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第三十六話

-宮城県上空 JAL524便二階席-


 谷中ら六人は、階下への階段と操縦席に銃口を向けながら作戦を練っていた。

「どうする?奴らの言ってた(チャーリー)(エコー)(リマ)って航空用語のあれでしょ?」

「間違いなく通話表(フォネティックコード)のアルファベットですね」

「あれがちゃんと順番通りにつけられてるなら、テロリストは最低でも十二人いることになるわ」

「いえ、もしパイロットを含めた乗務員の全員がテロリストなら、この機はボーイング747なので十五人はいます。まぁ三人無力化したので十二人と言えば十二人ですね」

 斉藤はどことなく誇らしげだった。賢しげな顔が若干鼻につく。

「詳しいのね」

「まぁ……、スカイマーシャルですから」

 そうじゃないのは一目瞭然だったりするが一々触れてはいられない。

「そうだったわね……。さて、下行きましょう」

「はっ?」

「聞こえなかった?さっきの下からの銃声と悲鳴。私達は事実上五百人近い人質を取られているのよ」

「それはパイロットも同じじゃ……」

 谷中は呆れたように深いため息をつく。

「パイロットができるのはせいぜい飛行機を落とすくらい。ただそんなことしたら、あの文言で政府を脅せなくなる。飛行機が墜ちたらさすがにわかるからね。だけど、中身が無事かどうかはわからない。つまり……」

「乗客を撃つのに躊躇いはない……」

「そう、だからさっきも簡単に撃ってきた。わかったら行くわよ」

 そう言って谷中が歩き出すと五人全員がついてきて、慌てて谷中が止める。

「待って。こんなに行っても身動き取れなくなる。行くのは私と、斉藤君だけ」

 班員達はあからさまに不安そうな目で斉藤を見た。その明らかな敵意含みの視線に斉藤がたじろぐ。

「大丈夫よ。皆はここに残って、最悪の場合操縦席を制圧して飛行機を下ろして。管制官に聞けば優しく教えてくれるわ。さ、行くわよ」

 谷中は優しく微笑みかけてから踵を返し、静かに階段を下りて行った。


-JAL524便 一階席-


 一階席の制圧を終え、キャビンアテンダントに扮していた女テロリストは、すっかり静かになった二階に足を向ける。制圧したにしては報告一つないのが気になった。煩わしいエプロンを外し、結わいていた長い髪をほどき、階段を上がろうとすると、上から二人の男女が下りてきた。

 谷中と斉藤だ。

 テロリストが銃に手を掛けるより早く、谷中が飛びかかり近くのギャレーに押し込む。ギャレーの中では、パーサーが短機関銃のメンテナンスをしていた。パーサーは仲間の女を抱えて飛び込んできた谷中と目が合うと、ポケットから折り畳みナイフを取り出す。だが、ナイフの刃を出すより早く、谷中の凄まじい蹴りが股間を捉えた。パーサーは声にならない叫びを上げて崩れ去る。

 ようやく相手の力量がわかった女は、助けを呼ぼうとしたが、それより先に谷中の膝がみぞおちにめり込み、意識を手放した。この間わずか数秒の出来事。

 遅れて入ってきた斉藤が泡を吹いて倒れるパーサーと、白目をむいて倒れるキャビンアテンダントを見て嘘だろと小さく呟く。

「あと十二年警官やってればあなたもできるわよ」

 谷中は斉藤を冷やかしながらも、近くにあった紐でテロリストを後ろ手に縛り、タオルで猿轡した。ボーッとしていた斉藤もそれに習う。

「次はどっち行きますか?」

「先に前の……、座席制圧しましょう」

「Jクラスキャビンのことですね」

 谷中はカーテンを捲り、Jクラスのキャビンを覗きこむ。敵は女が二人。決して大きくはないが、それでも聞こえる飛行機のエンジン音がどうやら谷中達に味方したようで、まだこちらに気づいていない。しかしキャビンの奥、飛行機の先頭の方にいるため距離がある。

