06「彼岸に臥す」
本日二話目です。
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〈二〇二五年 七月二十三日 御加実市 御加実第一高校 グラウンド〉
「────らァッッ!!」
夜空に響くは獣の咆哮、そして彼女の放つ一撃一撃に即死級の威力が孕んでいた。
『四色雷葬』のライカ、彼女の実力は対峙しているレイに痛いほど理解できた。その能力、体術、戦術、全てが一級品だ。
校庭の土埃が、彼女の能力で爆ぜ、跳ね、そして裂ける。
風と炎と土が、ライカの躍動と共に踊る。
「…………」
そして、ライカの怒涛の攻めを冷静に避けつつ、レイは能力に対する分析を行っていた。
(何回かく食らってわかった。この人の能力は、地雷のように魔術を設置する)
レイはそこまで分析しつつ、彼女の足元で膨れ上がった風の爆弾を地を蹴って、回避する。そして、爆風と共に、ライカの蹴りが砂埃の中から伸びてくる。
(──この能力は多分四種類ある。リティアが使っている魔術の、風、地、炎、使ってないけど水の基本属性をそれぞれ使ってくる)
それだけではなく、一度における地雷は複数ありそれぞれ威力の大小の調整も可能。ライカの手のひらに小さな光球が浮かぶと同時に、設置された機雷が起爆する仕組みだろう。
ライカの能力を応用する力は抜群であり、彼女の戦闘経験も戦場で過ごしていたレイに追いつくほどであると推測できる。
そのまま蹴りを手の甲で受け流し、体の向きを反転しつつ踏み込んで拳を叩き込む。ライカは咄嗟に風魔術で後退して避け、拳は空を切って地面に落下した。
(この環境もちょっと厄介。暴れるほどに視界が悪くなる)
水を少し含んだ砂が多い地面は、土埃となりレイの視界を阻んでいた。そして──
──レイは背後から迫る、炎の渦を見た。
咄嗟に前に出るが避け切れずに、背中が焼ける。本来なら再生するような重傷であるのだが。
『治癒が遅い、身体能力といい明らかに出力が下がっているね』
こちらの世界に来てから、弱体化していることは気づいていた。
元いた世界で、過去にライカのような強者と戦った経験はある。以前のレイならばライカに遅れをとることもなかった。
属性魔術の地雷を設置できる能力は脅威だ。それに、レイ自身は遠距離を攻撃する能力はない、苦戦するのは仕方がないことだろう。
「ん、問題ない。それより、探知できる?」
そして、それらすべての障害を一言で片付けたレイは相棒に問いかける。
『風での探知は無理だね、相手の魔術で妨害されている。土埃を晴らすのも周囲数メートルはできても、広範囲は無理だ。それが無くても、相手の魔力探知の制度の方が上回っている』
レーティアはおそらく大気中にライカの魔力が散布されており、柔な風ではその大気を動かすことはできないと予想する。あちらの妨害と、魔術探知の熟練度の差があるのだ。目の前の相手は相当に用意周到な魔術師なのだろう。
「──作戦会議は終わったかァ!?」
そして、方向を挙げたライカがレイに肉薄してきた。
作戦会議自体、思考が繋がっている両者には必要ないが、彼女らの思考をはっきりさせるためにあえてやっていたことだ。
無論、それだけではなく。
『広範囲は無理、と言っただろう?』
そして、彼女の渾身の拳はレイをすり抜け背後から彼女に従う妖精の声が聞こえた。
レイの力の最大限を乗せた拳、それはライカへと向かい──
「わりぃが、それはもう見たぜ?」
レイの腹部に、烈風の暴威が牙を剥く。
予測していたとして、こちらも砂埃を利用した攻撃が避けられたのは意外だった。
レイが腹部の激痛を感じ、かなり吹き飛ばされながらそう思考していた。そして彼女は校舎近くの花壇に激突した。
『どうやら、機雷は小さくても威力が低いとは限らないようだね』
「うん。それにあっちは影響がないみたい」
機雷による自傷ダメージはない、それだけでこちらは自爆にも思考を割かなければいけない。
