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第四十八話

-貨物船内-


 床野が異変を伝えた船を捜索していた山地らは、更なる捜索を進めて残すところ一室としていた。足音を忍ばせ息を殺し、静かに狭い階段を下り通路を曲がると、ちょうど向かいの角から黒いアサルトスーツに身を包んだ一団が現れた。互いに互いを一瞥した瞬間に、持っていた銃を構える。しかし、その胸に付いたワッペンを見てすぐにそれぞれ銃口を下げた。

「A.K.S.P.か」

「榊隊長、またお会い……」

 山地はそこで言葉を区切る。何か来る。そう言って再度銃を構え直し振り向いた。通路の角から姿を現したのはまたしても黒いアサルトスーツの集団。

「警察だ!」

「SBUだ!」

 互いの名乗りは同時だった。

「……SBU?」

 山地は聞き覚えのない単語を復唱した。

「そいつらはSBU(特別警備隊)。海上自衛隊の臨検部隊だ」

 答えたのは榊。それにSBUの隊長らしき男が続ける。

「SBUの篠田だ。マイナーかつ実戦のない部隊だが訓練量だけは誇れる。何か不満か?」

 山地は黙って首を横に振って見せた。日本の特殊部隊が実践を知らず訓練漬けの日々になるのは、ここに来る前の自分が経験している。そしてその日々が今嘘をついていないことも。

「お二人さん、そろそろ急ごう。中が慌ただしい、声が聞こえたようだ」

 榊はそれだけ言って最後の部屋の扉を開け、中にフラッシュバングを投げ入れ扉を閉める。ドアの僅な隙間から眩い閃光と激しい爆発音、それに紛れて小さな悲鳴が漏れでてきた。三組は互いに頷き、今度は山地が開けた扉の向こうへなだれ込む。

「警察だ!」

「SSTだ!」

「SBUだ!」

 決して広くはない部屋の中には五人の男がいた。三人の威嚇に気圧されつつも、すかさず銃を手に取る。しかし三組共そこで引き金を引かせるような部隊ではない。数発の銃声を響かせただけで、男達はすぐに無力化された。

「にしてもなんだこの部屋は……」

 山地は男を拘束しながら部屋を見渡す。様々な機器が部屋中に所狭しと埋め込まれ。異様な雰囲気を醸し出している。

「さながら戦闘指揮所(CIC)だな」

 篠田が答える。

「他は全てチェック済みだ。考えられる異変の原因はここしかないが……」

 そう言いつつ榊が拘束した男を引っ立てようとすると、男は倒れこむようにして肩で機器に付いていたボタンの幾つかを強引に押した。

「貴様!」

 榊の声を掻き消すように、部屋を機器が発するアラームの音が占拠する。山地と篠田が捕まえた男を部下に任せて音の発生源とみられる機器に駆け寄る。ボタンはこの貨物船と思われる船の甲板が描かれたパネルの上に整然と並べられ、どうやら中央に配置されたものが押されたらしく、そこだけボタンが点灯していた。

「なんだこれは……」

 山地の眉間にシワが寄る。

「VLS……」

「え?」

「垂直発射装置……。つまり、ミサイルの発射装置かもしれない!」

 篠田の推測を肯定するかのように、船が小刻みに揺れ出した。急場の改造だったのだろう、船の構造が発射の衝撃に耐えられないのだ。

「まさか……、奴ら東京にミサイルぶち込む気じゃ……」

「東京だけならいいが……」

 そう言って無線を取り出した篠田は、誰に連絡をしているのかと尋ねる山地に、静かに笑って女神の盾だと答えて無線を繋げた。


-東京湾上 護衛艦きりしま-


 ギリシャ神話の最高神ゼウスが、娘アテナに与えたあらゆる邪悪、災厄を払う盾、Aegis(アエギス)が名前の由来となった高性能対空レーダーを搭載する艦船。イージス艦。その海上自衛隊所有艦であり、東京と千葉の丁度中間、まさしく東京湾のど真ん中で待機していたこんごう型二番艦のきりしまに支援要請が入った。

「副長、臨検中のSBUより支援要請。該船、ミサイル発射の可能性有。以上」

「了解、CIC艦長に伝達せよ!」


-きりしま CIC-


 薄暗いCICの艦長席に座る恰幅のよい男性。誰であろう護衛艦きりしまの艦長である。彼の元に艦橋から通信が入った。情報を受けた通信士が艦長に向き直る。

「艦橋から通達。臨検中のSBUより支援要請。該船よりミサイル発射の可能性有。以上」

 その時、レーダーに反応があった。対空戦担当の砲雷科員が目標接近を知らせる。

多機能レーダー(SPYレーダー)目標を探知。三十度、六機。接近体勢、まっすぐ近づく。」

 攻撃指揮官がすかさず対空戦闘用意の発令を艦長に確認し、艦長がそれを承認する。攻撃指揮官が手元のスイッチを押すと、艦内に警報が鳴り響き各員が持ち場に走った。それからすぐに配置完了の報が届く。

