第二章 行動開始
翌日、案の定彩花とエスタルトは寝不足で食堂に降りてきた。当のルーナとラストは夜型の生活を送っているようで、ケロッとしていた。夜型の生活というのも夜な夜なお務めとして見回りしたりしているのである。
「おはよう! 眠そうだね?」
何も知らない奏一郎たちが声を掛けると。
「…………おはよう」
死んだような眼をしているエスタルト……始めは良かったのだ。始めの頃はエスタルト自身もノリノリで話していたのである。しかし夜が更けるにつれ眠くなっても寝かせてもらえない苦しみが出てきたのである。
「おはようございます! 昨日の夜はエスタルトさんに冒険譚を聞かせていただいて、私たちはもう大満足ですよ!」
まるで若返ったお婆さんかの様に喜びを表現するルーナとラスト。ビバ! ショートスリーパー‼ 普段からのお務めで寝る時間は少なくても平気なようだ……俺たちロングスリーパーには苦痛でしかない。
「そうですか……それは良かった。そんなことより今日からの旅の進路を決めておこうと思っていたんですが……エスタルトは無理そうだね……」
今にも寝そうなエスタルト、まあ……エスタルトには後で話せばいいか。
「まず目立つようにリディック街道を通って人目に付くように進みます。行商人などが居ればそれと一緒に行動するのもいいかもしれませんね。大人数で居た方が、狙われにくいという心理を突いていきます。それでも襲ってくるようなら向こうも本気で殺そうという気でしょうから、その場合はボクらで対応します……お二人は馬車を借りるのでそこで隠れていてください」
奏一郎が詳しく説明するとルーナが割って入った。
「行商人とご一緒するのはいかがなものでしょうか?我々の思惑通りに事が進めばいいですが……もしかしたら巻き込んでしまう恐れがあるのであれば、それは避けていただきたいのです…………」
そう言うルーナの顔は困りきっていた。
「我々も神、アリス様に仕える身……他人様に迷惑をかけるわけにはいかないのですよ。なので我々だけで出来れば進んでいただくのがよろしいかと……」
ふむ、なるほど……確かに教会の教徒ともなるとその辺りを心配するものなのか。そりゃ、そうか……、近所の信徒に示しがつかないもんな。
「わかりました。巻き込まれる恐れがあるので、行商人の件はなかったことにしましょうか。ボクらだけで進むことにしましょう。リディック街道をずっと進んで行きポデラ村を通過すると分かれ道がありますよね? そこでよく魔物が出ると噂の道を通るか、迂回路としてみんなが利用している道を選ぶかなんですよね……」
真剣な顔で考え込む奏一郎、魔物が出る道を選べば一般人を巻き込む恐れは無くなる。が、魔物と敵襲同時に来られた場合かなりの戦力を割かれることになる。迂回路を通れば一般人を巻き込んでしまう恐れがある。
そこだけを考えると選択肢は一つしかないのだ……それでも迷いが生じる。
「出来るだけ一般の方を巻き込まないようにしていきましょう。例え魔物が出るとしても、神の御加護がある限り私たちは無事に通過できると思います」
ルーナも真面目な顔をして言う……神の御加護か……ホントにそんなものあるのだろうか? ジェフリーが一日に一度だけでもいいから祈りを捧げると良いって言ってたっけな。
「まあ、そういう理由であれば仕方ないですね。ボクらも全力で護衛しますが、行き届かない場合もあります……そういう可能性があることは理解していただきたいです」
あらかじめ説明しておく奏一郎、これが結構大切なことなのだ。クレームに繋がったり報酬の減額なんてこともあり得るのだ。
「それは仕方ないですね……人数に制限もありますし、これはどうしようもない場合があるという説明ですよね。私どもも完璧に護衛していただくことは難しいと思っておりますので……」
ここを理解してくれると非常に助かる……何も準備無しで襲われるのと、心構えだけでもしているのとでは大きく差が出る。
