燕の巣⑶
ふたたびMCのズボラルズムが登場し、空気を読んでトークコーナーに入った。ファンからの質問を中心に、3人が自由に歓談する。以前ファンクラブで『オンステージ 2nd』に関する質問を募集していたことを思い出した。あれはファンミーティング用だったのか。
質問の書かれた紙が大量に入った箱をズボラルズムが運んできた。タイヨウくんは箱に腕を突っこみ、一枚引いた。
「うーんと、なになに? お互いの活躍はチェックしていますか、だって!」
おおなるほど、じゃあせーので言おうか、と3人はこそこそ打ち合わせする。せーの、とタイヨウくんが合図を出すと、「してる!」「当然」「見てますよ」と異口同音に答えた。
「僕ら同期みたいなもんだし、やっぱ気になっちゃうよな!」
「事務所も同じだからな。自然と耳に入ってくる。いい刺激になってるよ」
「それこそ、この間の『SIESTA-BAKU-』のミュージカル、4人で観に行ったよね」
4人というと、タイヨウくんを除いたデビュー組だろう。エイによる唐突な未公開情報に、みんなおどろきを隠せない。ただアタシは、うらやましさが勝った。
関係者席で観劇したのかな。アタシも観たかったな。タイヨウくんの本物のカノジョになれたら行けたのに。はあ。
「タイヨウが僕の知るタイヨウじゃなくて、なんかずっとぞわぞわしちゃった」
「ぞわぞわ? いい意味?」
「もちろんいい意味だよ! 大絶賛! 星5つ!」
冗談半分につっこむタイヨウくんに、エイが必死に右手をパーにしてアピールする。
「俺の隣、ヤマジだったんだけど、観劇中うっせえのなんの。ずっと横でぼそぼそカッケーとかヤッベーとか言ってて。静かにさせんの大変だった」
「逆にセンリは表情ひとつ動かさなかったよね。でも誰よりも拍手してた気がする」
照れ臭そうに耳たぶをいじるタイヨウくんが、大画面に貼りだされる。ここでタイヨウくんを寄りにしたカメラマン、大正解。金一封を送らせていただきたい。
「カーテンコール後のライブステージも、まじでよかった。ヒノデさんとのコンビネーションばっちりでさ、ダンスの音はめとか見てて気持ちよかった」
「僕、今日も移動中聴いてきたよ、『Brother』。ふたりとも普段と歌い方ちがうよね。ミュージカルのときの臨場感ある感じも好きだけど、音源の役柄をまっとうしてる感も好き」
「それを言うならふたりだって。今やってる連ドラ『オセロ』でW主人公、主題歌もふたりでだろ? すごいじゃん!」
シズとエイがともに初主演を務める『オセロ』は、進学校の落ちこぼれが快進撃を巻き起こす、今季話題の学園ドラマだ。
「W主人公で、俺とエイって意外だよな」
「ね。オンステの3次審査でチーム一緒だったけど、ふたりってなるとね。主題歌のステージングとかちょっと新鮮に感じるよね」
「先週だっけ? 『ミュージックハウス』で主題歌初披露してなかった?」
「知ってんだ!?」
「もしかして観てくれたの?」
「うん、観たよ! 主題歌かっこよかった! まずタイトルがいいんだよなあ。『言葉にしないと伝わらないか』。あきらめにも挑発にも取れるし、問いかけているようにも聞こえる。曲の中身もそんなふうにいろんなメッセージが込められてて、何度も聴きたくなるんだよ!」
「俺らの代わりに解説どうも」
3人の楽屋の壁になった気分だった。3人が肩の力を抜いて話しているおかげで、アタシも感情の整理をつけて話に集中できる。
ズボラルズムがシズに質問箱を回した。新たなトークテーマが引かれる。
「次の質問は、と。……おっ。もしもデビュー組5人でグループを組んでいたら、どんなグループになっていたと思いますか」
あっ、これ、アタシが送った質問に似てる。
