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第二十話

-オランダアムステルダム スキポール空港-


 空港に降り立った平谷は、どこかそわそわとしていて落ち着かない。というのも、平谷は今回の出張が人生初の海外だった。A.K.S.P.に移って念のためにと取得させられたパスポートをまさか実際に使う日が来るとは思ってもみなかった。

「平谷さん、海外初って本当みたいですね」

 班員の一人がニヤニヤしながら質問する。

「それ以前に飛行機という物に乗るのが初めてだが。何か悪いか?」

 班員の茶化しに多少イラつきながらも、冷静な顔をして待ち合わせの場所を探す。別に高所恐怖症であったりするわけではなかったが、飛行機という鉄の塊が空を飛ぶということに若干信頼を預けきれずにいた。今までであれば予算のしわい(・・・)警察ではよほど急ぎでもない限り飛行機は使わせてもらえず、一切問題はなかった。我が子には苦手克服を口を酸っぱく言いつけつつ、当の本人は四十を超えて部下にからかわれていては何とも格好がつかない。

 そんなことを考えつつ、しばらく空港の到着ロビーを右に左にうろうろ歩いていると、道行く車を止めようとするヒッチハイカーのように、名前の書かれたボードを掲げる女性を見つけた。ボードと言えば聞こえはいいが、誰がどう見ても段ボールである。だからこそ観光地の現地ガイドではなくヒッチハイカーというのが思い浮かんだのだ。

 いささかアレに近づくのは恥ずかしく勇気がいるが、声をかけねば始まらないし、この五人の代表は平谷だった。

「あの、貴女が……、ユキナさん……、ですか?」

「はい!そうです!」

 元気に答えた女性は、和風の顔立ちとは裏腹に、綺麗なブロンドの髪を後ろで一つに束ねていて、ハーフなのだと主張していた。かなり若く見えるが、海外の警察のアテンド役に抜擢されるくらいには優秀なのだろう。惚けている若い班員の頭をひっぱたきつつ自己紹介に移る。

「えっと、私がA.K.S.P.捜査三班の班長、平谷です」

「オランダ国家警察のユキナ・マリー・フランクです。そうだ、西川さんから迅速な捜査のために尻を叩けと言伝てがあるんですが……、あの……、そういう趣味ですか?」

 ユキナは顔を赤くしてモジモジしながら平谷に尋ねる。

 前言撤回だ。どうやらオランダはこの事件に本腰を入れてないらしい。会って一分とたたずに疲労感が襲ってきた。

「いえ、強く働きかけろという意味だと……」

「あっ、なるほど!すいません……」

 わざとらしく頭を掻いているユキナを見て、平谷はただただ苦笑いするしかなかった。彼の頭の中にはもうただ平和に帰ることしかない。

「……それでは仕切りなおして、早速現場に向かいたいと思います」

「はぁ……、でも荷物はどうしたら……」

 平屋は両手にぶら下げたバッグを見下ろす。どれだけの期間になるか全く見当がつかなかった為、持てるだけの荷物を持った結果全員かなりの量になってしまった。

「それは、我々が責任を持ってホテルに御届けします」

 ユキナがそう言うと、彼女の後ろに控えていた背の高い屈強そうな男達が、ズイッと前に出て来て手を差し出した。その顔にはいっさいの緩みがなく、彫りが深いせいか、それとも細く切れ長の青い瞳のせいか、凛々しさを通り越して威圧感すら醸し出している。

 同業者で仲間のはずなのだが、平谷達はビクビクしながらカバンを渡した。すると男達は意外にも差し出されたカバンを丁寧に受け取り、その場を去っていく。

「じゃあ、行きましょうか」

 目まぐるしい展開に目を白黒させる一行を置き去りにして、ユキナはスタスタと足取り軽く歩き出した。


-オランダ警察車両 車内-


 移動中、お互いの国での事件の概要と、捜査状況の意見の交換を行った。

「日本ではそんなに男の子が被害に……」

 ユキナはあからさまに暗い顔をして視線を落とす。そんなに多感でどうすると思わず口をついて出そうになったが、残忍な事件に慣れるのも職業病以外のなにものでもなく、決して良い状況ではない。それ以前にそこまで心配する義理もない。

「えぇ、しかも児童だけでなく成人男性も……。そちらも早めに捜査範囲を広げた方が良いかと……」

「わかりました。私達も成人に被害者がいないかチェックしてみます」

 ユキナはサラサラと手元のメモに書き入れる。

「……ところで、現場はどこですか?」

「あっ、この先の廃ビルです」

 平谷が目線を車外に向けると、いつの間にか古めかしい街並みに囲まれていた。


-アムステルダム 廃ビル-


 アムステルダム市街の裏路地にひっそりと佇むそのビルは、日本のそれとは違い、レンガ造りで三階建ての趣のあるものだった。

「ここはつい最近暴行事件のあった現場です。被害児童は近所に住む十才の男児。PTSDによる失声症を患い今も言葉を話せずにいます」

 ユキナは事件を説明しながら、手に持った懐中電灯を点けて中へと入っていった。廃ビルの中は窓をすべて閉ざされているようで、日の光が全く届かず漆黒の闇に支配され、床にはありとあらゆる物が散乱している。

「……うーん。……とはいえ、目新しいものは何も……」

 平谷も手に持つ懐中電灯の明かりを右往左往させながら部屋の中を探る。

「……ん?あれは……」

 平谷が照らしだした壁には、黒のスプレーで書かれた暗号のような落書きがあった。

「……どれで、す……、か……、キャー!」

 ユキナは顔を真っ赤にして叫び、顔を両手で覆ってしゃがみこむ。

「えっ!……えっ?……えーっと……」

「もう!なんてもの見せてくれるんですか!」

「そんなつもりは……、すいません……」

 平谷は一応謝ったが、結局その落書きの意味はわからないままだった。だが事件と関係ないのは確かだろう。気を取り直して明かりをよそへ向ける。

「あの、窓って開けちゃダメなんですか?」

 班員の一人が二人の様子を窺うようにしながら、至極当たり前かつ今更な質問をした。

「あっ、大丈夫ですよ」

 ユキナの了承を得て、彼は足元を確認しながらそろりと窓に向かう。

 木製の雨戸には鍵がかかっていないようで、彼が両手で押すと簡単に開いて、部屋に明るい日差しが差し込み一瞬目が眩んだ。

「ほら、明るく……、ウワーッ!」

 彼は情けない叫び声を上げて、腰を抜かし座り込んだ。

「どうした?」

 平谷は彼の元に駆け寄り、窓の外を見る。

 そこには――

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