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ケース記録001 就労指導【元Aランク冒険者ジャック】

「ジャックさん、お酒ばっか飲んでないで、働きませんか?」


 大半の冒険者は自宅をもたず、どこかの安宿を定宿として確保している。しかし、ジャックさんは仕事もせずに飲んだくれているため、安定して宿代を支払えていない。だからどこにいるかわからず、探し出すのに少しだけ苦労した。

 あちらの世界で働いていた街よりは小さな街なので、本当に少しだけだが。


「ホンゴー⁉︎」


 一階の酒場で片手にコップを握ったままうたた寝していたジャックさんは、声をかけると飛び起きた。バツが悪そうな顔で振り返る。


「チッ。見つかっちまったか。何度来ても変わらんぞ? この腕じゃ、もう剣は握れないしよ。魔物とは戦うのは無理なんだ」


 ジャックさんは右腕を掲げて見せる。手のひらにほとんど指がなく、残っているのは人差し指だけだ。


「ジャックさんなら、他にも仕事はあるでしょう? 街の近くで採集する依頼なら、魔物が出てきても左手だけでなんとかできるんじゃないですか?」


 街の外は魔物だらけなせいか、この街では農耕が十分に発達してこなかったらしい。だから野菜も果物も穀物も、魔物が闊歩する外で採集してこなくてはならない。

 なので、採集の依頼をこなす冒険者は常に足りていない。


「おらぁ、元A級冒険者だぜ? そんな初心者がやるような仕事、今さら恥ずかしくってよ」


 ジャックさんは、赤ら顔で愛想笑いを浮かべる。

 確かに採集は肉類を確保するための討伐と比べて安全なため、初心者の仕事と言われがちだ。


「何言ってるんですか。今ジャックさんが食べてる芋煮だって採集依頼で集められたものですよ? 何が恥ずかしいんですか」


 ジャックさんが大怪我してから半年、僕が所属する冒険者ギルドは貯金を使い切った彼の生活の面倒を見てきた。この街のギルドが独自に打ち出した生活保護制度によってだ。

 本来は負傷した冒険者が社会復帰するまでを支えるための制度だが、指を失ったのが相当ショックだったのか、彼は傷が癒えてからも働いていない。


「そりゃわかってるんだが、落ちぶれたと笑われそうでなぁ……」


 気持ちはわからないではないのだが、だからといって働かないのは違う。


「きちんと採集依頼をこなして、初心者以上の実力があるのが分かれば、教官の道だって開けるかもしれませんよ? お金を貯めて両手で剣を握れるように義手を作れれば、またA級に返り咲くことだって……」


「そこまでにどんだけかかるんだよ。入院してる間に、体格だってこんな細くなっちまって。情けねぇ。あのまま殺してくれりゃ良かったんだ」


 投げやりに言うジャックさんを、思い切り睨みつける。


「あなたに支払っている生活扶助費の三分の一は、元パーティーメンバーが支援してくれているものです。重症のあなたを街まで担いで連れ帰ってくれたのも彼らですが、その言葉を彼らに言えますか?」


 冒険者ギルドの生活保護制度は、彼らにとって最後のセーフティネットだ。これがなければ野垂れ死ぬか野盗になるかしかないので、案外荒くれ者でも僕ら生活保護課のケースワーカーの言葉には従う。


「それは……。ありがてぇ話だとは思うが、だからってやれることもねぇしよ」


 そうでもなかった。この酔っぱらいめ。いいから働け。


「だからやれることはありますって。明日一緒に採集に行きましょう。初心は大事ですよ。一からやり直しましょう」


「そこまで言うなら行ってもいいが、昔の装備は売っぱらっちまったし……」


 お? 言い訳の種が尽きてきた。そろそろ折れそうだ。


「最初の一ヶ月、道具はギルドから貸し出しできますよ。最低限の装備を揃えるのに、依頼報酬をそのまま使うのも認めましょう」


 生活保護は最低限の生活を保証するものだ。だから、働いて収入がでれば当然支給額は下がる。


 しかし、それだけでは働いても無意味だからと働かない奴が出てきてしまうので、装備の購入については収入認定からの除外できる制度を作った。冒険者の武装はけっこうお高いのだ。


「支給額は変わらないのか?」


 少しだけ、ジャックさんの目が輝く。


「ええ。最低限の装備がそろうまでと、収入を全部申告してくれたらですけど。労働の後の酒は、きっともっとおいしいですよ」


 ジャックさんは、左手のコップを見つめ、何か懐かしむように天井を見上げた。


「そうだな。一人で飲む酒は、なんかつまらないしな。それも良いかもしれないな」


 僕がこの世界に転移してきてもう三年が経とうとしている。が、仕事内容はあちらの世界とあまり変わっていないのは気のせいだろうか?

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