第十七話
-A.K.S.P.本部 会議室-
いつもと変わらない夕暮れ。いつもと変わらず何組かが会議室や捜査班室でちらほらと仕事をしている。そこに唯一いつもと違うことがあった。
西川が見当たらない。
部隊の長たる者の無言の失踪に、否応なく部屋に不穏な空気が流れる。
しびれを切らした徳屋が口を開いた。
「誰か、西川警視長の行方を知っている者はいるか?」
静まり返る部屋。その後ろの方で赤橋がゆっくりと手を挙げる。
「何か知ってるのか?」
「えっと、その……」
何か葛藤しているようで最初は口ごもっていた赤橋だが、意を決したように叫ぶ。
「実は、ここの情報が流出していた可能性があります!」
予想の斜め上を行く返事に部屋がざわつく。
「どういうことだ?」
「ここのサーバーをチェックしていたところ、正体不明のアクセス履歴がありました。しかし、それはハッキングによるものではなかったため、ここのサーバーのパスを知って然るべき、関係者であり部外者である者の犯行ではないかと西川警視長にお伝えしたところ、自ら心当たりを当たると出ていかれて……」
尻すぼみになっていく赤橋の報告と入れ替わるように、徳屋が食いついてきた。
「今の居場所はわかるか?」
「やってみます!」
赤橋はパソコンの前に座りなおすと、素早くキーボードを叩き始めた。全員が固唾を飲んで見守る静かな部屋に、カタカタというタイプ音だけが響きわたる。やがて一分と経たず赤橋が手を止めた。
「……ダメです。車両も携帯も電源落とされてて追えません……。車両のGPSの最終発信地は……、みなとみらい地区です。携帯も近い場所で通信が途絶しています」
「その不届き者に略取された……、か?」
開葉の不吉な言葉は全員の不安を代弁している。
「その近くに警察の関係施設は……」
徳屋の質問を虎藤が遮った。
「あんたバカなの?万が一にも内通者に会いに行くのに、そんなとこ選ばないわよ。そうね……、私なら人のあまり通らない、廃墟や空きテナント!」
虎藤は指を鳴らして赤橋を指さした。それに赤橋が頷く。
「調べてみます!川島さんは横浜市都市経営局、本田君は横浜市港湾局、入野君はMM不動産、飯島君は大東不動産をそれぞれハッキングして下さい!自分は神奈川国立大学をハッキングします!」
赤橋はてきぱきと仕事を割り振り自分も再度パソコンに向かった。勝手に進む話に蚊帳の外にされていた徳屋が待ったをかける。
「それじゃ違法捜査だ。そんなことしなくても各部署にきちんと連絡をとって……」
この緊急の事態にぐちぐちと正論を並べ立てる徳屋の意見を赤橋は一蹴する。
「それでは遅すぎます!この時間だと役所はもちろん一般企業でも管理権者は帰宅してしまっています。場合によっては令状が必要にもなりかねない。真っ当な手続きをいちいち取らせてたらいつになることか……。ハッキングなら……、長くて数分で終われます」
いや、終わらせる。赤橋は小さく決意を込めるように呟き、さらにキーボードを叩く速度を上げた。
声をかけるのも憚られる様な集中力で五人が向かう五台のパソコンのディスプレイには、刻一刻と記号が羅列されてはページが送られていく。
「都市経営局、ハッキング完了しました。情報として役立ちそうなのは、債務者行方不明の空き物件の行政代執行リストとかですかねぇ」
川島は画面をスクロールしながら、使えそうな情報を探してメインパソコンに送った。
「大東不動産ハッキング完了です。横浜の内陸部の空き施設情報送ります」
「MM不動産ハッキングできました。こっちは沿岸部の施設が中心ですね。データ送ります」
二つの市内大手不動産会社の情報が送られ、メインパソコンに映し出された地図上の文字数が一気に増える。
「港湾局完了。沿岸部の空き倉庫の情報送ります」
四人の情報が出揃い、地図の五割近くが完成した。残る五割は赤橋が握っている。
「こんなにあるのか……。とりあえず神奈川県警と一緒に片っ端からローラーをかけて……」
言いかけた徳屋の提言はまたもや途中で遮られた。
「その必要はないです。今ハッキングしてる神奈川国立大学の理学部、物質地球科学科ってところで、関東圏における震災についての研究が行われていたはずです。その研究の一環で都市部の人の動きを調べていたと聞きました。……さすが、|スーパーコンピューター《スパコン》がおいてあるだけあってセキュリティが厳重だな……」
赤橋は左手でさらにもう一台ノートパソコンを引き寄せると、二台同時にキーボードを叩き始めた。無機質でまさしく機械的に動かされ続ける手とは対照的に、その目は純粋に遊びに興じる少年の様な輝きに満ちている。
「……ふぅ、ハッキング完了。……平日の今頃の横浜の人の動きは……、これだ!」
カチカチとマウスをクリックすると、地図に様々な色がついた。
「まず、空き家を抜き出します」
赤橋がキーボードを叩くと、地図上の文字の書かれていないところが黒く塗り潰された。真っ黒になった横浜の上に文字を中心として色の残る場所がいくつか浮かび上がる。
「次に、今から前後数時間の人通りが少ない場所が青く塗られているのでそこを抜き出します」
もう一度キーボードを叩くと、残っていたスペースのうち青色以外の部分が黒く塗り潰された。
「よし、絞れた!場所は……」
暗闇に唯一浮かぶのは、ベイブリッジの袂にある建物。
「大黒ふ頭の太平水産ビルです!」
部下は目の前で全力を尽くした。敬愛する上司を救うため自分にできるのはただ一つ。
「総員、現場に向かえ!」
「了解!」
徳屋の命令に、皆待ってましたとばかりに駆け出す。
「A.K.S.P.より警戒中の全捜査員に告ぐ!神奈川県横浜市大黒ふ頭太平水産ビルに西川警視長が略取監禁されている可能性あり!繰り返す!大黒ふ頭太平水産ビルにて西川警視長が監禁されている!大至急向かえ!」
徳屋はマイクに怒鳴り散らすと、自らも部屋を飛び出して行った。