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第四十五話

-A.K.S.P. 会議室-


 指揮官が新城へと替わって一ヶ月。目立って事件もない代わりに、機動隊による再三の山狩りは全て空振りに終わり、何の手掛かりも無いまま始めたアジト捜索も難航を極めていた。

「何故見つけられん……」

 ただ捜査資料を眺めるばかりの新城の元に、一本の電話が入る。電話を取ったのは、あのあと情報技官として半ば強引に居座った赤橋だった。

「佐渡島へ向かう佐渡汽船のフェリーからシージャックの緊急信号を受信したと海保から連絡。乗客には地元の中学生が含まれ、熊田から犯行声明が出てます」

「よし、すぐに捜査員を……」

 新城の指示を出す声を遮るように、それでいて示し合わせたように電話が一斉に鳴り出した。

「千代田区の関東ガス本社が熊田らに占拠されました!」

「茨城の宇宙航空研究開発機構(JAXA)で熊田のグループによる立て籠り事件です!」

「高知の小学校で熊田によるものと思われる暴行事件発生!」

「鹿児島空港で駐機中の旅客機がハイジャックとの連絡!」

「男児暴行事件二件発生!警視庁より応援要請です!」

「島根の大学で熊田のグループと名乗る集団が立て籠り!」

「福島で男児の連れ去り。熊田に似た人物が目撃されてます!」

「台場のふ頭に停泊していたタンカーから熊田らに乗っ取られたと通報!」

「岐阜の男子高校でも熊田らによる立て籠りです!」

「ち、中央合同庁舎第二号館が熊田らに占拠されました!」

 最後の報告に新城がすかさず反応する。いや、その場にいた全員が受話器を持つ捜査員に注目した。

「中央合同庁舎第二号館だと!」

「はい、警察庁、消防庁等が入っている複合庁舎です……」

 一瞬にして会議室が凍りつく。まさしく国の中枢たる中央官庁が乗っ取られたのだ。しかも入っているのは警察庁、本丸を押さえられたと言ってもいい。だれ一人動けずにいる中徳屋が新城に歩み寄る。

「全て先日まで機動隊と公安が張り付いていた施設です。だからあれほど……」

「うるさい!とにかく各地の捜査員を最寄りの現場に向かわせろ!ここにいる者は全員警察庁へ向かえ!」

 それを聞いて今度は仲間が新城に詰め寄った。

「他の現場はどうするんですか?」

「そんなもの後回しに決まってる!」

「他は一般市民が人質になってるんです!」

「市民なんかより官僚だろ!」

 遂に吐き出された新城の本音に、仲間はまさしく開いた口が塞がらなかった。そんな最中にもさらに状況は悪化していく。

「JAXA立てこもり現場に臨場している茨城県警SITから報告!テロリストが対戦車擲弾らしきものを所持している模様!」

 これを聞いた上津が、新城に感情を押し殺したような静かな声で迫る。警察最後の抑止力たる自分がまさかこんなことを言うことになるとは。それでも今優先すべきは犯人の手中にいる一般人と、現場で矢面に立たされている警察官の命だ。

「警視監、自衛隊の要請を。これは警察力の範疇を超えています」

 自分で言っていて眩暈がしそうだった。誰かにされるのではなく、自ら敗北宣言したのだ。

「そんなことはない!警察のみで対応を……」

「警察庁を包囲していた第一機動隊より連絡!隊員一名が白い液体を浴び発狂。他の隊員を襲撃している。指示を。とのことです!」

 徳屋が新城に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る。

「警視監!今すぐ射殺を命じて下さい」

「徳屋警視正!君は誰に口をきいているんだ!言葉を慎みたまえ!隊員は拘束!警察病院へ緊急搬送しろ!」

 それは実に現場の見えていない指示で、今までの捜査資料や研究資料をまともに読んでいないことの表れだった。

「無理です。処置のしようがない!」

「構うな搬送しろ!」

 電話を取っていた捜査員は急いで搬送を指示する。だがその結果は当然にして最悪のものになった。

「……拘束しようとした際、隊員二名がさらに負傷。一名が左腕切断の重傷……」

「だから無理だと……」

 徳屋はうつ向いて拳を握り締める。自らのキャリアを棒に振ってでもこの拳を振るうべきではないのか。いまだ迷う自分が忌々しい。

「鹿児島県警より銃対の隊員が一名撃たれ重傷との報告。指示を求めてます」

「島根県警より犯人が銃を乱射!機動隊員三名が撃たれ負傷!避難途中の一般人にも負傷者あり!指示を!」

「ま、待て、今捜査を……」

「捜査を立て直す!」

 よく通るその声は会議室の奥からだった。

 全員が一斉に振り向くと、そこには西川がいた。

「西川さん!」

 仲間が駆け寄る。

「大丈夫なんですか?」

「まだ辛いけどね」

 西川は自分のブラウスを捲って腹部を見せた。包帯と、その上からラップをキツく何重にも巻き、傷が開かないようにされている。しかし、包帯にはうっすらと赤い染みができていた。仲間の顔に動揺と心配が浮かんだのを見て、大丈夫と西川は優しく笑ってみせてから、徳屋達のもとへ歩き出す。

