰も確かめない。
木札が放るように渡される。
「雑用係だ。
見たものは忘れろ。
聞いたことも、忘れろ。
生きたければな」
雪瑶は、小さく頷いた。
忘れることには、慣れている。
門をくぐった瞬間、空気が変わった。
甘い香の匂い。
絹の擦れる音。
遠くで、誰かが泣き、誰かが笑っている。
生きている人間の数だけ、欲がある。
その中心に、自分は入ったのだと理解した。
懐に手を入れかけて、指が止まる。
そこに、もう触れるべきものはなかった。
(……大丈夫)
胸の奥で、声がした気がした。
返事をする者のいない声。
雪瑶は、目を伏せる。
ここで欲を持てば、壊れる。
情を持った人間から、消えていく場所だと知っていた。
だから
望まないふりを、することにした。
姉を殺したもの。
一族を滅ぼした理由。
この後宮が抱える、すべての嘘。
それだけを、拾い集める。
雪瑶は歩き出す。
白い影を、心の奥に沈めたまま。
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