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第三章   エルフの隠れ里

昼近くまで眠っていた一行は、太陽が高く上った頃行動を開始する。馬車をガレフが動かすと馬車の周りに配置される……今日はモンスターが出るという道を進むことになる。気をつけて進まなくてはいけない。警戒しながら進んで行くと人とすれ違う事もなく、スイスイと進んで行けた。

 モンスターが出るという噂はなんだったんだろうか? みんなで談笑しながら歩いていると、道の端で休憩でもしているのだろうか……人が座って居る姿が見えた。どうやら子供のように見えるが、どうして子供がこんなところに居るのかわからなかった…………。

遠くから声を掛けると子供はこちらに向かって歩き出した。

「こんなところでどうしたんだい?」

 心配そうに声を掛け、近くに来ると子供は変質した! 木のような姿になると根が奏一郎目掛けて突きを繰り出す。奏一郎はソレを躱すと剣を抜く、全員が戦闘態勢に入るとソレは次々に枝を突き出してくる。

「これはトレントだよぉ! 人間の姿に扮して襲ってくるモンスターなのぉ⁉ 気をつけて冷静に対処すればぁ、倒せると思うのぉ。焦らずにじっくりだよぉ」

 エスタルトが言うと皆枝の攻撃を避けて回る……彩花は馬車に居るルーナとラストを防御魔法で守っている。

 奏一郎とガレフが枝を薙ぎ払い少しずつ前進していくと、より一層激しく枝が飛び交う……。

「うおおおぉぉぉぉっ‼」

という声と共に盾を手に前進していくゴドルフィンを前にして陰に隠れる。トレントの本体に近づくと、隠れていた奏一郎が飛び出し子供の姿をしたトレントを切り伏せる……これで終わってくれると良いのだが。

「まだだ! 奏一郎油断するんじゃねえ⁉」

ゴドルフィンに言われ、奏一郎はトレントの本体を探した……が、特に何も起こらない。安心しかけた時森の奥から枝が飛んでくる⁉ それをバク転で躱すと次々に襲い掛かってくる枝! この森はどうやらトレントの巣窟のようだ‼ 森の奥を細目で見ると人型の何かが居るのが見えた……トレントは群れるモンスターのようだ。

「まだ少なくとも三体いる! もしかしたらそれ以上この森に居るかもしれない⁉」

 森の中をくねくねと器用に躱しながら、襲ってくる枝に苦戦を強いられる奏一郎たち……こんな所で足止めされている場合ではないのだが、致し方ない。

 彩花は相変わらず馬車に居る二人を守り続けている……彩花が攻撃に打って出られないのは痛いところではある。最大の攻撃力を持つ彩花が防御に回っていることが最大の難点で、それ以外のメンバーで戦うということは時間が掛かることが確定してしまうのだ。

 奏一郎自身もジェフリー程の実力はないものの、実力はなかなかのものになっている。ガレフも研鑽しているお陰で主力を担っている。ゴドルフィンは言うまでもなく攻撃というよりかは、守備の方で活躍している……奏一郎とガレフがまだまだ未熟なところもあるので攻撃に参加してくれている。

エスタルトは基本自分のタイミングで召喚をしてもらっている……召喚獣が邪魔にならないようにするためだ。しかし今は使い時だと思ったのかフレアラビットを五体召喚すると森の中に潜り込ませる。フレアラビットたちは森の木々をスイスイと避け、更にはトレントの枝までも搔い潜り……爆発、四散した。

「ふう、やったか?」

 そう思って近づくガレフ、まだ予断を許さない……。が、先程のフレアラビットの爆発でトレント達は全滅したようで攻撃が来ない。近くまで行ったガレフが静まり返った森から出てくると、もう大丈夫と言って手を振りながら御者台に乗り込む。

「今日はぁ、私がトップ賞ぅ!」

 上機嫌にエスタルトが言う。それに対しガレフが「今日はまだまだ始まったばかりだぜ?」と返す。それでもエスタルトのお陰で今回のトレントを撃退できたのだ……感謝すらこそすれど、文句は言えない。

その時森の中がぼやけた様に見えた……疲れてるのかな? でも、まだ今日は始まったばかりだ。そんなに疲れているとは思えない。もう一度よく見てみる…………やはりぼやけている。みんなに「いったんストップしよう」と言って、声を掛けるとそのぼやけた場所を確認しに行く。

「なんだなんだ? トイレか?」

 御者台から呟くガレフに「違うよ! なんかおかしいんだ⁉」そう返して確認に行く……。

 エスタルトも後からついてくる。目的の場所に立った奏一郎はぼやけたところに手を差し出してみる……すると手は波打った景色に呑み込まれた!

