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第三十九話

-千代田区 警視庁-


 ハイジャック事件から一夜明けたこの日、ハッキングの捜査のために、中津班と赤橋がやってきたのは警視庁。

「すたっきゃ、どさいぐんず?赤橋さん」

 中津は治る気配のない相変わらずの津軽弁で尋ねる。

「……地域部地域総務課庶務係です。そこの結城啓輔という職員が、当日ハイテク犯罪対策総合センターに出入りしてました」

 赤橋は露骨にイライラした様子で答えた。それには中津の難解な津軽弁以外にも理由があった。というのも、この結城という男は先日のハッキング騒ぎの際に、赤橋の脳裏に浮かんだかつての部下だった。あの日結城がたいした用もなくセンターに出入りしていたことはすぐわかり、赤橋は一人ハイジャック事件どころではなく、その真偽を確かめるため自ら赴くくらいには心穏やかではなかった。自分のファイアウォールを破る能力がある可能性があるのは結城だけだ。それはかつての部下を信じることであり、信じないことであった。

 そんな複雑な心の葛藤を抱く赤橋に、んとまさかの一文字の返答。赤橋は方言だから仕方がないと自分に言い聞かせながらも、黙って先を行く。中津班の班員は、赤橋の堪忍袋の緒が限界に近づいていることを察してヒヤヒヤだ。

 どことなくギクシャクした空気を抱えた一行は、警視庁の本庁舎へと入っていった。


-警視庁 地域部地域総務課庶務係-


 赤橋は久々の古巣警視庁の匂いに、若干心を弾ませながら廊下を歩く。やがて地域総務課のプレートを見つけ足を止めた。

「ここですね」

「ん」

 中津は部屋に入り、中を一瞥してから近くにいた女性警察官に声をかける。

「あのねぇ、ちょっといい?庶務係の結城君って子いるかねぇ?」

「あの……、どちら様でしょうか?」

「あぁ、えぇとねぇ……」

 そう言って中津は自分の鞄をあさり始めたが、目当ての物が見つかる気配が全くしない。彼女は近所のおじいちゃんを相手するような様子で苦笑いしている。見るに見かねた赤橋が、代わりに自分の懐から手帳を出して見せた。

「A.K.S.P.です。庶務係の結城さんにお聞きしたいことがあって伺ったのですが、今おられますか?」

「あっ、いえ、結城は本日から休暇をとっていますが……」

「そうですか……。どこにいるかなんて、わかりませんよね?」

「はい……、さすがにそこまでは。私は私用としか聞いてませんので……。課長か係長ならわかりますが、あいにく二人とも席を外しておりまして……」

 彼女は申し訳なさそうに頭を下げる。赤橋は暫し考えを巡らせてから、再び口を開いた。

「携帯の番号を教えてもらえますか?」

「えっ?いや……、急に言われても……、そんな初対面でいきなり……」

 途端に顔を真っ赤にしてもじもじしだす彼女に、赤橋は若干頭を抱える。確かに自分も悪かった。性急に色々と端折ったが、話の流れから大体のところは察してほしかった。

「……あの、その……。何て言うか……、貴女のではなく彼のなんですけど……」

「へっ?あっ!あぁ……、なるほど……、ちょっと待ってください……」

 慌てた様子でポケットを探り自分の携帯を取り出した。彼女はついに耳まで真っ赤になっている。

「では番号と、ご存知でしたら携帯会社も」

「番号はこれです」

 差し出された携帯の画面には、彼の名前と十一桁の数字が表示されていた。

「会社は確かD社だったはずですけど……。あ、ほら、メールアドレスのドメイン」

 彼女は二、三携帯を操作し、画面を切り替えて見せた。赤橋はそれらを確認すると、カバンの中からノートパソコンを取りだし、忙しなくキーボードを叩き始める。

「あ、あの……、一体何をなされているんですか?」

「んだんだ。一人で勝手さ進めるな」

「携帯会社にハッキングしてます」

 赤橋以外の全員がまさに唖然といった様子でその場に固まる。

「最近の携帯には大体GPS機能が付いてるので、それで彼を追います」

「そったごとさねで、会社さ筋通して……」

 中津の正論が今はとてもうっとうしく聞こえた。だが中津だけでなく全員が、本当に大丈夫なのかといった表情でこちらを見ていることに気付き、やむなく手短に説明することにした。