「どうします?」

「……ペットボトルあるかな?」

「ギャレーなのであるとは……」

 斉藤はギャレーの棚を漁る。

「ありました」

「貸して」

 谷中はペットボトルを受け取ると、テロリストの持っていたナイフでそれを切り出した。

「何してるんですか?」

「消音器作ってる」

「サプレッサーのことですか?」

 得も言われぬ苛立ちをそっと奥歯で噛み殺した。

「でもそんなので音消えるんですか?」

「後ろの席に聞こえなければ良いの」

 谷中はペットボトルを半分に切り口に銃口を無理矢理嵌め、カーテンの下からギャレーにあったビンを転がした。ビンは勢いよく転がっていき座席に強かに当たると、鈍い音を立てて止まった。テロリストはアイコンタクトをとり、一人がこちらに歩いてきた。

 二人はギャレーのテーブルの裏にしゃがみ、身を隠す。テロリストは警戒しながらギャレーに入った。谷中はテロリストが完全に入ってから、身を乗り出し引き金を引く。決して小さくはない銃声が響き、テロリストの額に穴が空いた。銃声を聞き付けたもう一人がギャレーに駆け込むと、谷中はその勢いを利用して一本背負いする。そのまま押さえつけてタオルを口に突っ込み、後ろ手に縛りあげた。

「こんなもんね」

 もはや斉藤に返す言葉はない。谷中は呆然とする斉藤を置いて後方のキャビンへ歩き出した。


-永田町 総理大臣官邸危機管理センター-


 緊急召集からおよそ三十分経ち、ようやく全閣僚、職員が集まり、会議が始まった。

「官房長、犯人側との交渉は?」

 初老のひ弱そうな総理が尋ねる。

「全く進んでません。状況は犯人側に有利ですし難しいでしょう。ですが、身代金はともかくとして、男児の提供は受け入れ難い……」

 官房長官は整髪料で固めた頭を掻きながら分かりやすく顔をしかめる。

 そんなことより、と言って防衛大臣が立ち上がった。

「総理、直ちに戦闘機部隊に出動を発令しないと間に合わなくなります!」

 それには官房長官をはじめ複数の閣僚が食ってかかる。

「何を言ってるのかわかっているのか!君は今、乗客五百余名を見殺しに……」

「場合によっては!数千、数万の国民の命を脅かしかねない!総理、撃墜を実行するかは別にして、戦闘機を近くで待機させていないと、切れるカードを減らすことになります!」

 これに疑問を呈したのは総務大臣だった。

「しかしだ、万が一防衛出動するということになると国会の承認を得なければならない。議員も集まらないだろうし紛糾は確実だ。到底すぐには通過せん」

「それは私から」

 手を挙げ立ち上がったのは防衛省から参加していた事務次官。

「今回は外部からの攻撃ではなくあくまでもテロ行為であります。それが故に発令するとすれば防衛出動ではなく治安出動になります。ただ治安出動自体経験がないうえに、事実上正面戦闘、すなわち警察力では対処できないほどの重火器を持つテロリストに対し、同程度の火力をもって制圧することを前提に制定されている治安出動。これをハイジャック機に対し戦闘機という巨大火力を行使しようとする本事案にどう適用するか、という問題はありますが、国会承認の期限である二十日間に我々防衛省が総力を挙げて辻褄を合わせます。もっとも、我々にできるのは行動の正しさを証明することのみであり、その行動を選択された説明責任は皆様にあるものと本省では考えます」

「君!なんだその言い方は!無責任ではないか!」

 広くなった額に青筋を浮かべて激高する総務大臣に、事務次官はあからさまにうんざりとした表情で黙って席に着いた。責任のとれない幼稚な政治に官僚はあとどれだけうんざりさせられれば済むのだろうか。こうしてしわ寄せを食らう国民はもっとたまったものではない。

