第一章 始まりの日
ジェフリー達がパーティーを抜け『明けの明星』として活動し始めて、早一年この世界から帰ることも出来ずにギルドで依頼をこなしていた。奏一郎は着々と力をつけていた。
今では『明けの明星』の中核を担っている。
ゴドルフィンは単独先行して切り込んで行く役、彩花とエスタルトがサポート役、切り込んだゴドルフィンの後を追うようにガレフと奏一郎が続く。始めはレイピアを装備していた奏一郎も今では大剣まではいかないが、ロングソードを装備している。
あれから南に向かいガレフの故郷に向かっている途中だったのだが、路銀が心許なくなってきたのでここエンデルのギルドで依頼を受けたのだ。
エンデルの街道警備のため街から離れた林でモンスターが居ないかを警備していると、茂みからガサガサという音がする。小動物かゴブリンといったところだろうか、音の主は姿を現さない。
「ギャキーっ!」
という声と共に現れたのはゴブリンだった。
昼間にお目にかかるのは初めてではない奏一郎。落ち着いてジャンプしてきたゴブリンを両断する。他に仲間が居ないかとキョロキョロと探すと、逃げていく数体のゴブリンの姿が見えた。ゴブリンたちの正面にゴドルフィンが現れると、盾で弾き飛ばす。小柄なゴブリンたちは簡単に吹っ飛ぶとその先にはガレフが待ち構えていた。
ガレフも双剣で両断すると残ったゴブリンは踵を返すも、その先には彩花が居た。傍らにはペロも居る……ゴブリンたちは子供だと侮ったのか彩花の居る方へ一直線に走る。
彩花は地面に杖を突くと杖の上部から収束された魔力光線が放たれる。一体を貫通するとそのまま他のゴブリンたちも貫通して消える。いつも通りの展開に「また彩花の良いとこ取りかよ。」というガレフの愚痴に奏一郎はこう答えた。
「まあまあ、みんな無事だし街道に現れるっていうゴブリンの群れも退治できたし万事オーケーじゃないか。」
すっかりリーダーとしての姿が板についてきた奏一郎。始めの頃はこんなに上手くはいかなかった。少なくとも経験の無さ……それが原因だろうと思われるミスが多かった。
が、今は違う。ミスの多かった奏一郎も経験を積み、今ではしっかり者のリーダーとして活躍している。
「でもよう、ゴブリン退治なんて皮も剝げないし臭くなるしで良いことなんてないのに……なんで引き受けたんだ?」
頭の後ろに腕を回して手を組むと何の気なしに聞いてくるガレフ。
「あれだろ? 奏一郎お得意の誰かの為にってやつだろ?」
ゴドルフィンが代わりに答える。
「そんな事よりぃ、私の出番がぁ……無いんだけどぉ。」
茂みからこっそりと現れるエスタルト。自分の出番が無かったことにご立腹のようだ。そこへ追い打ちをかけるようにガレフが言う。
「なんだ……タルト、居たのか?」
そう言うとエスタルトは怒ってしまいガレフに飛び掛かった。
「居たのか?じゃないよぅ! 私だって活躍したいいいぃぃぃっ‼」
駄々を捏ね始めるエスタルト、タルトというのはここ最近定着したあだ名だ。理由は名前が長いという理由なのである。ゴドルフィンも長いからドルフィンという提案もあったが、それは可愛すぎるという理由で奏一郎が却下した……だってイルカのことだよ?あんな巨躯の男に対して、ドルフィーン!なんて口が裂けても言えない。
「今日のトップ賞も彩花でしたー。みんな一体ずつだからしょうがないね。今日の彩花の晩御飯は豪華になりまーす! という訳で彩花から一言……どうぞ!」
こんな感じでゆるゆると冒険者生活を送っているのだが、奏一郎たっての願いで緩い感じで活動しているのである。
「みんな頑張ったね! でもわたしばかり美味しいご飯食べちゃっていいのかなぁ?」
彩花が困った顔をして言う……まあ、もう一週間も連続してるからなぁ。彩花も気が引けるのかも知れない。
「良いんじゃねえか? 奏一郎の楽しくゆっくりってやつがコレなんだろ? それに彩花は成長期じゃねえか……いっぱい食っていっぱい寝る! それが仕事なんじゃねえか⁉」