「なんだこれ⁉ 手が呑み込まれた!」

 エスタルトも、なになにぃー?と言って手を突っ込んでみる……やはり同じように吞み込まれる。

「何これ面白ーい!」

 歩いてその場所に入って行ってしまうエスタルト。何があるかわからないのに、そんな簡単に入り込むなんて無謀だ! そう思ったがエスタルトはヒョコっと顔を出すと何事もなかったように戻って来た。

 このぼやけた先に何があるのかわからないが、気になるのは本音だ……ルーナが近寄ってくると一言言った。

「この森には昔からエルフの隠れ里があると言い伝えがあります。もしかしてこれはその転移装置のようなものなのではないでしょうか? 私、実は一度エルフの里に行ってみたかったんです! このまま進んでみましょう⁉」

お祈りのポーズでお願いするルーナ……しかし今は依頼の途中だしなぁ、どうしたものか?そこへゴドルフィンもやってくる。

「エルフの隠れ里か……昔、リストに連れられて行った事があるがこんな所にも入り口があったんだな」

 リストというのは俺たちが前にジェフリーをリーダーにして、旅をしていた頃のメンバーで今ではジェフリーの奥さんだ。弓使いで戦闘に特化はしていなかったが、知的で美人なエルフだった。

「じゃあ、ここがエルフの里だっていうのは確実にそうなの?」

ゴドルフィンに問うと。

「まあ、そういうこった。依頼主も、ああ言ってるんだし行ってみるか?」

 みんなに問うと総意としては行ってみたいという意見が多かったので、馬車を近くに止め目的地を変更してエルフの隠れ里に向かうことにした。

 ぼやけたところに一人ずつ入っていく、彩花はペロに跨って入っていく……中に入ると拓けた場所に出た。辺りは木々で覆いつくされている……人の姿はない。みんなでガヤガヤと進んで行くと、突如上から一本の矢が降ってきた……これは警告……だよな。

「誰かいませんかー? 僕たち迷っちゃって……。」

 結構大きな声で叫んでみるが反応はない。一歩踏み出そうとしたところでまた矢が放たれる……これは完全に拒否されてるなぁ。

「ここの連中は迷った奴に引き返せと脅すような輩ばっかりなのかい? ボクの居る世界ではそんなの野蛮人のすることだと思うんだけど……みんなはどう思う?」

 大きめの声でガレフが言うと木の陰から一人のエルフが姿を見せる。

「おい、お前たち! 本当に迷い込んできたのか⁉ ここはエルフのみが入れる聖域だ。すぐに立ち去るがいい!」

エルフがそう告げると、さらに続ける。

「ここの入り口にはトレント達がわんさか居たはずだ! それを搔い潜って全員でここに辿り着くなんておかしいではないか⁉ 一人二人ならまだしも、全員が揃ってここに来るのは絶対におかしい‼」

 そう言われてもなぁ……実際にはトレントを撃破して違和感があったから、入ってきてしまいましたなんてのは今更言えないところもある。するとガレフが言った。こういう時は饒舌だ。

「全員が来たのは不自然かもしれないが……みんなで逃げ回った結果だ。ここに入ってしまったのも偶然だし、元の場所に戻ってもトレントに襲われるのは分かりきってるんだ! あんなところに戻れというのか⁉」

 真に迫った演技をするガレフ、それに追随するようにゴドルフィンが言った。

「そうだぞー。あんな危ねえ所に帰れっていうのか? 俺たちに死ねと言ってるようなものだぜ。そんなのってないよなぁ……」

演技がお世辞にも上手いとは言えないゴドルフィン。その後にルーナも続く。

「私はアリス教第一級神官ルーナ=エドワルドと申します。あなた方に危害を加えるつもりはありません……。私たちはフィエットに向かいたいだけなのです‼」

 ルーナの心からの叫びはエルフの心を動かした……他の二人は嫌に挑発的なんだよなぁ。そう思いながら奏一郎はルーナの民衆に訴えかける力は凄いものがあるなと思っていた。そう言ったカリスマ性というのは若くても、あるものなのだなぁと感じる……。

