第二十六話
-栄螺ヶ岳 山頂-
山戸からの無線を受けた小野は、すぐにアパッチの離陸準備にはいった。エンジンが高い音を発し、ローターは回転数をあげる。やがてヘリはふわりとその体を宙に浮かせ、小野は無線を繋げた。
「本部。こちらヘリ一小野。送レ」
「こちら本部西川」
「これより山戸班から報告のあった不審船の識別、確認に向かう。終ワリ」
「了解。船舶の識別には細心の注意を払ってください。万が一は絶対に許されません。終ワリ」
「……細心の注意?……できそうか芝?」
「無理」
芝はさも当たり前のようにそう一言言ってのけた。
「だろうな……。よし、行くぞ!」
回りの木々をなんとか見下ろせる程度まで高度を上げた機体は、前のめりになってから勢いよく飛び始めた。山肌にあわせて細かく高さを調整しながら飛行し、やがてみらいの頭上を飛び越える。
その先に広がる夜の闇を吸い込んだように漆黒に塗りつぶされた日本海に、ようやく雲間から顔をのぞかせた月の明かりに照らし出されて、確かに一隻の船がポツンと浮かんでいた。船は航海灯すら消した完全な無灯火で航行し、機首に取り付けれた赤外線カメラを通してディスプレイに表示される、緑色の画面を見なければすぐに見失ってしまいそうだった。その出で立ちは誰が見ても怪しさで満ち溢れている。一度船を飛び越し、反転して船のやや後ろを追従するような位置を取った。
芝は手元に置かれたメモを取り出した。そこには『海上保安庁―不審船対処要項から抜粋―』と題された数行の文が書かれていた。
「えー、こちら陸上自衛隊。貴船は立ち入り禁止海域に接近、じゃない、えー、立ち入り禁止海域を侵犯している。三十秒以内に反転、もしくはその意思を示さない場合は、危害射撃を加える」
警告射撃を挟むことなくいきなり危害射撃を加えるという異例の宣告を呼び掛けるも、船は進路を変えることなくみらいに向けて進み続ける。急ごしらえで機外に取り付けたスピーカーは、ヘリの羽音に負けじと大声でがなり立てていて、聞こえていないということはないはずだ。
「本部。こちらヘリ一芝。該船は当方の呼び掛けを完全に無視。直もみらいに向け航行中。危害射撃許可を求む。送レ」
「ヘリ一。こちら本部西川。該船及び、乗組員に対する攻撃を許可する。絶対にみらいに近付けないでください。終ワリ」
「了解!」
芝は目を輝かせてヘルファイアの安全装置を解除し、小野は鼻歌交じりに操縦桿を倒してヘリを船に近付けた。赤外線カメラの緑色の映像には、船の甲板の上で慌ただしく動く乗組員が映る。すると、その中の一人が船内から筒を取り出してきた。
「またアレかよ……」
小野は少し操縦桿を戻して機首を上げ、船を飛び越えた。その後ろを敵が射出したミサイルが追いかける。それを横目に見た小野はすかさずフレアを撒き散らし、ミサイルが誤誘導されたのを確認してからヘリを反転させた。ヘリをちょうど船と向かい合う形にさせてからホバリングする。
「芝!今だ!」
「OK!」
芝は操縦桿に着いたボタンのカバーを外した。
「目標ロックオン……。ヘルファイア発射用意……。ぅてーッ!」
芝は右手の親指で目一杯ボタンを押し込んだ。信号を受信したヘルファイアは、機体を離れてからエンジンに点火すると、凄まじい速さで飛翔し船の操舵室に命中した。分厚い装甲を擁する戦車を破壊するためのヘルファイア対戦車ミサイル。漁船のような小型木造船など敵ではなく、まさしく木端微塵となりあっという間に波間に消える。
そして命からがら浮かび上がってきたテロリスト達を芝は決して見逃さない。
「コレ、”掃除”すべきだよね?」
芝は小野に尋ねた。
しかし、小野は黙ったままで何も言わない。この質問がイエス以外の答えを求めていないことを知っているからだ。
「掃除、掃除っと……」
芝はぶつぶつと呟きながら機器を操作する。
「よし!チェーンガン射撃用意……。撃ち方始めッ!」
芝が操縦桿のボタンを押すと、今度はチェーンガンが火を吹いた。一分間に六〇〇発以上放たれ絶え間ない雨の様に降り注ぐ機関砲弾に、また一人、また一人と肉片に変えられていく。いわゆる機銃掃射だ。やがて、チェーンガンは目標を無くして沈黙する。
「撃ち方止め。ふぅ、久しぶりに楽しかった!」
芝は狭い機内で大きく伸びをした。
「何事も”リアル”に限るよな」
小野はいたずらに笑って見せる。それこそいたずらに興じる少年のように。
「そ、自分で引き金をひいてこそだ」
「さて、怪しい話はここまでにするか。さっきから応援要請の無線がなりっぱなしだからな。行くぞ」
小野は再び操縦桿を斜めに倒し、みらいに向け進路を変更し飛び始めた。