表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

第九章   聖都混乱

 まだ昼食も摂っていない昼下がりに起きた騒動に、奏一郎は引き留めると同時にこう言った。

「こういう輩は無視するのが一番いいんだよ。好きに言わせておけばいい……そのうち飽きて居なくなるから」

 そのアドバイスにルーナは耳を傾けたのかわからないが「せめてお話だけでもしてきます」と言って皆と部屋を出て行った。その後ろ姿は凛としていて、何処か教皇としての威厳を感じるほどに緊張感が伝わって来る。

 皆の前に姿を現したルーナは皆の話に耳を傾ける。

「それで何を根拠にそのような疑いをかけているのですか? それによっては処罰も辞さない覚悟ですが?」

 そう話すルーナに対して先頭の男は言った。

「それは恫喝というやつですかな? 我々はそのようなものには屈しない! 徹底抗戦しますぞ⁉」

 ルーナは呆れたように言う。

「カインズが犯人だということは明白なのです。それをトカゲの尻尾切りだというのは、ノバラック派に対する悪意としか受け取れません! 撤回を要求します‼」

 あくまでも強気な態度を崩さない……それが教皇としての威厳というものなのだろうか? その気迫に圧されたのか相手は一瞬怯んだが、周りのゴロツキたちの応戦もあり気勢を削がれることはなかった。

「何を言うかと思えば、やはりただの小娘ということか……教皇としての自覚はあれども、教皇としての資格はないようだな! ある筋の情報によるとノバラックがカインズを使い殺害させたそうではないか⁉ それをノバラック派の陰謀と言って何が悪い。元教皇という立場を利用しノバラックは自決したらしいではないか⁉ バレそうになったから事実を隠すために自決したのであろう?」

 ある筋とはいったい…………どこの誰からその話を聞いてきたのだろうか? 誰かはわからないが謎の人物が居て、そいつが情報をリークしていることになる。知っているとしたらカインズの他には事情聴取した人物くらいのものだろう……その職員が話す恐れは充分に可能性としてはある。

 庭を埋め尽くすほどのゴロツキたちは、今にも暴動を起こしそうな雰囲気を醸し出している。明らかに街中で雇ったであろうゴロツキたちは、荒くれという言葉が似合いそうな風貌をしている。

「どこからそのような情報を……」

ルーナが隠してきた情報が露見され戸惑うルーナ。相手はそれを見逃さなかった。

「私の知り合いに警備隊の人間がおりましてな。主に聴取をしているのですが、カインズの取り調べを担当しているのですよ……これがどういうことかお判りいただけますね?」

 そう言って下卑た笑みを向けてくる。イヤらしい奴だ……奏一郎は正直そう感じた。きっと利権と地位にこだわるような、世間的に言えばエリートと言われるような輩なのだろうな。そう感じた奏一郎は部外者とわかってはいたが口を挟まずにはいられなかった。

「あなた方は候補者すら出してこなかったじゃないですか? ルーナ教皇はその為に選挙という形をとっていたじゃないですか? それに候補者も出さずにもう決まった教皇を批判するのはどうかと思いますよ?」

 奏一郎は正論を吐くが、こういう輩にはそんなものも通じるはずもなく。「誰だお前は⁉ 関係ない奴は黙っていろ‼」と言われ黙るしかなくなってしまった。

皆、黙っているとその男は「これは街の人間にも知る権利がある!」などと言ってゴロツキたちを連れて出て行った。嫌な予感がする……こういう時に限って予想が的中してしまうのは何の冗談なのだろうか?


 翌日、教会の門前ではざわざわと人だかりが出来ていた……教会に朝早くから礼拝、という訳ではなく昨日のゴロツキたちとダリル派の一級神官が立ち並んでいる。これはただ事ではないと奏一郎は駆け寄ると、既にルーナとラストが対応していた。

ルーナは今までの経緯を話し、ラストも警備兵たちと一緒になって中に人が雪崩れ込まないように警戒している。人々は今にも中に入り込みそうなほど集まっている。警備兵も二十人は居るだろうか? 警戒を緩めていない。