「既に前体制時の各班が現場に向かってます。即応的指揮権も現場の人間に譲渡しました」

「ふざけた真似を……」

「ふざけた真似すらできなかった人間に言われたくはありません」

 西川は新城を強く睨み付ける。怒りとも蔑みともつかぬ鋭い目つきに新城が怯む。

「全機動隊の配備ラインを後退。負傷者はすぐに救急搬送。しかし、熊田の白い液体を浴びた者はその限りにあらず。即刻の射殺を命じます。ここにいる捜査員は関東ガス本社、台場ふ頭、警察庁にそれぞれ向かって下さい」

 部屋にいた捜査員が西川の指示で駆け出す。

「それと、徳屋君!」

「車、回してきます!」

「できるじゃない」

「待ってましたから……」

 徳屋は僅かに口元を緩ませ駐車場へ向かう。西川も穴の開いたままのジャンパーに袖を通しそれに続く。

 会議室には一人うなだれ立ち尽くす新城だけが取り残された。


-A.K.S.P. 会議室-


 A.K.S.P.結成時と同じ深夜午前零時過ぎ。再結成したメンバーが、各地の現場から会議室に集まった。

 最初に口を開いたのはもちろん西川。

「まず、急な呼び出しにも関わらず即座に結集し、この前代未聞の同時多発テロを僅か一名の死者のみで解決してくれたこと、感謝しています。ありがとう。ただ、今私達に事件解決の余韻に浸る暇はありません。海老塚さん、報告を」

 海老塚が立ち上がり、スクリーンにプロジェクターで今回の件の時系列などが映し出される。

「今回の同時多発テロについてですが、熊田本人が確認されたのは警察庁の件のみで、他の報告があった現場では、痕跡はおろか通報者も見つからない状態です。当の熊田ですが、"永田町の地下"をうまく利用され、確保には至っていません。また、確保された犯行グループの大半が、毒島組強制捜査時に押収された書類にあった武器密売相手組織に所属し、一部公安の危険人物リストに記載のある者もおりました」

 海老塚は席につく。

「次に谷中さん、お願いします」

「はい。公安のパイプを活用して武器密輸のルートを探していましたが、やはり旧ソ連製の順製品を扱う組織との繋がりは認められませんでした。そこで視点を変えて、密輸から自分達で行っていると想定し捜査したところ、一件怪しい企業がありました。それが、神奈川県川崎市浮島に大規模な自社港を持つ、東洋貿易です」

 プロジェクターに会社のホームページや企業情報などが映される。そこに続けて平谷が立ち上がった。

「東洋貿易はロシアを主な相手国とし、表向きとしては工業製品を中心とした総合商社となっています。新潟と福岡にも荷揚港を所有していましたが、先週突然の閉鎖。丸の内の本社テナントも無人状態です。また、川崎市港湾局に問い合わせたところ、本日正午に大型貨物船二隻が東洋貿易のふ頭に到着予定」

 席につく平谷に代わり、今度は緒賀が立ち上がる。

「加えて、周辺の工場等で聞き込みを行ったところ、以前から外国人の出入りが多く、それを目撃した貨物船の乗組員によると、顔立ちからロシア系であることは間違いないということです。さらに、私達が聞き込みをしている最中に、以前のシージャック時に飛来したヘリと同型のヘリが、東洋貿易の敷地より飛び立つのを視認しています」

 最後に、と言って徳屋が立ち上がる。

「非公式な情報ですが、私の"アメリカの友人"によると、最近アジアを中心に活動している私設武装組織"ロシアの荒熊"の行動が活発化している模様。何らかの関与があると見られます」

 情報は全て出揃った。西川が立ち上がる。

「これらのことから、今回の同時多発テロはあくまで熊田以外のグループによる目眩ましであり、更なるテロが計画されてる可能性があります。よって、明日の貨物船の入港を確認次第強制捜査を行います。もちろん、自衛隊の皆さんにも参加していただきます」

 後ろの席に座っていた真田がいつも通り力なく手を降ってから立ち上がる。

「朗報だ。練馬の第一普通科連隊が支援を表明してくれた。防衛省もテログループ摘発に対する自衛隊一般部隊の協力試験として許可を出した。それと、万が一に備えて空自と海自の友人に即応体制をとってもらえるように交渉している。法的な調整は今内局の人間が夜なべして死に物狂いでやってる。全部終わったらなんか差し入れてやってくれ。以上だ」

「ありがとうございます。助かります。出発は朝八時です。それまでは体を休めていて下さい。以上、解散」

 いよいよ決戦の時が近づいていた。

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