08「少年、未だ知れず」
本日二話目です。
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〈二〇二五年 七月二十四日 御加実市 御加実第一高校 校門前〉
「──────」
少女はおもむろに自身の状態を確認する。
即座に動くことはせず、関節、指、足、腕、脳が働くことを検める。
一瞬の動作で、全ての点検が終わり、新しい自分を再確認した少女は、少しづつ歩き出す。
本来ならば、少女の内面は複雑であり、迷いの多い歩みであるはずだ。
しかし、少女に混沌はない。
いつも、自らの中には戦いしかない。
だから、その歩みには一切の躊躇がない。
そして、少女は自然で大らかな動作で一歩ずつ、もらったものを踏みしめながら歩を進める。
ただ────少し〝彼〟には後ろ髪を引かれる。
白銀の水面に、落ちた一滴の雫のように少女の心を波打たせる。
しかし、だからこそ自らは歩みを止めてはいけない。そのためだけに少女は思考する。
そして、先ほど遅れをとった地点まで戻ってきた。
先ほどのように機雷はない。
意味がないと思って起爆しないのか、それとも待ってくれているのか。
「......よォ、思ったよりも元気そォだな?」
「おかげ様で。そっちこそ、痩せた?」
思っていない減らず口が少女の口から出た。
これはナギトとパスが繋がっている影響だが、少女は知る由もない。
静かにただ、その頭は冷静に彼女を屠ることに心血を注ぐように、思考を研いでいく。
そして、それ以上両者は語らず、ただひたすらにその時を待つ。
ライカには問いたいことがないわけでも無かったが、拳で聞く方が手っ取り早いと思い口を閉ざす。
かつて、これほど高ぶったことがあっただろうか、そうライカは想起する。
だが、過去などどうでもいい、ただ今は、この両者が殺気を高め合う空気に身を委ねていたい。
終わった筈の御馳走をもう一度味わえる、ライカはこれほどの幸せはないとこの時に浸っていた。
────蛇口の雫が落ちた。
しかし、高め合った空気は必然、すぐに決壊する。
一瞬にも永遠にも思えた時は、忍耐を焼き切った二頭の獣によって破られる。
ありきたりな合図とともに両者は待っていたその時に、一斉に齧り付く。
彼我の距離は消失し、先に動いたレイは絶妙な身を低くしライカの足を払う。
勢いのままレイを通り過ぎ跳躍し、風魔術で浮かび上がったライカは生成した火の球をレイの背中に叩きつける。
しかし、翻ったレイは豪火を意に介さず、燃える魔力の塊を突き破って、ライカへと飛び蹴りを入れる。
飛び蹴りは流水のような動きで受け流される。そのまま反対の腕で掴まれ、防御も間に合わずに掌底で地面へと叩き落とされる。
レイは苦悶の表情すら浮かべず、衝撃を背中から手足へ逃す。そのままのけ反って、後転の要領で飛び起きて、逃すまいと天空から振り下ろされたライカの踵をすんでの所で回避する。
着地したレイは地を蹴り、ライカへと肉薄し連撃を仕掛ける。迫る拳の雨あられをライカは初撃に首を捻って対応、残りを腰を落として全弾手刀で叩き落とす。
「──────っ」
瞬時、ライカは自らと同じ構えに衣替えしたレイに瞠目した。
連撃は目眩しで、本命は右フェイントを交えた左下。達人のような後の先を読み切ったレイの掌底が、あまりに低い姿勢から放たれた渾身の一撃が、ライカの腹部に突き刺さる。
体をくの字に曲げ、受け流そうとしたライカはその威力に、流しきれない。
強化の魔力派生ではないが、体術に自信のあったライカは目の前の少女の技術に驚愕する。
自らの技、その体系に至るまでのコピーに魔術師は舌を巻く。
ライカ自身もゴスロリ女との戦いでレイの戦術を真似たが、それすら児戯に等しいほどの技。
そして、その技をモノにする才能にライカが驚愕する。
ライカは咄嗟に地面へと手を伸ばし、吹き飛ばされ何かに激突されまいと魔術を発動する。
そのまま、地面へと魔術を使い根を下ろして、どうにか勢いを殺し切った。
────なるほど、コイツァ強ぇな。
ライカは目の前の自らの技を見ただけで、覚えた少女に驚嘆する。称賛も賛美も彼女は意に介さないだろうが、それでも心の中で拍手を送る。
(速さもパワーも、戦術のキレも全部が上がってやがる。さっきとは大違い。何があったかは気になるが、それは二の次だ。てか、妖精はなんで使いやがらねェ、強くなったことに関係あんのか?ま、いいか)
ライカは思考を切って捨てる。
自らの《術式》も、いらない。
ただ、己の力と魔術のみで、目の前の強者を地に沈めたい。その欲望が身を焦げつかせる。
────全力全開で、行くッ!!!!