「皆さんの言うことは理解しました。私が退位したら良いのですか? それではこの教会の活動に空白の期間を作ってしまいます! ですから落ち着いて話し合いましょう⁉」

 今回はゴロツキだけではなく、普通の街の住人にも声を掛けたのだろう……それに疑問を持った人々が三十人は集まっている。これが日に日に増えていったら教会の信頼は地に落ちる。そうはならないように今ルーナやラストが頑張っているのだが、教会の入り口に圧し掛けた者たちはそんなことお構いなしに押し入ろうとしている。

 結局は昨日のやり取りが、話が大きくなってのこの事態、ルーナも退位するつもりは無いだろうが再度投票を行う可能性はあるだろう。

「そういうことでしたら私も考えがあります。もう一度選挙をしましょう……そして投票をするのは街に居る皆さんです! この街で暮らし教会の現状をよく知っていらっしゃる皆さんに答えを出していただきましょう? ダリル派の皆さんもそれでよろしいですか? たかだか十三歳の小娘の力をお見せしましょう‼」

 そう決意を表明するルーナに対してダリル派の男が言った。

「こちらはダリル神官を亡くしているのだぞ! それで済むと思うか⁉ 候補者を立てられるわけがないだろう……あの方は唯一無二の存在だったからな」

 そう言って食い下がる男。候補者も擁立できないのであれば話にならない……何のためにこのような行動に出ているのか? 訳の分からない行動に振り回されているほど、俺たちだって暇ではない。

「じゃあ、あなた方は何を望んでこのような行動を起こしているのですか? あなた方の話は要点を得ません。何がしたいのですか?」

 ルーナの質問に皆一同に声を上げる。

「殺人を犯しておいてなんだその態度は!」「殺人事件だぞ! それを内々に処理して隠蔽しようとしたことが悪い事でなくて何が悪い事だ」という感じで、非難轟々だ。きっとこの人たちが何を目的としているのかが奏一郎には閃いた。

 そう……この人たちはただ批判したいだけなのだ。別に要求を呑んでもらおうが、突っぱねられようが関係ない……自分たちの中で納得いかない事がある。それだけで批判材料があるから行動に移しているだけなのだ。

「教皇選挙も公平に行われた。死んだダリルは帰っては来ない。そうやって批判している姿勢を取り続ければ、何かやっているように見えるんですから楽なもんですね? 候補者の擁立もできないくせに、批判だけは我先にと行う……それで孤児たちや側仕えたちよりも良い給料もらってるんですから、真面目に働いたら負けってことですか?」

 奏一郎の鋭い発言に男たちは黙り込んだ。しかし、その中にいたゴロツキたちは違った……。

「は? なんだよその態度はよう? 偉く反抗的な目じゃねえか? おい! コイツからまずやっちまおうぜ‼」

 そう言ってゴロツキはナイフを抜く。さすが三下……セリフも三下なら行動も三流以下ってことか。奏一郎はルーナの許可も得ずに抜刀する。ゴドルフィンやガレフも構えるが、奏一郎は二人を手で制するとこう言った。

「みんなはルーナの護衛を。ボクはこいつらを相手にするよ」

 至って冷静に出たその言葉は奏一郎に敗戦を思い出させる。しかし、それは悪い意味でではない…………奏一郎の気配はまるで凪のように静かで、尚且つそんな中でも荒々しさを感じさせるほどの気配。そんな奏一郎の気配に気圧されたのか、男たちは後ろに数歩後退った。

 五人ほどの男たちが奏一郎目掛けて攻撃態勢に入る。一人が飛び掛かってくると、奏一郎はすんでのところで躱し足を引っかける。ズザーと勢いよく転ぶとルーナの目の前に転がる。

「きゃっ!」

 そう叫んで後ろに後退る。ラストがそれを見て駆け寄る。きっと心配したのと護衛という役目もあるのだろう。

 奏一郎は次々やってくる男たちをヒョイヒョイと躱して、親分的な奴の傍に行く。親分も驚いたのかペタンと尻もちをつく……躱された男たちもすぐさま踵を返しナイフで襲い掛かってくる。奏一郎は心の中で「落ち着こう、落ち着こう」そう繰り返していた。ナイフで切りかかってくる男の腕に剣の腹を当てナイフを弾き落とす、男は「痛え!」と叫んで動きが鈍る。そこに奏一郎のロングソードが付きつけられる……男は「あわわ……」と言いながら震えていた。