「普通に問い合わせると時間がかかるので、もしかしたら一刻を争うかもしれませんし。よし出た。えっと、環状八号線(環八)を東に……、いや、これはおそらく羽田に向かってる!」

 また羽田、と誰かが呟いた。赤橋も因縁めいたものを感じたが、もし何かあるとしてもそれはきっと良い方に転ぶ。何しろ昨日奇跡を起こしたばかりだ。

「とにかく向かいましょう。時間がない!」

 赤橋は自分の携帯を取り出し、西川にかける。

「もしもし、西川さん!」

「そんなに焦ってどうしたの?何か掴めた?」

「違います!ハッキング犯と見られる警察官が高飛びを目論んでる可能性が出てきました!緊張配備……、いや、それじゃ間に合わない……。羽田に向かっていると思われるので、空港署に直接要請を!」

「わかったわ。名前を教えて」

 赤橋は一瞬息をのんだ。ここまで来て今告げようとしている名が、かつての部下のものだったことが思い起こされた。まだ決まったわけじゃない。これは真偽をハッキリとさせるためだ。

「結城啓輔!繰り返します。結城啓輔です!顔写真は警視庁のデータベースにあるはずです!」

「了解。空港署に連絡しておくわ。それと、そちらにはヘリを向かわせるから、それで向かって」

「了解!中津さん、ヘリが来ます。上へ行きましょう!」

「ん!」

 一行は屋上へ向かい走り出した。


-大田区 東京国際空港-


 お盆明けの平日の日中ということもあり、決して人は多くないロビーの中に小柄で挙動不審な男性がいた。周囲の視線を気にするかのように、キョロキョロしている。しかし、その足取りは確かで、ゆっくりとカウンターに向かう。そしてカウンターまであと一歩というところで、行く手を二人の制服警察官に阻まれた。

「すみません。空港署の者ですが、結城啓輔さんですね?」

 結城と呼ばれた男は顔を真っ青にして走り出した。

「待て!待ちなさい!」

 警察官の呼び止める大きな声に周囲の旅客が何事かと振り向く。一方の呼び止められた結城は一切振り返らずそのまま近くの土産物店に入る。中にいた一人の女性旅行客に目をつけると、その女性を後ろから抱き抱えそのこめかみに銃を突き付けた。人質となった当の本人ではなく、他の女性客の悲鳴をきっかけに店員もろとも全員が逃げ出し、店内には結城と人質の女性が残った。

「助けて……」

 女性はようやくそれだけ振り絞るように、心の底から祈りを捧げるように呟いた。

「大人しくしていてください……。私も貴女に危害を加えたくはない……」

 結城は女性にだけ聞こえるように小さな声で話した。

 一方、追いかけてきた警察官二人は、物陰に身を潜めて周囲の一般人を遠ざけつつ、本部に連絡をとる。本部の答えは当然ながら"待機"であった。二人は歯がゆい思いを抱きながらも、腰のS&Wエアウェイトを抜き、一定の距離を保つ。警察官の背中を嫌な汗が伝う。

 しばらくにらみ合いを続けていると、空港署の増援と共に、中津班と赤橋が到着した。

「どた状況だ?」

 中津が尋ねる。

「はい。犯人は拳銃を所持し、女性客一人を人質にとり、立て籠っています」

 赤橋は物陰から店の中に目をやる。しかし、結城は棚の後ろに隠れているらしく、直接姿は見えない。ただハッキリしているのは結城が黒であるということだった。様々な感情がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて喉につかえ、結局何一つ言葉は出てこなかった。

「そったごとさねで、早えく出はれ!」

 中津の呼び掛けに一切の応答はない。無論、何を言っているかわからないという可能性も捨てきれないが。とにかく、聞こえるのは女性のすすり泣く声のみ。良くも悪くも、人質に意識があることは間違いなさそうだった。

 中津は質問を続ける。

「要求は?」

 しかし、これも無視。

「あいつは、一体何が目的なんだ?」

 赤橋はようやく言葉が出た。

「わがんね。けど、やっぱすこったことはプロに任せる」

 そういうと、中津は誰かに電話し始めた。赤橋は、"あんたもプロじゃないのか?"と思いつつも、黙って見ていることにした。

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