第四十七話
-東洋貿易 第三倉庫-
仲間班が通用口の前で突入の機会を窺っていると、県警機動隊の小隊が駆け付けた。
「我々が先頭を務めます」
「お願いします」
仲間班とドアの間に割って入った十六名の機動隊員は、手に黒色の大楯を構える。県警機動隊は、銃対含めチタン製が防弾性能最上級品だが、重火器を擁する敵には紙切れだ。そこで西川が独断でケブラー製の盾を緊急発注し、足りない分は県外SATやSITからかき集めた。もっとも、これをもってしてもAK-47などの火力の大きい自動小銃を正面から受け止める能力はない。入射角を調整し跳弾を狙わねばならない。ベテランの機動隊員をもってしても至難の業だ。それでもやらねばならない。誰より何より、ここで怖気づくことを自らのプライドが許さない。血の滲む様な思いをした訓練は生きて帰るためのものだ。
それぞれ装備を最終確認して突入に備える。
「突入用意。……三、二、一、突入!」
先頭の小隊長の合図で機動隊員の一人がドアを蹴破り、一気になだれ込む。それと同時に、あちこちから銃弾が飛んできた。発砲音は重く、種別まで特定はできないがおそらく小銃のそれである。一撃で抜かれることはないにせよ、盾が破られるのは時間の問題なのは確実だ。
倉庫内は照明が焚かれておらず、明かりとりの窓も少ないため、視界は無いに等しい。床や周囲に置いてある物、機動隊の持つ盾に無数の小銃弾が浴びせられ続ける。仲間らは、銃声のする方へ発砲してみるが手応えがない。
「このままじゃ手詰まりね……」
仲間が機動隊員の後ろに身を寄せ、空になったマガジンを換えていると、突然明かりとりの窓が割れだした。
「何?」
「うちのSATです!」
機動隊の小隊長が叫ぶ。
「ついさっき応援要請出したんですけど、まさかこんな早いとは」
「さすが、最高の援軍よ」
やはりその道のプロといったところか、暗闇の中でも的確に射撃しているらしく銃声は半減。それどころか仲間達に向かってくる銃弾に至っては皆無となり、半ば茅の外といった様子だ。この隙に乗じ、さらに奥へと進もうとすると、大きな機械音と金属の軋むような音をたて、屋根が真ん中から裂けるように外側へと開いていく。開いた屋根から射し込む日の光によって、ようやくこの倉庫に仕舞われていた物が目視できた。
「仲間さん……、これって……」
「戦闘ヘリ……、よね?」
特徴的な二重の回転翼、両側の小翼にはいくつものミサイル、機首には機銃が取り付けられ、実際にこれが一体何と言うヘリなのかはわからずとも、素人目にも普通のヘリではないことがわかる。
「しかも二機ありますよ!い、急いで陸自に連絡を……」
班員が無線を繋いでいると、どこからともなく男が二人走ってきてヘリに飛び乗った。
「まずい!ヘリに人が乗り込んだ!ヘリ狙って!」
仲間はコックピットを狙い撃つが、機関砲弾をも防ごうかという機体に拳銃弾では歯が立たない。
やがてエンジンがかかり、主翼の回転数が上がり、吹き荒れるダウンウォッシュで目を開けているのも辛くなる。ヘリはその体をふわりと宙に浮かせ、一機ずつ開いた屋根から器用に飛び出していった。
-東洋貿易 上空-
BTR-Tを撃破し、次の標的を探していたアパッチに乗る芝と小野に、仲間班の班員から無線が入った。
「第三倉庫より戦闘ヘリ二機が離陸!支援願います!」
「了解!」
小野は機体を反転させ、機首を第三倉庫へ向ける。すると、ちょうど一機屋根の間から姿を見せた。
「ホーカムか……。構わねぇ!早速一機片付ける!」
芝が操縦捍のボタンを押すと、小翼の端に付いていたサイドワインダーが勢いよく飛び出す。数十メートルしか離れていない通常ではあり得ない超至近距離射撃だったが、こちらの発射とほぼ同時にチャフとフレアを撒かれうまくかわされた。ヘリを、しかも戦闘ヘリを飛ばせるだけでも素人ではないが、この反応速度は間違いなく手練れだ。
「くそったれが……」
芝はチェーンガンに切り替えて即座に射撃するが、これもかわされる。そうこうしているうちに、もう一機が倉庫から離れ、射撃体勢に入った。形勢逆転、ニ対一の挟み撃ちである。
「回避行動に……」
小野が機体を動かそうとすると、射撃体勢に入っていたホーカムが突然フレアを撒き散らしながら旋回した。そのあとをミサイルが追いかけてきたが、フレアに誤誘導される。
「スティンガー、……か?」
小野が辺りを見回すと、事務棟の上でスティンガーを構える山戸達が見えた。
「小野、芝、手元にスティンガーはあと一発しかない。どうする、お前達の指示に従う」
そうは言われても、そもそも戦闘ヘリの本分は対地戦闘であり、対空戦闘は最低限の自衛である。本格的な戦闘は想定されておらず、まともな戦術もない。そんな頭を抱える二人の無線に割り込む声があった。
