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 クレオン様と共に、長い回廊を上り、陛下がいらっしゃる執務室を訪れました。


「誰だ、その女は」

 陛下はわたくしを見るなり、開口一番にそうおっしゃいました。


 美しい銀色の髪に切れ長の瞳。瞳の色はクレオン様と同じセレスティン。

 ご兄弟なだけあり、並ばれるとよく似ております。


「彼女はアイラ妃の妹君です」


「陛下、お初にお目にかかります。フィアナ・レジンと申します」


「使用人の服だな。しかも、色黒でアイラとは似ても似つかないようだが?」


「そうですか? 私は目元などよく似ていると思いますが。それと、彼女の服装に関しては事情があるのです」


 クレオン様がそう言うと、陛下は不躾にじろじろとわたくしを見回しました。


「其方、笑ってみろ」

 陛下は唐突に言いました。


「申し訳ございません。可笑しくもないのに笑うことはできません」

 わたくしは返します。


「余を前に中々肝が据わっている。それで、何用だ?」


「話があるのは私です。本日は世継ぎについての話をしに参りました。」


 クレオン様は、ゆっくりとわたくしの前に出ました。


「聞きたくない。弟である其方まで余を追い詰める気か」


「兄上……」


「余は努力している。努力してもできないものはできない」

 陛下は拳を握り締めます。


「兄上のご苦労は理解しております」


「理解しているなら、何故責める!? いつまでも余に子ができないことを馬鹿にしているのか。そんな目で見るな。出て行け!! 其方も官吏たちと同じだ!!」


 陛下は鬼の形相で、突然机の上の書類を手で薙ぎ払いました。



「私は責めてなどおりません。寧ろ、兄上がご自身を責めるのをおやめいただきたい。官吏や妃の親族の言葉など聞かなくてよいのです。所詮、みな自分の地位のことしか考えておりません。また、兄上が新しい側妃を後宮に入れる度に正妃は病んでいき、今では重罪を犯しております」

 クレオン様は強い口調で言いました。


「どういうことだ」


「正妃が薬師ぐるみで側妃たちに毒を盛っているのです」


「まさか……」

 急に陛下の顔色が変わりました。


「薬師長がアイラ妃に飲ませている薬から毒を確認しました。彼女は現在も苦しみ臥せっておりますが、兄上はどうお考えですか?」


「アイラ……。余は、無理に後宮に入ってもらい、環境が合わず体調を崩してしまったとばかり……」


 先程までの勢いはすっかり消え、今の陛下は蒼ざめております。


 それにしても、知りませんでした。


 陛下がこんなにもご自分にお子ができないことを気になされていたなんて。

 そうして、周囲から責め立てられていたなんて。



「陛下、失礼ながら少し気になることがございます」


 唐突ではありましたが、わたくしは思い切ってそう切り出しました。

 書庫で読んだ古い専門書の内容が、脳裏に浮かんでおりました。


「……何だ。言ってみろ」


「そんなに長い間、どなた様との間にもお子ができないとなると、それはもう歴とした原因があるのではないでしょうか」


「歴とした原因?」


「はい。お子ができない病です。そうであったなら、努力ではどうにもできません」


「何を言う。そんなわけがない。余は正常だ。行為は支障なくまともにできている!!」

 陛下は再び声を荒らげます。


「兄上、行為ができようと関係ありません。そういった病があるのです。私も少し前から、もしやと考えていたのですが、子供が好きな兄上に話すのを躊躇っておりました。しかし、後宮での荒事は曖昧さが生んだ悲劇なのかもしれません。もう覚悟を決めて調べられた方がよいかと思います」


