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第十一話

-東京都 目黒区-


 午後七時を過ぎた住宅街。曇天の道を傘を忘れて、歩く彼は雨に濡れていた。

 彼の名前は井場博貴、同区内の中学校に通う二年生で、クラスではちょっと浮きぎみ。

 というのも、

 ”たまには雨にうたれるのも良い”

と、雨の中傘もささずに歩いているようなキザな考えの持ち主だからだ。

 そのおかげで、まず始めに女子に嫌われた。そして次に、女子に嫌われることを恐れた思春期真っ盛りの男子に嫌われた。今は彼女持ち、または彼氏持ちの懐の広い一部の友人としか交流がない。それも慣れてしまえばただの日常だ。

 そんないつも通りのつまらない一日を終えての帰宅途中、井場を不幸が襲う。

 自宅まであと十mのところで、彼は複数の男達によってシルバーのキャラバンに押し込まれた。


-都内 空き倉庫-


 井場は目隠しをされて、椅子らしきものに両手足を縛られていた。僅かに香る潮の匂いと、決して遠くないところから聞こえる汽笛の音が、海辺であることを知らせる。

 だが、それを知ったところでどうしようもない。助けを求めようにも手足が縛られているうえに、当然ながら携帯も奪われてしまっている。

 正確には携帯をしまっていたズボンごと奪われていた。

「グフフ……。こういうのも、たまにはアリだよね……」

 熊田は薄気味の悪い声でしゃべりながら井場に近づく。さすがに自らの世界観に浸り、何とかなる場面ではない。最後の悪あがきとばかりに必死に手足を動かす。

 だが、必死の抵抗もむなしく彼は大切なモノを奪われた。


-都内 同空き倉庫-


 熊田に襲われた数十分後、偶然巡回にきた警備員がぼろぼろな姿の井場を発見した。警備員は事態が呑み込めきれていなかったが、緊急事態だということだけは一目瞭然だった。すかさず持っていた私用の携帯で救急車を要請し、井場に駆け寄る。だが、それは大いなる間違いだった。

 それからさらに数分の後、現場に到着した救急隊員と警察官が見たのは、食い荒らされた警備員。

 そして、熊田のように変わり果ててしまった井場の姿だった。

 警察官は一瞬躊躇ったが、A.K.S.P.からの指示を思い出し、腰のホルスターからエアウェイトを取り出した。撃たなければ目の前の警備員が自分の未来の姿だ。分かってはいても、自らが人を撃とうとしているという事実に否応なく手が震える。隣にいる救急隊員を守るためと大義名分をさらに追加し、迷いを振り払うように悲鳴に近い叫び声をあげながら引き金を引く。

 だが、運動神経も酷似するようで、井場は素早く弾丸をかわした。空砲を除く装備弾数の四発を撃ち終え、隙のできた警察官に井場が飛びかかる。

 そこで、機転を利かせた救急隊員が倉庫のシャッターを下ろし、ギリギリのところで封じ込めに成功した。

 そこへ、ちょうど立川から飛んできたA.K.S.P.のベル212が倉庫の前の広場に着陸する。中から降りてきたのは、元大阪府警公安課長で機動捜査三班班長の加山拓哉警視と、元警視庁捜査一課管理官で聴取三班班長の仲間温美警視をはじめ、両班の班員総勢十名の私服警察官だった。

 当然誰も小銃等の重火器は持っていない。

「被害者発症しちゃったの?」

 どことなくがっかりしたような表情をした警察官と救急隊員に向かい、仲間がヘリのローター音に負けじと声を出して尋ねる。

「はい……。それと、第一発見者の警備員が犠牲になりました……」

「遅かったか……」

 加山は顔をしかめながら倉庫に向かった。少年はやむを得ないとしても、警備員に関しては救えた命だった。悔やんでばかりいても始まらないが、悔やまずにはいられないのが人情である。

 気を引き締めなおして倉庫へ向かうと、シャッターは内側から執拗に体当たりを受け、外側にひしゃげて隙間ができ始めている。限界はそう遠くはない。

「……仲間さん、射撃の腕は?」

「そうね……。贔屓目に見て並ってとこかしら?」

 しばらくの沈黙の後、加山は小さく頷き、全員の方を向いた。

「恐らく、警視庁、もしくはA.K.S.P.の特殊部隊が到着するより早くこのシャッターは壊れる。つまり、我々で仕留めるしかない」

 薄々皆分かってはいたことだが、改めて言葉にされると緊張が走る。

「そこでだ、シャッター破壊と同時に一斉射撃を行い、”下手な鉄砲数撃ちゃあたる”という粗雑で大胆な作戦を採ろうと思う。反論は?」

 いっそ潔いほどに大雑把な作戦に、皆反論しようにも言葉が出ない。

「無いな!ならこの作戦でいく。一撃での被害を減少させるため、各員適当な位置まで散開!」

 その沈黙を了承と解釈して強引に話を進める。各捜査員は一抹の不安を抱えながらも等距離に展開し、携行していた拳銃を構えた。何度も安全装置の解除と、薬室への弾の装填を確認する。

 やがて、シャッターの綻びが大きくなっていき、向こう側がはっきりと見えるようになってくると遂に砕け散った。

 井場が姿を現したその瞬間、一斉に引き金が引かれ、放たれた十発の弾丸は全て命中し、その体を貫いた。

 加山は血溜まりの中にうつ伏せに倒れて動かない井場に歩み寄り、止めをさすべく頭にもう一発銃弾を撃ち込んだ。

「本当に……、これで良かったのよね……?」

 仲間は不安げに言った。

「事件の被害者だろうと法を犯せば捕まえる。それと同じだ。危険だと判れば迷わず撃つしかない」

 加山は感情を押し殺しながら冷静に答える。

 それに仲間は何も言えず、ただただこの理不尽に耐えるしかなかった。

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