想い想われ
その後イブ正妃は罪を認め、陛下から離縁されました。
最も、正妃もそれを望んでいたようです。
死罪だけは免れましたが、正妃は最終的に終身刑、薬師は国外追放となりました。
陛下はカトレア様とコーリアナ様にも事実を伝えました。
お二人は自分が毒を盛られていたと知って、もうこのような怖いところにはいたくないと離縁を申し出たそうです。
でも、理由はそれだけではなく、お二人とも少なからず、皇帝の子を産み、次期皇帝の母になることを夢見ていたようです。
後宮は火が消えたように、すっかりがらんとしてしまいました。
最後に、お姉様が陛下から呼び出されます。
そして、わたくしもお姉様にお供して皇宮まで付いていくことになりました。
「驚いた。それが其方の本当の姿か」
陛下はわたくしを見て、そう言いました。
今のわたくしは侍女の服ではなく、控えめではありますが胸の空いた華麗なドレスを纏っております。
肌も白く戻り、髪はロードナイト。これが本来のわたくしの髪色なのです。
「アイラによく似ている。顔の作りは変わっていないというのに、色味や服装だけでこうも印象が変わるのか」
「これまで、偽りの姿で失礼いたしました」
わたくしは陛下に最敬礼をいたします。
陛下は黙って頷き、わたくしからお姉様へ視線を向けました。
「知っての通り、其方以外の妃はみな後宮から去った。正妃のイブは公爵の娘、カトレアも宰相の姪、コーリアナはサバン侯爵の娘、みな政略により嫁いできた。余に対して、元々愛などない」
陛下は言いながら目を伏せ、続けます。
「其方も離縁して実家に戻るなど、好きにして構わない」
お姉様は黙っております。
「陛下、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
わたくしが、お姉様の代わりに口を開きます。
陛下は再び小さく頷きました。
「わたくしの家は没落寸前の伯爵家です。政略結婚ではあり得ません。なぜお姉さまを側妃に選んだのですか?」
「余は政略による婚姻にうんざりしていた。しかし官吏たちは余に子ができるまで、いくらでも新たな妃を迎えろと急かすばかり。そんな折、貴族の間で評判の美しい娘がいると聞いて興味が湧いた。実際、一目見て本当に美しいと思った。特に笑った顔がいい。その笑顔に癒された」
「わたくしもお姉様の笑顔が大好きです」
「まぁ、苛立ちで当たることもあったというのに、今更勝手な言い分だな」
陛下は自嘲気味に笑います。
「アイラ、これまですまなかった。余のことは忘れ、これからは其方が本当に愛する者と幸せになるといい」
「では、わたくしはここにおります」
お姉様の言葉に、陛下は首を傾げました。
「わたくしは陛下をお慕いしております。陛下は覚えておられないと思いますが、それはもうずっと前から」
お姉様はただじっと陛下を見つめます。
「其方は嫁ぐ前から余を知っていたのか?」
「はい。十年前、丁度陛下が皇帝に即位したころ、陛下は貴族学校にお忍びで視察に来られました。わたくしは初等部でわずか九歳。陛下は、優しい笑みで子供たちの頭を撫でて回っておられました」
「そうか。あの時会った子供の中に其方もいたのか。子供は国の宝だ。どうしてもこの目で見て回りたくて無理を言った」
「陛下は昔からお優しく、とても素敵な方でした」
お姉様の頬は朱色に染まっております。
「アイラ、余といても子は持てない。それでもいいのか?」
「構いません。わたくしは陛下のお傍にいられるだけで、とても幸せです。わたくしは、本来なら叶うことなどありえない初恋が叶った、世界一の幸せ者です」
そう言って、お姉様は瞳を輝かせながら笑いました。
そうだったのですね。
お姉様は、ずっと前から陛下のことが……。
これまで頂いていたお姉様からのお手紙は、嘘偽りのない真実だったのです。
「これからも其方の笑顔を見られるのか」
陛下は、わたくしがこれまで見たことのない優しい笑みで、お姉様を見つめました。
「兄上、よかったですね」
部屋にクレオン様が入ってきました。
「聞いていたのか。最初から同席すればよかったものを」
「いえいえ、私がいてはアイラ妃も話しづらいでしょう。兄上たちのお話が終わるのを待っていたのです」
「余に何か用か?」
「兄上とはいつでも話せますよ」
「そうか」
陛下はわたくしに視線を移しました。
「フィアナ嬢、少しよろしいですか?」
いつの間にかクレオン様が目の前におりました。
「え?」
わたくしは首を傾げます。
お姉様が微笑みながら、そっとわたくしの背を押しました。
「お姉様?」
意味が分かりません。
「では、参りましょう」
わたくしは戸惑いながら、そう言うクレオン様を追って部屋を出ました。
着いたのは、前に来たことがあるクレオン様のお部屋です。
テーブルには、温かなセハ茶と甘いお菓子が用意されておりました。
淹れたてのようなのに、今日はハロイさんの姿はありません。
「どうぞ、温かいうちに」
わたくしの前の席に座ると、クレオン様はそう言いました。
「侍女の姿もよかったですが、今の姿は一段と綺麗ですね」
続けて、そうおっしゃいました。
「あ、ありがとうございます」
社交辞令と分かっておりますが、慣れていないため、少し恥ずかしくなります。
それからクレオン様は、わたくしを凝視するばかりで、口を開こうといたしません。
「あの、クレオン様? 何かお話があるのでは?」
「……相談に乗っていただきたいことがあるのです」
「わたくしでよければ」
そう言って、背筋を伸ばします。
「私は兄上と十歳年が離れています。自分で言うのもなんですが、私はまだ若いですし、ある理由があって当分結婚するつもりはありませんでした」
もしかして、恋のご相談?