「怯むんじゃねえ! そんな奴一人なんだ同時に攻撃すれば隙が出来るはずだ‼」

 その声は奏一郎にも聞こえている。そんな大声で言われれば、嫌でも聞こえてくる。そんな中同時攻撃をしてくる男たち、奏一郎はそれを流れるように回転しながら剣の腹を打ち付けてやる……三人が膝をついて痛みに堪える。もう一人は何とか堪えたものの奏一郎の追撃により頭に剣の腹を当てられる……そうして親分以外は戦意喪失。その親分もこんなことを言っていた。

「こんなの聞いていた話と違うじゃねえか⁉ やってられるか‼」

 親分と思わしき人物も自分は戦わずして、仲間を連れ逃げ出してしまった。それはそれでこちらとしても好都合、ガラの悪いゴロツキたちが居なくなりダリル派の三人と一般人だけが取り残された。ダリル派の三人もゴロツキが居なくなってあわあわしている。

「まだ何かありますか?」

 丁寧に聞く奏一郎、しかし彼らには充分過ぎるプレッシャーだったようで。

「今回はこれくらいにしておいてやる! 覚えておくがいい!」

 そそくさと逃げ出すダリル派の三人、集まっていた群衆も蜘蛛の子を散らすように帰って行く。これで一件落着かな? そう思っていた中で一人残っている男が居た……剣士風でグリーンの髪をした短髪の男はこちらを見てニヤつく。

 嫌な予感がした…………剣士風の男はスッと前進すると一気に間合いを詰めてくる! 奏一郎が剣を構えるよりも早く間合いに入られる……斬られる⁉ そう感じた瞬間にゴドルフィンが奏一郎を弾き飛ばして盾でガードする。

「てめえ、やるじゃねえか⁉」

 ゴドルフィンは間合いを詰める速度が速い事と、その剣士が放つオーラも感じ取ったのか万全の状況で守備に入れたのである。

「奏一郎コイツはやべえぞ! 今までのゴロツキとはわけが違う……全員でかかった方が良いかもしれねえな」

 ゴドルフィンが普段とは違い、えらく弱気だなと思った。その理由はすぐにわからされることになる。剣士はゴドルフィンの大楯を跳ね上げると、鍛え上げられたゴドルフィンの腹部に蹴りを見舞った。ゴドルフィン以外のみんなが驚きを隠せないでいる……ゴドルフィンのあの重い大楯を跳ね上げるだと⁉ ガレフが前に出て剣士に突っ掛かる。ガレフが弱いとは言わない……しかし、剣士にとっては赤子の手をひねるようなものだった。双剣で剣士の一撃を受け止めるガレフ、そこから剣士は剣を滑らせるようにし、剣の柄でガレフの利き手に一撃を加える。その勢いでガレフは双剣を片方落としてしまう。

「いって!」

そこに付け入って攻撃しようとした剣士に、ゴドルフィンが。

「お前の相手は俺だよ! 逃げるんじゃねえ⁉」

そう言って間に割って入る! ゴドルフィンは先ほどのように大楯を弾かれそうになるが、今度はがっちりと盾を掴んで弾かせなかった! それが良かったのか悪かったのかはわからないが、華奢な体つきの剣士の割にパワーがあるようでゴドルフィンとの力比べに負けずにいた。力比べで動きが止まった瞬間を見逃さなかった奏一郎は剣士目掛けて斬りかかる。しかし、奏一郎の剣は空を切りゴドルフィンの盾に当たってしまう。ゴドルフィンは盾の向きを剣士の方へ向かせ、奏一郎の剣を滑らせる……奏一郎は体勢を崩しながらも盾で流されるままに動いていくと、剣士の居るところに出くわした。正面切って戦うことも考えたが、この剣士相手に一対一ではそれも愚策だ……。

対峙すると奏一郎が時間稼ぎと情報を聞き出そうと声を掛ける。

「あなたは何者なんですか⁉ どうしてボクらを襲うんですか⁉」

 そんなことには答えもしないのはわかってはいたが、ピクリとも反応がない事に何の違和感も感じさせない剣士だった。剣を振るうと剣を合わせてくる……タイミングがぴったりなことに驚いた。ここまで合わせられると気持ちが悪い……自分の剣捌きがまるで読まれているかのように感じる。

 そこに彩花の魔力光線が放たれる! 奏一郎は一旦さがって態勢を整える。魔力光線を避けることにより剣士の腕がチラリと見えた。そこには何か見えたのだが奏一郎にはわからなかった……タトゥーのようなもの?