「……じゃあ素直に俺達に任せるんだな」
突然のことに困惑していると、後ろからミサイルが飛んできた。ホーカムはまたフレアを撒いて間一髪回避する。
「誰だ?」
芝が無線の相手に問う。
「航空自衛隊百里基地、第七航空団第三〇五飛行隊所属crowチーム、コードネームFA」
「それとblackだ。よろしく」
「百里?F-15か?」
「正解!」
アパッチの頭上を二機のイーグルが飛び去り、衝撃波に期待が揺らめく。コードネームFAが駈るイーグルの一番機は、空高く急上昇したかと思えば急降下を始め、ミサイルを放つ。ホーカムがまたフレアを使ってかわそうとしたところへ、至近距離から20mmバルカン砲を叩き込み再度急上昇する。ホーカムはなす術なくその体を不自然に歪めて爆散した。
「あと一機だblack!」
「すぐ片付ける」
blackは機体を旋回させてホーカムの後ろにつくと、狙いを定めミサイルを放つ。するとホーカムはフレアを撒くことなく、吸い寄せられるように尾翼にミサイルが当たった。そのままコントロールを失い、機体を大きく回転させながら東京湾へと墜ちていった。すかさず近くで警戒していた神奈川県警の警備艇が救助と確保に向かった。
「フレア射ち尽くしてたのか?」
高空から眺めていたFAが呟く。
「いや、俺が無誘導で撃った。レーザーや赤外線を照射しなきゃバレないし、チャフやフレアじゃ避けられない」
「なるほどね。勇猛果敢、支離滅裂ここに極まれり……」
小野もボソッと呟く。
「用意周到、動脈硬化なアパッチパイロットへ。全て聞こえてるぞ。捜索各隊へ、ヘリは撃墜した。これより敵航空機を発見した場合は、我々を呼び出してくれ。以上」
blackも再度上空へと舞い戻り、二機はまさしく天高く舞う鷹が獲物を探すようだった。
-関東運輸 倉庫屋上-
A.K.S.P.と神奈川県警SATの狙撃班は、周囲の建物へと散開し、狙撃支援を行っていた。床野はSATの狙撃手一人と運河を挟んで向かいにある倉庫の上から狙撃する。風は微風。絶好のスナイプ日和だった。
「自衛隊の仕事は派手だねぇ……」
スコープ越しに散り行くヘリを見つめ呟いた。
「A.K.S.P.森より床野!一番倉庫付近にてどこからか銃撃を受けてる!」
床野がそちらへ銃口を向けると、物陰に隠れ銃弾を避ける森らの姿がスコープに映る。銃弾は上から撃たれ、その射線を追うと第二倉庫の屋上で小銃を乱射する男に行き着いた。床野は小さく息を吐き、引き金を引く。放たれた弾丸は真っ直ぐ男の右肩を撃ち抜いた。
「床野より森へ。第二倉庫屋上で男が一人のびてる。確保急げ。失血死する」
「了解、助かったよ」
明後日の方向に手を降る友人を尻目に、次なる敵を探す。すると先ほどから時より吹いていた海風に、被っていた帽子が浮き上がる。
「おっと……」
床野が慌て帽子を押さえようとすると、帽子は何かに引っ張られるように吹き飛ばされた。
「狙撃だ!」
床野はとっさに倉庫の縁に身を隠す。離れた場所で狙撃していた県警のSATの隊員もそれに習う。
「どこから?」
「わからん。ただ……」
床野は傍に転がる穴の空いた帽子を隊員に投げた。海風に舞い上げられそうになった帽子を隊員が慌ててひったくる。
「あの時風が吹いた。それで微妙に弾道がずれたんだ。でなければ今頃俺は脳天撃ち抜かれてる」
「……撃てますか?」
「撃つしかない。帽子にはどう穴が空いてる?」
SATの隊員は帽子をまじまじと観察する。
「……前後を結ぶ線を中心に右約五十度から入り真っ直ぐ反対側に貫通してます」
「なら、……荷揚げのガントリークレーンだ」
床野は自分の銃を抱え、姿勢を低くして走り狙撃ポイントを変えた。レバーを引いて薬室に弾を装填する。小さく息を吐き、身を乗りだし銃を構えた。スコープの向こうのクレーンの上に、こちらに銃を向ける男が一人。
その瞬間床野は確信した。
目が合った。
狙いを定め互いに引き金を引く。床野の放った弾丸は真っ直ぐ男の肩を撃ち抜き、男の放った弾丸はスコープを貫通し床野の頬を掠めた。
「床野さん!」
「大丈夫だ。A.K.S.P.床野より捜索隊。ガントリークレーン操縦席の上にいた狙撃手を無力化。至急確保願う」
「神奈川三班了解、確保に向かいます」
床野は縁にもたれかかり、撃ち抜かれたスコープを付け替える。潮風が頬の傷に染みた。するとスコープを替えるカチャカチャという金属音に混じり、どこからともなく低いモーター音が聞こえた。床野は姿勢を低くしたまま身をのりだし辺りを伺う。すると、停泊していた貨物船二隻のうちの一隻の甲板で、何かの蓋が次々開いていた。
「床野より貨物船臨検中の各隊へ。甲板に異変あり。至急確認されたし」