第十三話
-A.K.S.P.本部 会議室-
この日、西川の要請により定例外で緊急の捜査会議が開かれた。
「これより捜査会議を始めます。初めに赤橋警視、報告を願います」
後ろの方で要塞のようにPCや関連機器が積み上げられた席から、警察官にしては幾分華奢な男性が一人立ち上がる。元警視庁ハイテク犯罪対策総合センター所長にして、現IT班班長の赤橋だ。
「西川警視長からの依頼で、我々IT班で網を張っていましたところ、奴らが網にかかりました」
思わぬ朗報に会議室中から感嘆の声が上がった。
「場所は神奈川県清川村の診療所です。診療所の方に説明した上で、明後日の午前中に近隣の高校の二次身体検査を行うという、偽の情報を診療所のパソコンに入力しました。するとしばらくして奴らがハッキングし、例のゲイグルアースに情報がアップロードされました」
そこで、と西川が立ち上がり続きを受け取る。
「この好機を逃すことなくA.K.S.P.全勢力を注いで、奴らを一網打尽にします。まず、関東圏の警察より、高校生と言っても疑われないような童顔の警察官を募ります。そして、我々の中から選出する偽医師と偽看護師立ち会いの下、身体検査の真似事をし、奴らを待ち伏せします。そこで、始めに高校生役をうちからも送りたいのですが……」
西川は全員を見渡す。
すると、冷房の効いた部屋で一人汗をだらだらと流す稲田が西川の目についた。
「稲田警視、お願いできますか?」
稲田は体をビクッとさせた後、どことなく諦めたような顔で力なくハイと答える。
「ほぼ間違いなく面が割れているので、多少の変装をして当日は参加してもらいます」
「なら、いっそのこと他の人の方が……」
稲田が精一杯の抗議を示す。
「大勢候補がいる場合には考慮します。ですが、稲田警視のように背格好だけでなく声まで幼い人は少ないと思うので、確実にやってもらうことになると思います」
「はい……」
稲田は魂でも抜かれたかの様に机に突っ伏した。周りに座る班員もあまりの落胆のしように掛ける言葉が見つからない。一番年長の班員がそっとしておこうと小声で促した。そうこうしている間にも西川の人選は続く。
「それから……」
と西川はさらに数名に白羽の矢をたてる。
結局、捜査二班の稲田警視と、機捜三班所属の長谷部警部。リアリティーを求め女性を入れることとなり、聴取二班所属の高城巡査部長が選ばれた。
「次に医師役、村の診療所となれば……」
西川のレーダーに一人引っ掛かった。
「中津警視、お願いできますか?」
突然の指名を受けたのは、捜査五班率いる中津智博警視。元青森県警捜査一課長にしてこの部隊最年長の五十六歳。綺麗な白髪に、軽くふっくらとした体型。何よりその絵に描いたような温和な顔は村医者そのものと言えた。
しかし――
「いんや、俺じゃぁだぁめだって。まぁだ東北の訛りがぬげでねぇんだ」
一瞬にして空気が凍りつく。
賭けだった。この訛りの酷さは田舎の人間独特の温かさを表すか不審さを表すかの二つに一つ。だが忘れてならないのは、今回の作戦の舞台が神奈川だということ。
”一点の曇りも無いバッチリな東北訛りはどうなんだ?”
と、ほぼ全員が思ったが、西川は違った。
「大丈夫!いけますよ!その温かい感じは間違いなく村医者です!」
この瞬間ほぼ全員がいい大人として声にこそ出さなかったが、ほぼ全員が目を剝いたのは言うまでもない。それでも、西川の顔は決して世辞を言ってる表情ではなく真剣そのもの。
「となれば、後は看護師役と教師役……」
引き続いて役者を探す西川の目は、まるで演者を決める舞台監督の様な輝きを見せていた。
「看護師役は谷中警視、お願いします。それと、教師役は中田警視、お願いします」
リアリティーを追求した役に抜擢されたのは、聴取四班率いる元新潟県警公安課長の谷中美帆警視と、機捜四班率いる元高知県警捜査一課長の中田裕二警視の二人。
「配役は以上です。次に、各班の配置と当日の動きについてです」
西川は手元のリモコンでプロジェクターを操作し、スクリーンに作戦の概要を映し出した。全員が一斉にペンとメモを取り出す。
「始めに、全捜査班、機捜班、聴取班は近隣の民家内で待機。許可と住民の避難は神奈川県警と協力し明日行います」
地図上にマーキングされた家屋は、診療所を中心に十軒近く、距離にして半径五百m以内には警察官しかいないことになる。もっとも、さらにその外側一kmに渡り一般人の立ち入りが規制される為、その地区の住民はほぼ全員避難となる。
「狙撃班は、三〇〇yd離れた印刷会社のビルの屋上に展開。そして特急一上津班はヘリ二内で待機。特急二山地班と特急三中杉班は裏山で待機。陸上自衛隊特殊作戦群、ここでは特戦とさせていただきますが、真田一尉の特戦一班にはヘリ四ヘリ五に分乗していたただき機内にて待機。山戸一尉の特戦二班には裏山で待機してもらいます。ヘリ一を含めた全ヘリ部隊は、清川村手前五kmの河川敷で待機していてください」
西川の指示に特急班の各班長はそっとアイコンタクトを取った。この配置は屋外戦弱しと言われるSATにも屋外を担当させる配置だ。三人とも自衛隊と屋内外で分担するものだとばかり考えていた。それぞれ己の技量はよくわかっているが、それは全て屋内のもの。どんなに訓練を積んでも実践に勝る経験はなく、そして屋外戦は全員が事実上の初陣だ。不安がないといえば嘘になる。
「それと、当日は神奈川県警のSAT、及び神奈川県警SITにも協力してもらいます。既に、神奈川県警の真中本部長にも話を通してあります。以上が配置です」
ここでプロジェクターの内容が切り替わる。
「次に作戦を含めた当日の動きです。まず、清川村ヘは前日のうちに向かい、各班は指定の場所に展開。また医師、看護師と入れ換わってもらいます。翌朝、生徒役、教師役の捜査員は近くの高校に登校してください。学校には連絡してあります。念のため、高校の付近には県警の機動隊を配置します。診療所へは、放課後向かってください。くれぐれも不自然さがないように。そして、偽身体検査会場へ奴らが乗り込んで来たところを各班一斉突入し包囲、挟撃します」
西川が平手で机を強く叩いた。
「最後に、今回の作戦は対熊田、及び凶悪なテロリストであるが為に超法規的に例外として囮捜査を上層部からもぎ取って来ました。加えて作戦の性質上もそう何度も使える手ではありません。また、被疑者の身柄についてですが、最悪の場合は射殺も許可します。組織の壊滅と、自己の安全を最重要とし、死者のないよう作戦が終了することを願います。以上。解散」