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第五十話

-A.K.S.P. 指揮官室-


 一連の事件が解決し数日経ったその日、即応部隊であるA.K.S.P.は当然解散となり、各々元の部署へ戻るべく着々と荷造りを進めていた。西川も同じく部屋で一人荷物を詰める。

 すると部屋の扉が軽く叩かれた。西川がどうぞと促すと、徳屋を筆頭に十人の男女が部屋に入ってきた。

「あら、見かけない顔が一緒なのね。その人達、右半分は監察、左半分は公安かしら?」

「よくわかりましたね」

「そんだけ禍々しい嫌われ者オーラを発していれば、警察官なら馬鹿でも気付くわよ。それで、用件は何?」

 言いつつ日が差し込む窓に寄りかかり、腕を組んだ。西川なりの聞く態度である。

「あなたに渡した捜査資料、あれには続きがあります」

「長官の件?」

 徳屋は黙って頷き、西川に資料を一部差し出した。タイトルは"西川警視長に関する報告"とある。

「これが続き?」

「むしろ発端と言うべきでしょうか、この一連の事件、全てあなたの差し金でしょう?」

「……さすがね」

 西川は口元に冷たい笑みを浮かべた。それには構わず徳屋が続ける。

「あなたは自身の人脈を通じ私設武装組織ロシアの荒熊へ、そして旧ソ連崩壊時の退役軍人の集まりだった組織を通じ軍のタカ派へ日本への侵攻を提案した。既に関わった外務省や外事、内閣府の人間を拘束して裏も取れています。ロシアも公式か非公式かはわかりませんが当局が動くでしょう。」

「本当に仕事が早いわね。そう、その通りよ」

 西川は悪びれもせず、ただ名前を聞かれそれに返事すかのようにあっさりと、すぐに肯定した。

「せっかくだからなんで気付いたか教えてくれる?」

「結城巡査部長の事件の時です」

 徳屋が挙げたのは、警視庁の警察官がA.K.S.P.のサーバーをハッキングし、逃走した際に羽田で射殺された事件だ。西川は考えを巡らせる。あの事件に自分に繋がる様なミスはなかったはずだ。

「あの時あなたの要請に従わずSATは動いた。とするならばあなたより上の人間が指示を出した事になる。当然SATは頑として口を割りませんでしたが、公安と監察が本気で調べれば一発です」

 公安などはさておき、対外的にはもちろんだが、身内に対する情報セキュリティーなど有って無い様なものだった。それ故に長官まで繋がることは西川にもすぐ納得できる。

「それに結城巡査部長の言葉と合わせて考えれば、黒幕と言われていたのは長官であることも察しがつきます。調べてみれば二人は遠縁の親類にあたり、結城巡査部長は少年時代のハッキング犯罪を揉み消してもらっているようでした。おそらくそれをネタに脅され利用された挙句に消された」

「それで?」

 西川は急かすように一度言葉を区切った徳屋に続きを促す。そんなところまでは言われずとも概ね。わかっていたのだ。自分が徳屋に焦らされ、そしてまんまと焦れてしまっていることに少しばかり腹が立つ。

「調べを進め長官とあの女、そしてあの女を通じてロシアの荒熊との繋がりが判明しました。しかし国際テロリスト(国テロ)相手となると我々の情報収集能力にも限界があります。そこでアメリカの友人に協力を頼み、あなたと組織の構成員が繋がっていると判明したんです」

「そんなくだらない事でねぇ……」

 西川は溜め息一つついて天井を仰ぎ見た。本当にくだらない。あの老いぼれは一体どれだけ迷惑をかければ気が済むのか。そして徳屋とカンパニーとの繋がりに気付けなかった自分も、間抜けすぎていっそ笑えてくる。

「あなたも経歴の為ですか?」

 徳屋の問いに西川は堪えかねた様に笑い出す。不気味な高笑いが部屋を包む。

「そんな浅はかな考えで私がこの事件を起こしたと言うなら、所詮あなたもそこまでの人間よ」

「では何故こんな事を起こしたんですか!」

 西川の目つきが一段と鋭くなる。徳屋を除いたメンバーは、感じたことのない独特の威圧感に気圧された。

「これは革命なの。未だに全国統一捜査機関も作れず、これだけテロが身近になってまだ、警察と自衛隊の協力態勢の構築もできない。何か起きてからじゃなきゃ動かないというのなら、何か起こすしかないじゃない。見てみなさいよ、事実今臨時国会で法整備の緊急閣議が行われているそうよ」