 ルーナの言葉が響いたのかエルフが言った。

「お前たちはここで待って居ろ。長に確認してくる」

 そうできるんなら始めからそうして欲しいものである。

「最初からそうしろってんだ!」

 ゴドルフィンが息巻く。なんだかゴドルフィンと同じ考えをした自分が嫌になる奏一郎。自分が野蛮になっているようで、もっと自分を律しなくてはと思った。

 十分ほど経った頃だろうか? エルフが戻ってくるとこう告げた。

「今回だけ特別に立ち入ることを許してやろうと長が言っている。黙ってついてくるがいい……ここのことは口外禁止だ。我々も自然と共に生きている身分、外界との接触は出来るだけ避けたい」

そう言って踵を返すと奥の方まで案内してくれた。まさかこのまま出口までご案内なんてことは無いよな……? まあ、そういう可能性は無きにしも非ずとは思っていたがそんなことは無かった。

 それにしてもエルフというのはこんな風に隠れ住んで外界をシャットダウンしてどうするんだろうか? 金髪長髪のエルフに聞いてみた。

「なぜ、エルフは外界を遮断しているのですか? 外の世界と繋がればもっと便利な暮らしが出来るでしょうに……」

 ストレートに聞くとエルフは言った。

「伝統というやつだろうか……エルフは自然と共に生きていく生き物なのだ。故に長命。森を荒らすものには鉄槌を……それがルールだ。何故外界を遮断するのかという問いには私から答えられる答えを持っていない。強いて言うなら昔からそうだからという事だろうか? お前たちには長に会ってもらう……トレントに襲われて逃げ込んだものが居ると長に話したら、疲れているだろうからゆっくり休ませてやると良いというお達しだ」

 昔からそうだった……か、不思議にも思わないのだろうな。そうあって当たり前、そう思えない者は里を出て行く……リストのように。そう言えばリストに連れられてゴドルフィンがエルフの里に行ったって言っていたな。リストはどういう経緯で里を離れて、どうして里に戻ることを許可されたのだろうか? 頭の中でそんなことを考えていた時に「ここが長の住まう場所だ」と、言われて見てみるとそこには巨大な大木が聳え立っていた。

 森の木々が集結しているかのような大樹は何年生きてきたのかわからないくらいの太さで、そこの麓に小さな小屋が建っていた……ここが長の住む小屋なのか? と、疑ってしまう程に質素で小さな小屋だ。

「長、例の者たちを連れてまいりました」

 すると中から声が聞こえてきた。

「それじゃあ中に入ってもらうと良い……さぞ、お疲れだろう」

 中に入ると老人が居た……エルフは不老長命の種族だ。一体幾つなのだろうか? そう思っていると親切に椅子を用意してくれる。それを見た見張り役のエルフが「長! お体に障ります……私が用意しますので」そう言って、いそいそと椅子を並べ始めた……まあ椅子と言っても切り株を置いていくだけの作業である。

 切り株も根の部分を切り落として座りやすくしたものだ。

「この度は助けていただいてありがとうございます。助かりました」

切り株に腰を下ろし話し掛ける。お礼を言うのはなんだか後ろめたかったが、嘘も方便という言葉もあるくらいだ……言ったところで損はないし、話が円滑に進むならそれも良しだ。

「なに……困った時はお互い様ですよ。トレントに襲われるとは災難でしたな」

 トレントはどうという事もなかったのだが、エルフの里に興味があった……とは言えない。

「あのトレントは我々エルフが隠れ里に人が紛れ込んでこないように栽培したのです。このようなことになるとは思いませんでしたが、人々に迷惑がかかってしまうとは想像もしておりませんでした」

長はそう言うとトレントを一掃することを約束してくれた。そこへやってくる若いエルフ……この人は誰だろう?

