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ケース記録003 債務整理【ケイン一家】


「兄ちゃんたち、すまねぇな。わざわざ保険金を持ってきてもろて」


 強面の、いかにもという男と向かい合っている。職業的なものだろうが、圧がすごい。仕事じゃなかったら、すぐにでも帰るところだ。


「いえ。ですが、今回でケイン氏の借金返済は完了としていただきます」

「ヒッ」


 切り出した瞬間、応対する男たちの威圧が大きくなる。一緒に来てもらったケイン氏の妻、ヒッコリーさんが思わず悲鳴を上げる。


「おいおい。これっぽっちじゃまだ完済とは言えねぇが、どういう了見だぁ?」


 契約上は金貸しの男の言うとおりだ。こちらの世界には貸金業法もないので、理は向こうにあるように見えなくもない。


「試しに計算してみました。ケインさんが返済した総額は、貸したお金の約2倍。この保険金をお支払いしたら、約3倍になりますね。これは十分な収益ではないですか」


 震えそうになる喉を押さえ込み、冷静さを装って声をしぼりだす。


「だからどうしたぁ? 冒険者ギルドはうちの家業に口を出すのか? 契約は契約だろうが。残りの金額も、そこの奥さんがちょこっと働けば、すぐに完済できるだろうがよ。近所で評判の美人妻を買えるとなりゃ、大枚出す野郎はたくさんいるぜ」


 ゲラゲラと笑う金貸したち。ヒッコリーさんがビクリと肩を震わせる。


「現在、亡くなれらたケイン氏の妻であるヒッコリー氏、およびその子どもたちは、冒険者ギルドの庇護下にあります。契約というのであれば、神殿で争いましょうか?」


 男たちの威圧がサッと引く。金貸しは、神聖典上では明確に禁忌となっている。必要悪として黙認されているだけで、表沙汰になればいろいろと面倒になるのは向こうだ。


「なんだてめぇ。舐めてんのか? ぶっ殺……」


 短剣に手をかけた若手を、年長の金貸しが片手をあげて制する。


「やめとけ。武力で冒険者に勝てるわけねぇだろうが」


 冒険者ギルドの戦力は、国軍や傭兵ギルドに次ぐ国内三番手になる。もちろん、街のチンピラ程度では歯が立たない。物わかりが良い相手がいて助かった。


「この条件が呑めないようでしたら、冒険者ギルドはあなた方に加えて、関係する方々との取引をすべて停止させていただきます。暴力に訴えるようなら、自衛せざるをえません」


 自信満々に見えるよう、金貸したちを睥睨する。


「なっ……」


 短剣を抜こうとした男が、言葉の意味に気づいて絶句する。暴力に訴える者はそれ以上の暴力には無力だ。


「強気じゃねぇか。そういうことなら、そちらの奥さんとその子にはここらで二度と金を借りられないようにしてやってもいいんだぜ?」


 もちろん、僕自身の腕っぷしはジャックさんはもちろん、引退したケンプさんにさえ及ばない。もしヒッコリーさんと二人で来てチンピラたちに襲われたとしたら、二人で逃げるのが精一杯だろうが、冒険者ギルドの権力がそれを許さない。


「それは冒険者ギルドの知ったことではないですね。お好きにどうぞ」


 ただ、冒険者ギルドの権力でも、ここらが限界だろう。引き際は大事だ。


「ちっ。気にくわねぇやつらだ。とっととその金置いて帰りやがれ」


 それは相手も同じだったらしい。事実上の終了宣言を出してくる。


「ええ。そちらが借金の証文を渡してくれたら、すぐにでもお暇させてもらいますよ」


 短剣を抜こうとした男にちらりと視線をやると、男はサッと目をそらす。


「汚えやり方だな。そんな阿漕なやり方してると、冒険者に金を貸せなくなるぜ」


 そう言いながらも、証文を丸めて投げつけてくる。それを拾い上げて、伸ばして中身を確認する。


「それもうちの知ったことではないですね。見たところ冒険者相手に十分稼いでらっしゃる気もしますが、もしそうなったら冒険者ギルドで貸付制度を考えないといけないかもしれませんね」


 冒険者に金を貸せなくなったら、損をするのは向こうだ。わかりやすい揺さぶりに、わかりやすい揺さぶりで返すと、男は悔しそうな顔をした。

 差し出された証文を笑顔で受け取る。緊張で引きつっていないことを祈りながら。


「はい、証文は確かにいただきました」


 保険金の金貨が詰まった袋を、卓上に残し僕は立ち上がる。膝が笑っていて、少しだけよろける。


「さて、これで終わりです。帰りましょうか」


 立ち上がらないヒッコリーさんに声をかける。


「すいません。腰が抜けて立てません……」


 ゲラゲラと金貸したちが笑い、少しだけ空気が緩む。

 まぁそうなるよねと内心思いつつ、ケンプ課長と二人がかりでヒッコリーさんを立ち上がらせた。


 これでこの世帯が抱える最大の障壁は取り除かれた。お次は、生活の立て直しになるのだろうが、そこはヒッコリーさんがいれば僕が補助しなくても大丈夫だろう。


「借金って、全額返さなくても何とかなるもんなんですね」


 金貸したちの拠点を出ると、呆然としたヒッコリーさんがぽつりとつぶやいた。


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