協力者
「お戻りがあまりにも遅いので心配いたしました」
小部屋に入るなり、直ぐに声をかけられます。
目の前には執事らしき男性が立っていて、何故かその男性は彼女を睨みつけておりました。
「後宮に……殿方?」
わたくしは無意識に呟きます。
基本、後宮にいる男性は宦官です。
彼は宦官には見えません。
「こちらのお嬢様はどなたですか?」
執事らしき男性は、わたくしに目を向けます。
「彼女はアイラ妃の侍女で、私の協力者です」
謎の女性が答えます。
「そうですか。私は執事のハロイ・ヒューベルトと申します。お嬢様、申し訳ございませんが暫しこちらでお待ちくださいませ」
ハロイさんはそう言ってわたくしに一礼すると、彼女を連れて小部屋から出て行きました。
それからそう時間を置かず、再びハロイさんは現れます。
「申し上げておきますが、ここは後宮ではございません。こちら側の棟は、クレオン様の手の者しかおりませんのでご安心くださいませ」
わたくしを連れ、廊下を歩きながらハロイさんがそう言いました。
「クレオン様?」
どこかで聞いたお名前です。
「協力者とお聞きしましたが、あの方はまだそんなことも話されていなかったのですね。さあ、こちらへどうぞ」
別な広い部屋のソファーに促され、座って待っていると、急に見知らぬ男性が現れました。
「改めまして、ここまで来てくださり感謝いたします」
彼は品よく笑います。
見知らぬ?
いえ、この笑顔はどこかで見たような……。
「失礼ですが、もしかして先程までご一緒していた女性のお兄様でしょうか?」
「貴女ははとても聡いのに、まだ見抜けませんか? あの女性は私です。私が女装していたのです」
「ええ!?」
服装は勿論、髪色も所作も声色も先程とはまるで違います。何より先程は、薄く施された化粧がとても似合っておりました。
半信半疑で、思わず目の前の男性を凝視してしまいます。
確かにこの方も、とんでもない美形です。
「すみません。その、あまりに女性らしくお綺麗で、先程は男性だなんて少しも気づきませんでした。けれど、一体どうして?」
「私はこのところおかしくなる一方の兄上が、女性にまで手を上げているのではないかと心配で、時々後宮に忍び込んで様子を伺っておりました。そして、兄上の問題よりもっと深刻な、後宮に入った側妃の体調が次々と悪くなるという現状を知ったのです」
「兄上?」
「はい。まだ、私の名を伝えておりませんでしたね。私はクレオン・ガレットと申します」
彼は柔らかな笑みをわたくしに向けます。
「クレオン様は陛下の弟君、皇弟殿下にあらせられます。そして、ここは皇宮でございます」
ハロイさんが、セハ茶をそっと差し出しながら言いました。
「皇弟殿下!? も、申し訳ございません。大変、大変失礼いたしました」
あまりのことに、思わず大声を上げてしまいました。
同時に頭を下げます。
「そんなに畏まらず、どうか頭を上げてください。私のことはクレオンと。よろしければ、貴女の名も教えていただいてよろしいですか?」
わたくしはゆっくりと頭を上げました。
彼の美しいセレスティンの瞳が、わたくしを見つめております。
「わたくしは、フィアナ・レジンと申します。侍女ではありません。わたくしは姉であるアイラ妃のことが心配で、一度邸に連れ帰ろうと後宮まで乗り込んだ次第です。ですが、姉はわたくしの言うことを聞いてはくれません。それで姉があのような状態になった原因を勝手に探っておりました。勿論、罰を受ける覚悟はできております。侍女だなんて偽りを吐き、本当に申し訳ございませんでした」
「謝る必要などありません。成程、妹君か。私は最初から、貴女のことをただの侍女だとは思っておりません。それに姉君のことを心配するのは当然です。貴女が疑っている通り、アイラ妃は病気ではありません。貴女の大切な姉君をあんな風にしたのはイブ正妃です」
クレオン様はそう言って、小さく息を吐きました。
後宮でお話しさせていただいた時から、クレオン様は何かご存じだろうと思っておりましたが、このように断定されるのは意外でした。
「しかし、残念ながら決定的な証拠がありません。それで、アイラ妃に協力を仰ぎたいのです。フィアナ嬢よりアイラ妃に協力していただけるよう頼んでいただけませんか?」
「勿論、喜んで。それはどのようなことでしょうか?」
「薬です。薬師長は処方の薬をその場で飲ませ、後に残さぬよう注意しているはずです。その薬を手に入れてほしいのです」
「まさか、その薬の中に?」
「はい。薬の中に毒とは考えましたね」
クレオン様はこめかみあたりに手を当てながら答えます。
奇しくも、事実はわたくしが疑っていた通りだったようです。
「けれど、薬という物的証拠を手に入れたとしても、イブ様は薬師長のせいにし、ご自分は罪を逃れようとするのでは?」
「絶対にそうはさせません。そこはどうか私を信用してください」
彼の真剣な眼差しに、わたくしは黙って頷きました。
そしてこの時より恐れ多くも、わたくしたちは嘘偽りのない協力者となったのです。
後宮へ戻ると、わたくしは早速お姉様にクレオン様から頼まれたことをお話しました。
事実を知り、お姉様はショックを受けておりましたが、ご自身のことです。進んで協力してくださることになりました。
そして、いつもお姉様が薬師長から処方されている薬を手に入れることに成功いたしました。
お姉様は、咳き込むふりをしながら粉薬を飲まず、上手く手の平に掴んだようです。
クレオン様はすぐに薬の成分を調べ、その薬の中に、体に害を及ぼす数種の毒が混入されていることを確認しました。
それは死に至るほどの量ではありませんでしたが、摂り続ければ悪化の一途を辿る恐ろしい毒でした。
わたくしはクレオン様に連れられ、再び皇宮までやってきました。
「これで彼女の悪事が明確になりましたね」
「はい」
怒りから、微かにに声が震えます。
「先に兄上と話します。一緒に来ていただけますか?」
「分かりました」
はっきりと答えましたが、本来ならば皇帝陛下の御前に行けるような立場ではないということは重々承知しております。
しかし、今はそんなことは言っていられません。
姉のため、わたくしは覚悟を決めてここまでやってきたのです。