ライカは、己が使うことがないとタカを括っていたモノを開張し始める。
あちらも全力を出したのだ、それにこちらの本気で答えないのは無粋であろう。
(────ここまでくりゃ後先なんぞ知らねェ)
「────《開 四色万────》」
迸る四色の魔力、その鳴動にレイは瞠目する。
そして、その《術式》の名を口にする寸前──それは放たれた。
────パン、とライカの手に放たれたソレが直撃し、そのまま穿った。
「──────っ」
盛り上がっていたところを邪魔された怒り、全く察知できなかった驚愕。
そして、この距離をハンドガンの口径で命中させる射手の腕への関心、それら全ての感情が、弾の放ち主を瞳に納めた瞬間──消し飛んだ。
「────噓だろォ?」
視線の先、屋上のに佇む一人の人物。
夜に同化した全身黒の人物、フルフェイスヘルメットを被った彼女が狙っていた者。
ありえないほど、気配も視線も感じられなかった事実にライカは驚愕した。
「────?」
レイは首を傾げて、その様子を観察する。
ライカは戦闘を取りやめて、機械を取り出し耳に当てた。
その口ぶりから誰かに連絡を取っているようだった。
「────アタリだ。今すぐ帰ってこい、追うぞ。あ?いいから、早くしろ」
彼女は部下に連絡しているらしい。
おそらく、あの赤い槍を持ったあの部下だろう。
あの屋上にいた人影を見た瞬間、ライカは血相を変えた。
「──任務?いいだろ、報酬はアイツの情報だから、結局同じ事だろ?」
淡々と、ライカは先ほどの情熱が嘘のように通話していた。
その様子を見たレイは、少し残念といった表情をするが、それでも安堵も多少はある。
先ほどの続きがあれば、一体どうなっていたのか。
あの膨大な魔力に太刀打ちできるのかはレイも未知数だった。
「……悪りぃな、野暮用だ。名残惜しいが抜けさせてもらうぜ」
そう言う、彼女は不敵な笑みを浮かべる。
ただ、あっちも少し残念そうなことも確かだ。
「うん、ライカが追わないなら、私も」
短い言葉で、返答する。
その言葉には先ほどまで殺し合っていた両者とは思えない距離感があった。
「また、次はもっと強く成っとけよぉ?」
「また、会った時はさっきの使って、全力でやろう」
そう同時に、次の約束をした両者は少し口の端を歪めた。
────次は私が勝つ。
言外にそう言いあった彼女らは、それぞれ逆方向を向いて足を踏み出した。
そして、静かに約束しあった両者の戦闘は、一旦の休止を挟むこととなったのだった。
◆◇◆◇◆
「───逃すな、追えッ!」
「了解っす!」
人避けの結界すら必要のない深夜、駆ける二人の魔術師はビルの屋上を跳ぶ。
《術式》すら挟む必要はなく、ただありえない脚力で獲物を追い詰めていく狩人たち。
御加実第一高校の裏門で合流した上司と部下は魔力探知範囲の端でフルフェイスを捉えつつ、夜の街をアクション映画さながらの立体機動で追跡していた。
「────」
数百メートル離れた地点で、全身黒ずくめのソレは、追手の方に視線を一瞬向ける。
捕捉されているが、この距離でなら逃げ切れると踏んでいるらしいフルフェイス野郎はさらに直線でスピードを上げる。
建物から建物へ、屋上伝いで飛び跳ねながら逃走する。その速度は誰にも止められないほどのスピードであり────
「──────よォ、ツレねぇな?フルフェイス野郎ォ……さっきの弾のお礼を返さねぇとな?」
────超スピードの槍に乗ったライカが、フルフェイス野郎のいる屋上へと突き刺さる。
『傷が治っていますね。思ったよりやるようで』
「あ?なんだよ、その変なコミュニケーションはよォ?」
「あれ、思ったよりも面白そうな奴っスねぇ?」
ランスは間の抜けた声でそう口走る。
フルフェイス野郎は、クリップノートに大きな字を書いて筆談してきた。どうやってかはわからないが、書いてもないのに文字が浮かび上がって、それで彼女は発言しているようだ。
『……気にしないでください。それで、何か用ですか?』
「ハッ、ジョークグッズ使ってる割に、冗談が下手じゃねェか。帝国派に恨まれる理由なんていくらでも心当たりあるだろォ?」
ライカ自身はそうではないが、被害を受けた帝国派も多数いる。大体、自分の実力を過信し、フルフェイス野郎を追って返り討ちにあった奴らばかりだが。
『……そうだとして、それが?』
「ハ、ならここにきた理由なんぞ一つだろォ!」