そして、この視界の悪さに、魔力探知妨害だ。
──────少なくとも、今のレイよりも強いのは確定だ。
「────これでいく、いい?」
レーティアは彼女の思考を受け取り、彼女のやりたいことを理解する。
そう、そんなことで諦めるような主人なら、リティアはついて行っていない。
『わかった。君が思った行動を常に私は実行する。だから、必要な時以外の言葉はいらないよ』
そして、その策を実行するために、妖精は魔術を行使し始めた。
瞬時に、発揮されるのは水の魔術、しかし薄く、広く、広範囲に散布される魔術だ。
「────雨、か......なるほどなァ、いい策だ」
正確には、上から水を広範囲に少量撒いただけ。
妖精のリティアには魔術にはできることが限られている。
レイの出力が下がったことには特に関係なく、あくまで、お目付け役としての役割をもった存在だからだ。
少し濡れた地面に立ち、ゆっくりと歩み寄った両者は火花を散らす。
「ハッ、こんなんででイキがられても困るぜ?」
「土埃も無くなった。これでいーぶん?」
そうして向き合った両者、片方は嘲り、片方は覚えたての言葉で返す。
かくして、彼らの熾烈な攻防は暗夜の中でさらに熱され、光度を増していく。
◆◇◆◇◆
二人の戦乙女が鎬を削る中、校舎では制服の少年少女が辺りを窺っていた
「やっぱり、誰もいないな」
「人っ子一人おらぬ」
すでに一階へと降りていたナギト一行は、キョロキョロと通路を見ていた。
部室棟を抜け、本校舎に繋がっている廊下を通ると保健室がある。そしてそこを抜けると手前に靴箱があり正門に続く出入り口がある。
辺りを隠れながら見渡す、気分はスパイ映画の主人公だ......よくは知らないが。
「ともあれ、僥倖。このまま、裏口まで行こうぞ盟友よ!」
そう言い、ノワ子はかっこいい謎のポーズを決める。
しかし、少し引っかかるところがある。さっきの槍男が言ってたことについてだ。
「いや、待て。裏口はマズいかもしれない。」
「ふむ?ならば正門か?あの校庭の中を通り抜けるのは流石に無理があると思うが」
先程から、轟音がここまで響いて来ている。部室棟から見えた、関わりたくない戦闘は今も続いている。
確かにノワ子の言う通り、裏口が安全かもしれない。だが、少なくとも裏口は安全じゃない。
「さっきの槍男が言っていた、こっちに強い奴がいないってやつだ」
「うむ?」
「そうだな、多分あいつらを避けてるんだと思う。校庭側に不審者の仲間とかがいないしな」
実際に誰もいない、校庭でやり合ってるあのマフィア女の部下っぽい男と、彼に殺されていたやつ、そしてムキムキの不審者それ以外は誰もいなかった。
あのムキムキは明らかにアホっぽかったし、他にいた侵入者はあの槍男に殺されただろう。巻き込まれたくない他の魔術師は校庭側には来ない。
「さっきの槍の男の言葉だと、多分他の魔術師?も来ているはずだ。こっちにいないということはつまり、第二校舎やら体育館とかにいると思う」
そう、考察を口にする。あの槍の男が嘘を言っている可能性もある。しかし見た感じそこまで心理戦が得意そうな部類ではない。あの女マフィアの方がマトモそうな気もするし、あの女の指示で動いているというのは、足止めをしてることの証拠にもなる。
「まるで、頭脳バトルの主人公だのう?かっこいいぞ、ナギト」
「茶化すな、こっちは命がかかってんだ......マジにもなるだろ」
ここで選択を間違えると、死ぬことになる。必死にならない人間はいないだろ。
何故か少し不機嫌な表情のノワ子を無視して話し出す。
「裏口は校庭とは逆側にある。ここからは多少近くても、校庭を挟んだ正門から出るべきだ、と思う」
校庭と逆側には、不審者のような奴らが大勢いると予想できる。
何故この高校に集まっているか理由はわからないが、ともかくあの特に激しくやり合ってる二人のどちらかが原因だろう、両方か?