『オンステージ』無印版で受賞した4人は『GaoR』というグループを組んだ一方、第2回で勝ち抜いた5人はソロとして活動している。てっきり5人もグループ化されると思い込んでいたアタシは、タイヨウくんだけに愛とお金を割けることを喜ぶことにした。
だけど、ときどき考える。タイヨウくんたち5人がひとつのアイドルグループとしてデビューしていたら、どんな世界が待っていただろう。ソロでも各自、飛ぶ鳥を落とす勢いの活躍ぶりだ。これがひとつのグループに集約されれば、アイドル業界の覇権を取っていたかもしれない。
グループかあ、とタイヨウくんはぼんやりひとりごちる。シズは質問用紙を折りたたみながら、エイのほうを向いた。
「インタビューとかでもよく聞かれるよな」
「うん。僕たまに考えちゃう」
「でも」
「うん、でも」
シズとエイがタイヨウくんを見た。
「タイヨウが言ってくれたんだよな。俺らは個々だからこそ光るって」
「『GaoR』先輩は4人だからこそ個々が強くなる。僕らには僕らのやり方がある。そうだよね?」
「お、覚えてたんだ、ふたりとも……」
「そりゃあな。最終回生放送収録後、一番に言ってくれた言葉だし」
「大事にしてるよ、ずっと」
「……そ、そっか」
「俺らはきっとグループになっていたとしても成功してたかもしれないけど、それぞれの道を進んでいるからこそ自分の武器を再確認して、輝ける。そんな気がする」
「僕も。ソロの決断はまちがっていなかったと思うよ」
何その重大なエピソード。聞いてない。どうして未公開シーンとして配信してくれなかったの。せっかくのタイヨウくんの名言を、知らずに過ごすところだったじゃんか。アタシは脳内メモリにできるだけ一語一句正確に文字起こしした。帰り道にメモ帳に清書して、振り返るとしよう。
「それを前提として、質問に答えるとしたら? ふたりはどう考える?」
タイヨウくんが促すと、ふたりは悩むまでもなく即答した。
「俺はタイヨウをセンターにする」
「俺はっていうか、みんなが、でしょ?」
「ハハッ。だな」
アタシはスタンディングオベーションしそうになり、すんでのところで思いの丈をペンライトに託した。
「えっ、僕がセンター?」
「たぶん満場一致だと思うぜ」
「オーディション中、何度タイヨウに助けられたことか……」
「困ったことがあればタイヨウのところに行け、ってことわざみたいな言葉もできてたよな」
「タイヨウはみんなのヒーローだったよ」
好きな人が好かれている事実を目の当たりにし、アタシは握りこぶしをつくった。『オンステージ 2nd』の寵児。新たなふたつ名がテロップのように脳裏をよぎる。
タイヨウくんはしみじみと息をついた。
「……よかった。僕はずっとそうなりたくてやってきたから。この名をもらったときから、ずっと」
胸に手のひらを添え、まつ毛を垂らす。スポットライトの内側を舞うほこりが、彼のための後光に見えた。ぜひともブロマイドとして販売してほしい。
その後も「1日入れ替わるとしたら?」や「オーディション中、一番おもしろかったこと」など5つの質問にざっくばらんに答え、初出しであろう思い出話を興じた。
トークコーナーの最後に、各自のデビュー曲を全員でサビ部分のみアカペラで歌った。ここでしか聴けない豪華なメドレーに酔いしれながら、チケット代の安さを痛感した。
ゲストのふたりとMCを見送ると、突然壇上が暮れていく。なぜかタイヨウくんもうろたえていた。
「あれ!? 停電!?」
きょろきょろと辺りを見渡している。
後方のスクリーンが色を点けた。画面にはタイヨウくん……ではなく、長髪の容姿をひけらかしている。タイヨウくんは目を見張った。
『やっほ〜、たあくん〜。元気〜?』
