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第二十七話

-栄螺ヶ岳 麓-


 無造作に林立する大木の間で息を潜めていた真田の上をアパッチが低く飛び去って行く。

「……始まったか……」

 真田は一人で呟き銃を握る力を強めた。静まりかえる鬱蒼とした森の異様な雰囲気の中、意識を集中させて敵を探る。すると、夜闇の彼方から微かに葉鳴りの音が聞こえた。しかし、風は吹いていない。

「……何かいる……」

 真田は無線機を取り出して班員のチャンネルに繋げた。

「真田班各員。こちら真田。森の中に何かいる。警戒を怠るな。終ワリ」

 再度無線機をしまい腰を低く屈めて歩き出す。日頃の訓練のお陰か、お互いに足音一つ立てることはない。頼りになるのはお互いの放つ”殺気”のみで、それは確実に近付いていた。

 しかし――

「クソ……、消えた……」

 敵はその殺気をも消してみせた。どうやら野生動物でも素人でもないのは間違いない。

「どこ行きやがったんだ……!……上か!」

 一際強く近い殺気を感じ瞬時に上を向くと、すぐ目の前まで敵の足が迫っていた。いや、それはもはや落ちてきていた。

 真田は間一髪のところで敵の第一撃をかわしたが、敵は着地と同時に上段蹴りを繰り出す。それをすかさず左手で受け流し、大きく間合いを取る。改めてその出で立ちを見ると、敵は黒衣に身を包みフードを目深に被っていた。一瞬その異様な格好に動揺しかけたが、三点連射(三点バースト)に設定された八九式小銃の引き金を引く。だが、放たれた三発の弾丸は敵の後ろにあった木の皮を剥くにとどまり、敵には一発たりとも当たらなかった。

 敵は素早い身のこなしで、そのままの勢いを保ち一気に懐に飛び込んでくる。真田は敵が放った右フックを避けきれず、しかしそれでいながら僅かに身を捻り、脇腹で直接受け止めることだけは免れた。防弾チョッキに仕込まれた拳銃弾をも防ぐ固いプレート越しにも伝わる強い衝撃は、それがなかったらと悪い想像を思わせずにはいられない。敵はまともに鉄板を殴ったようなものだったが、一切気にした様子もなく間髪入れずに真田の小銃を蹴り上げる。小銃は真田の手を離れて宙を舞い、遠くの下生えの中へと消えていった。

「テメェ……、マジで俺のことキレさせたな……。冥土の土産に俺の通り名教えてやるよ……、俺は!」

「……西方(せいほう)の鬼神。……だろ?」

 目深に被ったフードからは小馬鹿にしたような笑みを浮かべる口元だけが覗く。一方の真田の顔には否応なく動揺が浮かぶ。

「何故……、それを……」

「名付け親……、だからかな……」

 敵はフードを脱ぎその素顔を月光のもとに晒す。眼前に露わになった顔を見て、真田はまさしく目を丸くした。そしてすぐに鋭く睨み付けた。それはただの敵意ではない、ハッキリとした怒りだった。

「……宝井、お前……」

「まさか、かつての戦友とこんな形で再会するとはなぁ……」

 宝井は嘲るように、それでいてさっきよりもふざけたように口の端に笑みを浮かべると、近くの木に寄り掛かりポケットから煙草を取り出してふかし始めた。

 俺もお前みたく精鋭になるためにタバコはやめる。真田が特殊作戦群に移ることを特別に宝井にだけ伝えた日、確かにそう言った。その日を心待ちにしていたのは俺だけだったのか。あの頃の人に優しく自分に厳しいお前は偽りだったのか。

 真田の平常心がゆっくり崩れ始めた。

「お前……、自衛隊辞めてこんな……」

 真田は思わず拳を握りしめる。今にも指の骨が、手の骨が、腕の骨が軋む音が聞こえそうなほど強く強く握りしめた。色々聞きたいことはあったが、まるで脳の回路がショートしてしまったかのように言葉が出てこない。