「確かに、裏口は危ないのは理解できたが、あの校庭でやり合っている輩を避けて正門に辿り着けるかの?」
「正面から言っても、無理だと思うが──」
校庭に遮蔽物などない、端から突っ切っても恐ろしく目立つだろう。
「──普通に行くんじゃなく、運動部の部室に隠れていく」
校庭の横にはプールがある。そして反対側、文化部の部室棟と平行に並んでいるのは運動部の部室と倉庫だ。
それに隠れつつ、進んでいけば正門の近くに、あいつらから見られずに出られる。
「ふむ、部室と柵の間から行くのか?あそこに人の通れる隙間などあったかの......」
俺の言葉に引っ掛かりを覚えて、口を開くノワ子
その疑問はもっともだ。
「そうだな、あっちは森側だから柵があって、隙間はない。だから、部室に入って通る、各部室同士はドアで繋がってるからな」
「鍵はどうすんじゃ?」
「入口の鍵は閉まってるけど、窓のは開いてる」
「なんでじゃ?」
そう、ノワ子は俺の言葉に素直な疑問をぶつけて来た。
これに関しては一応理由がある。
「端にある、運動部の部員は部室で夜な夜なBBQしてるからな。鍵開けてるとバレるから窓開けて侵入してるらしい」
「......運動部ってみんなヤリラフィーなのかの?」
苦い顔をしたノワ子はそういった。
「いや、うちの学校だけだぞ、なんなら運動部はほぼ全部、夜に学校で遊び惚けているらしい」
なんだか頭が痛くなる情報だ、そう思えば、先輩が鍵をせしめて来たのも、運動部経由かもしれない。
「まぁ、余には関係ないから別にいいがの。ていうか、なんでナギトがそれを知っておるんじゃ?」
「それは、一回だけ参加したことあるからな」
「……ナギトも陽介のようにヤリラフィーになってしもうた…………もうお終いじゃっ!!」
そう、嘆くように壁を叩くノワ子。
あんま、音出すのやめてくれます?不審者が来るかもしれないんで。
「一回だけだ、ちょっと事情があってご相伴に預かっただけ。あと、陽介はヤリラフィーじゃない」
てか、ヤリラフィーって表現古くない?
「事情とは?」
「女子サッカー部に潜入してたくらいで」
「本当になんでじゃ!?」
色々事情があって、知り合いの生徒会長に頼まれたから仕方なく。
流石に女装は恥ずかしかった。
そんなこんな誤魔化しつつ、女装の写真をねだるノワ子を躱しつつ…………俺たちは運動部の部室へと向かった。
◆◇◆◇◆
月の陰った夜に、二つの影が火花を散らし、交わり続ける。
一つは漆黒を纏った壮麗の魔女、一つは妖精を従えた暗夜に光り輝く金髪の少女。
黒と金の交わりは複雑に織り込まれ、それ自体が一種の芸術作品とも呼べるほど洗練された戦いが繰り広げられていた。
黒は、三色の雷装を自在に操り、金を翻弄する。かと思えば金は妖精と共に幻で翻弄し返す。
まるで名人同士の棋譜の如く盤面は移り変わり、優勢劣勢はオセロのように返し、返される。
それを、客観的に見ていた黒、〝四色雷葬〟のライカは目の前の金、レイという戦士の強さに驚愕していた。
(なるほど、並の強化派生じゃない。本物の強者の風格だなァ……けど、まだ本気を出してない?いや出せねェのか)
おそらく、彼女の実力はこんなものではない。しかし、本気を出すならとっくに出しているはず、手を抜いてるわけではないはずだ。事情自体に興味はないが。
「その歳でその実力たァ、とんでもねぇ修羅だなお前ェ。やっぱり、素直にこっちにこねェか?」
激しい戦闘の最中、そんなことを言うライカに少女は無表情で止まる。
事実、この戦いはレイが頷けば終わる。そうでないから続いているわけだが、ライカ自身もそれを理解していて、それでもまた勧誘を行った。
それ程、ライカが目の前の強者を気に入っていたのだ。
「────嫌。なんか、嫌」
「へっ、いい嗅覚だなァ!」
