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第二話

-プレハブ内 会議室-

 西川はさっそく話を進める。

「では、事件の概要の説明を徳屋補佐官にしてもらいます。……が、その前に一度座りましょうか」

 西川の勧めで全員が席に着く。ペンとメモを取り出し、机に配布されていた資料を捲る。それは彼等の大半が今までに見た事件資料のそれとは、比べ物にならない厚さをしており、既に慄いた顔をする者もいた。

「改めて徳屋補佐官、お願いします」

 西川も席につき、代わって徳屋がマイクのスイッチを入れて話し始める。

「これより、一連の事件についてと犯人について、できる限り端的に説明します」

 徳屋は片手間でパソコンをいじり、プロジェクターを操作する。それと同時に部屋の明かりを落とした。カーテンは閉まっていないが時刻は深夜、この辺りでは邪魔になるほどの明かりは差し込まないし、周囲は駐屯地と隣接する林が広がり、内部を覗ける環境にはない。

「最初の事件は、神奈川県川崎市で起こりました。被害者は同市内に住む男子小学生、十歳」

 プロジェクターに映された男の子は、遠足の途中であろう写真の真ん中で、たくさんの友人達と無邪気な笑顔で笑っていた。果たしてこの子がこの純粋な笑顔を取り戻せる日は訪れるのであろうか。その胸の痛みに耐えきれず、写真から目を反らし俯く者もいる。痛ましい事件なら、これまでも何件となく経験してきている者が多いが、子供が絡むとどうしても感情が揺さぶられる。

「この子は下校途中、友達と別れ一人になったところを襲われました。次は、東京都大田区、被害者は同区内に住む男子中学生十二歳」

 次に映し出された男の子も、まだまだ幼さの残るあどけない顔をしている。だが彼もまた、若干十二歳にして拭えぬ傷を負わされたのだ。酷い。どこからともなく消え入りそうな女性の声が上がった。その人間として当たり前に出た言葉を窘められる者はいない。

「この子は塾の帰りに襲われました。以降は時間がかかるため、ここでは数だけ紹介します」

 徳屋のこの言葉に、何人か年配の人間が片眉を吊り上げた。簡潔にとはいえたった二件の紹介で、あとは件数のみなどあり得ない。その疑問を口に出すか迷っているうちに続けられた徳屋の言葉に、誰もが耳を疑った。

「最多は神奈川県で八十五件、次いで都内六十件、他の道府県でも少なくとも十件は発生し、先日遂に全国で被害児童は千人を越えてしまいました」

 千という思わぬ数に、会場は動揺を隠せずざわめきたつ。なるほどこれでは一件ずつの紹介などできようもない。天井を仰ぎ見る者、隣と顔を見合わせる者、頭を抱える者。反応は様々ではあったが、心の内は一つ。そんな話は聞いていない。

 日本にはアメリカのFBIのような越境捜査機関がない。そのため警察官であっても、上位組織である警察庁へのパイプが太いキャリア組、中でも現場から遠い上層部の人間以外、自分の管轄外は知らないことがたくさんあった。むしろ、自由に動ける記者の方が知っていて、ニュースで初めて知るなんてことは意外とざらにある。

 その上、事件の発生件数がある程度を増えた時点で、各都道府県警上層部はパニックを恐れてそれぞれに報道協定を引いた。そのため、事の全体像を把握できたのは、警察庁のごく一部の人間のみとなった。

 そしてこれが、この事件がここまでの被害者を出した遠因ともいえる。地方警察間の縄張り意識からくる軋轢。一元的に管理、把握されず、公開もされない情報。言い訳はできない、警察の失態だった。

「また、被害児童の多くは重度のPTSDを患っているとのことです。中には失声症にまで発展し、いまだに言葉を話せずにいる児童もいます。なので、被害児童との接触の際は、最大限慎重に願いします。加えて、三十四名の被害児童が自殺をはかり、内数名が手遅れとなり死亡しました。そして、これらの事件を起こしたのはこの男……」

