白雪姫と七人の子分たち【短編】
王宮の奥、美容ルーム。
加湿器が静かに吐息を漏らし、ピンクの照明が肌を美しく見せてくれる。
その中央には、ゴージャスな金枠のしゃべる鏡。
継母はスリッパ姿で、うっとり問いかける。
「鏡よ鏡、この世でいちばん美しいのは?」
鏡がふわっと光り、柔らかなオネエ声で答える。
「今日も麗しいわ、マダム……でも最近、白雪姫ちゃんのお肌、ちょっと荒れてきてるのよねぇ」
「えっ!? なにそれ!? 雪ちゃんが!? 肌荒れ!?」
「たぶん寝不足ね。夜ふかししてるわ」
「すわっ大変! 炭酸パック! 美容鍼! ピエール、探してきて!!」
「カァアー!(了解)」
鏡はぽつりとつぶやいた。
「……愛ねぇ。ちょっと重いけど、愛よねぇ」
* * *
今、白雪姫は逃げている。
王宮を。いや、もっと正確に言うと、継母の美容ルームから。
「ちょっと雪ちゃん! まだ炭酸パック途中なんだから! 逃げないで!」
「いやもう無理! 顔ピリピリするし! 目も開かないし!」
そう叫びながら森へ飛び込んだ白雪姫。
ドレスの裾を引きちぎり、ノーメイクで全力疾走。まさに“姫、疾走中”。
そしてたどり着いたのは──
「……なにこれ、ちっさ……」
おとぎ話仕様の、こじんまりした山小屋だった。
* * *
ノックすると、バタンと勢いよく扉が開いた。
中から現れたのは、謎のサングラス小人。
「誰でぃ」
「えっ、あ、えっと……道に迷って、その……少しだけ休ませてもらえたら……」
次の瞬間、なぜかサングラスが震えた。
「まさか……姐さんッ!!」
「いや誰!?」
家の中から、さらにゾロゾロと小人たちが登場。どいつもこいつもクセが強い。あと無駄に礼儀正しい。
「姐さん、お初にお目にかかります、帳面の定吉と申します」
「ツッコミのノリ介です。ツッコませてください」
「マジボケの源! 姐さん、俺、姐さんのために生まれてきました!」
「うるせぇよ!!!」
突如始まる謎の忠誠儀式。
白雪姫、無言で靴を脱ぎ、なぜかちゃっかりソファに座る。もう疲れた。
「……いやいや、落ち着いて? 私、ただの白雪姫なんですけど」
「その“ただの”が一番怖ェんだよ、姐さん……!」
「えっ?」
「お肌の白さ、目の切れ長、ナチュラルメイクでこの仕上がり……オーラが違う。アンタ、女王にも王子にもなれた人だ」
「いや、言ってること意味不明……」
「姐さん、オレらのとこでのし上がりましょうや……!」
「だから、どこへ!!」
こうして白雪姫は、小人──いや、“子分たち”と奇妙な共同生活を始めることになった。
* * *
数日後──
「姐さん、白湯っす。今日はレモンの皮ちょびっと浮かべてます」
「なにそれ気が利きすぎ。……てか、なにこの生活」
気がつけば、白雪姫は完全に“姐さん”ポジションに定着していた。
帳面の定吉は、肌水分値と食事バランスを記録。
ノリ介は誰かの発言に秒速でツッコミ。
源は一日三回、「姐さんって神だよな」って呟いてくる。
(……なんで私、“姐さん”なの?)