ゴドルフィンは彩花の成長を最優先に考えてくれているようだ……二十三歳ともなれば子供が居ても不思議ではない。彩花の父親代わりを奏一郎の代わりにやってくれているようだ。
「本当に⁇ でも次はみんなもっと頑張って退治してね! 頑張りましょう!オー‼」
それが出来たらみんなやっている……みんなそれぞれの役割は果たしているのだ。ただ、彩花には複数体敵を倒せる能力がある。それはエスタルトも同じように出来なくはない……現に一週間前に彩花の連勝を止めたのはエスタルトなのだ。
その時は逃げ惑うコボルトたちにウェアウルフを五体召喚したのだ。ウェアウルフによるコボルト虐殺は今でも鮮明に覚えている。あれは少し残酷なシーンだった…………。
「彩花ちゃんが居なければぁ、勝利は私の物だったのにぃ……残念!」
そう言って今夜のご飯は普通盛りの定食になってしまったエスタルトは、悔しそうにしていた。
「でも、タルトは何もしてないだろ? 最下位決定な。」
横槍を入れるガレフにエスタルトは怒りだす……まあ当然だよな。
「一位を取ったことない人に言われたくないんだけどぉ……せめてぇ、一回でも一位とってから言って欲しいなぁ。」
エスタルトも皮肉を言い返す、ガレフは「くっ……。」と悔しそうに声を漏らした。
「まあまあ、これも一つの遊び心みたいなものだから。そんなにカリカリしないでよ。楽しく旅をするっていうのがコンセプトなんだから。」
そう言って宥めてやると二人は「ふんっ‼」と顔を逸らす。この二人はいつもこうだなぁ。元々同じパーティーに居たから仲は悪くはないんだろうけど……。
ケンカするほど仲が良いってやつなのだろうか?
宿屋に戻り食堂で食事を摂っていると、相変わらずガレフとエスタルトはぷんむくれていた。二人は大体こんな感じで過ごしている事が多い。
彩花のところにはふわとろの玉子が覆いかぶせられたオムライスのようなご飯が出され、みんなのところには魚だったり肉だったりが細々と乗せられているプレートが出てくる。
「でもよう、なんでこんなに節約してるんだ? そんなに節約するほど稼いでない訳じゃねえだろ?」
ゴドルフィンが魚をパクつきながら聞いてきた。それについてはもう考えてある。
「これから先何が起こるかわからないじゃない? 例えば誰かが怪我をして動けなくなってしまった場合、それが前衛だったら一人抜けるだけでも大きな損害になる……その間はパーティーも活動が出来なくなるから、その時の為の資金なんだよ。」
要は保険という事だ。何事も保険を掛けておいて損はない。
「そういう行き当たりばったりも冒険者の醍醐味だろうよ。そんなんじゃ怪我しても良いなんて考えになっちまうんじゃねえか?」
それも確かにそうなのだが、好き好んで怪我をしようなんて人は居ないだろう。
「それよりもこれからどうしようか? 南に向かってロンダートの村まで一気に進むか、その手前のフィエットに一度泊まって余裕を持ってロンダートまで向かうか。どうしよっか?」
ロンダートというのはガレフの故郷である。その手前にあるフィエットは聖王国コルドの首都でアリス教の本拠地なのである。この国は召喚者に対して優しくしたり、手厚い保護を保証している国だ。
「この国は居心地がいいからのんびり進もうぜ。急ぐ旅でもないんだし。」
ガレフは自分の里帰りも兼ねているので、ゆっくりこの国を満喫したいようだった。
「そんなこと言ってぇ、お母さんに会うのがぁ、気恥ずかしいだけだったりしてぇ。」
そう言ってコロコロと笑うエスタルト。まあ家族に会うのは嬉しいものだが、時には気恥ずかしさを伴う場合もあるものだ。
宿屋の食堂はガヤガヤと騒がしくなり賑わい始めている。
「恥ずかしさか……母さんと会うのも五年ぶりだからな……気恥ずかしいっていう気持ちよりも嬉しさの方が大きいかな?」
ガレフはいつもとは違い、素直な自分の気持ちを話している。これも家族と会えるという普段の冒険者には出来ない事が出来るというものが影響しているのだろうか?
