05 「月光陰りて、闇夜が来れり」
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〈二◯二五年 七月二十三日 御加実市 御加実第一高校 文化部部室棟 三階〉
「──閑散としている、まるで人類最後の二人にでもなったようだな」
「ああ、確かに誰もいない。さっきの不審者が嘘だったみたいだ」
ここは、さらに一階降りた部室棟四階である。
少し意気込んでみたものの、意外と楽に逃げれるかもしれない。
不審者が追ってくることもなく、さっきの少女を追っていた女がこちらに標的を変えることもなかった。
たぶん、俺たちに危害を加えられないか、あの少女が最優先だったか。
まあ、俺たちを人質にすればあの少女には間違いなく効く。あったばかりの俺たちを助けるくらいのやつなんだから。
ということは、間違いなくあの女は俺たちに危害を加えることができないはずだ。
「......どうする?盟友よ」
「ああ、とりあえず、裏口から逃げようと思うんだが──」
────瞬間、轟音が辺りに響く。
俺は咄嗟に身を屈め、遅れたノワ子にも促し、通路の端による。
ただ、こちらを標的として、何かをしているわけではないようだ。それ以上轟音はしなかった。
しかし、耳を澄ませると遠くから金属同士のぶつかり合う音がした。
「──────」
ノワ子が目配せで、行こうと言っていた。
なんというか、コイツは恐れを知らないというか、こういうシュチュエーションは厨二病にとっては憧れなのかもしれない。
とはいえ、普通は実際に起こってみれば誰だって、勘弁してほしいだろう。自身の命がかかっているのだから。
そう言う意味でいえば、コイツは図太いのだろう。その肝っ玉を俺にも分けてほしいくらいだ。
「────」
そして俺はノワ子の目配せに頷く。
実際、俺もその意見に賛成だ。今、最も致命的なのは、この状況を何一つ把握していないことだ。ここで何が起こっているのか、それを踏まえてどうすればいいのか。危険を冒して、少しでも情報を得ておくことは必要だ。
まあ、行ってみてあの不審者がはいこんにちはと待ち構えているかもしれない。だが、位置関係的にその可能性は低そうだ。遠巻きに見るだけでもわかることはある。
「とりあえず、行ってみるか」
そう、小声でノワ子に耳打ちする。
そして、俺たちは音の方へと向かうこととなった。
◆◇◆◇◆
私は、山田佳奈は少しだけ興奮していた。
たぶん、この状況は私の描いていた妄想をそのままにしたシチュエーションだったからだろう。
それに、ナギトがいる。
自らの盟友にして、想い人たるその人。
逸れた陽介には悪いが不謹慎ながら、ナイスと称賛を送りたくなる。
彼とて、私とナギトの仲を応援していたので、良しとしてくれるだろう。
そもそも、厨二病である私にこんな厨二心をくすぐるイベントは大好物なのだ。
オカルト部の活動でも、ここまでの状況はまず出会わなかった。とはいえ、先輩がいないのは少し不安だが。
そう、この状況は私にとってチャンスなのだ。
ナギトに、近づく最大の好機である。
このピンチを機会にそのまま、二人の仲は......となる寸法のはずだった。
そう、ピンチの中、想い人と二人という状況に浮かれていたのかもしれない。
────ずしゃり、と何かが頽れる音。
「────やっぱ、こっちには強い魔術師は来てないかー。姐さんも、あっちにかかりきりだし。暇だなー」
目の前には、顔に傷のついた金髪の男。
その足元には、彼の槍で頭を貫かれたであろう人物が横たわっていた。
その様子はスプラッタも真っ青な、血濡れた光景であることは間違いなくて────
その光景を目にした瞬間、頭から血が抜けたように視界が歪んだ。
今は現実か、それとも夢か。そんなことすら理解できなくなっている。私はどうしてこんな所に来てしまったのか。後悔しても後悔しても悔やみきれない。それほどまでに、それらを理解してしまった。オカルト部の部活動など、比べるべくもないことを。闇の姫で亡国を追われた高貴な者だと自称しているが、私は一人のただの女子高生であることを。そして、この状況は好機などではない。そう、ここは────
────ここは、戦場であると。
頭の中がいっぱいになり、そして、私は膝から崩れ落ち──
