領地に戻る
馬車で二泊三日。
領地到着。
タウンハウスよりは、我が家感のある屋敷というか、砦のような家に入る。
家令と執事が玄関で出迎え、大きなドアから中にはいると、圧巻の、使用人全そろいのお出迎え。
左右にずらりん。
大階段まで伸びる。
16人、プラス家令と執事と、背後からくるメイド三人ほか数人。
記憶にあっても、実際見ると、すごい人数。
疲れたからと、自室に戻ったけれど、一人にはなれない。
御貴族の8歳児、娘を一人にしない。
専属メイド三人のうち、二人が絶対私のそばにいる。
天蓋つきベッドで、紗のカーテンを引いてこもると、一人っぽいけれど、これで何かできるわけもない。
とうことで、諦める。
寝るときも、誰か一人が、交代でドアのすぐ横に置いた椅子に座って、番している。
私がどうこう、ではなくて。
私に加害する人間から守るため、だ。
伯爵令嬢であることもさることながら、未来の王妃の乳母の娘なので、間接的にも狙われる。
家令60歳、エドモンド。
こっちの執事55歳、ブライアン。
リッは若かったね。
とりあえず、私室にエドを呼ぶ。
「忙しいところ、ごめんね。いろんなことがあって、何の脈絡なく思い出したのだけれど、3年前におばあさまが亡くなってから、孤児院と修道院の寄付ってどうなってたっけ?」
家令のエドは一瞬で瞳を潤ませた。
「いえ、わかります」
ん? 母に貶されて、優しかったおばあさまが恋しい・・・あ、おばあさま寄付してたけどどうなったっけ、的連想で修道院の寄付に行き着いた、と思った?
すごいな、善意的解釈が。
ハンカチを目に押し当てて、さりげなくしまい、泣きそうになったことをおくびにも出さず。
見 て た よ
でも、私も大人だ。子供のように指摘したりはしない。
「大奥様から、自分に何かあったとき用に、と予算を組まれておりましたので、小金貨一枚ずつを毎月届けております」
おう、さすが優しきおばあさま。
ちなみに、小金貨、地方なら6人家族を一ヶ月分養える額。王都だと、3人か4人。あっちは物価が高い。
母の魔の手から逃れるために、13歳になると同時に自分から修道院に入り、二年後、15歳で出てくる予定でいる、のはどうだろう。
修道院の偉い人に、前もっていっておいて、死を偽装して貰えれば。
初めて会う娘は殺せても、小さい頃から知っている娘を殺すには、いろいろ決意が違うからこちらの提案にのると思うんだよね。
「来月から私が届けに参ります。あと、おばあさまはどんなことをしていたのかしら?」
と、だいたい聞いて。
領地に戻って、十日で予定を立てた。
脳内で夫が、「ぎちぎちに計画立てては駄目だよ、優美。君の悪いところ。ちゃんと遊び、余白を入れて」と囁いた。
ここまで着いてきてくれるとは、なんというか、ごめんね、死んじゃって。妄想だろうけれど。
計画がうまくいかないことも盛り込みながら、私はラチェットを生かすために動いた。
修道院に挨拶して、寄付を渡す。
孤児院にも挨拶して、寄付を渡す。
これを一回したら、おじいさまが、なんて優しい子だろうと、うれしそうに涙ぐんで、宝石やらドレスを買ってくれようとしたから、銀貨で貰った。15枚。12枚で小金貨一枚になる。
「なぜ」
と、聞かれて。
「いつも一緒にいてくれるメイド達に感謝を込めて、お小遣いとして渡したいから」
と、答えたら。
エドもブライアンもハンカチを目に当てて、壁を見てしまった。
おじいさまは号泣した。
私が死んだら、この人たち、どうなるんだろう。
怖い。
ドレスもいらないのは、商人に来て貰って、売った。
礼儀作法はもういい。刺繍を習う。
寄子の子爵男爵のご令嬢で、刺繍が上手で婚約者が居る人を先生に選んだ。
刺繍の先生なのだから、寄親の跡継ぎ娘が結婚式に参加するのはおかしくないし。社交扱いでドレスの予算が出る。
そして、一度しか袖を通していないそれを、高く買ってもらえる。
それを年に一度ぐらいする。
修道院には、年間小金貨12枚以上の寄付をしていて、さらに13歳になったらこちらで行儀を教わりに来る、と伝えたら、前もって部屋を用意してくれた。
ギロ家の、予算がちゃんと動く。
キルトを作る。銀貨・小金貨・大金貨を綿にくるんで仕込んで、裁縫途中の箱に入れていく。これは修道院に持っていく。
メイドがいると出来ないので、銀貨の出番。
週に一度、二人に半日、遊びに行かせる。銀貨一枚持たせて。
そうすると、午後三時ぐらいまで、私の専属メイドは一人しかいないので、
「離れてする作業はまとめてやってきて。部屋に鍵をかけておくから、それなら安心でしょう?」
と、言って部屋から出す。
その二時間ぐらいで、ちくちくとコインを縫い込んだ。
死んだことにした後に、お金いるものね。
10歳になったときには、刺繍の腕も上がった。
孤児院に行ったときに、イニシャルの縫い方を女の子達に教えている。
ドレスを売るときに、質のそんなによくない綿布を手に入れて、孤児院で一緒にハンカチにして、イニシャルを入れて、売る。
私が居なくなったら、直接商人が孤児院と取引するように頼んである。
修道院の院長には、お菓子をもっていったり、刺繍した絹のハンカチを渡したり、やはり修道女さんたちとイニシャルよりはもっと複雑な刺繍を教えたりして親睦を深めていく。
こつこつと
毎月毎月会いに行き
心の中に入り込む。
売ったドレスの一部をちょろまかして、キルトに縫い込みながら。
多少金額があわなくても、寄付の報告と付き合わせて出た誤差は、メイドにお小遣いにしていたり、二つの院に菓子や刺繍糸を買っていたりしているので、こんなものかと家令や執事が思うようにしている。
おじいさまは、13歳の誕生日を迎える前に残念ながら亡くなった。
私が四隅に花と小鳩の刺繍を刺したハンカチを棺に入れて、旅立っていった。
孝行はできただろうか。
母はさすがに葬儀には来たが、すぐに帰ってしまい、使用人達が嫌悪の空気を撒いていた。
相変わらず、私が礼をしても、ゴミを見るような目をしていた。
何をしても気にくわない。
わかるよ。
貴女の理想の娘は幻で、現実に存在しない。その幻と比較すれば、どんな娘も、猿以下のゲテモノ。
そして、運命の日がきた。