 それを見たガレフが突然叫んだ!

「うわあああぁぁぁぁっ‼」

 何が起きたのかわからずに奏一郎は唖然としてしまう。ガレフは怯えるように後ろに後退った。

「エルドラドだぁ⁉」

 エルドラド? ガレフの叫びに皆が一斉に注目する。魔力光線を躱した剣士はバク転しながら後退していく。凄まじい身体能力だという事がこれだけでもわかる。

「エルドラドって何なんだ?」

 奏一郎の問いにガレフは怯えながら話し始める。

「エルドラドは金儲け主義で人攫いから、強盗、暗殺も行うような集団で金の為なら何でもする集団なんだっ! 関わったものは皆殺されたり、強制労働に出されたり、奴隷として売りに出されることもあるらしい…………アリス教を敵視しているダミュール教の下部組織といってもいい連中だよ!」

 そう言葉を選びながらガレフは答える。ダミュール教の下部組織……そんな奴がどうしてここに? 誰かに雇われた? それとも対立しているダミュール教がアリス教の教皇になったルーナを狙ってきた? 警備の兵士たちが助けを呼ぶために警笛を吹く。その音に気が付いた警備兵が次々やってくるが、剣士は動じない……むしろもっと来いと言わんばかりに立ち尽くして何かに浸っていた。

「皆さんさがってください‼ 今、こやつを捕らえます!」

 血気盛んな警備兵が先を急いで捕まえようと近づく、刹那…………警備兵は死に体となる…………上半身と下半身が分かれ亡骸となった警備兵を見て、他の警備兵たちが怯む。

 ガレフ以外の奏一郎たちはむしろ逆に気が引き締まった想いだ。ガレフはというと余程怖い思いをしたのかブルブルと震えている。

「みんな……逃げた方が良いよ……知らないだろうけど、エルドラドはうちの村にも誘拐目的で来たことがあるんだ。でもその時は聖騎士様が助けに来てくれて何とかなったんだけど……子供だった頃の恐怖が僕は頭の中から離れてくれないんだ……」

 そう弱音を吐くガレフ、彼のトラウマは相当なものなようで逃げるように進言してくれる。しかしここで逃げ出せばルーナはどうなる? それを思うと逃げ出すわけにはいかない。それはゴドルフィンも、エスタルトも、まだ七歳の彩花も頭の中で理解している。そして戦いが再開されると剣士は羽ばたく様にダッシュする。やはりルーナが目的なのかルーナ目掛けて走り出す、奏一郎はそうはさせまいと斬りかかるが上体を逸らして剣士は躱す。

 そこに彩花が魔法を放つ! 風魔法でバランスを崩させて奏一郎が攻撃できるようにアシストしてくれる……間髪入れずに奏一郎が横に薙ぐと片手を後ろについて倒れ込みながらバク転してみせる。身体能力が並外れている。立ち上がる寸前にゴドルフィンが盾で体当たりをすると、よろけた様に見えたが勢いを殺してダメージを軽減させたのだ。柔軟さと力強さの両方を持ち合わせた剣士に対してジェフリーならどうやって叩くだろうか? それを冷静に考えながら奏一郎は激しい戦闘に参加していた。

「ガレフ! 戦えないならさがって⁉ そこに居られると気が散る‼」

 奏一郎にも余裕が無いので声を荒げてしまう! しかし張り詰めた空気感がそうさせるのかゴドルフィンも言う。

「そんなに怖えならさがってろ⁉ 後は俺たちが何とかするからよっ‼」

 素早い動きで剣撃を繰り出す奏一郎、それをタイミングを見て攻撃やガードに入ってくれるゴドルフィン……二人とも自分たちの事で手一杯でガレフに構っている暇など無いのだ! 剣士は奏一郎の剣撃をするりと掻い潜ると、待ち構えていたゴドルフィンもヌルりと躱していく……視線の先にはルーナ! 危ない‼ と思った瞬間、地面が光り出し亀のようなモンスターが召喚された! アダマンタイマイを召喚したのはエスタルト。アダマンタイマイは炎を吐き出し剣士を牽制すると剣士は後ろに飛び退った。ルーナに近づけまいと皆必死だ!

