第15話 手放したくない者
※本作には、心理的に重い描写や残酷な表現が含まれます。
苦手な方はご注意ください。
雪瑶が再びその宮へ呼ばれたのは、三日後だった。
理由は告げられない。 ただ「前と同じ仕事」とだけ言われる。
同じ宮だと気づいたのは、庭の砂紋を見た瞬間だった。
乱れのない波。 几帳面な性格がそのまま表れているような庭。
雪瑶は何も思わぬ顔で中へ入る。
今日の役目は香炉と衣の整理だった。
だが、入った空気が少し違う。
女官たちの動きに、わずかな焦りがあった。
「帳面が合わないの」 「昨日合わせたはずなのに……」
小さな声が交わされている。
雪瑶は視線を落としたまま衣を畳む。 口は挟まない。
だが手が止まった。
香袋の紐の色。 並び順。 保管札の向き。
一つだけ違う。
雪瑶はそっと直す。 何事もなかったように。
それだけで帳面の数が合った。
「あれ?」
女官が目を瞬かせる。
「合ってる……?」
誰が直したのか気づかないほど、静かな修正だった。
騒ぎはそれで終わる。
雪瑶は何も言わず下がろうとする。
その時。
簾の奥から声がした。
「今日は、滞りなく進んだのね」
柔らかい声。 だが、確かめるようでもあった。
「はい。問題ございません」
側の女官が答える。
少し間が空く。
「……そう」
それだけ。
だがその一言に、安堵が混じっていた。
廊下へ出た後。
女官の一人が小声で言う。
「さっきの、あなたが直したの?」
雪瑶は首を横に振る。
「触れておりません」
嘘ではない。 直しただけだ。
責任を取るほど触れてはいない。
女官は不思議そうにしながらも、それ以上聞かない。
その日の帰り際。
簾の内から、ふいに言葉が落ちた。
「その子」
雪瑶は足を止める。
「また来てもらえる?」
命令ではない。 希望に近い響きだった。
年嵩の女官が頭を下げる。
「手配いたします」
それを聞き、簾の向こうは静かになる。
夜。
宮の女官同士の会話。
「あの子がいると、なぜか乱れないのよね」
「目立たないのに」
「雑に扱わないし」
一人がぽつりと言う。
「常に置けたら楽なのに」
誰も否定しない。
その沈黙が答えだった。
その頃。
恵玉は灯りの下で帳面を閉じる。
何気ない顔で言う。
「……他の宮に行ってしまうのは、少し困るわね」
独り言のようで、独り言ではない。
側の女官は深く頭を下げた。
「心得ております」
雪瑶はまだ知らない。
自分が “便利”ではなく “必要”として見られ始めたことを。
そして——
静かに囲われつつあることを。
次回更新は【金曜日22時】を予定しています。
よろしくお願いいたします。