「ふざけるな!その裏で警察官だけでなく小さな子供まで一体何人が傷付いたと思っているんだ!」

 徳屋が思わず声を荒げる。しかし西川は全く意に介さず静かに続けた。

「革命に犠牲は付き物よ?この小さな犠牲でこの先いくつもの犠牲がなくなるのであれば無意味ではないんじゃない?」

 徳屋はわが耳を、脳を疑った。今この女は何を言った。明晰な頭脳など無意味、良識を取り払わなければその言葉は噛み砕けなかった。不完全ではあれど、それでも短くも長い歴史の中でその蛮行を繰り返さないために高度に民主主義というシステムは作り上げられてきた。そしてそれが十全に浸透している現代社会において、まだこんな考えの人間が、しかも国の中枢に、しかも同じく逮捕された連中も少なからず賛同していたであろうから何人も、まだまだいることにただたた驚かされた。

 そして何より――

「小さな犠牲だと?あれが小さな犠牲であるものか!あんた狂ってるんじゃないか?」

「狂ってるのはこの国よ。政治も国民も、これだけの事件が起きようと、未だ他人事な人間はごまんといるわ。誰かが目覚めさせなきゃいけないのよ」

 西川は淡々とさらに続ける。それはもはや独白だった。

「正直あの女が勝手に事件起こしたのはラッキーだったわ。お陰で予定より早く部隊の結成に着手できた。簡単だったわよ。トップが事件の拡大を望んでたから簡単に頷いてくれたし、そうなれば他の日和見主義の年寄り達は追随するしかないからあっという間だった。それに加えてあの弱腰でしょ?部隊の長に自ら名乗りを挙げたら自分達の責任を恐れて二つ返事だったわ。滑稽なものよね、私の掌の上で転がされてるとも知らずに」

 そこでまた一つ溜め息をつく。実に芝居がかっていて鼻についた。

「いろいろハプニングはあったけど予想の範囲内だし、欲しかった結果も得られた。一つミスがあったとすればあなたを迎え入れたことね、徳屋警視正」

 西川は徳屋に歩み寄りそっと頬を撫でようとする。

 しかし、その手は邪険に振り払われた。

「私のこと嫌いになった?」

「えぇ、たった今。その口ぶりだと私が真実を暴かなければ警察官を続けていたように聞こえます。もし、暴かれずとも職を辞し命をも絶つような覚悟があれば、これからも私はあなたを敬愛したでしょう……。残念です」

 平静を装っていた西川の顔に、刺されたような痛ましい表情がわずかに滲む。

「西川警視長。外患誘致罪で逮捕します」

 小さな金属音をさせ手錠が西川の細い手首を締め上げる。自らが手にしていた時には感じなかった重みが、ずしりとのしかかった。それでもさらに表情を崩すことはなく、毅然とした態度のまま徳屋の部下に連れられ部屋をあとにした。

 部屋の中には徳屋と、以前終電の車内で封筒を置いていった女性が残った。

「これからどうなるんですかね……」

 微かな声で発せられた女性の問いに徳屋が答える。

「とりあえずあの二人はそのまま外患誘致で裁かれる。一時は上層部が別件起訴で隠蔽し、自分達の失態をうやむやにした上で、ロシアに政治的取り引きをしようとしたらしいが、ロシアが早々と軍部の暴走と一連の謝罪を表明した。弱みを握られるのを嫌ったんだろうな、ロシアらしい。完全に先手を打たれた以上こちらも全てを明かすしかない。となれば上層部の首はもう何人か吹き飛ぶだろうな。加えて言えば、これから数年は日本警察の信用が、いや、日本国政府の信用が地に落ちる。あの二人みたいにデカイ実績を無理に挙げず、地道に活動していくしかないな」

 女性は悲しそうで、それでいてどこか悔しそうな表情で徳屋に向かい一礼し、部屋を出た。

 最後まで残った徳屋は西川の席にゆっくり腰を下ろす。

「……それにしても残念だった。こんな大それたこと自分で手を下すなんて愚かしい真似を……。あなたみたいな利口な人間なら他人にさせるよう仕向けることもできただろう……。俺のようにね」

 徳屋は喉の奥でくつくつと静かに笑った。

長らくお待たせ致しました。ようやく完結です。ここまで読んでくださった皆様に深く御礼申し上げます。ありがとうございました

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