主演ドラマで共演した、今日華だ。イベントのお祝いに言葉を贈る。
どうやらタイヨウくんへのプレゼントをかねて、スタッフが水面下でビデオメッセージを制作していたらしい。今日華に次いで、夏凪音、ヒノデ、『1/2』のミノリと、タイヨウくんとつながりの深い著名人が集められていた。
ビデオメッセージを締めくくったのは、今日ゲストで来なかった残りのデビュー組、ヤマジとセンリだった。今までひとりずつ、屋内での録画映像だったのに対し、ふたりは大海原をバックに仲良くセットで登場した。
『こんちゃっす、タイヨウくん。ファンミどう? 楽しんでっか?』
『わーー俺も行きたかったーー! タイヨウさんに会いたかったーー! 悔しーー!』
来月放送の特番、スポーツ100本勝負に出演することになったふたりは、ロケで海外に来ているようだ。冒頭に景色を紹介しつつ、さらっと番宣を挟み、ひと笑い起こす。
ヤマジは3次審査でタイヨウくんとチームメイトになったときのことを語った。はじめてのセンターで重圧に負けそうになっていたけれど、リーダーであったタイヨウくんがほぼ毎日自主練に付き合ってくれたという。
チーム『OUTSIDER』以降すっかりタイヨウくんになつき、タイヨウくんがHEROを受賞したときは、自分の受賞発表以上に泣いていた。あれはかわいかったなあ。
センリはタイヨウくんのことを人一倍ライバル視していたと告白した。だからといって仲が悪いわけではない。4次審査ではお互い出番を遂げたあと、舞台袖で握手をしていたらしい。
最終審査のミュージカルでは、役柄としてもライバル関係になり、ふたりにしかない絆をひしひしと感じられた。少年漫画を超える、男の子の美しき友情。尊い以外の語彙は行方をくらました。
あたたかな記録を見終えたタイヨウくんは、暗くなったスクリーンに深々と敬礼した。顔を起こすと、画面はまたパーティーの主役を追いかける。彼はサンタにプレゼントをもらった子どもみたいに瞳をきらめかせていた。
「僕はとても恵まれていますね」
タイヨウくんはビデオメッセージの協力者ひとりひとりに言及し、感謝の気持ちを述べる。「ありがとう」を10回連呼しても物足りず、今の気持ちのままに『and me』を紡いだ。
ラスサビを歌い上げた彼は、舞台上で早着替えをした。1分足らずで白シャツにざっくり編みのカーディガンのコーデに変身した。今まで最もカジュアルないでたちで、うっかり手が届きそうなほど身近に感じる。
彼は物理的にもアタシに近づいた。ステージと客席を結ぶ階段の最上段に、おもむろに腰かける。
「もう一曲、歌わせてください」
衣装とともにヘッドセットマイクをハンドマイクに替え、語りかける声も距離感を縮めた。
声質が生々しく伝わり、胸がつまる。
アイドルとファンの境界線があやふやになっていく。
「明日解禁される新曲です。病と闘う子どもたちへのチャリティーソングになっています」
タイトルは――『プロフィール』。
ギターの音色が反響し、タイヨウくんは右足のつま先で階段の2段目をぽんぽんと叩いてリズムを取った。震わせた唇をマイクの表面に触れさせる。鐘を鳴らすような歌声に、緊張が見え隠れしていた。
サビにかけて音符は仲間を増やしていく。タイヨウくんは立ち上がり、サビでダンスを解禁。熱の入った舞踊で音のパーティーを引率した。
アタシは鼻から涙を流した。口角はそろそろ天井をぶち破ろうとしている。
現実にしてはできすぎた夢だった。
「かっこよすぎるよ、タイヨウくん」
彼はいともたやすくアタシに明日をくれる。
たったひとつの太陽。
遠くない未来、芸能界の頂に昇り、全世界を照らす。
みんなに愛されるトップアイドルになる人。
異論は認めない。




