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第三十七話

-JAL524便 二階席-


 一階から響いてくる物々しい音に、二階で待機していた班員は乗客共々緊迫した面持ちだった。やがてその音も止み、階下から階段を上がってくる足音に体を固くし、銃口を向ける。

 しかし、現れた顔を見て表情が緩んだ。

「谷中さん、無事だったんですね……」

「静かに。皆さんもお静かに願います。間もなく解決しますから」

 谷中の言葉で、乗客に自然と笑顔が戻る。だが、まだ最大の問題は解決しておらず、それどころか戦闘機の登場で事態は軽く悪化した。戦闘機の特徴を斉藤に伝えたところ、どうやら自衛隊機で間違いないらしい。万が一米軍機であればおそらくもう機体は地面とキスしていただろう。もっとも、どちらにせよ事は一刻を争う。そのことを班員に耳打ちする。

「とにかく、タイムリミットが迫ってるかもしれない、急がないと……」

 谷中はコックピットのドアの前に立った。

「ちょっと!何するんですか?」

「斉藤君は中に入ったら、右側に座ってる人の首絞めて」

「コパイロットですね」

「次言ったら男としての将来無くすわよ」

「以後気を付けます」

 二人は小さく頷き、斉藤が電子パネルをいじる。スカイマーシャル権限でコックピットのロックを外側から開き、谷中がドアを開け放つ。中に入ると、キャプテンとコパイロットに有無も言わさず、シートの後ろから首を締め上げた。

「ぐっ……、させるかぁっ!」

 コパイロットは雄叫びを上げ、サイホルスターに入っていたマカロフを抜く。やはりテロリストだった。そして、それに気付いた谷中が叫ぶ。

「斉藤君離れて!」

 谷中の警告はギリギリで間に合わず、コパイロットは自分の首を締め上げる斉藤の右腕を撃ち抜いた。だが斉藤は悲鳴もそこそこに、締め上げる腕を右から左に素早く変え、一気に落した。谷中もさらに力を加え、キャプテンを落す。

「制圧完了……」

 谷中は大きく息を吐いた。


-永田町 総理大臣官邸危機管理センター-


 ハイジャック機が関東圏に入り、会議は紛糾する一方だった。

「総理、ご決断を!」

 防衛大臣が総理に詰め寄る。

 総理は頭を抱えうつむいたままだ。今自分は何を決断するのが正しいのか。いっそ海か山にでも落ちてくれ。そんなことまで考える自分に嫌気が差す。先程までの気勢は嘘ではないし消えたわけでもないが、いざ五百余名の国民の命を奪う命令を下すには、あと一歩胆力が足りない。

「ハイジャック機はすでに関東に入っています。これから先は大きな街が多くなり、撃墜しても危険が伴います!」

「待ってください!」

 煮え切らない様子の総理に、A.K.S.P.代表として遅れて派遣されてきた徳屋が助太刀に入った。

「JAL524便にはうちの班員が乗っています!きっと今、中で闘っています!」

 それに警視庁の警備部長が加勢する。

「当該機には警視庁の斉藤巡査部長もスカイマーシャルとして試験登場しています。まだ若いですが銃器対策部隊などを経験した実力の持ち主であり、機体の奪還に鋭意努力を……」

「それは絶対か?」

 防衛大臣の鋭くも証明のしようがない切り返しに、徳屋と警備部長は思わず口ごもる。

「絶対に君達の部下がハイジャック機を奪い返すなら構わない。しかし!そうでない上に、要求を飲まないのなら、撃墜しかない!そしてそのタイミングは今だ!」

 防衛大臣は平手で机を叩き力説する。それに意外な人物が加勢する。井場外務大臣だ。

「未だにろくな手柄も上げられず、挙句こんなテロを許した君たちに何かできるとは思えんがね。しかも乗っているのは女ばかりだそうじゃないか。テロリスト相手に敵う訳はない」

 難癖に近い暴論に、会議に同席していた女性閣僚や、女性官僚も一気に表情が険しくなる。それ以前にこの男は、一番最初に防衛大臣に詰め寄った閣僚の一人だったのを警備課長は見ている。つまり今この段になっても対岸の火事であり自らの意趣返しをする方が先なのである。つくづく見下げた男だ。

「総理!」

 防衛大臣と徳屋が総理に詰め寄る。二人のあまりの剣幕に総理は揺らぐ。こんなことを決断するために総理を、政治家を目指した訳ではない。日本を少しでもいい国する為、その為だったはずだ。それがどうだ。今決断しようとしているのは、要するに〝一体国民を何人殺すのか〟ということに他ならない。今まで一体どれだけの政治家がこんな残酷な判断をこなしてきただろうか。迷いは尽きない。

 しかし、もうこれ以上は迷わない。迷えない。

「……墜……」

「総理、今なんと……」

 官房長官が目を見開き聞き返す。

「……ハイジャック機を、……撃墜しろ!」

「はっ!おい、航空総隊司令部(府中)に連絡しろ!」

 防衛省の職員や幕僚が慌ただしく部屋を出入りし、警察庁と消防庁、国交省の職員も俄かに忙しなくなる。閣僚は閣僚で関係部署との連絡をする者もあれば、国会対策を考える者、己の保身を考える者とそれぞれに動き出し、騒然とし始めた室内で徳屋は一人椅子に崩れ落ちた。この場における自身の無力さが身に染みた。


