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潮風パンとリュクの訪問

パン生地を発酵させているあいだ、マヒナは裏庭の洗濯物を取り込んでいた。夏のようにまぶしい日差し、白い布が風に泳いで、涼やかな影を落とす。


と、玄関の方から「コン、コン」と控えめなノックの音が響いた。


「……はい?」


手を拭きながら扉を開けると、そこには――


「よ。来たぜ、パン屋の娘」


潮風とともに現れたのは、あの少年。日焼けした肌、無造作な黒髪。腰には細身の剣。

――リュクだった。


「……えっ。えっ!? ど、どうして、ここが……?」


マヒナは目を丸くした。確かに、彼にパン屋の場所は話していなかったはず。


「昨日森から帰る途中で、いい匂いが流れてきたからさ。あの時のパンの匂いと、薪の匂いと……あとは勘」


「勘って……」


あきれ半分、感心半分でマヒナは笑ってしまった。


「んで、今日はちょっとしたお礼。持ってきたんだ、これ」


布袋の中から出てきたのは、こんがりと焼かれた魚。身はふっくら、皮には艶があり、炭火の香ばしい匂いが辺りに広がる。


「焼きたてのうちに食べた方がうまいけど、まあ……パンと合わせてみるのもいいだろ?」


 



 


「魚のパン、だって? おもしろいこと言う子だねぇ」


工房の奥から現れたおばあちゃんは、にっこりと目を細めた。


――というわけで、三人で「魚パン」づくりが始まった。


焼き魚は骨をすべて外し、身をほぐしてハーブと混ぜる。タイム、ローズマリー、ちょっとだけミント。パン生地には少し塩気を効かせて、具を包んで焼き上げる。


「おばあちゃん、この香草の量でいいかな?」


「うん、リュク君、さっきの魚に混ぜてごらん。油が落ち着くよ」


「……なんか、不思議だな。パンって、こうやって作るんだな」


手つきはまだぎこちないけれど、リュクの目はまっすぐだ。マヒナは笑いながら生地を渡す。


「成形は好きにしていいよ。丸でも三日月でも、剣の形でも!」


「……剣? じゃあそれで」


 



 


窯の扉を開けた瞬間、ふわっと潮と香草の混じった芳しい香りが広がった。

きつね色のパン生地の中から、熱を帯びた魚とハーブが湯気を立てる。


「できた……! うわぁ、すっごくいい匂い!」


「ほら、早く食べようぜ」


縁側に腰かけて、二人はあつあつの“魚パン”をかじった。


「……うん!」


マヒナの頬がふわっとゆるんだ。


「塩加減がちょうどいい……ハーブが効いてて、魚臭くない! 美味しい!」


「……うん、うまい。ちゃんと腹に来る。パンって、すげぇな」


リュクも、口の端に笑みを浮かべる。昨日よりも少しだけ、やわらかい顔。言葉少なに、それでも確かに伝わる“気持ち”があった。


パンと魚の温もりが、心の距離をすこしだけ近づける。


風が通り過ぎた縁側で、マヒナはそっと、胸の奥があたたかくなるのを感じていた。

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