第十五話
-清川村 県道六四号線-
高校を過ぎておよそ診療所との中間辺りの地点。進行方向右手を緑豊かな山、左を涼しげな美しい川に挟まれた、片側一車線ののどかな道で事件は起きた。
車列の先頭を走る県警の覆面パトカーが、突如として弾け飛ぶように爆発し、川に転がり落ちていった。即座に車列が動きを止める。敵の思惑に即座に気付いた真田と山戸が、無線に向かって全車両にとにかく動き続けるように叫ぶのと同時に、山側から複数の銃声が轟いた。
最初の爆発から僅か数秒の出来事だった。あっという間にコンバットタイヤを履いた自衛隊の車両以外、右側のタイヤが全てパンクし一台残らず走行不能にさせられた。逃げ場のない路上にはりつけになる。
「総員退避!車の陰に隠れろ!」
用意周到な攻撃を受け統率をなくす前に、徳屋が無線越しに怒鳴るような指示をだし全員が動き出す。
「おいどうすんだよ!」
開葉が叫ぶ。が、答えるものはいない。そこへ遅れて見慣れた戦闘ヘリが飛来した。
「さっさとチェーンガンで蹴散らそうぜ!」
「発砲許可でてねぇけどまぁいいだろ!……ん?……なんだ?」
芝の目がこちらに円筒状のモノを向ける敵を捉えた。
「対戦者擲弾!緊急回避!」
「クソッ!」
アパッチは旋回して回避体勢に入った。しかし、その後ろを射出機から放たれた飛翔体が追いかけ、機内にはミサイルアラートが鳴り響く。
「おい!ついてきてんぞッ!」
「じゃあRPGじゃなくて地対空誘導弾じゃねぇか!」
小野が慌てて赤外線欺瞞デコイを撒き、ミサイルが誤誘導されていく。
「チッ!テロリスト風情が大したモノ持ってんじゃねえか……。一旦この場を離れて体勢を立て直すぞ!」
去り行くヘリの下で、また一台車両が吹き飛んだ。
「至急!至急!A.K.S.P.より神奈川本部!……クソッ!ジャミングか!」
加山は使い物にならなくなった無線を路面に叩きつけ、車に寄り掛かった。それを見咎めた虎藤が叱りつける。
「ちょっと!落ち込んで物に当たる暇があるならあんたも撃ちなさいよ!」
「撃てるかよ!相手と距離が近すぎだ!ちょっとでも車の陰から出た瞬間お陀仏だよ!」
揉める二人の顔を跳弾が掠める。絶え間ない銃声はジリジリと近づいていた。
森はパンクして傾いた人員輸送用のバスに乗り込み、試しに丸めたスーツを窓から覗かせてみる。
すると、スーツはものの数秒でただの布切れになった。
「逆に車内は盲点かと思ったが、抜け目ねぇなぁ……。仕方ない、別の方法考えるとするか……」
森はぶつぶつ独り言を呟きながら、姿勢を低くしてバスを抜け出した。
矢口は雨のように降り注ぐ銃弾の間を縫って、なんとか軽装甲機動車の裏にたどり着いた。
「山戸一尉!なんとかなりませんか!」
矢口にそう呼ばれたのは、元陸上自衛隊特殊作戦群所属の山戸一尉だった。山戸は敵から目線をそらさず、八九式小銃を撃ちながらそれに答える。
「すまないがかなり厳しいな!状況が悪すぎる!上から撃たれているから軽装甲機動車の重機関銃が使えない!車内から遠隔操作できる九六式装輪装甲車のキャリバーでなんとか応戦してるが、いかんせん火力差が大きすぎる!」
そんなことを話し合う二人のすぐ後ろで、敵の砲弾が炸裂した。辺り一面に撒き散らされた砲弾の破片が、矢口の左腕を貫く。
「痛ッ……」
白いブラウスの袖がみるみる赤く染まっていった。
「大丈夫か?……あいつら迫撃砲まで持ってやがんのか!」