「護身用に何か武器は持ってますか?持っていなければナイフくらいなら貸せますよ?」
奏一郎は確認の為に提案してみたが、ルーナは受け取らずラストが受け取ることになった。側仕えが主人を守るという事なのか? 疑問に思ったが、口には出さないでおく。
「これで私たちも出発できますね! 今日のうちに旅立つのですか?」
ワクワクした顔をしているルーナに「ルーナ様、もうすぐ昼ですよ? このままでは野営をすることになりますよ?」と言うが、ルーナはそんなことよりも野営できることの方が嬉しいようで「今すぐ立ちましょう‼」と言っていた。
それを苦笑いしながら奏一郎たちは見つめている。
「みんなどうする? 今日のうちに出発するか、明日にしてしまうか……どっちが良い?」
そこでゴドルフィンが長い旅の経験を活かした話をしてくれる。
「どのみち野営することになるんだから今日でも明日でも変わんねえよ。問題は魔物が出るっていう道をいつ進むかってことだ……明日に回したって今日にしたって、どっちにしてもそこで一時的に野営することは決まってるんだ。急ぎだっていうんなら突っ切るって方法もあるがそれは馬車に全員乗ってひた走るっていう馬を潰しかねない方法だからおススメはしないけどな」
なるほどそういう方法もあるのか……感心しながら奏一郎は頷いている。するとガレフが顔を出し言った。
「同じ場所で足止めされるなら、早い方が昼間のうちに通過できるんじゃないか? 明日に回したら明後日まで待たされるんだからな」
確かに……明日出発したら明後日まで掛かるのか。それならば今日のうちに出発して行けるところまで行って野営した方が効率が良い。
「そうだね! 今日のうちに出発してしまおうか! お二人共準備は出来てますか?」
そう尋ねると二人はいつでも出発できると力強く頷き返してくれた。
「もうすぐ昼だし。出発の準備が出来ているなら昼食を摂ってから出発しようか。腹が減っては、戦は出来ぬっていうし!」
奏一郎が真面目に話すと、彩花以外のみんながこう言った。
「言われてみれば確かに⁉」
自分で言ったもののわざわざ反応されると恥ずかしい……日本での言葉はあまり使わない方が身のためかもしれないが、自然に出てしまうのだから仕方ない。
「そりゃそうだよな! 腹減ってたら力が出やしねえからな……奏一郎も良いこと言うようになったじゃねえか‼」
そう話しバシバシと背中を叩くゴドルフィン、最近気づいた……この人は何かあるとすぐに人を叩きたがるのだ……だから困る。悪気はないのだ、ただ気分が乗ってくると叩いているというだけなので……気にしなければどうってことは無いのだ。
「ゴドルフィン……痛いから加減して欲しいんだけど」
丁寧に返す奏一郎にゴドルフィンは「ガハハ‼」と笑いながらまた背中を叩いてくる……威力のほどは……変わらない。言っても無駄なのかな……?
諦めの境地に立たされた奏一郎はもう何も言わなかった。
そうして昼食を摂り、いざ出発の時になると彩花が忘れ物をしたと部屋に駆け戻り、しばらくしてから戻ってくる。
みんなが集まるといつもの恒例行事、円形に集まるとルーナとラストを呼び込む……。
「これからルーナの依頼を受ける。目標地点はリディック街道の終わり分かれ道の手前、今日はそこまで目指して無事を祈って進んで行こう! 明日は危険地帯である魔物が出る街道を進むことになる! みんな油断せずに行こう‼ 安全第一にいくぞ! この依頼は護衛だ‼ 最悪の場合はルーナとラスを連れて逃げることも考えよう‼ 依頼主最優先の依頼だってことを忘れないで」
奏一郎がリーダーとして一言を言うと。
「俺たちゃ、雇われの身だ! 依頼主と自分の身の安全を考えろ‼ 魔物はどんな奴かもわからねえ、詳細不明の相手と戦う時は……わかってるよな?」
ゴドルフィンが皆の顔を見て言う。
「詳細がわからない以上は様子見、独断先行はするな! だよな⁉」
ガレフがゴドルフィンの問いに答える
「みんなぁ、それぞれの役割を考えてねぇ……忘れちゃあダメだよぉ」