* * *
その日も、姐さん(白雪姫)は朝からご機嫌だった。
小人たちが湧き水で沸かした白湯を持って来てくれるし、ノリ介のツッコミが朝の目覚まし代わりになる。
「姐さん、肌の調子、今日も絶好調っすね!」
「当然でしょ。姐さんなめんなよ」
そんな森のスローライフを楽しんでいた、まさにそのとき。
──ギィ……。
木のきしむ音とともに、小屋の戸がゆっくり開いた。
そこに立っていたのは──
「……雪ちゃん……? 生きてる……? 肌荒れてない……?」
ガチの魔女ルック。
肩にでかいカラス(名前はピエール)を乗せた、白雪姫の継母だった。
だがしかし、開口一番が「肌荒れチェック」。
「……なんで来たの……」
「あなたのお肌のターンオーバーが心配で夜も眠れなかったの!」
手にしていたのは、ぴかぴかに光る真っ赤なリンゴ。
パッケージには、キラキラの文字でこう書かれていた。
『美眠・美肌・無限ぷるるん』
『睡眠導入系リンゴ(夜用)』
「これ、新作なの! 睡眠美容に特化したやつ! ピエちゃんもテイスティング済みよ♡」
「カァッ(うなずく)」
「なにその監修スタイル!?」
白雪姫は一歩下がる。
継母とカラスが並んでプレッシャーをかけてくるという、謎すぎる画。
「あなた最近、寝れてなかったでしょ? お肌もだけど、心配なのよ……ママ的に」
「ママ的に!?」
「とにかく! 半分だけでもいいから食べて! ピエちゃん、はい応援!」
「カァアア!」(やたら気合いの入った鳴き声)
「圧がすごい!!」
でもまあ、せっかく来てくれたし。
それに、ちょっと寝不足だったのも事実。
姫はふと、手にしたリンゴを見つめた。
「……ひとくちだけ、ね」
カプッ。
──そして数秒後。
「……スヤァ♡」
姐さん、崩れ落ちるように就寝。
周囲の子分たち、全員パニック。
「姐さんが……姐さんがぁぁぁあ!!」
「おいおいおいおい、寝てるぞ!? これ絶対ヤベェやつじゃね!?」
「いや待て、姐さんの顔……めっちゃ潤ってないか?」
「まじで!? えっ、これ効いてんの!? 睡眠エステってやつか!?」
誰よりも冷静だったのは“帳面の定吉”。
肌の水分量をスッ……とメモしていた。
「数値的には史上最高です」
「やべぇ、姐さん、史上最高になっちまった……!」
* * *
森をかき分け、一人の男が現れた。
金のマントをひるがえし、無駄に風を味方につけたその姿は、まるで舞台挨拶に来た俳優のようだった。
顔面偏差値は、およそ70。そこそこイケてるのに、どこか信用ならない。そんな絶妙なライン。
「……この眠れる姫を、キスで目覚めさせる。それが、僕の使命だ……!」
やたら荘厳な口調でつぶやき、手を伸ばす王子。
その瞬間だった。
「ストォォォップ!!!!」
小屋の中から、七人の子分が一斉に飛び出した。
サングラスが光る。影丸が静かにナイフを構える。
「は!? ちょ、ちょっと待ってください!? 王子です! 僕、王子なんです!」
「証拠は? てか王子って名乗り得じゃね?」
「出たよ、“王子”って言っときゃ何でもアリだと思ってるやつ!」
ノリ介がズバッと切り込む。
「だいたい、寝てる女の子にいきなりキスとか、事件だよ事件!!」
「ち、ちがっ……物語ではそうなってるんです……!」
そのときだった。
──ばさっ。
布団がめくれ、白雪姫がむくりと起き上がった。
目つきはどこまでも冷静で、寝癖だけが妙に荒々しい。
「……寝てる女にキス? なめてんのか」
その場の空気が凍った。
「ちょ、姐さん起き……」
言いかけた源を、姐さんは手ひとつで制す。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
パジャマ姿のまま、寝ぐせと共に威圧感を背負っていた。
「ちょっと何しようとしてたわけ? 寝てる人間にキスって……どの口が言ってんの?」
「い、いや……その、物語の流れで……」
「“流れ”でキスすんな。流されていいのは涙と川だけだ」
子分たちが「うおおお……」とどよめく。
ノリ介は感動して鼻をすすっていた。
姐さんは立ち上がる。
シーツをまとめて抱えながら、じっと王子を睨んだ。
「“物語だから”ってキスしてくるやつ、全員まとめて通報な」
「こっちはただ寝てただけなんだよ。勝手にドラマ始めんなっての」
ピエールが「カァッ!」とだけ鳴いた。
多分、「はい論破」の意。
王子は膝をつき、小さくなる。
その背中に、姐さんがポツリと呟いた。
「つーかさ……寝かしといてくんない? まだパック、半分しか効いてないの」
そのまま、すたすたと寝床に戻り、すやりと横になる。
子分たちは自然と敬礼の姿勢を取っていた。
「姐さん……カッケェ……」
「寝顔にまで風格あるって、どういうこと……?」
王子は床にぺたんと座り込み、ぽつりとつぶやいた。
「……僕、本気で迎えに来たつもりだったのに……何も知らなかったんだな……」
しん、と静まる小屋。
すると、布団の中から姐さんの声がした。
「……アンタが何を知ってるかなんてどうでもいい。でも、知らなかったって気づいたなら──そこからが本当の出番だよ」
王子、目を見開く。
「まず白湯沸かせ。話はそれからだ」
「……はい!」
しゃがれた火打ち石の音と、小さな湯気。
その真ん中に、“新入り”がひとり加わった。
こうして今日も、“姐さんと子分たち”は、ちょっとずつ人数を増やしながら、森の奥で、静かに騒がしく生きている。
おわり