「──────ッ!」
そして、そのまま横にいた彼に抱えられた。
私は呆然と彼の顔を眺めることしかできない。
「ん、何か気配が──そこに誰かいるっスか?」
そうしているうちに、あの槍を持った男がこちらに来る。
「......!?」
驚愕の表情と共に私を抱えたナギトは走り出し、槍男を置き去りにする。
「──あ、ちょ、待って!って言う前に逃げられちゃったス」
一瞬手を伸ばすも、ナギトの速い判断により槍の男は置いてけぼりとなる。
やろうと思えば、追いつくこともできたが……
「魔力がない人間が、この人避けの結界入ることなんて出来ない筈なんスけどね──ま、いっか!」
首を傾げた男の言葉は彼らには聞こえなかった。
そして、彼は己の役目を全うするために、槍を下げて踵を返した。
◆◇◆◇◆
彼女は自惚れない。
間下部ナギトと出会った日から、彼の今日までで多くを理解したつもりだ。
その中のどれもが、彼を普通ではないと語りかけてくる。
彼の機転の良さ、過去の人間関係、一年にも満たない付き合いの中で、見え隠れする異常さ。
彼は自身の事を平凡と卑下するが、それは彼女にとっての皮肉にしかならない。
自らが喉から手が出るほど欲しいものを彼は持っているのだ。
そう、だからこそ彼を、彼女が欲するのは必然である。まあ、きっかけは少し違うが。
しかし、彼女は彼が好きだからこそ見えるものがあった。それは、間下部凪斗に山田佳奈は釣り合っていないのだ。
無論、ナギト本人に言わせれば、そうではないというだろう。
だが、歴然たる事実として、彼の運命力というか、引き寄せ力はおそらく彼を放っておかない。
オカルト部の活動でも、自らのあずかり知れない場所で事件を解決していたことが多々あった。
それに、中学生の時にも色々と事件に巻き込まれていたらしい。
そう、全ては彼女に向かい風を浴びせ、彼を遠ざけようとしているとすら思えてしまう。
それほどに、間下部凪斗と山田佳奈には壁がある。
それは中二病を自称し、少し抜けているところのあると自覚している本人も理解していた。
そう、まるで叶わぬ恋を追い求める姫のように、身分違いの恋であることは自覚している。
願えばかなう、追い求めればいつか得れる、そのようなおためごかしなど、意味はない。
結局、ナギトとノワ子の運命は決定的に違えてしまっているのだろう。
だが、全ての行為が無意味だとしても諦めるということはできない。
例え、どれほど勝算が低くても、あきらめるわけにはいかない。
それは彼女が初めて見つけた〝想い〟だから。
──────そう、想っていたはずなのに……
◆◇◆◇◆
「......大丈夫か」
こういう時、どのような言葉をかけていいかなんてわからない。
あの光景を見て、ノワ子はショックを受けてしまった。あんな光景、誰だってそうなるとは思う。それに、ノワ子が浮かれていたのが、拍車をかけていた。自分の置かれている状況と、これまで自分が視界していた状況の隔絶を嫌でも理解させられた。
すなわち、自身の命の危うさにようやく気づいたのだ。平和な現代の人間なら仕方がないことだとは思う。
「......わ、わかんない。けど──」
堰を切ったように彼女の目から涙があふれだした。
流石にこれは走っている場合ではないと一度止まって辺りから見えない位置に隠れ、ノワ子を下ろす。
「──私は、ナギトの命も陽介の命も危険に晒した」
そうかもしれない、でもそれをノワ子が気にする必要はない。
「──私はみんなが危険な状況でウキウキしてた」
それはそうだが、仕方がないことではある。
返すべき言葉が頭に浮かぶ、しかし口から出ない。
それは俺がこういう時に、下手な慰めを言ってはいけないと思っているからだろうか。
「──わ、私は、ほ、本当にッ......!」
やけになった独白、自傷行為のような懺悔。
しかし彼女のそれはあまりに見ていられない。
「......確かにお前は馬鹿だな、でも俺はもう知ってる」
その言葉を遮って、俺は初めて返す。
「......ナギト?」
「別に、誰であれ、いつも上手くはやれないだろ。むしろ下手こくことが多いと思うぞ」
その言葉を聞き、ノワ子は否定しようと首を振った。
「で、でも──」
「それに俺はお前の明るさにもう十分助けられてる。俺と陽介だけだと場が重っ苦しくなるしな?」