お若いとはいえ、こんな美貌の皇弟殿下なら、これまで縁談のお話はいくらでもあったことでしょう。
彼は現在、障害のある恋でもしているのでしょうか。
「違います。そんな気の毒そうな視線を向けないでください。私は、跡継ぎの問題を気にしていたのです。結婚して兄上より先に私に子ができたなら、官吏たちが何を言い出すか分かりません。兄上のことを更に追い詰めることにもなります。ですから、兄上に子ができるまで私は結婚しないと決めていたのです」
「そうだったのですね」
「しかし、もう兄上に子ができることはありません。こうなれば、私はできるだけ早く結婚して、兄上に甥や姪をたくさん作ってあげようと思います。調べた結果、どうやら私はまともであるようですので」
クレオン様は真摯な眼差しで言いました。
「お調べになられたのですか?」
「はい。遺伝的な要因もある病ですから」
「確かにわたくしが読んだ専門書の文献にもそのようなことが書いてありました」
「兄上は、元々子供が大好きな方です。きっと甥や姪を可愛がってくれます」
「そうですね。クレオン様のお考えはとても素晴らしいと思います」
「ずいぶんと他人事ですね。今度は協力してはくれないのですか?」
クレオン様は、目を細めながらわたくしを見ました。
「え?」
「すみません。変な言い方をしまして。困りましたね。知力を使うことには慣れているのですが、どう伝えたらいいのか……」
彼は赤い顔で瞳にかかる髪を手で払います。
「クレオン様は陛下のために、早く結婚してお子が欲しいのですね。けれど、決まったお相手がいないので困っていらっしゃる?」
「いや、そうですが、そうではなく」
「急を要するので誰でもよく、それはもうわたくしでもよいと?」
「それは違います。誰でもいいわけがないでしょう。私は貴女じゃないと嫌です。一目見た時から、凛とした貴女に惹かれていたのです」
「それは、あの…… 」
「フィアナが好きだと言っているのです」
クレオン様は赤いお顔で、真っ直ぐにわたくしを見つめました。
心臓が止まりそうです。
彼にこんな風に言われて、熱い視線を送られて、心ときめかない女性がいるでしょうか。
「駄目ですか?」
クレオン様は尋ねます。
「駄目……ではありません。ただ突然で、そういったことに慣れていなくて」
「お互い妙に知識だけあって、恋愛においては実践や経験が足りないようですね」
わたくしは火照った顔のまま頷きます。
「……ですが、決めたら覚悟を持って遂行いたします」
これがわたくしの、精一杯の返しです。
「それは知っていますよ」
クレオン様は笑って答えました。
半年後、わたくしはクレオン様の正妃となりました。
わたくしのお腹の中には、既に新しい命が宿っております。
順番がおかしいとお思いでしょうが、クレオン様は研究熱心な上、夜のほうは婚前から情熱的で、恥ずかしながら(喜ばしいことですが)このような結果と相成りました。
皇帝陛下とお姉様はとても喜び、子供の誕生を今か今かと待ちわびております。
わたくしは、現在十八です。
愛しいクレオン様のお子を、あと十人ほど産ませていただければ幸いと考えております。
最後までお読みいただきありがとうございました。
評価やリアクション等いただけましたら、大変嬉しいです。
今後の執筆活動の励みになります。