エスタルトも大事な戦力なのだ忘れてもらっては困る。
「はいっ! みんな頑張ろう!」
彩花が最後に元気よく答える……彩花はこのパーティーで一番の火力持ちだ、困った時には頼ることになるだろうが……頑張ってもらいたい。
「それじゃ、出発するよ‼ みんな気合い入れて行こう‼」
こうしていつもの恒例行事が終わると馬車の周りに皆配置し、護衛の任務が始まった。
始めのうちはルーナやラストを含め談笑しながら進んでいた。
神殿での仕事は大変か? とか、逆に冒険者の依頼は大変か? というホントに他愛もない話だ。夜のお務めは大変だがアリス様にお使いする身だから、疲れはするものの信仰心からか身を粉にして働いているらしい。俺たち冒険者は大変なこともあるし、時には命の危険にさらされることもあるのだが……それさえ回避できれば楽しい事ばかりだ。
時には依頼を受けず呑気にダラダラしてみたりすることも大事で、メリハリをつける事が大切なのだ……そういう点、自由業みたいな冒険者は融通が利いて良い。奏一郎は意外にも自分に合っている仕事だと思っている。
「ボクはこの仕事結構気に入ってるんですよ」
奏一郎はニコニコしながら言う。
「私もこの仕事は天職だと思っているんです。この仕事に巡り合わせてくれたアリス様に感謝を…………」
そう言うと馬車の上で祈り始める。敬虔な信徒っていうのはこういうのなんだろうなぁ……自分とは大違いだなと感じた奏一郎。しかし、信心深いと結構いいこともあるのかなと思う点もある……なぜかネガティブな発言が少ないのだ。例えば自分に嫌なことが起きたら神様からの試練ととらえることが出来るし、良いことがあれば神からの祝福と感じられるのは絶妙なものだなと思う。
何事もポジティブに考えられるのは良いことだとは思う……自分がいざそうするかと言われたらしないのだけど。少しだけ見習いたいなと思う部分もなくはない。
奏一郎は馬車の前を歩きながらそんなことを考えていた。
後方ではエスタルトと彩花が楽しげに話をしている。俺たちのパーティーは楽しむことを一番に掲げている……こんな時間があっても良い。
少なくとも一度は死戦を潜り抜けている訳だし、命の大切さは誰よりも分かっているつもりだ。だからか、楽しむことを一番にしているのだ。
あれからも数々の依頼をこなし今に至るわけだが、少しずつ強くなっている実感もある。その甲斐あってか自分たちの命も依頼人の命も大切に扱ってきたつもりだ……それを実感してくれる人も居れば当たり前と思う人も居るわけで、そこは依頼人次第なのだが命の大切さは皆変わらないとは思って行動している。
そんなこんなで日も暮れかけた頃、分岐点の手前に着くと自分たちと同じことを考える人が多いのかキャラバンの様に皆が集まって酒盛りをしていた。
テントを立て馬車を置き「こんにちは!」と声を掛けると、「こんばんは! そしてお疲れ様!」そう言って受け入れてくれた……時間の感覚って人それぞれだからどこまでが「こんにちは」で、どこからが「こんばんは」なのか疑問になってしまう。
どうやらここには十人ほどのキャラバンが出来上がっているようだ。皆楽しそうにお酒を飲んだり話し込んだりしている。これだけ賑やかなら刺客の心配は要らないかな?
そう思いながらも警戒をしているとルーナが食事を作ると言い出した……これはもしかして手料理を振舞ってくれるという事か? 少しだけワクワクしていると、これはもう見事なサラダが出てきた……これはいったい……困惑しているとスープも出てきた。もちろん野菜たっぷりである。
「あれ?これだけですか?」
静まり返った皆の顔を見回しながら聞いてみると。
「今日は豪華に豆のスープを加えてみました!」
ニコニコとしているがラスト以外の皆は不満そうな顔をしていた……だって肉が無いじゃないか! 食料の中には確かに豆も入れたよ? でも干し肉だって入っていたじゃないか⁉ ひょっとして教会のご飯って肉が無いのか……?
