第五章 禍根
悲劇は急に起きた……。カーラムを探しに行ったダリルが翌朝死体となって発見されたのだ! 取り巻きを連れて行かなかったため、単独行動での事故なのか他殺なのか謎は残るが……詳しい情報を聞かされていないので、判断材料が足りなかった。
詳しい話を聞きにカインズの下へルーナたちと向かった。
「それが現場の状況から見るに……他殺のようですね。胸に刺し傷があることがわかっています。それからダリル神官の昨日の足取りはまだ掴めていません……もしかしたらカーラム神官の仕業という可能性もありますが、そのカーラム神官も未だ行方知れずでして……。消息がつかめないのです」
困惑したカインズが人ごみから出てきて言う。これでも精一杯情報を集めてくれたのだろう……額には汗が光る。滲み出る汗を腕で拭うと再び人ごみに紛れて行った。
「ダリル神官が殺されるとは思いませんでした……この一連の事件の犯人だと思い込んでいましたから……今はダリル神官の冥福を祈りましょう。それにしてもカーラム神官は何処に行ったのでしょう?」
それはそうなのだ……カーラムという男は何処へ行ったのか? そして思っている通り犯人なのか?
それはそれで疑問だがこれでルーナが実質上トップに立てるようにはなったという事だ……嬉しくもあり悲しい?なんとも言えない複雑な感情を抱いた。喜べばいいのか哀悼の意を表していけばいいのか、複雑すぎて奏一郎は無感情になった。
「これは……なんと言っていいのか、おめでたいような……そう言うには不謹慎なような。あはは……」
笑いでごまかす奏一郎に皆の目が向く。
「こんなもん、あれだろ? ダリルがカーラムを問い詰めて逆上したカーラムに刺殺された……そんなところだろ?」
ゴドルフィンが言うと、ガレフも続いた。
「返り討ちに遭った……そんなところだろうね。でもって自分は雲隠れしてほとぼりが冷めるまでは大人しくしておくって寸法かね?」
たしかにそれが常套手段なのはわかるのだが、動機は何だろう? 呪詛がバレたことにより、問い詰められての犯行……一見すると普通に有り得そうな話なのだが当の本人は何処へ行ったのだろうか? やはり雲隠れしてほとぼりが冷めるのを待って居るのだろうか……しかし、この国から出るには門を潜る必要がある。既に人相書きや特徴は兵士たちに知れ渡っているだろうから、門を潜ることは自殺行為だ。
見つからないようにするならこの国の内部で隠れているのが、一番の最適解だと思われる。カーラムがどのような思考をする人間で、どのような性格かにもよるが……余程の低脳か無謀な人間じゃなければこういう答えに行きつくだろう。
「こんなに兵士が出回っているんだ……すぐに見つかるんじゃないかな?」
奏一郎がそう呟くと憲兵が聞き込みに奏一郎たちの下やってくる。聞かれたことは自分たちのアリバイ、昨日の会議の内容、ダリルに対して思う事、その三点が聞かれた。
特にルーナは敵対派閥のリーダー格という事もあって執拗に聞かれていた……ダリルが昨日の夜に死んでいたなら、ルーナにはアリバイがある。その時はラストと、彩花、エスタルトの四人でルーナの政務室で話し込んでいたのだという。途中ラストは夜の当番という事で見回りをしてきたらしいが、ものの十分ほどで戻って来たという。
犯行があったと思われる場所からルーナの政務室まで頑張っても十五分、それを考えればラストにも犯行は不可能という事からラストとルーナも捜査線上から外された。
「僕らが犯人じゃないことは明白です。そうなるとルーナが権力を持つことになります。ダリル派の主要人物である本人が死んでしまったんだから僕らに目が向くのも当たり前です」
奏一郎がそう呟くとルーナも自信満々に一言。
「私は敵対派閥のダリル神官が亡くなったことに対しては非常に残念に思っています……敵対していたとはいえ、殺されるような蛮行許されはしないと思っています。そこで皆さんにお願いがあるのです……この事件の解決に力を貸してもらえませんか? 報酬は一人二十万コルドプラスさせていただきます。どうでしょうか?」
このまま放っておいてルーナが教皇になるかノバラック教皇が目を覚ましてくれるのを待つのも一つの手段なのだが、ルーナとしてはこんな事件を引き起こした犯人を捕まえたいようだ。確かにこんな悲劇を巻き起こした人間を放っておくわけにはいかない。
実質これでルーナが命を狙われることは可能性として少なくなった代わりに、犯人捜しをするっていう事か……当面の目標はカーラムの捜索ということになる。
とはいえどこをどう捜索したものか……とりあえずゴドルフィンだけルーナの護衛につけておいて、他の面々は街中を捜索することにした。ガレフ、エスタルト、彩花とペロと奏一郎の三組に分かれて捜索することにした。手には手配書、表立って動けるとは思いにくいので、裏道やギルド、酒場、ごみの集積所なんかも見て回った……が、どこも空振りに終わった。ガレフとエスタルトも近隣の小山や外壁の外、林の中をうろついたりしても見たのだが……手掛かりは全くのゼロ。こうなると普通の民家に隠れているようにしか思えない。
子供なんかを人質を取って普通に暮らすように命じて、おいそれと暮らしている可能性もある……しかし、そんな簡単にうまくいくものだろうか? いくら王都とはいえども近隣住人の付き合いくらいはあるだろう……なのにそんなこと出来るだろうか?