「お客人ですか? しかも人間ではありませんか? こんな所に連れてくるとは父上も老いたものですなぁ……」

 若いエルフは毒づいた。なかなかに失礼な奴である。

「息子よ……この人たちはトレントに襲われたそうだ……そろそろトレントの栽培はやめにしようではないか? これではここに隠れ里があると言っているようなものだし、周りの人間たちに迷惑がかかってしまっているようなのだ。トレント達を一掃し大人しく暮らしていくのが一番いいのではないか?」

 長が言っていることは一理ある自己防衛のつもりが居場所を逆に教えてしまう事にも繋がりかねない。そういう意味では偶然入り込んでしまう人よりも、意図的に入ってくる人の方が多くなるだろう……そしてそれが悪意のない人間とは限らない。

「ならばより一層戦力を強化すれば良いではないですか⁉ 誰も近づくことも出来ない程に入り口を封鎖するのです! だからトレントでは生温いと言ったのです。私の言うようにワイバーンを配置してねぐらにさせれば、誰が近づこうとするというのですか⁉」

 それでは里の発展もなくなる可能性が高くなる。そもそもワイバーンを飼い慣らすことなどできるのだろうか? リストが昔ペロにテイムを施そうとしていたことはあるが、その時はペロが懐いてくれたからテイムしなくて済んだんだよなぁ。

「ワイバーンのテイムなどお前たちに出来るというのか⁉ 私ですら出来はしないのだぞ‼ 未熟者め! お前は未熟で愚かだ。これだからいつまでも長の座を渡すことが出来ないのだ……ゴホッ! ゴホッ‼」

 長は激しく怒りを露わにすると咳込んだ。きっとそう長くはないのかもしれない……あるいは病に侵されているか……? そのどちらかだろう。いずれにしても長は後何年生きられるかはわからない。

 ぐうの音もでない若いエルフは黙り込む。

「お客人の前ですまない……我々一族の話に巻き込んでしまい、申し訳ない。お恥ずかしい話ですが、私も歳でして代替わりを考えておるのですが……なかなかに後継者の選定が出来ずにいるのですよ」

 後継者の選定というのは簡単に決められるものではない……何故ならこの部族の未来を預かるのだ。責任は重大だし、やることもとても大変だろう……それだけ期待も背負うし、結果が伴わなければ非難を受ける……そんな面倒な役回りだ。しかしそれでもやることに意味があるという風に考えるものもいる。

「何故ですか? 後継者が居ないわけではないのでしょう? 候補者に問題があるのですか?」

 感じたままに聞いてみると、こう返してきた。

「候補は何人かいます……そこに居る愚息もその一人として数えているのですが、保守的すぎるのです。極右は一族の存亡に影響します……考え方だけではなく、里の人望、外部との適度な距離感、そういったものが必要になります。しかし残念ながら、いずれの候補もその条件を満たしていないのです……」

 一人のエルフに全てを求めること自体が悪いとは言わないが、多くを求め過ぎではなかろうか? 一人で上手くいかないなら他の者を頼ればいい。それでも足りなければもう一人もう一人と会議を開いて全権を持たせなければいい。

「そんなら、補佐役をつければ早いじゃねえか? それか全権を誰にも与えないとかな」

 ゴドルフィンにしては良い事を言う。そう思った奏一郎も続く。

「会議で数人を集めて相談して物事を決めたらいいんじゃないですか?結果は多数決ってことにしたらいいじゃないですか。別に長になるのが一人でも、それを補佐する役目の人間を何人でもいいからつければ良いんですよ」

 無駄に議論することよりも一人の意見で決める方が早いし楽かもしれない……しかしそこには絶妙なバランスがあって初めて効果が発揮されるのだ。

「それでは長という者の威厳が無くなってしまいます。里の皆も混乱してしまう恐れが……」

 それもそうか……なかなかに長を決めるのも大変なものだな。

「一応一人目ぼしい者が居るのですが、その者は武勲に優れていて結構な切れ者なのですが……驕りがある者でして」

 プライドが高いのか……それはそれで言う事に耳を貸してくれなさそうで困る。

「その方が長の中では突出しているのですか?」

 こういう時は素直に聞くのが一番。回りくどい言い方をしても結果は同じなのだ。それならば始めから素直に聞いた方が良いだろう。

「お客人……もしよろしければ、そやつの鼻っ柱を折ってもらえないでしょうか? そうすればそやつも心根を改めることでしょう。このような問題に巻き込んでしまい、本当に申し訳ない! しかし、我々には時間が惜しいのです」

 いきなりな提案に奏一郎たちは驚いた。まさか自分たちがそんな大役を務めなくてはならなくなるとは夢にも思わなかった。……武勲に優れたエルフか、基本は弓術が得意なのだろうけどどんなエルフなのだろうか?