-茨城県上空 クロウ隊-


 ハイジャック機の斜め後ろを挟むように飛行するクロウ隊に、府中の航空総隊作戦指揮所(COC)から無線が入る。本来であればその下の各航空方面隊作戦指揮所(SOC)、さらにその下の防空指揮所(DC)を通して指令が下るが、今回は作戦の内容の特殊性故に異例のCOC直轄で運用されていた。

「Crow team this is COC over」

 クロウ隊リーダーのFAは恐る恐る無線を受ける。

「This is Crow one FA」

「Crow team start opelation (アルファ) out」

「……Roger.Black this is FA over」

「This is Black. 何だ?」

「聞き間違い……、じゃないよな?」

 FAは伏し目がちに、どこか救いを求めるようにに尋ねる。喉はカラカラに乾いていて、声が掠れた。

「府中に聞き直すか?怒られるだけだと思うが」

「……これで稀代の殺人者……」

「そんなに気負うな out」

 二機のF-15Jは安全な距離を保つため、左右に大きく旋回して一度旅客機の側を離れた。


-茨城県上空 JAL524便-


 コックピットでは、拘束したテロリストの運び出しと、斉藤の手当てが行われていた。ちなみに飛行機はオートパイロットで航行中である。

「こんなもんですね」

「あっはい、どうも」

 斉藤は谷中班最年少の可愛い班員に手当てされてデレデレしていた。男性の性だ。そこへ見計らったように谷中が戻ってくる。

「大丈夫みたいね」

「いや、大丈夫ではないですけど……。それより、管制塔へ連絡は?」

「あっ、忘れてた」

 谷中は落ちていたヘッドセットを着け、それっぽいボタンを押してみる。

「そんなおっとりして大丈夫ですか?戦闘機飛んでたって……」

「だから忘れてたって言ってるでしょ……。繋がった!」


-東京国際空港 国内線管制塔-


 突然の事態に一時業務がストップしたものの、羽田という巨大空港を仮に一時的と言えども閉鎖した場合の巨額な経済損失と、国内外の多方面への影響を考え、政府からの要請でギリギリまで業務を再開、継続していた。何より、羽田にあの旅客機がやってくるかもわからないのに今時点で動きを止めるのは、今空の上で起きている重大事を安直に匂わせることになってしまうことが一番の懸案事項だった。

 忙しく動く管制官のもとに一本の無線が入る。無線を受け取った若手管制官が硬直し、隣に居たベテランの管制官の顔を窺う。

「何だ?」

「JAL524便から無線です……」

 例のハイジャック機からの入電に何事かと驚いたが、とにかく応答せねばわからない。

「と、とにかく早くでてみろ!」

「はい!Japan Air 524(ファイブツーフォー) This is Tokyo tower……えぇっ!」

「どうした?」

「……ハイジャック機の奪還に成功と……」

 思わぬ朗報だが、今はまだ混乱の方がはるかに勝っている。

「本当か?」

「はい。A.K.S.P.の谷中と名乗っていました」

「それなら早く政府に連絡しろ!確かさっき撃墜命令が出てたはずだぞ!向こうでホットラインが繋がってる!」

「はい!」

 管制室に新たな緊張が生まれた。


-永田町 総理大臣官邸危機管理センター-


 様々な人間が様々に右往左往して慌ただしい部屋に、一本の電話が入る。それを受けたのは、羽田空港との連絡を担当していた国交省の職員だった。

「……はい、……はい!総理、同乗していた警察官によりハイジャック機が奪還されました!」

 電話を受けた職員の声に部屋が騒然となった。

「何!ちゅ、中止!撃墜中止だっ!」

 叫ぶ総理の声には既に喜びの色が窺える。しかし危機はまだ去ってはいない。

「府中に連絡急げ!」

 次は防衛大臣が叫ぶ。近くで威勢よく返答した自衛官が府中へのホットラインを取った。


-栃木県上空 クロウ隊-


 クロウ隊の二機が旅客機の後方につけ、ロックオンしたまさにその時。

「Crow team this is COC! Mission cancel!Mission cancel!」

「Cancel?」

 指揮所の管制官の鬼気迫る声に、Blackはミサイルの発射ボタンに指を触れる前だったため、すぐさま離してから機体を旋回させロックを解除した。しかし、FAは半分ボタンを押していたため、操縦捍を一気に手前に倒し、急激に機首を上げる。意識が飛びそうなくらいの尋常でない加速度()がかかったが、ギリギリのところでロックが外れ、放たれたミサイルは宙に消えた。

「危なかった……」

「首繋がって良かったな」

「あ?あぁ、まぁ、ギリギリぶち当てずにすんだ」

 FAは言いつつ冷や汗で全身がぐっしょり濡れていることに気付いた。

「誤魔化すな。責任感の強いお前だ。Mission終了後辞めるつもりだったんじゃないのか?」

「本当にお前には構わないよ……。Hyakuli tower this is FA return to base out」

 二機は進路を南東に取り、基地への帰路についた。

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