「調べる?」


「そうならば、どうしようもないことで苦しむ必要はなくなります」

 クレオン様は言いました。


「……病?」

 陛下は茫然と呟き、その場にしゃがみ込んでしまわれました。




 それから数週間が経ちました。

 偽りの薬(どく)を排除してから、お姉様の体調はだいぶ回復しました。


 わたくしはクレオン様からの連絡を待ち、まだ後宮に残っております。

 クレオン様は信頼できる宦官を後宮に送り込みました。

 その方が逐一報告してくださるのです。


 陛下はやはり無精子症で、治療も困難とのことでした。

 本当にどうしようもないことなのですが、それは後宮にとって、またこの国にとって大変深刻な問題でした。

 ただ、正妃も側妃もまだこの事実を知りません。




 陛下はイブ正妃、薬師長共々皇宮へ呼びつけ、罪を裁くことにしたようです。

 そうして、その場にクレオン様とわたくしにも同席してほしいと望まれました。



 その日、わたくしは宦官と後宮の表門を出ました。

 表門を出たところで、宦官とハロイさんが代わり、わたくしはハロイさんと皇宮へ向かいます。

 実は後宮と皇宮は同じ敷地内にあるのです。


 前にクレオン様に連れられて、後宮内から皇宮へ移動しましたが、それは緊急時のための秘密のルートだったそうです。

 このルートのことは、皇族の直系の方しか知りません。

 本来、わたくしのような者に知られていいはずもなく、クレオン様はそうまでして、陛下や妃をなんとかしたいと思ったようです。





「姉上様のお加減は?」

 久しぶりにお会いしたクレオン様は、まずわたくしにそう尋ねました。


「おかげさまで回復しつつあります。最近は庭園の花を愛でることもできるようになりました」


「それはよかった」

 彼は綺麗な笑みを見せます。


 しかし、すぐに真剣な表情に変わり、

「今日は気を引き締めて立ち会いましょう」

 とおっしゃいました。


「はい」

 わたくしも厳しい声で返します。




 玉座の皇帝陛下は、とても落ち着いて見えました。

 わたくしは、クレオン様と共に下に控えます。



 少しして、イブ様と初老の女性薬師長が玉座の間に入って参りました。

 イブ様はわたくしたちを一瞥しましたが、特に驚いた様子はありません。


「陛下にはご機嫌麗しく。わざわざ皇宮へのお呼び出し、本日はどういったご用件でしょうか」

 イブ様は堂々とそう尋ね、陛下の正面に薬師長共々控えました。


「前置きせずに尋ねるが、其方側妃たちに毒を盛っているな」


「突然何をおっしゃるのですか?」


 本当に、いきなり確信をついた質問です。


 それでもイブ様は陛下の言葉に動じる様子はありません。


「側妃が次々に倒れ、わたくしだけが何事もない。確かに不自然だと感じられるのも無理はありませんわね。でも、それだけのことで疑いをかけられるなんて心外ですわ」


「証拠がある。これは実際アイラが飲んでいた薬だ。この薬から毒が検出された。薬に毒を入れるなど下劣で悪質。とても許しがたい。この毒はそこの薬師長が飲ませていたのだろう」


 陛下は、粉薬の入った袋を上に掲げました。


「まぁ、本当に毒が?」

 イブ様はわざとらしいほどの大声を出します。


「正妃、知らなかったと言うのか」

 陛下は冷静に尋ねました。


「ええ、全く。けれど、それは死なない程度の軽い毒なのでしょう? 陛下も悪いのですわ。次々と側妃を娶って。薬師長のウパルはきっとわたくしを憐れんでこのようなことをしたのですわ」


「憐れみ?」


「ウパルはわたくしより先に側妃に陛下の子ができれば、わたくしが心を痛めると配慮したのですわ。陛下は元々、とてもお優しい方ですもの。具合の悪い女性を無理に抱くことはなさらないでしょう?」


「それでは、其方への配慮で側妃たちに毒を飲ませたと?」

 陛下の声が冷たく響き渡ります。


「勿論、もう二度とこんなことをしないように、ウパルは後宮から永久追放いたしますわ」


「温い。余のものを害するなど、極刑に値する」


「ひっ。きょ、極刑!?」

 そこで初めて薬師長が声を上げました。


「それも致し方ありませんわね」

 イブ様は返します。


「じ、冗談じゃない。殺さぬ限り極刑にはならぬと言うたではありませんか。命まで持っていかれるなら、今までもらった金ではとても釣り合いが取れませぬ。陛下、私は騙されていたのです。正妃に少しでも同情した私が愚かでした」

 薬師長は血の気が引いた顔で、立ち上がりました。


「嘘ですわ。罪を逃れるため、薬師長は嘘を言っているのです」


「どちらが嘘か!!」


 イブ様と薬師長はお互いの胸のあたりを掴んで罵り合います。



「当然罪の所在を明らかにしないとならないが、別件で正妃に話がある。余は正妃に謝らなければならない」


 陛下の言葉に、イブ様は薬師長から手を離します。



「余には子種がない。今後、余に子ができることはない。正妃、長年苦労をかけてすまなかった。其方に子ができなかったのは余のせいだ」


「は?」

 イブ様は、間の抜けた声を出しました。


「残念なことだが、今後は他の皇族から養子をもらうことになる」


「そんな、ご冗談ですわよね」


「このような場で、冗談など言わない」


「嘘、嘘よ。それでは、これまでわたくしは一体何のために……」


 イブ様は、そのまま口を半開きにした状態でおります。



「イブ正妃、そんなに兄上の子が欲しかったのですか?」

 クレオン様が前に進み、尋ねました。


「そんなこと、当たり前じゃない。わたくしは、わたくしの子を次期皇帝にしたいがために、それだけのために皇家に嫁いできたのよ」

 イブ様はそう言って、その場に崩れました。


「嘘よ、嘘……」

 首を左右に振り、独り言のように何度もその言葉を繰り返します。


「だからといって、毒を盛るなど重罪です。一歩間違えれば側妃たちは亡くなっていたかもしれないのです。わたくしはアイラお姉様を苦しめたあなたを絶対に許しません」

 わたくしは、前に出て言いました。


「……ああ、そう。貴女、アイラ妃の妹だったのね。何よ。だって仕方がないじゃない。わたくしにとって、側妃は邪魔な存在。ただわたくしは陛下の子種をもらって、早く嫡男を産みたかった。それだけだった。でも、もう何もかも無駄。最初から無駄だった。あはは、はは。馬鹿みたい。ホント、馬鹿みたいだわ」

 イブ様はそう言って顔を覆い、今度は甲高い声で笑っておられます。

 まるで気が触れてしまったかのように。



 それから、イブ様と薬師長は引きずられながら役人に連れて行かれました。

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