無論、その言葉を飲んだ場合、『約定』の魔人にとんでもない不平等条約を結ばされるだろう。
ただ、ライカの勘が彼の狙いはレイではなく、妖精だと告げている。なので、レイ単体は欲しいとは思っている。
蛇足も終わり、気兼ねなく戦えることに魔女は口の端を吊り上げる。
「────無粋なこと聞いちまって、すまねェな。んじゃあ、第二ラウンドと行こうかい!?」
さらにライカの殺気が膨れ上がり、レイの周囲に多数の機雷が色とりどりに破裂する。
花火のように美しいそれは、レイに牙を向く。
咄嗟に上に回避するレイ、しかしそれを予測していたのか、空中に風の刃がレイを狙う。機雷の能力ではない、生来のライカの持つ魔術だ。それは早さに特化した攻撃であり、音速を優に超えるほどの速度でレイに襲い掛かる。
「──ち、その妖精、アタシも欲しいなァ!」
狙いすまされた攻撃は、しかしレイは妖精の作った風で体を浮かし、体勢を捻って風の刃を回避する。
その様子を見て舌打ちした、ライカは幾多に展開した風の魔術でレイを八つ裂きにせんとする。
「嫌」
『やはり、機雷は空中にはおけないようだね』
さらに、風を纏ってレイはその攻撃をマニューバのような機動で避けながら、降下していく。
まさか妖精の魔術の出力であそこまで飛べるとは思わず、 ライカは、舌を巻いてしまう。
「────!」
そして、レイが降下していったのは自身の位置とはかなり離れた場所であった。
その光景にライカが瞠目した瞬間──────
「──ふっ」
息を吐いて力を込め、落下の勢いを乗せた一撃が濡れた地面に吸い落ちる。
当然、辺りには泥水の飛沫が飛び、ライカですら目を細めるほどであった。
そして────
『────彼方の天 永遠の安寧をここに 其は許されざる悠久────』
ライカは気づく、詠唱が耳に入った時点で妖精の発動しようとしているものを。
──詠唱を必要とする魔術は限られる。そして、妖精を取り巻く膨大な魔術を見て確信した。
「──ま、さかッ!?」
──儀式級の魔術、その行使。
驚愕と共に、辺りは校庭を埋め尽くすほどの爆炎に包まれた。
◆◇◆◇◆
「──なるほど、儀式級の魔術を破棄する前提で組み上げ、わざと魔力暴走を起こしたのか」
校庭を塗りつぶした赤。その暴威が過ぎ去った後、ライカは炭化した地面を見渡してそう言った。
流石にあの魔術をまともに喰らえばライカとて危うかっただろう。
しかし、魔術でドームを作って身を包み、土属性の機雷を炸裂させてさらに壁を作り威力を半減させた。それでも、多少の手傷を負ってしまうほどの爆裂であった。
「────」
そして、煙の向こうから爆炎の仕掛け人であるレイたちが顔を出した。
おそらく、彼女らは儀式級魔術を完璧に使うための魔力が足りないのだろう。
だからこその半端な自爆、それでも全身に少しの火傷をおった程度の手傷しか受けていない少女には素直に驚嘆する。
「......逃げねぇんだな?」
このまま戦ってもレイの方が不利、もし撤退するなら先ほどの一撃以外に逃亡する隙などないだろう。
「このまま逃げてもジリ貧、ここで戦うのが一番いい」
勘がいい、ここでレイのことを見失っても彼女を見つけ出す手段などいくらでもある。
ライカに傷を負わせれたこの場面こそがレイにとっては好機なのだ。
「一つだけ、いいか?」
「ん」
女二人が対峙し、それでも彼女らの間に何かが生まれようとしていた。敵同士であっても、互いに戦士に対する尊敬はある。
「──なんで、剣を使わねぇ」
彼女が聞いたことはずっと気になっていたこと。
目の前の少女が明らかに剣士の身のこなしであり、その剣気に触れれば圧倒的に剣を使った方が強いとわかる。
「......わたしの剣はひとつだけ。それが無いから、剣はつかえない」
拙い言葉、しかしライカには全てが伝わって来た。