とはいえ、ライカもフルフェイス野郎については空想現界人であること以外、全くわかっていないのだ。
帝国派閥の中でも有力なとある部門が特にご執心で、その熱量は他の部門とは一線を介す。そのため、他の連中はその部門に借りを作るために、フルフェイス野郎を求めている。
さらに、フルフェイスは【空想現界人】でありながら、空想現界を仕掛けた黒幕の手先であるため、外からは手が出せない【ゲーム】の外にも姿を現すのだ。
それらの事情も相まって、魔術界を統べる七つの派閥である〈七聖円卓〉の一つに数えられる帝国派から執拗な追跡をされているのが、この全身黒づくめの人物〝フルフェイス〟である。
『困りました、けれど仕方がないですか……私と戦いたいのなら相手をしてあげましょう────私の弾は痛いですよ?』
そう、文字の出されたクリップノートを持つ手の反対に、フルフェイス野郎が先ほどライカの手を貫いたハンドガンを取り出した。
それを取り回してリコイルすると、背後に夜を背背負うようにフルフェイス野郎は殺意をむき出しにする。
「いいぜ、かかってき────」
そして、ライカもその気になっていたその時、突如、フルフェイス野郎が背後に倒れた。
フルフェイスが立っているのはビルの縁、そこから背後から倒れれば当然落下する。
「──ッチ」
舌打ちしつつ、ライカは一足遅れて走り出す。
殺気はブラフ、だが逃げてもまだ追いつく手段はある。
「────いないっスね」
「逃したか、クソが。ブラフに使う殺気の量じゃねェだろが」
ランスはそう、間が抜けたように呟く。
ライカの予測と裏腹に方法は分からないが、突如としてフルフェイスの反応が消失した。
「ここまで来て、骨折り損っスか?」
「アイツを捕まえられれば最高だったが……ただ、今回だけでも収穫は多いぜ」
そう、ライカはニヒルに笑い、静かに明かりを取り戻した街を見下ろした。
彼女の長い黒髪が風に揺れ、夜闇に混ざり攪拌する。
「マジっすか?」
「ああ、アイツがここに来た理由自体はわからん……が、アイツは【空想現界人】で、あそこにいた現界人は一人だけ」
ライカには少なくともフルフェイス野郎が意味もなく、敵対している帝国派の前に姿を現すとは思えなかった。
「────レイっスか?」
「その通りだ、相変わらず嗅覚だけは冴えてんな」
「うっす!ありがとうございますっス」
そう、ランスは照れくさそうに頭を下げる。
一応皮肉のつもりで言ったライカは、肩透かしを食らった気分になった。
「リザロの報酬は無くなったが、フルフェイス野郎の情報は手に入った。どちらにせよレイを差し出さなくても良くなったのは僥倖だな」
リザロの苦い顔を思い浮かべて笑うライカ。
ただ、フルフェイス野郎の情報を欲していたのも確かだ。
レイにはもっと肥えて、あのフルフェイスを誘き出す存在になってもらわないといけない。
「──本隊に連絡。一班と二班にフルフェイス野郎への網を張れ、《結界破り》は研究部門をせっつけばどうにでもなる。三、四、五班は──」
──言いかけた寸前、通信魔術がライカの耳に入る。
その内容は今のライカたちには関係ないモノ、だが、ライカはその内容に笑みを深める。。
「あァ、なるほどなァ……多少は風がこっちに向いてきたってわけだ。残りの班は今入ってきた連絡にあった、【ゲーム】の〝イベント〟に参加する。《結界破り》も研究部門から降りてきた」
「マジっスか!これで、ようやく【空想現界人】にアプローチできるっスね!んじゃ、全班に連絡しておくっス!」
そうして、指示を飛ばしたライカは誰もいない夜の街を眺めて、タバコに火をつける。
「話には聞いていた〝イベント〟に、レイに、フルフェイス野郎。ここに来て一気に状況が動いた。偶然で片づけていい範疇を超えてんだろ、一体どうなっていやがる?」
まるで、あの少女を起点としているように、歯車がかみ合い始めている。
どちらにせよ、また近いうちにには会うことになるだろう。
必ず探し出す、フルフェイス野郎もレイも。
予感がする、あの少女は必ず何かやらかすと。
夜の闇に一点の火種を灯しながら、魔術師は嗤う。
静かにこれからへの期待を寄せながらライカは、白煙を吐き出した。
◆◇◆◇◆
「あまり面白くない展開ですね」
夜の会議室に、小さな呟きが響いた。
それは彼がもっとも恐れていた言葉であった。