「皆さんおかわりもたっぷりあるので遠慮なく食べてくださいね!」
遠慮なく……もしゃもしゃ……何とも味気ない。野菜が嫌いなわけではない……ただ、もう少し塩気というか濃い味が欲しい。するとゴドルフィンが何かジェスチャーで伝えてくる。これは……聞いてくれというアピールだろうな……。
「なんでこんなに野菜づくしなんですか……? 健康にでも気を使ってるとかですか……?」
奏一郎が嫌々聞き出すとルーナは言った。
「無益な殺生を避ける為ですよ! お野菜は健康にも良いですし、皆さんにも教会内の食事を味わってもらおうと思いまして。ご迷惑でしたか?」
迷惑とは言えない……言えないが、物足りないのである。しかしそんなことを口にしようものなら、首を絞められそうで怖い…………。
フルフルと首を横に振ると笑顔のルーナと、鬼の形相で睨んでくるゴドルフィンが目に入るが奏一郎にはそれ以上何も言えなかった…………。
その夜の事である。一人の御者たちが騒ぎ出して、座ったままの奏一郎が目を覚ます。寝ている彩花にそっと枕代わりになるリュックを差し込むと、騒ぎの現場にやってくる……。
どうやら酔っぱらった商人同士が何やら言い合いをしているようだ。
「お前のところの油は品質が悪いんだよ! だからそんなに在庫抱えてるんじゃないか! その負担を少しでも軽くしてやろうと思って言ってるんだよ⁉」
そう聞こえてきて突然もう一人の男が殴りつけた。
「そんな安値で誰が売るかっていうんだ⁉ そんな額で売っちまったら大損じゃねえか! ふざけるのも大概にしやがれ⁉」
殴りつけた男がそう叫ぶと殴られた男も黙ってはいない。
「そんな金額じゃ売れやしないから、私が買ってやろうというのに……これだから野蛮な平民上りは……」
どうやら元々商人だった者と、平民だった者との言い争いのようだ。
「先見の明が無い二代目は黙ってろよ! こちとら商売一本で稼いでるんだよ⁉ そもそもこの油は時期じゃない今だから安く買えるんだろ⁉ 先に買っておいて損はねえんだよ‼」
どうやらこの季節にはあまり売れない油を買ったことが原因らしい。そんな他人の事なんて気にしなければいいのに……。
そう思いながらも止めに入った奏一郎は「なんだよお前は! 横から口を出すんじゃねえ‼」と殴られそうになったので、ヒョイと躱すと「避けるんじゃねえ‼」と意味の分からない事を言われた。
「はいはい……お酒はそのくらいにしておいて、そろそろ寝たらどうですか?」
その時、少し離れた俺たちの馬車の方から誰かが駆け出してきた! もしや何かあったのかと思い奏一郎は馬車の方へと戻る。
「なにかあったの⁉」
慌てて飛び出した奏一郎にゴドルフィンがこう言った。
「なんだ? どうした⁉」
落ち着き払っていたゴドルフィンも慌てて何か起きたのかと思い答える。
「今誰か走って行ったのが見えて……」
状況を説明するとゴドルフィンは安心したように言う。
「なんだよ……そのことか。走って行ったのはタルトだよ……どうやら飲み過ぎたみたいでな。吐きにいってる」
紛らわしいっ‼ そう思いながらも一安心すると、今度は草陰から物音がする。今度は本命だ! その音と共に現れたのはトロールだった。
「みんな起きろっ‼ トロールだ⁉」
そう言って皆を起こすとトロールは馬車にあった果物に目がいったのか、馬車に向かって走り出す‼ しまった⁉ 馬車にはルーナとラストが乗っている‼
奏一郎より早く反応したのはゴドルフィンだった……あの巨体でどうしてあんなに早く動けるのだろうか? 疑問でしかないが、今はそれどころではない。
「おらあああぁぁぁっ‼」
気合いの入ったゴドルフィンの盾捌きで弾き飛ばすと、そのままパワーで茂みへと押し込んでいく。トロールもビックリしたのか、力比べで負けている。その間にルーナとラストの二人を避難させる。
トロールは群れで行動するモンスターだ……一体だけじゃないかもしれない。それを頭に置いておく、すると小川の方からエスタルトが走って戻って来る……しかもトロール三体のおまけ付きだ。
「助けてぇっ⁉ こんなに出てくるなんて聞いてないよぅ‼ うぷっ」
吐きそうなのを我慢しながら走ってくるエスタルト、なんてこった……挟み撃ちにされてしまったではないか。余計な手間を掛けさせてくれる。
「タルトーっ! 右に逃げろー。」
ガレフがそう言うと。
「黙って見てないでぇ! 助けて欲しいんですけどぉ‼」