「どうする? 誰が代表してやるんだ?」

ガレフがコソコソと話し掛ける……ガレフの態度を見る限りではやる気は無さそうだ。

「こういう時はゴドルフィンでしょ? ゴドルフィンなら強いし問題なく勝てるんじゃない?」

適任はゴドルフィンだと思うのだが、ゴドルフィンの方を向くと顔を逸らし。

「俺はダメだ……言ったろ? 昔、エルフの里に世話になったって……だから俺はパスだ!」

 ゴドルフィンもガレフもダメということは、残るのはエスタルトか彩花か奏一郎ということになる……しかしだ! 召喚術師のエスタルトでは分が悪い。接近戦に持ち込まれたらあっという間に負けてしまうだろう。

 では、彩花ではどうだろう? 無詠唱で魔術を繰り出せる彩花なら魔法使いとはいえ負けず劣らず良い戦いをしてくれそうだ……だがしかし問題はまだ子供という事だ! 子供を先に戦場に出す奴がいるだろうか? いや、ごく一部には居るかもしれないがモラル的にアウトだろう。それを考えると消去法で行くと奏一郎ということになる……そして、全員の視線が奏一郎に集まる。

「はあ…………、僕がやればいいのね。なんとなくそうなる予感はしてたんだよ……。だからってルーナやラストまで見つめることなくない?」

「だってリーダーなんですよね?」

そうして対戦するのは奏一郎ということになった……本意ではないが。

 しかしいったいどんな人物が来るのだろうか? 今、呼び出しに行っているがその間、長と話をする。

「武勲に優れているという事ですが、どんな功績を上げたのですか?」

 素朴な疑問に長はこう答えた。

「あやつは特別なんですよ……以前迷い込んできた野盗たちを一人で全滅させてしまったほどの手練れです。油断はされないようにお願いします」

 油断大敵はもってのほか、本気でかからなければ負けるのはこっちかもしれない……。まあ、奏一郎自身も油断をするほど余裕があるタイプではないのだが。

 すると奥の方から細身ではあるもののガッシリとした男が現れる。短髪の金髪で弓を背に背負っていた。

「長、お呼びですか?」

 いかにも無骨そうな男だなぁと、思った奏一郎だが不思議と恐怖は感じない。これまでの経験があるからだろうか? その男に微塵も恐怖を感じない。それどころか威圧感すら感じない。

「ルドルフ、お主の実力を見せてもらっても良いかのぅ? 私ももう歳だ……後継者を決めたいのだよ」

 弱々しく言う長は事情を話す。

「父上! このような奴に任せていいのですか⁉ 血も繋がらぬ奴に家督を譲るなんて……私は許しませんよ‼」

 長の息子が出張ってくる。あなたは良くて参謀です……そう思ったが口にはしない。

「いい加減私も歳だ……後継者を決めなくてはいけない。血だとかそんなことは言ってられんのだよ。それでも納得がいかないならお前がルドルフと戦って勝ちを得るんだな……」

 それを聞いた息子は渋々頷いていた。力には差があることを理解しているのだろう……決して弱くはないのかもしれないが、ルドルフには到底及ばない事を知っているからこその頷きだった。

「わかりました。長が言うなら力でも何でもみせましょう……で、相手は誰がするのですか? まさかここに居る人間とでもいうのですか?」

 この人も人間に対して良く思っていない節があるのか……人間って嫌われてるなぁ。まあ、エルフのように自然と暮らすということを考えると…………人間は開発ばかりしているから嫌われても仕方が無いのか。

「お相手はこの奏一郎さんがしてくれるそうだ。間違っても殺すことは控えるように」

 釘を刺す長に仕方なさそうに頷くルドルフ、どれだけ血の気が多いんだよ⁉ 奏一郎が「よろしくお願いします」というと。

「どこの馬の骨とも知らない人間に私が負けるわけがない……それは長、あなたご自身が理解されているでしょう? それなのになぜ私とこの人間を戦わせるのですか? 私が人間を痛めつけるショーでも見たいのですか?」

 その言葉に奏一郎はカチンときた……これでも『明けの明星』の中核を担っているのだ。そんな言われようは自分の事だけではなく、パーティーメンバー全員を馬鹿にしているようにしか思えなかった。

「じゃあ、その人間に痛い目を見せられるのはあなたってことですね! せいぜい頑張ってくださいね。僕は痛めつけるのは趣味ではないので軽くあしらっておきましょうか」

 精一杯の皮肉を込めて言ってやると「ふふふ……」と不敵な笑みを浮かべて気にも留めはしなかった。それだけ自信があるという事なのだろうか?