「……なぁに、よくある理由さ”自分の活躍の場を求めて”ってやつだよ……」

「お前……、自分が何したか、何してきたのかがわかってるのか?」

「あぁ、もちろんわかってるさ……。罪無き子にトラウマを植え付け、正義の味方を虐殺した……。それがどうかしたか?」

 宝井は悪びれる様子もなく、むしろ自慢話をしているかのようだった。こいつは一体どこで道を踏み外した。

「貴様……」

「エリートの西部方面普通科連隊(西普連)とは言え、その実他所と変わらずただの訓練漬けの日々だ。楽しかったぜ?少なくとも……、自衛隊なんかで燻ってるよりはよっぽどなぁっ!」

 宝井は腰のサバイバルナイフを抜き真田に襲いかかる。真田も持っていた自分のサバイバルナイフを抜いて、その刃を受け止めた。刃と刃がぶつかり甲高い金属音が耳障りに響く。

「この面汚しがぁッ!」

 真田は宝井をナイフ越しに押し放し、胸元を蹴り飛ばした。宝井はよろめきながらも素早く後ろに飛び退く。その隙に真田はサイホルスターに刺さった九mm拳銃を抜いて構える。だが拳銃に視線が逸れたその一瞬の隙に宝井の姿はなくなっていた。

「何処見てる……」

 真田が声のした方に振り向くと、宝井のナイフがまさしく目と鼻の先まで振り下ろされていた。真田はギリギリのところでその腕を掴み、勢いを最大限に生かして背負い投げる。そのまま捩じ伏せ覆い被さろうとしたが、逆に足を絡め取られて組み敷かれてしまった。

「”自衛隊流”で俺に……、いや、俺らに勝てると思うなよ……」

「そうかよ!」

 真田は勢いよく体を起こして背中に乗る宝井を振り払う。

 しかし、宝井は簡単に体勢を立て直して斬撃を繰り出してきた。それを左手で往なし、すかさず引き金を引く。確実に捉えたように見えたが、宝井は右肩を退くように一回転しそれを避け、銃弾は肩の肉をわずかに裂いただけだった。

「甘いな!」

 宝井は振り向き様にサバイバルナイフを投げ付ける。それはまっすぐ真田に向かい、その右太股に深々と突き刺さった。

「ぐあぁっ……」

「ゲームオーバー、かな?」

「まだだよ……。そうだろ!」

 真田がそう叫ぶと、四方八方の木立の陰から何人もの男達が現れた。その誰もが迷彩服を身に纏い、八九式小銃を手にしている。

 そして、その銃口の全てが宝井を捉えていた。

「あれぇ?ここにこれだけいるってことは、俺の部下は全滅なのかな?」

「これがお前の馬鹿にした自衛隊の力だ」

 真田は血の溢れ出る右足を庇いながら立ち上がる。

「成る程ね……、よくわかったよ!」

 そう言って宝井は隠し持っていたサバイバルナイフを取り出し、真田に向け振りかざす。

「よせ!やめろ!」

 誰に向けられたのかさえわからない真田の悲痛な声は、複数の銃声に掻き消される。

 何発もの弾丸を体中に浴びた宝井は、体を不自然に捻じ曲げながら真田にもたれ掛かるように崩れ落ちた。それを真田がそっと抱き止める。

「……結局、お前には、かなわなかったな……」

 宝井はそう言うが、真田にははっきりとわかっていた。この戦いは、少なくとも宝井と真田の戦いは真田の完敗だった。ただ真田の側には優秀な部下がいて、宝井の側にはいなかった。それだけのことである。

「……先に、あっちで待ってるぜ……」

 宝井は最後にそれだけ絞り出すと静かに目を閉じた。

「この……、馬鹿野郎が……」

 そうか、俺のせいだったか。

 虚ろな目をした真田を木々の間から差す月明かりだけが悲しく照らしていた。

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