そう言って右に曲がると商人たちの方へ走って行った……分散、分散。そういう事にして自分を言い聞かせた。
商人たちも護衛を雇っていたのか、冒険者たちが起きてきて応戦する。これでは某アニメの『パス・パレード』ではないか……そんな事よりも今は目の前のトロールだ。
トロールは茂みの中でゴドルフィンと力比べをしている。抑え込むゴドルフィンに抵抗するトロール。彩花が起きてくると「お兄ちゃん、なあに?」と眠そうにしていた。
杖を片手に起きてきた彩花は、騒々しさに「うるさい‼」と言ってトロールに魔力光線を放つ……足に直撃した光線はトロールに片膝をつかせた。が、ブクブクと傷跡が泡立ち瞬時に治癒してしまった。トロールの恐ろしいところは怪力や群れで襲ってくることだけではない……その脅威的な回復力にある。
「彩花魔力光線じゃダメだ! 一撃で倒せるような魔法じゃないと……」
そう言ってやると彩花はお得意の無詠唱魔術で豪炎を立ち昇らせる。丸焼きになったトロールにゴドルフィンが「あぶねえじゃねえか⁉」と抗議の声を上げるが、彩花には届いていない。「終わったね……おやすみなさい」それだけ言い残すと馬車に乗り込んで寝てしまった……寝る子は育つ、いっぱい寝て大きく育つんだよ。そう心の中で呟いた奏一郎は彩花を怒らせるのはやめておこうと心に決めたのだった。
一方、肝心のエスタルトはというと商人たちの雇った冒険者を盾にして召喚魔法でゴーレムを召喚し怪獣大戦争みたいな構図になっている。冒険者たちと協力してどうやらトロール三体は倒したようで、歩いて帰ってくるとまた気持ち悪そうにしながら「頭痛いぃ……気持ち悪いぃ」とボヤいていた。
「まさかこんな夜中にトロールが襲ってくるとは思わなかったね……まあ、トロールは夜行性ではあるけどこんな所で出会うとは思わなかったよ」
奏一郎が言うと、ゴドルフィンも。
「まさか街道に入って無いのにこんなモンスターに会うとはな……」
そこでルーナが声を上げた。
「すみません……エスタルトさん⁉ ちょっといいですか?」
気持ち悪そうにしているエスタルトに話し掛ける。何事だろう? エスタルトは何もしていないと思うのだが。
「周りの商人の方にまで迷惑を掛けないでください。いくら自分一人ではどうにもできないとはいえ、他の方に迷惑を掛けるのは良くないと思います」
一瞬キョトンとしたエスタルトは拒絶するように小川の方へと走って行った。
「まだ、話は終わていませんよー‼」
そう言って追いかけようとするルーナを奏一郎は引き留めた。エスタルトは今それどころではない……。
「ルーナさん、僕たち冒険者は協力し合うものなんです。今回タルトは囮になってもらいましたが、商人たちも無事ですし護衛が居たのは幸いでしたね……。それでも商人たちだって、自分たちでモンスターを倒せるくらいの実力は持っているものなんですよ。だからエスタルトを責めないであげてください……ここは教会内じゃない……庶民や貴族が集まって暮らしている世界なんです。教会と一市民の常識は違うんです」
そう言うとルーナは黙ってしまった……少し言い過ぎただろうか? でもこのままエスタルトを見放すことはできない。
「…………では、他の方に迷惑を掛けても良いと?」
別にそこまでは言ってはいない、どうにも教会内で育ったせいなのかはわからないが……頭が固いタイプなようだ。
「今回の事は僕らが迷惑を掛けたのは事実です。でも、今後同じような状況になった時に僕らが巻き込まれる側だったら……もちろん助けますよね。そういう互助の精神で生きているんですよ。教会内に居ればモンスターに襲われる心配はないかもしれませんが、ここは公道です……モンスターも出れば不意を突かれることもあるんです! だから、こういう時はお互い様なんですよ。それが助け合いなんです」
そう言うとルーナはなるほどと、納得していた。
「では、これは仕方のない事なのですね? 教会内からは視察で出ることしかありませんから、一般的な常識とはかけ離れているかもしれないですね? 申し訳ありません」
うーん、と悩みこむと「勉強になります!」と頷いていた。ラストは黙って傍で聞いている。
教会内の常識は世間の非常識という事もあることを、理解してもらえたようでなによりだ。そうしてトロールの死骸の処理をし再び眠りについた。もう何事も起きなければいいなと思いながら眠りにつく。
空は白み始め朝はもうすぐだと知らせているが、今はまだ眠い……そうして一日目が過ぎて行った。