「それでは……」

二人とも身構える。緊張した空気がピンと張り詰める。

「始めっ!」

 前陣速攻と言わんばかりに二人とも突っ込んでいく。一太刀すれ違いざまに入れるつもりだった奏一郎は、躱されたことに驚き……躱したルドルフは笑みを絶やさない。半分笑いながらも戦いを続けるルドルフ、それが奏一郎には癇に障った。

「何を笑ってるんだ‼」

そう言って斬りかかるとそれをヒョイと避ける。まるでこちらの動きが全て読まれているような感じだ。

「お前、それほど場数を踏んでいないな……まだまだ新人みたいな動きだ……悪い事は言わない。さっさと降参しな」

 奏一郎のロングソードは面白いように空を切る……全く攻撃が当たらない⁉ 焦った奏一郎は上段の一撃を躱されると、膝の一撃を入れられる……。

「ぐはっ!」

一瞬怯むとすぐに体勢を立て直す。しかしこれが経験の差なのか、奏一郎は弄ばれるように攻撃を受ける。躱すことも受け止めることも出来ないでいた。

 攻撃に移るたびに反撃をカウンターで受け奏一郎はフラフラになっていた……。

「おにいちゃん! しっかりして⁉」

彩花の声援も届かないくらい攻撃を受けている……奏一郎は何とか現状を打開しようと考えるがことごとく読まれてしまい反撃を受ける。そのうち奏一郎の膝がいうことを聞かなくなってくると、ルドルフは背後から弓の弦で締め上げた!

 ジタバタと藻掻けば藻掻くほど食い込んでくる……そのうち奏一郎は動きが鈍くなり次第に動かなくなっている。落ちかけたその瞬間、弦を外される。

「ゲホゲホっ‼」

 咽かえり最大限に空気を取り込む。

「長、もう勝負は見えたんじゃないですか? これ以上はこの人間がどうなるかわかんないですよ?」

 長は渋々止めると奏一郎はゴロリと倒れ込んだ。草の感触など楽しんでいる余裕もなく、奏一郎はすんなり負けたのだ。自身が培ってきた『明けの明星』のリーダーである自信と中核を担っている自信というものもへし折られたのである。

「まだまだひよっこだな……兄さん」

奏一郎の耳には届いていないが周りに居た皆はハッキリ聞き取った……確かに奏一郎はまだまだ未熟なところもあるだろうが……中核を担っていたのは実力がついてきた証明だったのに、それをポッキリ折られてしまったのである。


「これでは私の目論見とは全く違うものになってしまったので、どうしたものか……」

 長は頭を抱え悩みこんでいる。それは奏一郎が彩花の魔法で回復したあと、皆解散した後の話だった。ルドルフは確かに強いが驕っているという話があった……自分よりも強いものが居るということを知らしめたかったのだろうが、長の目論見は外れてしまった。

「お役に立てずに申し訳ありません……。僕の力不足で」

 奏一郎は自身の身の程をわかってしまった……世界は広い。強い奴なんていくらでも居る。強くなったと思っていたのは皆のサポートがあったから……それを詩文の実力がついてきたのかもしれないと勘違いしていたことにショックを受けていた。

「奏一郎殿のせいではありません。私が他人に頼ったのがいけないのです……やはり他力本願は良くないですな」

 そう言って奏一郎を労った。心中穏やかではないのだろうが……さすがに長だけはある、平静を装っている。しかし、長の悩みは絶えない……奏一郎も同じように悩み始めていた。

 負けたショックもそうだが、今までこの一年で相当な経験をしたと思っている……モンスターには通用した。しかし場馴れした相手には歯が立たなかった……正直、この場から走って逃げだしたい気持ちの方が強かった。皆の前で晒した醜態……恥ずかしさと、悔しさと、もどかしさでどうにかなってしまいそうだった。

 皆は「相手が悪かった」とか「経験の差が出た」とか「頑張ったよ」と言われて慰められた。だが奏一郎の気持ちとしては、そう言われてしまうと余計に心苦しくなってしまうのだ。奏一郎は元がネガティブ思考なので慰められるとその分自分を責めてしまう傾向にある……ただ周りの人間はそれを知らないで過ごしてきた。だから自分の何がいけなかったのか、それを教えてくれる方が納得できてしまうだけマシだった。


