第二十八話
-みらい裏手 海岸-
船に乗っていたテロリストの生き残り達を待ち構えていた山戸班の前に現れたのは、テロリストでも、人でもなく――
「熊田……」
「どうも」
苦虫を目一杯噛み潰したかのような表情を浮かべる山戸をしり目に、熊田はまるで執事にでもなったかのように胸に手を当て律儀にその頭を下げた。
それにしても撃沈されてから到達までが早すぎる。そもそも、あの漁船自体ダミーか。そんなことが山戸の頭を一瞬よぎる。何にせよ考えるのは後だ。今は目の前の化け物を倒すだけである。
「……構うな!弾種小銃弾、単射!撃ち方始めッ!」
山戸の号令で四方に散っていた山戸班の面々が揃い、熊田に向けて全員が一斉に射撃を始める。だが、熊田はその縦横無尽に飛び交う銃弾を全て避けた。
「第一分隊、弾種擲弾!撃てぇーッ!」
山戸を含めた第一分隊の班員は、銃口に擲弾を装着し引き金を引く。擲弾は綺麗な弧を描き熊田の足元に着弾し、爆音と共に炸裂すると天高く砂煙を舞い上げた。しかし、熊田はそのさらに上へと跳び上がり、山戸に向けてあの白濁とした液体を放つ。山戸は間一髪の所で持っていた戦闘シャベルを取り出し、盾代わりにして防いだ。
「おっと危ねぇ、噂は本当みたいだな」
表面が溶けてぐちゃぐちゃになった戦闘シャベルを感慨深げに眺める。これをまともに浴びたらどうなるかは、資料映像付きで散々西川に説明されていた。
「余裕だな。その理由は……」
熊田は腰を屈め、長く伸びた爪で砂の中から器用に、そして慎重に”何か”を拾い上げた。
「コレかな?」
熊田が摘む”何か”を見て、訓練された全員の精悍な表情に僅かだが動揺が滲む。
「貴様……」
「コレ、対戦車じゃなくて対人の地雷だよね?良いのかなぁこんなの持ってて」
熊田はあからさまに嘲笑する。
「テメェ……、まず人じゃねぇだろ」
「単純所持もアウトでしょ?まぁ本気だってのはよく分かったよ。焦りと言うべきかな?」
分かりやすく煽ってくる熊田に、山戸は苛立った表情を向けた。しかし表情とは裏腹に、そっと右手を身体の後ろに持っていき、隊員にサインを送った。
「じゃあ、合法な手段で行くぜ!」
山戸の声を合図に、隊員の一人がスイッチを押す。すると、岩陰から熊田目掛けて無数の小さな金属球が飛翔した。
「チッ……」
熊田は再度勢いよく跳び上がる。掛かった。山戸は思わず笑みを浮かべそうになり、気を引き締め直して号令を出した。
「今だ!第二分隊弾種小銃弾、セミオート!撃ち方始めッ!」
第二分隊の隊員は空に浮かぶ熊田に照準を合わせ発砲する。
「そんなんで……、殺った気になるな!」
熊田は自分に向かってくる弾丸を全て切り裂いた。そして着地した勢いをそのままに山戸に斬りかかる。それを山戸は両手に持った二本のサバイバルナイフで受け止めたが、衝撃までは受け止めきれずに鼻先まで爪が迫った。
「指向性散弾からの連携技は認めよう……、だがお前らはそこまでだ!」
「策も無しに挑むと思ってんなら……、テメェこそそこまでだ!」
山戸は腕に力を込め熊田を押し返す。そして間髪入れずに斬撃を繰り返したが、どれも長く鋭い爪に受け流される。やがて山戸が大振りになった一瞬の隙を熊田は見逃さなかった。
「もらったぁッ!」
熊田が爪を振りかざす。
「……残念でした……」
山戸はニヤッと笑うとサバイバルナイフで爪をなぎ払う。すると、一本の爪の先が宙を舞い、砂浜に突き刺さった。明らかに熊田の顔に動揺が浮かんだ。
「何……?」
「言い忘れてたがこれ、特殊合金で作られた特注品でね……。骨はもちろん金属も斬れるんだ……。諦めな」
熊田の顔の方にナイフの切っ先を向けると、まるでそれがスイッチだったかのように、再び熊田の顔に戦意が戻った。山戸の脳裏に一つの考えが浮かんだ。こいつは想像以上に高度な戦闘訓練を受けているかもしれない。この能力の高さはただ化け物だからではなく、何かの戦闘訓練によるもので、だからこそ今ナイフの切っ先に瞬時に反応したのではないか。未だ散乱している思考がまとまるよりも先に、熊田が動き出した。
熊田は手を返し、手首からまた白濁の液体を飛ばした。山戸はサバイバルナイフを逆手に持ちそれを防ぐ。だが、秘密兵器のはずのナイフもまた溶けだした。
「マジかよ……。総員、弾種小銃弾、連射!撃ち方始めッ!」
隊員は小銃についたつまみを回してフルオートに設定し、山戸と熊田の間に弾幕を作り上げる。山戸はその隙に間合いを広くとって無線に向かい叫んだ。
「芝ァッ!」
その声に熊田が振り向くと、まさしく山戸の頭上をヘルファイアが飛び越え、自分に向かい飛んできているところだった。
ヘルファイアは熊田の足元に着弾し、激しく炸裂する。辺り一帯に先ほどの擲弾の炸裂時とは比べ物にならないほどの砂が舞い上がり立ち込めた。
「総員警戒を怠るな!」
「了解!」
互いにそうは言ったものの、砂と夜の闇が合わさり視界はゼロに等しく、右に左にと視線を絶え間なく動かすが、実際のところは棒立ちに近い。やがて砂煙の落ち着いた砂浜には熊田の姿がなく、切り落とした爪だけが残されていた。
「各員、異常確認」
「本人、装備とも異常無し」
「戦利品はこれだけか……」
山戸は大切そうに熊田の爪を拾い上げる。ちょうどその時山戸の無線から声がした。
「特戦二班山戸さん。こちら本部西川。送レ」
「こちら特戦二班山戸。どうしました?」
「現況報告願います」
「たった今熊田との交戦を終了。熊田は取り逃がしましたが、人的被害はありません」
「了解しました。つい先程、特戦一班真田さんからも交戦終了の報告がありました。これ以上の攻撃は考えにくいですが、念のためもう暫くの警戒を願います。終ワリ」
「了解」
山戸は無線を切り広大な日本海を眺める。一応は対象を守り抜き人的被害もなく、結果は勝利と言ってもよかったが、その心には暗い海に似た虚無感が渦巻いていた。