「各部、対空戦闘、用意よし」

「攻撃します!」

 攻撃指揮官の迎撃確認に艦長が応じる。遂に実戦だ。

「対空戦闘。近づく目標、短SAM攻撃始め」

 攻撃指揮官の指示をミサイル発射担当の砲雷科員が復唱し、発射体制を整える。

「発射用意。撃て!発射(バーズ アウェイ)

 砲雷科員が目の前の機器を操作する。そこからは全自動で、前部甲板では主砲と艦橋の間にあるVLSが、その口を各目標一発ずつ計六発のミサイルを撃ち出した。艦橋ではその様子をしかと見届ける。

「短SAM発射、正常飛行」

 双眼鏡の奥でさらにミサイルが遠く離れ小さくなっていく。

 一方のCICでは目標と迎撃ミサイルの軌道を追っていた。

迎撃(インターセプト)十秒前。……五、四、三、二、一。命中(マークインターセプト)

 目の前の緑色のレーダー画面に映る五つの目標と、それを追尾していたミサイルの反応がほぼ一斉に消滅した。CICの中でそこかしこからどよめきが上がる。今撃ち落としたのは模擬弾ではない。自らか、さもなくばこの国のどこかを狙い、大勢の人を葬ろうとしていた敵のミサイルである。しかし、当然ながら自分達は訓練通りのいつもの手順で、いつもの動作だった。その大きなギャップを埋めきれずにいたのだ。

 しかしこれで終わりではない。

「第一目標から第五目標撃墜。目標残り一機、まっすぐ近づく!」

 対空戦担当が叫ぶ。そう、生き残りがいたのだ。それに冷静に攻撃指揮官が続く。

近接火器防御システム(CIWS)による攻撃始め」

「CIWS撃ち方始め!」

 今度は砲術長が攻撃指揮官の指示を復唱しCIWSの射撃を開始する。艦橋に設置されたCIWSは、毎秒七十発以上というハイペースで、目標と自らが放った弾丸の両者を自動追尾しながら、その軌道を微調整しつつ狂ったように唸り声をあげ、ミサイルへ向けて弾丸を吐き出した。

 その直上にある艦橋では、けたたましい射撃音に包まれながら迫る目標を探していた。

「目標視認!」

 ミサイルはほかでもなくきりしまに向かって真っすぐ飛翔している。副長は自らも双眼鏡をのぞき、ミサイルをしかと見つめた。今までにも死ぬような思いはしてきた。しかしそれとは全く異質の死が、今まさに目の前に迫っていた。それは鎌を振りかざし迫る死神のように見えた。

 しかし、正面から降り注ぐ雨のような弾丸を受けたミサイルは、きりしまを目前に細い体をひしゃげて爆散した。CIWSの放った弾丸と違い、ミサイルの破片が力なくきりしまの船体に降り注ぐ。

「撃ち方止め、第六目標撃墜」

「全機撃墜、近づく目標なし」

「至急各部点検開始。また、臨検は終了したと思われる。よってこれ以上の攻撃は無いと考えられるが、念のため対空警戒を厳とし、作戦終了まで現海域で待機する」

 艦長はそう宣言し、下士官達に見えないように汗をぬぐった。

 よもやまさか実戦を経験するとは。今回はミサイルという無機物だったが、自らが放たせたミサイルと砲弾の先に人がいたら、自らは同じように命令を下せたろうか。それともたった一回の命令で慣れたように、あっという間に無頓着になってしまうのだろうか。答えはなかなか出ない。

 眉間を抑え目をつむる艦長の手で光る拭われた汗を、後ろに立っていた船務長は見なかったことにした。


-東洋貿易 埠頭-


 捜索の着手から僅か一時間という早さで敷地内を制圧し、残すは埠頭にそびえ立つ港湾管理棟のみとなった。建物は県警、自衛隊、海保が陸海空それぞれから包囲する。

「熊田は現在屋上に一人でいます。建物内部も恐らく無人と思われます」

 上空をホバリングし続けるヘリの羽音に負けじと、徳屋が西川に向けて声を張り上げた。

「了解。これより建物内部に突入します。屋上の広さから突入するのはA.K.S.P.各班長のみとします。各部隊は周囲を包囲、万が一にも奴の逃走を許さないように願います。総員突入!」

 西川を先頭にしA.K.S.P.の各班長が次々と建物に入り階段を駆け上がる。屋上へと続く扉を蹴破り外へと飛び出ると――

「熊田……」

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