素直になったガレフに向かってエスタルトは肩透かしを食らったようで、「あれっ?」となっていたのは言うまでもない。
肩透かしを食らったエスタルトはいつものようにじゃれつく態勢に入っていたものの、拍子抜けした形で行き場を無くしていた。
「家族に会えるのは嬉しいもんだよなぁ……俺も娘に会いたくなってきたぜ!子供が出来た時、引退も考えたんだがジェフリーの熱意に負けてな。それで今に至るんだが、子供の成長を見れないのは親としては寂しいものがあるよな。」
ゴドルフィンが語り出す……子供の成長かぁ。やっぱり親にとっては子供ってかわいいものなんだろうな……と、想像する。
「お父さんとお母さん……元気かな……?」
彩花がボソッと呟くと奏一郎も同じように父と母の事を思い出す。
「父さんと母さんかぁ……。」
しかしそれ以上先は誰も何も答えられなかった。それは召喚者の二人には安否などわかるはずもなく、誰一人答えられるものなどいないのだ。
「まあ、何にせよガレフが家族に会えることは嬉しいことだよね……。」
奏一郎が場を繋ぐように言った。
そうやって話をしていると突然後方から声を掛けられた。
「あの……すみません。『明けの明星』の皆さんですよね?」
ビクッとしながら後ろを振り向くと女性二人が立っていた……何者だろうか? 俺たちはお世辞にも少しくらいしか名前が売れているとは思えない。
「そうですけど……どちら様でしょうか?」
二人は巫女服のようなものを着用しているようだが、着衣はお世辞にもキレイとは言えない……むしろ泥などがついている。様子がおかしいと思えるには充分すぎるくらいの状態だった。
「ここではお話しかねます……場所を変えてお話いたしましょう。」
皆は顔を見合わせるとコクリと頷く。
「わかりました。では場所を変えてお話ししましょうか。」
そう言って席を立つと自分たちが泊っている部屋へと招き入れる。
部屋に着くと俺たちが先に入った……彼女たちは周りを警戒するように入り口のドアを閉める。何が彼女たちにそうさせるのだろうか?
「すみません……夜分遅くに。」
そう話したのはまだ十二、三歳くらいの少女だった。こんな時間にいったいどうしたのだろうか。彼女は申し訳なさそうに小さくなっている。
「まあ、何があったのかは知りませんが……そんなにボロボロになって何かあったのですか?」
奏一郎は観察力があり、彼女たちの着衣や状態なども把握できていた。
「まあ……話をすれば長くなります故、先に自己紹介をさせていただこうと思います。」
そうか、自己紹介がまだだった……彼女たちが自分たちを知っていたせいか、忘れてしまっていた。
続けて彼女が言う。
「私はアリス教第一級神官ルーナ=エドワルドと申します。十三歳です……こちらは側仕えの第四級神官のラスト=ディーグマン。私よりも年は上ですけど私の方が位は上です。」
ふむふむ……でもなんだってアリス教の一級神官が俺たちに用があるというのか。
「その一級神官様が俺たちにどんな要件があって話しかけたんだよ?」
ゴドルフィンは警戒するように放し掛ける。
「実は我々アリス教は一枚岩ではないのです。現教皇のノバラック様は高齢で床に臥せっております……しかしその後継を争って、反ノバラック派のダリル一級神官がノバラック派を追いやろうとしているのです。ダリル神官は召喚者の意思に関係なく、保護を打ち切ると表明しています……それは意図せずに召喚された人々を見放すという残酷なものです。」
召喚者という言葉を聞いて一瞬ドキッとしてしまう。
「そんな内部事情話しても良いもんなのか?」
ガレフが不意に口を挟むとゴドルフィンも立て続けに言った。
「俺たちを巻き込む気満々じゃねえかよ。まあ、別に俺は良いけどよ。」
きっと二人は召喚者である奏一郎と彩花の心配をしているのだろう。
「それでぇ、私たちに何が出来るっていうのぉ?」
エスタルトも話に参加してくる。
「私は一級神官で次期教皇候補の一人です……今まではハルファの街に視察に行っておりました。召喚者の情報や教えを説き視察は良いものとなりましたが……帰りの道でのことです。護衛も居たのですが何者かに奇襲を受けました。皆さんにお話ししたのはここ周辺でも視察先でも噂を伺っておりました……かなりの手練れと伺っております。そこで皆さんに護衛をお願いしたいのです。」
