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切ない ―後宮に消えた忠誠と復讐の記録―  作者: 雪燈
第2章 欲と愛が交差する後宮
12/15

第12話 選別

※本作には、心理的に重い描写や残酷な表現が含まれます。


苦手な方はご注意ください。


禁薬の報告から数日後。 雪瑶の仕事は何も変わらなかった。


朝は水を運び、 昼は廊を磨き、 夜は香炉の灰を片づける。


褒美も、昇格もない。


だが違うのは、周囲だった。


「ねえ、本当に呼ばれたの?」

「何を聞かれたのよ」

「褒美は?もらったんでしょ?」


雑用係たちが囁く。


期待と羨望。 中には、露骨な嫉妬も混じる。


「私も呼ばれるかしら……」

「見つけたのがあの子なだけよ」


雪瑶は答えない。


呼ばれることが 良いことばかりではないと知っている。


ただ黙って桶を運ぶ。


それ以上、何も言わない。


その態度が逆に、 周囲の想像を膨らませた。


以前より指示が直接届くようになった。


「これを運びなさい」

「触る前に確認を」


年嵩の女官が時折、様子を見る。


——試されている。


雪瑶は余計なことをしない。 聞かれたことだけ答え、 言われたことだけ行う。


それが一番、生き残れる。


その日。


雪瑶はある妃の宮へ使いに出された。


位の高い妃だとだけ聞かされる。


宮に入った瞬間、気づく。


華美ではない。 だが、隅々まで手入れが行き届いている。


調度は控えめなのに、 ひとつひとつが質の良い品。


無駄がない。


落ち着く香が、ほのかに漂っていた。


強くない。 ただ、静かに残る香り。


人が穏やかに過ごす場所の匂いだった。


——慕われている宮なのだと分かる。


箱を抱え、静かに進む。


宮の前で女官に止められた。


「そこへ置いて」


指示通りに置き、下がろうとした時。


「待ちなさい」


簾の奥から声がする。


柔らかく、穏やかな声。


雪瑶は膝をつき、顔を伏せる。


「その子?」


「はい。ただの雑用係です」


沈黙。


「……そう」


それだけ。


だが視線を向けられている気配があった。


姿は見えないのに、 値踏みされていると分かる。


「丁寧に運んでいたわね」


「恐れ多いことにございます」


「物を粗末にしない子は嫌いではないわ」


優しい声だった。


だがどこか、冷えた響き。


「下がっていいわ」


解放される。


雪瑶は深く礼をして下がった。


廊を離れたところで、 年嵩の女官が待っていた。


「何を聞かれた」


「何も」


「何を言われた」


「丁寧だと」


女官は小さく息を吐いた。


「……目に留まったわね」


雪瑶は何も返さない。


目に留まることは、 選ばれることと同じ。


そして—— 落とされる候補にもなる。


その時、ふと気づく。


最近、姿を見ない雑用係がいる。


昨日まで隣で働いていた娘。


「あの子は?」


思わず口にすると、 近くの若い女官が目を伏せた。


「……知らない方がいいわ」


それ以上、誰も話さない。


まるで最初から いなかったかのように。


後宮では、 人が音もなく消える。


理由も、痕跡も残らない。


消えれば終わり。


復讐も、真実も、 何も届かない。


——まだ、消えるわけにはいかない。


何も果たしていない。


何も終わっていない。


その夜。


見慣れぬ女官が名簿を持って現れた。 どの宮の者かは分からない。 雪瑶の名を指でなぞり、小さく頷いた。


書き換えはしない。


ただ確認するだけ。


——選別は、もう始まっている。


雪瑶はまだ知らない。


あの声の主の名も、 自分がどこへ振り分けられるのかも。


ただ静かに、 命じられた仕事を続けるだけだった。


——消えないために。



次回更新は【金曜日22時】を予定しています。

よろしくお願いいたします。




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