「みんな! ルーナに近づけるな! ラストはルーナを安全な場所に避難させて⁉」

 そう指示されたラストはルーナを抱え込むように抱きかかえ、素早く建物の中へと連れていく。それについて行く警備兵たち、奏一郎たちだけが残され戦闘が再開される。きっと剣士は全員殺すつもりなのだ……どこに逃げようが変わらないという事で、ルーナを自由にさせているのだろう。

「名前を聞いても?」

 剣士はぼそりと呟いた。

「カース・エラルド…………」

 ただそれだけを呟くと剣を構える。取り囲むように奏一郎たちは庭に陣取る……ガレフは……あまり役に立たなそうだ。前衛を何とか増やしたいところだが、ブルブルと震えるガレフには荷が重い。

「こ、殺される……みんな殺されるんだ……」

 そうブツブツと呟くガレフにエスタルトが言った。

「そんなこと言ってる暇があったら、少しは生きる努力をしなさいよ‼」

 その場に居た全員が誰の叫びかと疑った……エスタルトの語尾が伸びていない⁉ それどころかあの温厚なエスタルトが怒った? 皆一瞬時が止まりカースも黙って見ていた。

「あがきなさいよ! 最後の時まで悪あがきして、それで死ぬのならば私は本望だよ? でも何もしないで殺されてやるものか⁉ 私は最後まで生きて生きて生きてやるんだ‼」

 エスタルトの叫びにガレフはビクッとして震えていた。それを聞いてガレフはどう思っただろうか? エスタルトのこんな姿を見てどう感じているのだろうか?

 ガレフは押し黙ったまま震えが止まらないのか、腕を掴んで抱きしめるように必死で震えを止めようとするが……そんな簡単に止まってくれたら苦労はしない。それでも止めようとするガレフが呟いた。

「僕は…………殺されるのは御免だ! 死ぬのだけは絶対に回避するんだ⁉ でも勝てるかどうかわからないような相手と戦うのは不本意だ、避けたいのは当たり前だと思うけど……みんなを失う事も、みんなから信頼を失う事も御免だ⁉ だから僕に出来る事は…………この剣を振るうだけだ‼」

 自分を奮い立たせ、顔を上げ、前を見る! その表情に怯えは無かった。ただ、目の前の敵と思い切り戦うだけだ‼

 そして奏一郎とガレフの二人掛かりでコンビネーションを繰り出す。カースは奏一郎の剣を受け止め、ガレフの双剣での攻撃、それに対して身体を捻って躱す……今まで奏一郎一人だったものがガレフも加わりカースを追い込む。覚悟を決めたガレフの剣は切れ味が増していた。

「うああああぁぁぁぁっ⁉」

 そう叫びながら双剣を繰り出すガレフ、いろいろと吹っ切れたのだろう。まるで憑き物が落ちたみたいに激しく攻め込んでいる。奏一郎がそれに応じて同時に攻撃していたが、一つ心配なことがあった……それはスタミナ面だ。二人掛かりとはいえ攻め疲れを気にしていた。案の定ガレフの動きが鈍ってきたころ、奏一郎が変わってスパートをかける……カースは二人に気を取られている隙にゴドルフィンが横から突っ込んできた! 華奢な体は弾き飛ばされ門の外へと転げる。

 それに加えて彩花の風魔法で勢いがついてカースの身体は擦り傷だらけになった……敵とはいえなんとも痛々しい姿である。馬車が運んでいた荷車に激突すると、なんだなんだ? と、戒厳令が解かれた街の人たちが集まってくる……巻き込まれたら大変だと思い声を上げる!