いきなりの護衛の指名……そこそこ名が売れているとはいえ、こんなにいきなり依頼が舞い込むものだろうか?そして素性の知れない俺たちに指名するというのは不用心ではないだろうか。
疑うところは幾つもあった。だが、年端もいかぬ少女を放っておくわけにもいかない……奏一郎は迷っていた。
「護衛の兵はどれくらい居るのですか?」
奏一郎はどれだけの戦力があるのか気になった。
「お恥ずかしい話ですが……奇襲を受けて戦力は皆無になりました。私と側仕えのラストだけが何とか生き延びることが出来たのです。私たちはエルデンのすぐ近くまで辿り着いた時にはもう暗くなっていました……方々に散った兵士たちは戻ってくることは無いでしょう。なので、あなた方『明けの明星』の皆さんにお願いしているのです。」
それは切実な願いだとは思う。しかし、厄介ごとにわざわざこちらから首を突っ込む必要があるのかという気持ちと……助けたい気持ちの間に居る。
「ボクらに出来る事なんてあるんでしょうか?」
率直に思ったことを言う奏一郎。
「むしろ今あなた方に出会えたことに感謝しています。私は『明けの明星』の皆さんに出会えたことは運命だと思っています……聖女アリス様に感謝いたします。」
ボクらとの出会いは運命で神の思し召しだと……? そしてボクらが助けてくれるのも運命だと……? そんな安易なものではないと思うのだが、奏一郎は敢えて言葉にはしなかった。自分の中の整理もついていないのに決めつけるのは、いけない気がして気が引けたのだ。
「護衛という事ですが、フィエットまで戻れればいいのですか?」
目的がまずわからないとお話にならない……奏一郎は探り探り話を聞いていく。
「できれば、教会でも護衛をしていただけると幸いですが……それ以上は無理を言ってしまっても申し訳ないですし……。フィエットまででも構いません。」
そう言うと少し押し黙ってから口を開く。
「ただ……お二人には協力していただいて損は無いかと思います。」
奏一郎と彩花の二人を指差してそう言う……どういう意味だ……。
「それはどういう?」
奏一郎の問いにルーナはこう答える。
「それはお二人にはわかっているのではありませんか? 私の申し上げたいことは、お二人に絞って言っているのですから。」
含みを持たせた言い方に奏一郎もイライラしたのか、ハッキリと言い返す。
「あの……ハッキリと言ってもらえませんか? ボクと彩花の二人がどうして損はないと言い切れるんですか⁉」
その言葉に反応するようにルーナは言う。
「それでは言わせていただきますが、お二人はこの世界の人間ではないでしょう? 私も数多くの召喚者を見ていますからわかるのです。私たちとは少し顔立ちが違う……そして、名前が特徴的ですからね。それでわかるのですよ。」
名前が売れることも困りものだな……奏一郎はそう感じた。
「だから私たちに恩を売っておいて損はないと思いますよ。召喚者の殆どは帰りたいと願う方が多いですから。」
それは帰る方法があるという事だろうか?それを餌に俺たちを釣ろうという事か……。実際に帰れるなら協力することもやぶさかではない。
「帰れる保証があるんですか?」
保証があるなら護衛を引き受けてもいいかもしれない……しかし、100%ではないだろう。
「我々も完全に帰れる方法はわかりかねます。ですが召喚に関しては詳しい者が居ります故……その者に聞けば何か手掛かりが掴めるかもしれませんが、それでも苦難の道ではあるでしょう。」
やはり完全ではない事に落胆する奏一郎。まあ、召喚者を保護しているという時点で望みは薄かったのだ……。何故か? 帰る方法があるのなら保護せずに帰してしまえばいいのに、保護しているということは帰る方法は無いということに繋がるのだ。
「それではボクらが依頼を受けるには無理があると思いませんか? 帰る方法も知らない……どこにボクらのメリットがあるのですか?」
奏一郎は自分の考えが纏まってきたようだ。
「召喚に関する情報を集めているという噂は嘘でしたか……私たちの持つ情報がお役に立てばと思っていたのですが。そうですか……必要ありませんか。」
必要ないわけではないが、求めてる情報かどうかもわからないでは判断のしようがない。
「いや、必要ないわけではないですけど……。」
