第二十二話
-アメリカワシントン州 シアトルタコマ国際空港-
虎藤達が国際線の到着口から出てくると、いきなりスーツ姿の男達に周りを取り囲まれた。パッと見ただけで十人近くいるであろうか。突然の出来事に当人達よりも周囲の一般客がざわつく。突然外国人男性に囲まれたことよりも、その針のむしろの感じに若干たじろいでいると、男が一人ずいと前に出てきた。
「A.K.S.P.の虎藤さんですね?」
「え、えぇ……、そうですけど……」
「では私達と一緒に来てもらいます」
男はそう言うと踵を返して歩き出した。周りにいた男達は、歩けと言わんばかりに五人の肩を突き飛ばす。状況がよく掴めないまま、虎藤達は渋々後をついていく。すると横から一人の男が近付き話かけてきた。
「すいません……、強引で……」
「えっと……、貴方は?」
「あっ、申し遅れました。私が御電話をさせていただきました、FBIのフジモトです」
フジモトは爽やかな笑顔を見せた。しかし、虎藤は特に相手にしない。それよりも知りたいのは今自分達が置かれている状況だ。
「この人達は貴方の同僚なんですか?」
「いえ、それが実は……、カンパニーの方たちなんです……」
「カンパニー?」
虎藤は思わず大きな声を出してしまい男達に頭を下げた。もっともここまでの扱いから顧みて、どれだけ頭を下げる義理があるかはわからない。むしろお互い様とすら思う。もっとも男達の表情を窺っても小揺るぎもせず気にしている様子がない。暖簾に腕押し、糠に釘。相手にすることを止めた。視線をフジモトに戻す。
「……で、カンパニーって、あの?」
「はい、どうやら本物みたいです」
フジモトも半信半疑らしい。
「……でも、どうしてカンパニーが?」
「わかりません……。ただ、彼等が警察の捜査を協力するなんて前代未聞です」
「本当に協力なのかもそもそも疑問だけどね……」
虎藤は回りの男達を見回した。皆訓練された普通の顔をしている。日本もこれくらいレベルが高ければと思わなくもない。
「あの、どこに行くんですか?」
虎藤のイライラを察した班員が聞いてみるが男たちは無言を貫く。それについに虎藤がキレた。
「あんた達いい加減にしなさいよ!それくらい教えてくれたっていいじゃない!」
掴みかかろうとする虎藤を班員が抑える。
「ちょっと、落ち着いてください虎藤さん!とりあえず敵ではないんですから!ね!ね!」
憤懣やるかたない様子ではあるが、それでも一応動きとしての矛を収める。
「……これだからこういう連中嫌いなのよ……」
「一種の社会不適合者ですからね……」
虎藤が班員と二人でクスクス笑っていると、前を歩いていた男がピタッと立ち止まり急に振り返った。
「悪かったな、社会に馴染んでばかりいると仕事にならないんでね……」
男はそれだけ言ってまた歩き始め、虎藤達ももう何も言わずに後をついていった。
-カンパニー使用車 車内-
虎藤達は空港から強引に連れ出されると、黒塗りの4WD車に押し込められた。
「ちょっ、痛っ……。あの、これでも女の子なんですけど!」
自分でこれでもとか言ってしまうあたり色々と悲しいが、口を突いて出るくらいには自覚がある。そんな虎藤の必死の訴えにも、男達は聞く耳を持っていない。というよりも、どうやら一連の流れから察するに初めに話した男以外は、日本語が分からないといった様子だった。
虎藤達とフジモトが後部座席に、先程の日本語の話せる男が助手席に、もう一人が運転席に乗り込み、車は発進した。
「高そうな車ね……」
「まぁでも、ここアメリカなんで一応国産車ですから」
「それもそうね……」
重苦しい雰囲気を払い除けるべく、他愛のない話をしてみたがどうにもならない。
「ねぇねぇ、あなた名前は?」
虎藤は助手席に座る男に話し掛けたつもりだったが、当然のように答えはない。イラつくのを抑えて務めて明るく尋ねる。
「ねぇ、名前くらい教えなさいよ」
「……タロウ」
男はさも興味なさそうに答えた。
「アンタねぇ……」
再度イライラが頂点に達した虎藤は、決して高くはない車の天井まで振り上げた拳を、隣に座るフジモトの太股に捩じ込んだ。
「なんで私なんですか!」
「だってカンパニーの連中を殴ると不味そうだったから……」
「まずそのとりあえず殴るって発想止めませんか?」
フジモトの冷静な突っ込みに虎藤は口をつぐむ。返す言葉がないらしい。虎藤がイライラの収まらないまま窓の外を眺めると、いつの間にか車はハイウェイを走っていた。当然の如く左ハンドルで右側通行していることに、少しだけむずむずする。
やがて車はハイウェイを降りて、近くの空き地にに入っていく。
「ちょっと、どうしたのよ?」
「ここから先はこれを着けてもらいます」
男は人数分のアイマスクを差し出した。
「今から行く場所は国家機密に関わりますので」
男は厳しい視線を投げ続ける。どうやら譲る気はなさそうだ。
「……わかったわよ」
虎藤は諦めてアイマスクを手にした。
「着けるんですか?」
「仕方ないでしょ。わがまま言ってる場合じゃないし」
黙って着ける虎藤に習い、フジモトと班員達もアイマスクを着ける。ちょっとずらして着けてやろうかとも思ったが、薄く覗く視界の向こうで男がずっとこちらを見ているのに気づき、そっと正しく着け直した。
「それでは行きます」
車は再度ゆっくり動き出した。