「皆さん! 離れてください⁉ その剣士は教皇を暗殺しようとしている暗殺者です‼ 危険ですから近づかないようにお願いします!」

 奏一郎が声を上げるとざわざわとしながら離れていく。離れていく人々を見ながら奏一郎たちは通行人を守りながら警戒する。乾いた藁の中から立ち上がるカースは辺りを見回し、何事もなかったかのように振舞う。そこに彩花の魔力光線が飛んでいく。それを飛んで躱すと魔力光線は追尾していく……いつの間にこんなこと出来るようになったのだろうか? 普段から鍛錬をしているので創意工夫により生み出されたのだろう。もしかしたら思い付きで出来たものかもしれないよなぁ……何と言ってもチートな妹だ。瞬時にそれが出来たとしても不思議ではない。

 街の人たちに被害が出ないように庇いながら取り囲むと、カースは立ち上がり身体を仰け反らせた。すると空気が振動した……叫んでいるような感じだが何かのスキルだろうか? 全員が視線をカースに送り込むと、カースの雄たけびは終わりを告げ。奏一郎目掛けて駆け寄って来た! さっきよりも早い⁉ 奏一郎は剣で迎撃するとガレフも近づいて参戦してくる。

「…………それはさっきも見た」

 カースが一言呟くと、ぐんとスピードがアップした。とにもかくにもガレフと奏一郎の攻撃を素早く躱し反撃の瞬間を待っていた。そこにゴドルフィンが横から体当たりを仕掛ける! しかしカースは体幹だけでそれを受け止めると、奏一郎とガレフの攻撃も全て受け流す……体勢を崩しもしないでこんなことが可能なのか⁉ そう奏一郎は感じたが目の前でソレをやられているのだ。受け入れるしかない状況だ……。それにしてもスピードといい、筋力といい先程までとは別人のように強くなっている!

「なんなんだコイツは⁉ さっきまでと比べ物にならないじゃないか⁉」

 ガレフが泣き言を言うがゴドルフィンも同じように言う。

「全然力負けとかそういう次元の問題じゃねえぞ! 全員一旦離れろ!」

 そう言われ奏一郎とガレフは距離を置く。するとゴドルフィンが離れる寸前に火柱が上がった……そう、狙いはカース。彩花の炎属性の魔法が炸裂する……しかし豪炎がやむとそこにはカースが普通に立っていた……どういうことだ⁉ 火傷の一つくらいしてくれてもいいだろうに、涼しそうにゆったりと歩くその姿は強者のみに許された姿だ。

 その姿に臆することなく彩花は風、炎、氷、土すべての属性魔法を叩き込むが全て致命傷には至らなかった……。

「私は特異体質でね…………魔法攻撃は一切受け付けないんだよ」

 カースは親切心なのか慢心か簡単に話してくれる……それだけ自信があるってことも考えられる。それでもコイツを倒さなければいけない。エスタルトが皆が離れたのを見て詠唱していた魔法を解き放つ。

「おいで! 可愛くて気高い虎たち‼」

 そうして現れたのは二体の白虎、エスタルトの召喚魔法の中でもかなり高位の魔法だ。白虎二体は警戒しながら獲物であるカースに向かって飛び掛かる! 白虎たちは一太刀入れられたが強固な毛によってダメージは少ないようだった。一般人はその戦う姿を見て逃げ出していくものがほとんどだ。

 彩花は白虎たちに当たらないように爆裂魔法を放つが然したるダメージは無いようで、平然と彩花に近づいていく……いけない⁉

奏一郎が駆け寄ろうとした瞬間、彩花を救い出したのはペロだった! ペロは彩花を背に乗せると走りながら彩花に攻撃するように相手の死角へと駆け回る。その動きに翻弄されることなくカースは彩花にターゲットを絞ったようだった。

 奏一郎はペロがこんなことをするとは思っていなかった為、呆気に取られていたがその間も白虎と彩花の魔法による攻撃が続いている。カースは二体の白虎よりも攻撃が効かないとはいえ彩花の魔法が煩わしいようで白虎の攻撃を躱しつつ、じわじわと彩花の方へと近づくがペロの背に乗った彩花はペロが自在に死角へと移動してくれているので簡単に近づけないようになっている……まるで千日手だ。