必要ないか、と言われるとそういう訳でもないので引かれると弱いのが人間というもので……奏一郎も例外なくそれに当てはまってしまった。
「ふふっ。素直な方なんですね! 私の周りにはあなたのように素直に顔に出してしまう人は居ませんよ? 神殿では周りの情勢に気を配っている者も居りますので、いちいち顔に出していては自分の所属している派閥に影響を与えてしまいますから。」
からかうように話すルーナ、歳の割にしっかりしている……これは一級神官という立場も影響しているのだろう。きっとこれまでに沢山の苦労をしてきたのかも知れない。神殿という狭い世界で生きてきたから表情も顔に出す事すら憚られてきたのだろうな。
自分の中で納得した奏一郎は覚悟を決めるとこう言った。仄かに聞こえる食堂の声を他所に奏一郎の声が響き渡る。
「わかりました……色々と思うところもありますが、護衛の依頼受けさせていただきます。」
何がきっかけで判断したのか理解できないみんなは奏一郎の顔を一斉に覗き込んだ。
「奏一郎! なんだってそんな教会のお家騒動に首を突っ込むんだ⁉」
先陣を切ったのはガレフだった……何故……か、奏一郎の思考が加速しこう言った。
「今のボクらは召喚についての情報を探しているのは事実だし、この依頼を受けずに情報を探しても良いとは思う。でも、アリス教は召喚者を保護している……そこの情報はどんな情報があるのか? そしてどういう方法をとってきたのか……そこはボクらにとってもルーナの言うとおり損はないと思う。」
先ずは定石として事実を突きつける。そして奏一郎は矢継ぎ早にこう話す。
「ボクらは何も手掛かりなしに探しているけど、それってすごく非効率なんだよね? 楽しく旅をするという言葉には嘘はないよ。だけど目の前に情報がある以上それを見逃す手はないと思うんだ。もしかしたらこの情報がどこかでやっくに立つことも考えられるんだから……収集しておいても良いと思うんだ。」
みんなはその話を聞いて納得したのか異論はあがらなかった。
良かった……みんなに反対されたらどうしようかと思っていたのが本音だ。
「では引き受けていただけるのですね⁉」
コクリと頷くとルーナとラストは安心したように一息ついた。
「ルーナ様、良かったですね……これで安心してフィエットに戻れますね!」
ラストがホッとしたようにルーナに話しかける……ラストは今まで一言も発していなかった。きっとルーナの話に割って入ってはいけないよう教え込まれているのだろう。教会の教えは厳しいものが多い……ダミュール教のように好き勝手やっても良いというものもあるが。
「そうですね。ラストにも苦労を掛けましたね。これで報われることになりそうです。」
俺たちの力がまるで手に取るようにわかるかのような口振りだ。確かにダグラスでのクーデターの件は結構有名な話にはなったが、俺たちの実力は不明確なはずだ……それはジェフリーが箝口令を敷いてくれたので、そこまで広がってはいない筈だ。
しかし噂というのは尾ひれや背びれ腹びれなんかも付いてくるものだ……過大評価されていても不思議ではない。それで安心されても奏一郎たちが実力に見合っているか心配な点がある。
「ちなみにボクらの評判ってどんな感じなんですか?」
奏一郎は自分たちの今の実力とどれくらい差があるのかを図るために聞きだす。
「『元フェンリルの牙』であり、現キリックス領ダグラスの領主であるジェフリー殿と共に旅をされていて……クーデターの主役だったと聞き及んでおります。なんでも沢山の兵士や精鋭たちをも斬り伏せたとか。大活躍ですよね。」
大体は合ってるんだけど……どうして主役なんて扱いになったのか? わからない……噂というものは怖いなと感じる奏一郎。しかし、他のみんなはどうだ⁉ と、言わんばかりの態度だ。
「まあ、間違っちゃいねえな! 俺たちのお陰でクーデターは成功したんだし‼」
仁王立ちのゴドルフィンが胸を張って言う。
「私たち二人がぁ、兵士を足止めしなかったらぁ……揉みくちゃだったもんねぇ⁉」
エスタルトも続く……この流れは。
「致命傷を与えずに敵を無力化! これはなかなかできるもんじゃないよなぁ。」
やはり予想通りガレフも続いた……この人たちはどうしてこうもおだてに弱いのだろうか? 普段から褒められ慣れてないからというのもあるのだろうか?