 映し出された写真は、画質が粗い上にぶれてしまっていて、お世辞にも上手いとは言えない代物だった。大半の人間が目を凝らす中、何人かが目を逸らし、額に脂汗を浮かべる。

「熊田拓也十八歳。神奈川県内の公立高校に通っていましたが、現在は行方不明。身体的特徴としては、一九〇cmを超える身長と、何よりほぼ熊と言える頭と手です。特に爪は非常に長く鋭利で、死者、殉職者は多数います。さらに、目的遂行のためならテロ行為をもいとわない部下が多数おり、先月には愛知県警の特殊急襲部隊(SAT)と戦闘を、今月二十日には爆破テロを起こしました。この写真は、そのSATとの戦闘時に、銃器対策部隊の隊員が命を賭して撮影したものです」

 脂汗を浮かべていた者の内一人が強く歯噛みする。さもなくば喉の奥から湧き出ようとする嗚咽をこらえきれなった。

 その最中も徳屋は話を続ける。

「異様な戦闘力を有しているとはいえ、一性犯罪者とテロ集団が共闘している理由が不明なため、配下の人間には別の目的がある可能性も考えています。以上がこれまでの経過と犯人についてでした」

 徳屋は西川にマイクを渡してから自らも席に着く。

 しかし、西川はそのマイクを使うことなくデスクに置き、ゆっくりと立ち上がって力強く話し始めた。

「この度重なる卑劣な行為に、日本政府及び日本警察はようやく重たい腰を上げ、我々が召集されました。召集された時点で聞かされているとはおもいますが、我々は


”Anti.Kuma.Special.Police.-対熊特別警察”


です。位置付けとしては


”戦う警察”


”捜査する自衛隊”


といったところでしょうか。メンバーは警察庁、警視庁、及び道府県警察捜査一課、公安、捜査一課特殊犯捜査係(SIT)、SATから優秀な人間を私が直接ヘッドハンティングしました。また、先月愛知県であった市街戦により、愛知県警察SATが壊滅的な打撃を受けました。このことから、最悪警察力での制圧が不可能と判断された場合の戦闘要員として、陸上自衛隊特殊作戦群、及び特別編成された航空隊に協力していただきます。今回は第一目的が犯人逮捕の為、警察の指揮下に入っていただきました。立場の違いは承知しておりますが、何卒よろしくお願いいたします」

 西川が深く一礼すると、部屋の後ろに座っていた迷彩服の男性がひらひらと手を降ってみせた。返礼、ということだろう。

 そもそも防衛省サイドは、今回の協力要請を強く渋ったらしい。昨今、自衛隊、警察の合同訓練なども進んではいるが、両者の関係の、特に上層部の関係の完全なる雪解けを迎えたわけではない。国内治安の要という自負と、国内治安最後の砦という自負。到底分かり合えるはずもなかった。むしろ、自衛隊が防衛省へと格上げされてからというもの、警察サイドの妬み、防衛省サイドの見下しは苛烈を極めていた。

 しかし、どういうルートで伝わったか、それが現場の人間、すなわち自衛隊の人間へと、しかも自衛隊最強の特殊作戦群へと伝わった。特殊作戦群をはじめとした自衛隊サイドは、近年、今までの国対国の正面大規模戦闘から、特殊工作員やテロリストと対する近接戦闘(CQB)へと世界的な戦闘環境が変化しいたことを受け、警察との連携を密にしたがっていた。そこで、例外的に制服組が背広組に強い圧力をかけ、今回の作戦参加に漕ぎ着けた。

「本日はこれにて終了です。明日より本格的な活動を開始します。以上、解散」

 解散の号令で全員が立ち上がり会議室をあとにした中で、西川は一人会議室に残った。デスクに両肘をつき、組んだ手の上に額を乗せる。

 西川の心は乱れていた。

 決意と、不安と、恐怖と……興奮によって……

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