 長は落ち込んでいる奏一郎を見て心の底から申し訳ないと思っていた。自分たちの里の話だ……外部から来た人間に背負わせるには重すぎる事案だと後悔している。それでも長は長としてあらねばならない。こういう時にこそ長として手腕を発揮すべきだと思った。だからこそ他人任せというのは良くないという言葉が出たのだ……その日、長は奏一郎たちを客人用の小屋を貸してくれた。

「ここを自宅だと思って過ごしてください。少し狭いかもしれませんが雨風は凌げるでしょうから、安心してお休みください」

そう言って長は自宅へと戻って行った。長が去って会話に花が咲くかと思いきや、誰一人口を開かなかった。しばらくの沈黙の後ガレフが口を開いた。

「この人数だからさすがに小屋は狭いけどよ。なかなかくつろげる空間だよな!」

 話を先程の戦闘に持って行かないように気を使っていることがバレバレである。ゴロリと横になったガレフは絨毯の端でゴロゴロとしている。

「そんなに場所取らないでよぅ、ガレフ一人の部屋じゃないんだからぁ」

そう言ってガレフを窘めるエスタルト……そんなに気を使われると逆に困る。奏一郎は頭の中でそう思っていた。そこでルーナが口を開いた……。

「先程の戦闘お疲れさまでしたね……結果は残念なことになりましたが、あのエルフが只者ではないのでしょう。そこまで気にすることはありません……奏一郎さんもトレントとの戦闘で強いのは理解していますので」

 ルーナはそう言ってくれた……彩花も続く。

「お兄ちゃんイジメられて痛かったね……きっと今までで一番辛かったかもね? でも彩花はお兄ちゃんの味方だよ」

 そう言われて自分が弱いんだということを受け入れることが出来た……弱いのは精神面なのだと。自分に言い聞かせる奏一郎。

「あのな……奏一郎。ありゃ、お前には手に余る相手だぜ。俺様でもどうだかわからねえ……あいつは相当場馴れしてやがる。だからあんだけ余裕だったってわけよ!」

 ゴドルフィンでもダメかもしれないと思わせるルドルフ……それは奏一郎では敵わないのは当然だろう。そう自分を納得させる。

「スイスイと動きやがってよ。僕ならあんな奴一撃だね⁉」

 そう言っておどけるガレフ……奏一郎は思った。そうか、自分が上手くやって来られたのは皆が居るからなのだ。

「おお! デカい口叩くようになったじゃねえか? ガレフ‼」

 ゴドルフィンが突っ込む、するとエスタルトが言った。

「ガレフはぁ、いつも口ばっかりなんだよぅ」

 すっかり忘れていた…………俺たちの旅は楽しむことがメインなのだった。いつからだろうそのことをすっかり忘れていた……きっとカチンと来た時からだろう。

「お兄ちゃんは悪くないよ。ヨシヨシ」

そう言って頭を撫でてくれる彩花……俺はこんな風にして何をやってるのだろうか? カチンと来て試合に負けて、妹にこんなに心配を掛けて、仲間にもフォローさせて……自分に自信も無くなって。落ち込んでいたって仕方がない! 今は自分の出来ることをしたんだ。胸を張っていればいい……今回は負けてしまったが気負っていた部分もあるのだろう。実力差もあったのだろう、しかしここでヘコんでいてもどうにもならないのは事実だ。

「みんな……心配かけてゴメン。もう大丈夫だから」

 憑き物が落ちたかのように笑顔を見せる奏一郎。皆意外と元気そうな奏一郎を見てホッとする。

「でもなぁ……あれは反則だよなぁ。そんな強い奴がいるなんて思わなかったし、エルフって強いんだなぁ」

 率直な感想を言うガレフ……確かにエルフにこんな強い相手がいるとは思わなかった。弓術にだけ注意していればいいと思い込んでいた自分に、注意が欠落していたなと思う奏一郎。

「ルドルフは確かに強かったよ……でもそれは僕の慢心が招いた結果でもある。もっとしっかり警戒しながら戦っていたら結果は変わらないかもしれないけど……もう少し戦えたのかな?って」

 ナメて掛かっていたこともあり、自分を律することが出来なかった奏一郎はもう少し自制心を持った方が良いのだろう。自分自身もよくわかっている……こんな奴がリーダーではパーティーの全滅という事も考えられる。

 今のままではいけないなと思った奏一郎は、これといって手段はないものの意識改革から始めようと思った……それは今後のパーティーに大きく影響を及ぼすほどの敗戦だった。


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