 彼を含めた賛成派の官僚のイライラを鎮めたのは意外な人物の意外な言葉だった。

「……わかった。治安出動を許可する」

「総理!」

 声を荒げる官房長官を総理は手で制す。

「今ここで全てを決める訳ではない。防衛大臣の言う通り選択肢を残すための判断です。この判断自体にも後々賛否が付きまとうでしょうが、無策で最悪の事態を迎えるよりはマシだと私は判断します」

 ひ弱そうな風体とは裏腹に、総理の目には強い決意が満ちていた。


-茨城県 航空自衛隊百里基地-


 首都防空の要である航空自衛隊百里基地。かつては陸の孤島とも揶揄されるほど辺鄙な場所であったが、およそ半年前に茨城空港が完成して以来若干改善されつつある。所属するのはF-4EJ改で編成される第七航空団第三〇二飛行隊と、今回治安出動の要請を受けた、F-15Jで編成される第七航空団第三〇五飛行隊。

 その中でも精鋭である隊員二人が、ミーティングもそこそこに二機のF-15Jに飛び乗った。

「Black this is |Fallin Angel《FA》 over」

「This is Black……。どうした?」

「俺、今手が震えてる。情けねぇよな……、数えきれない程緊急発進(スクランブル)経験してきたのに……」

 危険度で言えば、かつて千歳でロシアの爆撃機を追い返し、那覇で中国の戦闘機と並走した時の方がよほどだった。そして彼は今その恐怖の正体に気付きながら、それを言葉に表せない程に怯えていた。しかし、Blackはその正体をさも当たり前のように言ってのけた。

「仕方ない。今俺達は、多くの国民を救うために、五百人以上の国民を殺すかも知れないミッションを始めたんだ……。out」

「……お前は強いよ。……Hyakuli tower.Crow team take off!」

 二機のF-15Jは立て続けに滑走し、緩やかに高度を上げる民間機をしり目にアフターバーナーを点火して一気に高高度へと、まるで羽が上昇気流に乗って舞い上がるように軽々と機体を運び、一路ハイジャック機に向かった。


-福島県上空 JAL524便-


 一階席後方では、谷中と斉藤対テロリスト四人の、激しい銃撃戦が行われていた。

 というのもさかのぼること数分前。テロリストを制圧する際斉藤がもたつき、テロリストに自分達の存在を叫ばれてしまったのだった。

 乗客の足下に身を隠す谷中が叫ぶ。

「どうすんのよ!弾無くなってきたわよ!」

 同じく乗客の足下に身を隠す斉藤が、おろおろしながら辺りを見渡すと、自分の足元にピーナッツが転がっていた。さらに辺りを窺うと、乗客の足元にピーナッツの入った袋が落ちていた。これを見て斉藤の頭の中で一か八かの策が浮かぶ。

「ちょっと失礼!」

 斉藤は女性客の足の間から手を伸ばして袋を手繰り寄せると、中のピーナッツを鷲掴みにしてテロリストに向けてフルスイングで投げ付けた。ピーナッツは見事二人のテロリストに命中し、一瞬怯んだ隙に斉藤がそれぞれ胸と肩を撃ち抜く。それに残りの二人が怯んだ隙に、谷中がそれぞれの頭を撃ち抜いた。

「やるじゃない」

「それほどでも……」

 斉藤は肩に穴の空いたテロリストの傷口を踏みつけた。テロリストは断末魔の叫びを上げて意識を手放す。

「……やるじゃない」

「それほどでも」

 さてと言って谷中は窓の外を見て固まった。徐々にオレンジ色を帯びだした空の中、並走して飛ぶグレーの小型機。航空機には詳しくないが、あれは恐らくその分野でも一番ポピュラーなそれだ。

「戦闘機飛んでる……。急ぐわよ!」

 谷中と斉藤はコックピットへ走り出した。

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