数々の疑問は残り解決への道は遠く感じていた。
「道行く人に尋ねても手掛かりは無し、兵士たちも動いているからそうそう場所の移動も儘ならない筈なのに……見つからない。みんなどうしたらいいと思う?」
帰ってきて早々に会議が始まる……ルーナの政務室での話し合いだ。
「ということは、全くの手掛かり無しという事ですか……。困りましたね、犯人はわかっているというのに行方がわからないまま時間だけが過ぎていく。典型的な迷宮入りという可能性もありますね。」
ルーナは残念そうに呟くと、ゴドルフィンが言った。
「こういうのは足で稼ぐもんなんだろ? よく兵士たちが話してるのを聞くぜ? そうやって士気を高めてるのかもしれんが……」
ゴドルフィンの言う通り、母さんが見ていた刑事ドラマなんかでも現場百回なんて言葉もあるくらいだ。こんな事でへこたれてはいられない。
「現場百回っていう言葉が僕の居た世界にはあるんだけど。それくらい現場にはヒントが隠されているっていう事何だろうけど、今日みたいに足を使っても何も得られないと気が滅入るね」
奏一郎が思わずくだを撒く。それはそうだろう、一日中歩き回って手掛かりの一つも掴めていないのだ。愚痴の一つも言いたくなるだろう……。小山に登っていたガレフも「山は一人で探すものじゃないね。集団で囲うようにして行かないと意味がない」そう言ってやれやれと首を振った。ゴミの集積場に行ってみたエスタルトは「ゴミばっかりで臭いも強いしぃ、あんなところぉまともな人間なら一時間と居られないよぅ」と推論を述べていた。
「まあでも、まだ初日ですし肩を落とさないでください。まだまだ捜査はこれからですよ! 皆さんファイトですよ!」
ルーナの激励の後、翌日も捜索に出た……街の出来うる限り隅々までとはいかないまでも、とにかく情報を得ようと歩き回った。しかし、歩き回れど情報は一切なくカーラムの自宅にも顔を出してみたが……家族に聞いてみても一昨日から帰ってきていないの一言を言われ追い出される。
損な役回りの奏一郎は道行く近所の人に聞き込みをしても、邪険に扱われ、怒鳴り返されることもあった。
「あーあ、こんなことで本当に見つかるのかなぁ? 彩花はどう思う?」
何気なく聞いた奏一郎は、彩花に聞いてもわかるわけないか……と思っていたが。
「ねえ、お兄ちゃん? ここはペロの出番だよ! お母さんが見てた警察さんのテレビでワンちゃんが活躍してたの‼」
突拍子もないことを言い出す彩花……だが、これはウルフもイヌ科の動物だから臭いに敏感かもしれない。
「ペロに臭いを憶えさせるっていう事か…………うん! 良い手かもしれない。やってみよう‼」
そう言って奏一郎と彩花とペロは教会に戻り、ルーナの許可を得てからカーラムの部屋に行き、臭いのついているだろう服や靴下などを箪笥から取り出すとペロに臭いを嗅がせる。
そして再び外に出るとペロの自由に歩かせてやる……背中に彩花を乗せたペロは始めのうちはうろうろしていたが、次第に臭いを嗅ぎ分け始めたのか歩き始めるのだが教会の中に戻ろうとする。教会の中にカーラムの臭いがするのは当たり前で、少し離れたところでペロを自由にさせてやると座り込んでしまった……雨も降ってなかったし臭いが流れてしまうなんてことは無いはずだし、やはりいきなりこんなことをさせるのは無謀だったのだろうか? そう思っていると彩花がこう言った。
「ペロ、ずっと同じところに行こうとするね……わかんないのかなぁ?」