山戸は腰の応急セットからガーゼと包帯、消毒液を取り出し、手早く応急処置をする。その鮮やかな手つきに今がどんな状況かも忘れて、矢口は思わず見惚れていた。これくらいのこと自衛官には当たり前のことで、特殊部隊員である山戸らは時として、たった一人孤立無援になろうとも戦闘を継続することを求められるため、殊更に要求されるスキルであった。それ故に改めて見惚れられるといささか居心地が悪い。
「なぁに、この位のこと自衛官なら誰だってできるさ……」
緊迫の最中、二人の間に妙な時間が流れる。そんなことを知ってか知らずか、二人を現実に引き戻すようにそれぞれの無線から声がした。
「真田だ。まだ生きてるか?」
無線の向こうの声の主は、山戸と同じく元陸上自衛隊特殊作戦群所属の真田一尉。
「えっ?あっ、あぁ、っていうかジャミングが……」
冷静さに自信があった自分でも驚くほど動揺してしどろもどろになったが、真田の方は一向に気にした様子はなかった。
「ジャミングの装置なら俺らがぶっ壊した。と言っても横にあった発電機のコードを引っこ抜いただけだがな。それより、特急一の上津ってヤツと敵の背後を取った。そこでだ、お前達に囮になって欲しい」
「囮?」
山戸と矢口の声が揃う。お互いに顔を見合わせ、それから辺りを見回し、全員の無線の向こうの喋り主が同じであることを理解した。真田は構わず続ける。
「芝と小野に適当な距離からロケット弾を撃ってもらう。それの着弾を合図に一斉射撃してくれ。そうしたら俺らが後ろから一気に攻め潰す」
「了解した」
ほぼ同時に無線を切ると、二人の頭上を遠く離れたアパッチから放たれた四十発近い70mmロケット弾が通過し、敵のいる辺りに次々と着弾した。木が薙ぎ倒され土煙が舞い上がり敵の銃撃が止む。それを見て、全員が一斉に車の陰から身を乗り出し銃撃を開始した。
山の上では爆発音をスターターピストル代わりに、上津班と真田班の二十名が一斉に斜面を駆け出す。木を避け風を裂き、敵に向けて小銃や短機関銃を乱射しながら駆け降りる。普段、訓練以外で山を駆けることなどないSAT出身の特急班が、管理の行き届いていない野山の悪い地面に足元を取られ若干出遅れた。
まんまと術中に嵌まった敵は、なすすべなく四方八方からの銃弾に次々と倒れていった。
出遅れを素早く取り戻し、それどころか先を行く特戦班を抜いていち早く敵の近くに辿り着いた上津は、すぐさま精密射撃へと切り替え片っ端から敵の肩を撃ち抜いていく。このまま生きて帰すわけにはいかないが、死なれてはもっと困る。目の前の敵は貴重な情報源だ。
敵からの反撃が完全に止んだところで、上津は発砲終了を告げた。
「総員、撃ち方止め!」
上津の号令で辺りは再び静寂に包まれ、ふとここがのどかな片田舎であったことが思い出される。それから敵の安否を確認すると、致命弾を受けていないものまで一人残らず息絶えていた。どうやら口の中に仕込んでいた薬物を飲んだらしく、口から泡を吹いている者がいる。
呆然として立ち尽くす上津に真田が歩み寄った。
「そんなに肩を落とすな。命があるだけ良かったと思え。それより見ろ……」
真田は足元に転がっていた敵の顔を持っていた小銃の銃口で指し示した。
「この顔、日本……、いや東洋人ですらないな。おそらくロシアか、旧ソ連系の国の出身ってとこか……?」
「だが、この前科捜研を襲ったのは日本人だった……。まさか別のグループということか?」
「さぁな……、とにかく捕まるくらいなら死を選ぶくらいの覚悟を持った連中だってことだ。ま、なんにせよ考えるのは俺たちの役目じゃない。俺たちは俺たちの仕事をする。そして今、その仕事が終わったんだ。さっさと帰ろうぜ」
真田は手をヒラヒラと振りながら、斜面を足元に気を付けながらゆっくり降りていく。煮え切らない気持ちを抑えつつ、上津はその後に続いた。