「──────自らの不徳の致すところ、申し訳ありません」
だが、それでも彼はただ謝罪の意を口にするしかない。
彼は既に生殺与奪を目の前の、一回り年上の少年に握られているのだから。
それでも、と彼は重ねて思う。
これは仕事で、これは命を賭けた業務である。
自分の心を押し殺すことが、全ての業務の根底にあるのだ……決して、表立ってはいけない。
「…………いいえ、構いませんよ。どちらにせよ、僕の手駒をやられて赤字だったのです。これ以上、あのマフィアかぶれに借りを作るのも、嫌でしたので」
少年は嘯く、内心では腸が煮えくり返るほどに激怒していることをおくびも出さず。
彼は、目の前の少年の内心を透かしていた……だからこそ、ご機嫌取りのような安易な慰めは逆に怒りを買うと発しなかったのだ。
されど、彼の失敗であることも確かだ。
いずれにせよ帝国派閥では、弱肉強食であり、よりその強さが身分になる。
ゆえに、失敗や敗北、物事が上手くいかないこと自体が弱みになりかねない。
「あの少女を張りましょうか」
あえて、少し的外れの事を言ってみる。
それは更に火の車である事案に、燃料を足すことに繋がることであるのだ。
無論、彼はそれも承知しながら、敢えて上司の機嫌をほんの少し取るように、誘導する。
「いいえ、出る芽がないものを育てる意味はないでしょう。貴方の失敗は、どちらにせよそこまで盤上には影響はなかった。ただ、あの少女がこちらの思惑通りにはならない存在というだけでしょうし」
そう、そうなのだ。
どれだけ盤面を構築し、策を張り巡らせても、土台からひっくり返されては元も子もない。
今回はもっともそれに即したことが起きたのだ、彼がどうにかできるものではない。
「【ゲーム】の主催者側が出て来ては、あの少女が何らかの優遇を受けていることはほぼ確定でしょう」
「はぁ、そうでなくても、あれは手を出すべきではない存在……我々の手には余る。商会派が〝ランキング〟上位の【空想現界人】に手痛い傷を負わされたようにね。引き際をわきまえぬ者から死んでゆく」
上司の言葉に、彼は直近にあった【空想現界人】が起こした事件を思い出す。
彼ら魔術師は一応、人間界……つまりこちら側を守るという体で派遣されている。
実際はともかく、外で【空想現界人】にあった場合、保護という名目で収容しなければならない。
今回のレイ=エレインの件も名目上はそれ、だが今の段階で【ゲーム】外にいる【空想現界人】など強者か、話の通じない馬鹿か、少女のような例外しかいないのだ。
「ええ、退きますとも。『四色雷葬』はともかく、私はきちんと現実を見てますので。危ない橋を渡る必要はない。けれど、帝国派は成果主義だ。失敗の続く者に、機会など与えられない……そうでしょう?アデウスさん」
「わかっています。自身と、そして貴方のためにも……この身を捧げるつもりです」
上司の、優し気なそれでも圧のこもった言葉に、思ってもいない言葉を口にする。
どちらにせよ、目の前の少年は自身以外を路傍の虫程度にしか思っていない。
故に『約定』の魔術師は、自身のためという大義名分をもっとも愛している。
「さすがですね。私も、そうありたいものです。けれど、ただ求められただけの成果では足りない。成り上がるためには成果が必要だ」
それでも、上司は何を考えているか分からぬように、独り言をつぶやく。
彼はただ答えを待った……ここで口を挟めば自身の立場が悪くなるだけだと直感して。
「──────どうせなら、もっと大物を頂きましょう……多少の無理はありますが、あの少女よりもよっぽど美味しいカモに心当たりがありまして」
夜景を望む会議室で、少年は微笑みが、ガラス越しに彼へと見えた。
その笑み、は彼の見たどの笑顔よりもどす黒く、そして明かりの消えた夜景よりも遥かに濁っていた。
「我が主の仰せのままに」
そして、彼は嗤う上司に、淡々と無心で付いて行くだけ……それでも、彼は自らのために思考を回すのだった。
かくて、それぞれの思惑を載せて捻じれ、絡まっていく。
────ナギトという存在には誰にも気が付かず、ただ夜は更けていく。
〈Tips!〉
・フルフェイスについて。
それはまさしく正体不明。
彼のもの誰でもない、全てを識るものでさえ。
ただ、己が目的のため全てを利用し、全てを投げうつ刺客なり。
────漆黒の追跡者は闇夜に紛れ、機会を待つ。