ずっと同じところに行こうとしているのは教会にカーラムの臭いが残っているからなのだろう。これでは同じことの繰り返しか…………。
そう思い仕方なく教会へと帰ることにした。
教会に帰るとルーナの政務室に集まる予定だったのだが、ペロが執拗に違う方向へと行きたがるのだ……彩花も背に乗っているというのに、いう事を聞いてくれない。こんなペロは初めてかもしれない……。
だいたいは彩花が言う事は聞き分けて大人しくなったりするのだが……さっき臭いを嗅がせたことで、困惑しているのだろうか? 教会の中はカーラムの臭いは沢山するだろうしなぁ。そんなに気に留めなかった奏一郎はペロを誘導すると政務室へと向かった。
ゴドルフィン、ルーナ、ラストの三人に迎え入れられ、部屋に入ると中には三人だけだった……ガレフとエスタルトはまだ戻っていないようだ。きっと足を棒にして探しているのだろう。
ゴドルフィンに成果を聞かれると奏一郎は今日あったことを説明した。
「そうかぁ、ペロでもダメかぁ……ウルフの嗅覚は凄いなんてもんじゃないって聞いたことはあったんだがなぁ」
そう言ってゴドルフィンはペロを撫でまわす、ペロは喜んでお腹を見せるだけではなくゴドルフィンの髭面をペロペロと舐めまわす。
「よしよし! ペロ頑張ったな!」
そうこうしているうちにガレフが帰ってくる。今日の成果はどうだったのだろうか?
「ただいまー……今日も収穫ゼロだぜ。嫌になっちゃうよなぁ」
どうやらガレフも空振りだったようだ。
「今日は何処に行ってきたの?」
奏一郎が気軽に聞くとガレフは得意げな顔をして言う。
「人を隠すには人の中、マーケットに行ったり……後は川のほとりなんかも見に行ってきたよ?」
フィエットの街は真ん中に水路というか川が流れており、そこは洗濯する時の水や飲み水なんかも汲みに来たりする。街の人々の憩いの場の一つだ。マーケットは皆食べ物を買いに毎日来るようなところだから、出入りすることも充分に考えられる。
「毎日利用するところにも出入りは無しか……それは代理で誰かに買い物に行ってもらってる可能性があるな」
ゴドルフィンが一言話すと、そこにエスタルトも帰ってくる。
「ただいまぁ、疲れたよう。もう、裏道はナンパばかりでぇ……捜査どころじゃなかったよぉ」
ナンパ! 確かにエスタルトは顔立ちもキレイだし、可愛らしさもある……そんな路地裏に入ったら、ガタイの良いおじさんから強盗の類までやってきそうではある。
「なんだよ? タルトは遊びに行ってたのかよ?」
ガレフとしては面白くないんだろうなぁ……元々同じパーティーメンバーだったし、ガレフはきっとエスタルトの事が好きだけど素直になれないところがあるのだと思う。だからいつもじゃれ合う様にしてコミュニケーションをとっているのだろう。
「もーう! 大変なんだからねぇ⁉ 相手にしないけど……めんどくさいんだよぉ?」
エスタルトの苦労がしのばれる。好きでもない男に言い寄られて、いやらしい目線を向けられるのだ。たまったものではないだろう。
「それで? 何か収穫はあった?」
奏一郎が聞くとエスタルトは首を大きく振り。
「だからぁ、ナンパばっかりでそれどころじゃなかったのぉ! 私悪くないもーん⁉」
悪びれる素振りも見せずに言い放つエスタルト、まあ見つからなかったのはみんな同じだから気にしなくて良いのだけれど……。
そんな中ペロは部屋の中をうろうろしていた。いつもは彩花にべったりなのに、なんだか落ち着かないようでジッとしていない……さっきからペロはどうしたんだろう?