彼女の本気はまだまだなのだ、それでもこのコンディションでここまでの実力である。
目の前の強者がまだ、全く本気を出せていない。
そのことに心が躍るライカ。
「──ライカ=ティエリ、『四色雷葬』のライカ=ティエリだ。苗字は好きじゃねェ。ライカでいい」
その名乗りに目を身開いたレイは少し困ったような顔をする。
「…………こういう時どうすればいいかわからない」
『自分も名乗ればいいと思うよ』
ここにナギトがいればその名前で、そのセリフを言うな!?とツッコんだだろう。
「──レイ、ただのレイ=エレイン」
そして、少女の名乗りが済んだところで、ライカは体に魔力を迸らせる。
即座に、戦闘態勢になった目の前の魔術師に対し、レイは静かに目を細めるのみ。だが、彼女の頭のスイッチ戦闘へとすでに切り替わっている。
「手加減はしねぇぞ?」
「ん、のぞむところ」
そして、両者の戦闘は次のステージへと────
「────死ぃねぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!!」
彼女らの切先が混じる寸前、突如として天空から怒涛の殺害予告と共にチェーンソーが降ってくる。
降ってきてのはチェーンソーだけでなく、ゴスロリを着た女も一緒にであった。
「────ッ!?」
レイはその攻撃にさらされ、咄嗟に飛び退く。
ライカも同じく、そうであった───が、ライカはまるでゴスロリ女を意に介さず、レイの方に向けて土の魔術を放った。
空中にいるレイは、回避することができなかった。
そのまま、高威力の土塊に押し出されつつ、レイそれを弾いた。弾かれた土塊はレイの足元の地面に突き刺さった。
リティアは嫌なものを感じ取り、その土塊に対して風刃の魔術を放つ。
だが、さらに遠方、この戦いを遠巻きに見ていた第三者が、気流を操り、風の刃を逸らす。
「────やっべ、割とガッツリ介入しちゃった」
視線を向けるとローブを来た妙齢の男性が、さっと隠れる。
おそらく、リザロの部下であろう。無論、レイたちはそれも知らない。
だが、一瞬でもレイたちの気を引けたのは良い。
──何がしたかったのか分からないレイ……しかし、足元からレイを囲むようにドーム上の土壁が迫り上がる。そして......
「────チッ、無粋な横槍が入っちまったが……すまねぇな、こちとら魔術師なもんで。卑怯なのは仕方ねぇだろ?」
そんな声が聞こえたような気がした、瞬間ドーム内に膨大な魔力が満ちる。同時に魔術師は空虚に嗤う。
──出力最大、《風閃》。
それは彼女の用いる中で、最も威力が高い技の一つだ。
ドームが破裂するほどの斬撃の嵐に、レイは晒される。
咄嗟に彼女を守った土の壁は焼石に水であり、その威力には意味をなさない。
地面が削れ逆ドームができてしまうほどの風の刃に切り刻まれるレイ。その様子に焦った妖精は即座に、彼女を風魔術で吹き飛ばし、この地獄から逃れさせようとする。
しかし時すでに遅し、レイは体表面すら完全に再生しきれず、重要な臓器の幾つか傷ついてしまった。本来始まる治癒が能力の弱体化のせいで始まらない。
四肢を畳んでガードしていたものの、レイはすでに満身創痍の状況に陥っていた。
(少し力が入りすぎちまったが......あれなら、もう逃げられねぇ。問題は──)
「私たち以外の魔術師は全員殺すッ!!!」
目の前でチェーンソーを振り回している魔術師は、殺意をむき出しにして攻撃してくる。
「ッチ、面倒だな。お前どこの派閥だよ」
「敵に話すことはないわッ!!」
そして、そこから彼女らのエクストララウンドが開始した。
遠く、少女を切り刻んだ原因を作った魔術師は、冷や汗をかきつつ、舞台を離れるのみ。
────倒れ伏す、少女を置き去りにして。
◆◇◆◇◆
