パンと精霊と、夜の贈り物
夜中、ふと目が覚めたマヒナは、ぼんやりとした頭で天井を見つめていた。窓の向こうからは、やさしい月明かりが差し込み、工房の屋根を銀色に照らしている。
「……チチ、チチ……」
外から、かすかに鳥の鳴き声が聞こえてきた。
こんな時間に、鳥……?
夢うつつのまま、マヒナは窓辺に足を運ぶ。古びた木の窓をそっと開けると、ひんやりとした夜気が頬を撫でた。
月明かりが静かに工房の裏庭を照らしている。柵の上に、ひときわ目を引く小さな影があった。銀色の羽根が月光を受けて、ほのかに輝いている。
「……鳥?」
マヒナがそう呟くと、影――小鳥はくるりとこちらを振り向いた。
そして、羽を膨らませ、口を開く。
「おぬしか? この家の主は」
「えっ……?」
思わず目をこする。
「我は空腹だ。馳走を用意しろ」
威厳たっぷりの声が、小鳥の口から発せられた。
「しゃ、喋った!?」
マヒナは目を見開きながらも、とりあえず家に戻って朝のうちに作っておいた魚パンを温め直し、お皿に載せて差し出した。
「これでいいかな……?」
「うむ、なかなか香ばしき香り……いただくぞ」
小鳥はパンにくちばしをつつき始め、もぐもぐと夢中で食べ始めた。
「……おいしい?」
「うむ。なかなかの腕前。礼を言おう。余の名はルーア。癒しの精霊にして、偉大なる存在だ」
「偉大な……精霊様が、お腹空かせて鳴いてたの?」
マヒナが半分呆れたように言うと、ルーアはぷいと横を向いて言った。
「我とて、いかに偉大でも、空腹には勝てぬ。自然の摂理に抗う術などないわ」
マヒナはくすっと笑った。
「ふふ、なんか面白い精霊さん」
「む……笑うな。我は真面目である」
食べ終えたルーアは、ふわりと羽ばたいてマヒナの前に舞い降りると、そっとその嘴をマヒナの右手の甲に触れさせた。
「礼として、おぬしに力を授けよう」
淡い光がふわりと広がり、マヒナの手の甲に羽のような紋様が浮かび上がった。やわらかく光るその痕は、ほんのりとした温かさを放っている。
「これは……」
「我が加護、“癒しの魔法痕”だ。お前の魔力と結びつき、穏やかなる力をもたらすだろう、植物を促し、傷を癒し、安らぎをもたらす」
マヒナはその紋様を見つめながら、まるで心までやさしくなっていくような気持ちになった。
「ありがとう、ルーア」
「ふふん、もっと感謝するがよい。余は気まぐれなのだぞ」
そう言ってルーアは、月明かりの中をくるりと舞い上がり、工房の屋根の上に飛びのった。
マヒナはしばらく、その銀色の羽が光に溶けていくのを見つめていた。