落ち着かないペロに彩花が頭を撫でて落ち着かせようとするが、いつになく落ち着きがない……本当にどうしたのだろうか? もしかしてトイレだろうか? と思い、奏一郎は扉を開けると臭いを嗅ぎながら歩き出す。部屋の外に出るとトコトコと歩いていく、どこまで行くんだろう?
「ペロー!あんまり遠くに行っちゃダメだよー?」
彩花が一声かけると、一瞬振り返るも再び歩き始める。
「まあ、この教会内であれば安全ですしウルフには帰巣本能があるらしいですから大丈夫ですよ!」
ルーナがそう言ってくれたので、本題であるカーラムの居所について話し合うことにした。
「うーん、他に目ぼしい場所は何処かあるかなぁ? みんなどう思う?」
奏一郎は皆に聞いてみると、皆うーんと口籠ってしまった。やはり出来得る限りのところを捜し尽くした感覚があるのだろう。そう諦めかけた時「ワオォォォーン‼」という遠吠えが上がった。
急いで部屋の外に出て声の聞こえた方角へ走る! その間も遠吠えは続いている……ペロの身に何か起きたのだろうか? そんなことが頭をよぎる。中庭に出たところで、人ごみの中にペロが居るのが見えた。相変わらず遠吠えを上げている……。
彩花は「どうしたのペロ⁉」と言って頭を撫でてやると、ペロは人ごみの中を彩花と一緒に掻き分けていく。そこには刈り取った草が山のように積みあがっていた……ペロはその草の中に顔を突っ込むとグイッと何かを引っ張り出した……そこに到着する奏一郎たち、目の前の光景に絶句した。草の中から腕がはみ出ている……ペロは何とか引きずり出そうと引っ張るが草の重みで引きずり出せないでいる。
そこで彩花が機転を利かせて風魔法で草を吹き飛ばした。周りにいた人間たちが「うわぁ!」と、声を上げて蜘蛛の子を散らした。近づいてみるとそこには人相書きの男が横たわっていた! 一言だけルーナが放つ。
「カーラム…………こんなところに……」
その言葉が事実ならばペロが街中で教会に向かおうとしたことや、教会の中に入ってからもいう事を聞かなかったことも合点がいく。ずっとペロにはわかっていたのだ……ここにカーラムの死体があることが。それを奏一郎は教会内にカーラムの臭いがするのは当然と切り捨ててしまった……ペロに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる奏一郎。
あの時そのままペロに任せておけばすぐにカーラムの死体を発見できたはずだった……。
死体を調べるとこちらもダリルと同じように胸を一突き、即死のように見受けられた……奏一郎は死体に自らのマントを掛けると姿が見えないようにしてやった。警備の兵隊がやってきて死体を細かく調べて行ったが、死因はやはり胸の刺し傷……一突きで絶命させたのだろう。しかしいったい誰が……自ら刺したにしては思い切りが良すぎる。
そこで奏一郎は掌を見た。やはりあった……防御創、母親が見ていた刑事ドラマの知識だが……ナイフなんかの刃物を持った相手にするには、余程油断していない限り手に防御創が出来る。今回はそれがあった……つまりは油断していたわけではないという事がわかる。
自殺という事も考えられたがこのように草で埋められ防御創もある状態を考えれば、その線は限りなくゼロに近くなることが証明されるのだ。
ではいったい誰が? 頭を働かせるが敵対勢力のダリルも第三勢力のカーラムも死んだ……頭の中はパニック寸前だった。
奏一郎はルーナに耳打ちをした。
「防御創がある。間違いなく殺人だ。殺した人間に心当たりは?」
真顔で言う奏一郎にルーナは戸惑ったような顔で答える。
「ここまでくると私にも何が何だか…………」
それもそうだろう……こんな状況誰が予測できただろうか? 真犯人だと思っていた人間が殺されていたなんて、誰にも予想は出来なかっただろう。それは悲しみと混沌の中これからの方針が難航することを示していた。