「──何か、あったか?」
運動場の部室の外から何かを感じる。
しかし、感じた運動場側には窓がない。そのため、外で起こっている戦闘の様子を確認できない。
「うむ?何もなかったと思うぞ。それよりも、なんでこんなに私物やら遊具的な物が多いのだ」
ノワ子はいくつかの、部員のものと思われる私物や多分ボードゲームの類いであるそれを見て、引いていた。
「うちの運動部はそこらへん適当らしい。ただ、こんなでもインターハイ常連の強豪がほとんどっていうから文句を言えないらしい」
知り合いの生徒会長がぼやいていた。
まあ、流石に犯罪だのの一線は守っているらしい。
「うむ、気になってきたが、会いたいようなそうでもないような……」
まあ、会わない方がいいよ、ノワ子は。
俺が知っているのは女子サッカーだけだが、ノリが陽キャですらなく飲み屋にいるヤバいやつといった感じだ。
あんなんで本当にサッカーをできるのだろうか、と心配になるくらいにはヤバかった。
「ともかく、このラクロス部で最後だ。こっからは、外……つまりあの戦場の中を突っ切ることになる。と言っても、あっちは俺たちに見向きもしないから大丈夫だと思うが」
そう付け加えて、ノワ子の緊張をほぐす。
とはいえ、気をつけなければいけないことも確かだ。
「うむ、突入だ!」
「むしろ出てるだろ……まあ、ともかく行くしかないか」
ノワ子の戯言を流しつつ、ドアを開けるといつもの正門の風景があった。
特に何かが待ち構えていたり、障害などがあったりはしない。
つまり、これで逃走は完了というわけだ。
そのまま走り出すノワ子。
ノワ子に続いた俺は辺りの様子を確認した。
「うお、なんかグラウンドが焦土になってる」
「うむ、確かに焦げ臭いと思ったが。野焼きでもしたのかぇ?」
野焼きは普通に法律違反だが、この規模は野焼きではできないだろう。
「とりあえず、脱出はできそうだが、陽介はいない…………か」
「一応、心配だが、抜け目のない彼奴のことだ。明日になったら、ケロッと帰ってくるだろうて」
確かに俺もそう思う。ていうか、一応って同じ部活仲間なんだからちゃんと心配してやれ。
「ともかくこの場所から離れるべきであろう」
「......そうだな、とりあえずは外で陽介を待つのが妥当な線か」
そういうと、安堵が全身に押し寄せて来た。
思ったよりも疲弊していたようで、今すぐ寝転びたい気分になった。
「行こうか、盟友よ!」
「はいはい、とりあえず大声やめようね」
そう、声量が変わらないノワ子を宥めつつ、歩き出す二人。
とにかく、この騒動はここで終わり。なぜとか、どうしてとか、問う気力すらないほどに疲れた。
ふと、気になって振り返る。
そう言えば、彼女らの戦いはどうなったのかと気になったから。助けてくれたから、そんな些細な疑問が頭をよぎった。だから、振り向く。
しかし、俺はすぐに後悔した。
振り向いたことに、そして見てしまったことに。
だが、知ってしまえばもう遅い。
すでに、身を締め付ける何かが、俺の体を不可逆的に留めおいてしまっているのだから。
そう、俺の、間下部凪斗の振り向いた視線の先に────
────────彼女がいた。
〈Tips!〉
・術式について
《術式》とは、魔術の技法の一種であり、魔術師にとっての高等技術である。
《術式》を使用した場合、魔術単体での運用よりも発動の速度が上がり、消費魔力が下がる。
魔術は状況に合わせて、様々な手を打てるが、《術式》はより特化した一つの工程しか行えない。
代わりに威力が高く、消費魔力が低く、発動も早いという魔術の中でも洗練された技術。
ライカのように、魔術単体と《術式》の併用を行うのが実力者にとってはセオリー。
《術式》を開発することが、魔術師にとっての一種のステータスでもある。