 これにはカースも参ったようで白虎二体を先に倒すことにしたのか、白虎の一体を攻撃しようとしたとき彩花の爆裂魔法が炸裂する。

「調子に乗るなああぁぁぁっ‼」

 そう言って斬撃を放とうとすると彩花が魔法を打ち込む、どうやら相当イライラしているようだ。爆裂魔法といっても小爆発程度の爆発なので白虎二体にも被害はない。さらに白虎の攻撃がやってくるがそれを躱すたびに、嫌でもかという程に彩花の爆裂魔法が炸裂する……これは相当イライラするだろう。

 そこに奏一郎が白虎二体に加わる。カースは防戦一方になり反撃が出来ない……さらにガレフが加わることにより攻撃が当たるようになってきた。

ガレフの一撃が顔を掠めた時顔に切り傷が出来た! 五対一でこれか……そう感じていたゴドルフィンが隙を見て割って入る。

「私の顔が…………貴様らもう許さん‼」

カースの一撃を読んでいたゴドルフィンが盾で防ぐと、終わりは突然にやって来た。卑怯と言われればそれまでの事かもしれない。背中から奏一郎の剣が突き刺さる! これは殺し合いなのだ……卑怯と罵るならそうすればいい。しかし、勝てなくては自分の死を意味する……それだけは彩花の為にも避けなくてはいけない。奏一郎にはそういう想いがあった。だから後ろから攻撃した……体に剣が刺さる感触、流れ出る血の生暖かさ、それらを奏一郎は感じながらグイグイ剣を押し込む……カースは苦しそうにしながらも体を捩じり奏一郎に攻撃してくる。しかしそれは僅かに届かなかった……ゴフッと血を吐くと、徐々に力が抜けていく。

「冷静さを欠いた。それがあなたの敗因です! ボクも同じようにエルフと戦ったとき、イライラしていました。冷静さを欠いていた……結果ボクは負けた。それはもう見て居られない程に……」

 先日のエルフとの一戦で奏一郎は学んだのだ。冷静でいるものが勝者になると、そして動きを観察していた奏一郎が今回は勝者に一番近かったという事だ。

 少しずつ動きが無くなっていくカース……奏一郎は思った。初めて人を手に掛けてしまった……今まではモンスターや野生の生き物、そういうのが相手だったから特に何も感じなかった。しかし今回は正真正銘人間だ……悪人だから気にしなくても良いという意見もあるだろうが、奏一郎の中では激震と言っていいほどの衝撃があった。薄々は気がついていたがそこは何処か朧気で、いつかそういうこともあるんだと思っている程度だった。

 覚悟をしているつもりだった……しかし奏一郎は現実に人を刺した。そして今命の火が消えようとしている。初めて人を刺した感触が嫌に手に残り、流れた血が奏一郎の手に流れ手を紅く染めていく……戦闘に夢中だった奏一郎はアドレナリンが出ていたことにより、何とも思うことはなかった……しかしとどめを刺したその瞬間から冷静さが失われる。剣を放りだし後退る奏一郎。剣はカースに深く刺さったまま抜けてはくれない……カースは剣が刺さったまま最後の一撃と言わんばかりに後退った奏一郎に剣を振るうと奏一郎のお腹を掠める……血が滲みだしお腹を押さえる奏一郎。

「うあああぁぁぁぁっ‼」

 自分のお腹から流れ出る血を見て奏一郎はパニックになった。彩花とペロがすぐに駆け寄り回復魔法を掛けてくれる。しかし、パニックになった奏一郎はこう叫んでいた。

「人を殺してしまった……ボクもこのまま死ぬんだ⁉」

そう、なんとなくでわかっていてもいざ実際に実行するとなるとそれは別次元の話。自分が人を殺す覚悟も殺されるかもしれないという覚悟が出来ていなかった。それが足りなかった…………。

パニックになった奏一郎を落ち着かせようと彩花が声を掛ける。

「お兄ちゃん暴れないで! 落ち着いてよ⁉ 回復できないよ⁉」

 そんな言葉も物ともせず奏一郎のパニックは続く。一方のカースはと言うとガレフが苦しませるのは忍びないという感情から、首を両断した……物言わぬそれはピクピクと震えていたが、ガレフは無視して奏一郎の下に駆け寄った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