「よしっ‼ 一級神官の嬢ちゃんは俺が守ってやるから安心しな‼」
自信満々にゴドルフィンが言う……ホント急に意見が変わるんだもんなぁ。こういうのを現金な奴というのだろうな。
「よろしくお願いします。皆さんには期待していますよ!」
そう言ったところでエスタルトが擦り寄ってくる。
「ところで報酬の方はぁ、おいくらですかぁ?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべ手を捏ね捏ねしている……これではまるで悪徳商人みたいな感じがする。
「お一人、八十万コルドで如何でしょう?」
っ‼ 八十万コルドだって⁉ しかも一人当たり……つまりは合計すると四百万コルドになる……。だいたいの推測だが日本円に換算すると、一コルドが十円くらいなので合計すると四千万円だっ‼
皆も動揺を隠せないでいた……彩花以外は。彩花はペロと一緒に仲良く遊んでいるので、耳にも入っていないだろう。まあ、入っていたとしても四百万コルドがいくらかの計算は出来ないのだろうが……。
「ご不満ですか⁇ 私の出せる精一杯の額を提示させていただいているのですが……」
不満なんて出るはずもなく奏一郎が答える。
「むしろ逆ですよ! そんなにいただいても良いのですか?」
困惑する奏一郎。
「私どもの命が掛かっているのです……これくらいは当然だと思うのですが?」
シレっとした顔でとんでもないことを話すルーナ。さすがアリス教……寄付されている額も多いのかもしれない。しかし命が掛かっているとはいえ、これほどの額をスッと出せるというのは一級神官というのは世間とはずれているのかもしれない。
「えへえへぇ~! 八十万コルドぉ。嬉しいなぁ~!」
エスタルトは涎を垂らしながらその額に酔いしれている……涎は拭けよ! と、思ったところでガレフが声を上げる。
「タルト! 涎は拭け! しかしよう、ルーナさん……それだけ積むってことは、それだけ危険な依頼って言ってるようなもんだぜ? 奏一郎、それでも引き受ける気か? 相当な覚悟が必要だぞ!」
一気に場の雰囲気が変わる……和やかだった空気が一瞬で凍り付いたように張り付いている。珍しく声を荒げたガレフに皆驚きを隠せなかった……彩花もその声に反応して振り返る始末だ。
「確かにガレフの言う通り信用するには少し難があるな。それはフィエットまでの護衛代か? それとも一連の騒動を解決した時の値段なのか? 返答次第じゃ引き受けることを断らなくちゃいけないなぁ……。」
ゴドルフィンまで急に意見をひっくり返す……これでは一度オーケーを出したのに無責任ではなかろうか。
「まあまあ、一度引き受けたんだし破格の報酬も待ってるんだから、撤回するのはやめようよ。確かにガレフの言う通り危険が付き纏うかもしれないけど、それはそれでやりがいがあると思うんだよ。」
奏一郎がルーナのフォローをすると、エスタルトも参戦してくる。
「考えても見てよぉ! とんでもなく破格の依頼料だよぉ? 断るなんて選択肢あるぅ?」
既に目がお金のマークになっているエスタルト……エスタルトと一緒のくくりにはされたくないなぁ。といっても賛成派のエスタルトは味方につけておきたいのも事実。此処は味方につけておくか。
「そうだよ! 破格の依頼料を出してくれるっていうのに断る理由は無いんじゃないかな? それに一度引き受けた仕事なんだし……」
そう言うと二人は黙った。こういう時はリーダーの一言が強いものだ。
「奏一郎がそう言うなら全然良いんだけどさ……じゃあ、気をつけていこうぜ。」
ガレフも納得したのか意気込みを語ってくれたし、ゴドルフィンはまだブツブツ言ってるけどそのうち治まるだろう。
「それでは正式に依頼を受けましょう。今日はこの宿に泊まってください……夜中に襲われる恐れもあるので。部屋は少し狭いですがエスタルトと彩花の部屋に泊まるといいですよ。この時間じゃあ部屋も空いてないでしょうから。」
奏一郎に言われるがまま従うルーナとラスト、正直二人は依頼を承諾するまでは安心できなかっただろうから今夜はゆっくり休んでもらおう……そう思っていた。
が、しかし俺たちが思っているよりも二人はタフだった……夜に眠りにつく事よりも、エスタルトと彩花に冒険譚をせがんでくる。
二人は基本、教会内から外に出ることは珍しいらしく今回の視察も順番があるらしいので……年に二、三度出れたらいい方なのだそうだ。内部に居るということは外界から遮断されているため、どうしてもそういった話に憧れてしまうらしい。
そんな二人との夜は長いのだろうな。