彼女のために言葉を紡ぐ。
ゆっくりと慎重に、はっきり言ってこういうのは苦手なんだ。
「いつもの暗黒なんたらはどこ言ったんだよお姫様?」
「──────」
そう、あくまで軽くそう口走った俺に、ノワ子が目を丸くする。
正直言って、自分でももっと言うことは別にあったと思う。だから──
「ああ、クソっ!こういうのは苦手なんだよっ............いいか、一度しか言わんぞ?その、いつも助かってる────ありがとう。だからあれだ、いつものテンションに戻ってくれると助かる......」
ただ、実直に思っていることを口にした。
なんか自分でも何言ってるかよくわからなくなってきた。
しかし、ノワ子は顔を上げ、少しはさっきの精神状態から立ち直ったような笑みでこう言った。
「......ふふ、ありがとう、か......どういたしまして、こちらこそ感謝するぞ。妾は過去は振り返らん!我思う故に我あり!天上天下唯我独尊ってやつだ!」
「とりあえずカッコよさそうなそれっぽい言葉を並べるな」
そして、俺はノワ子に手を差し伸べ、その手をノワ子が取った。俺は苦笑しつつ、彼女と笑い合った。
「そういえば、ひとつ聞きたいことがあるんだが、よいかの?盟友」
「ああ、なんでもいいぞ」
そう改まって聞く、ノワ子に俺は首を傾げる。
「さっきのあの光景に盟友はどうして動じなかったのかと思ってな」
その言葉を聞き、確かに疑問に思うのも尤もだと考え、こう答える。
「まぁ、昔取った杵柄ってやつだな」
「きねづか?つまりどういうことだ?」
厨二病ならことわざくらい知っとけよと、心の中で思いつつ、俺は詳細を話す。
「ちょっと、中学の頃にやんちゃしててな」
「ふむ、やんきーだったということか?」
「違う違う、ちょっといろんな事件に巻き込まれてただけだ。」
中学の頃には色々あった、俺は幼馴染の起こす事件に巻き込まれていただけだが。
「ふむ、詳しく」
そういうと、目を輝かせてこちらにずいっと寄ってくるノワ子。これはちょっと、あまり話したくない内容だったから、言ってなかったんだが。
「い、いや、ちょっと政治家とやり合ったり、沖縄でカルト教団潰したり、北海道で熊から逃げたり、無人島でサバイバルしたり、東京でヤクザの抗争に巻き込まれたり、大阪で殺し屋に追われたりしただけだぞ?」
それを言うと、ノワ子は目を丸くして口をポカンと開けた。
「今すぐ話せ!きりきり話せ!!ぜぇーったいに話せッ!!!」
そして、俺の話に興味を示したノワ子はそう捲し立てる。その剣幕に押されそうになり、つい口を割りそうになるが。
「待て待て!今はそれどころじゃないだろ。ここから脱出するのが優先だ!その後でいくらでも話してやるから」
「うむぅ、そうか......でもなぁ、聞きたいなぁ……?」
そう、めちゃくちゃ渋い顔で、ノワ子が幽霊のように囁いてくる。
なんだその催促は…………何しても駄目なものは駄目だ。
その様子を見て完全に調子が戻ったことを確信した俺は、笑顔でこう言った。
「とにかく、ここから出よう。全部それからだ」
二人を見ているものはおらず、雲の隙間から少し出た月が彼らを照らすのみ。
だが、寄る辺となる月光はやがて陰っていくのであった。
◆◇◆◇◆
〈御加実第一高校 屋上(不審者が天井をぶち抜いたので暫定的に)〉
静かに、しかし確実に夜が更ける中、一人の男が瓦礫の上に座っていた。
その様子は何気ないが、見る人が見ればまるで隙のない体制であった。
「────む、何やら青春の香りが......」
そう呟く彼は月明かりの陰った空を見上げる。
辺りには廃墟と化した、学校が夜闇に照らされ黒く光っているようだ。
「はぁ、仕方がないとはいえ直で見たかったなー......それもこれも、全部君のせいだよ」
そして、彼の背後にはあの筋肉の男が磔にされていた。
(なんなんだ、これは!?なぜ、この糸は切れん!?)
猿轡のように、糸で口枷をはめられた男は自らの状況に驚愕していた。
「あー、踠いても無駄さ......この糸は特別製でね。踠けば踠くほど、絡まり捻れ......戻らなくなっていく」
目の前の青年はノスタルジックに語るように、言葉を上に投げかける。
いつのまにか男を縛っていたのは糸であり、特別な金属が織り込まれた鋼糸だった。
「まったく、三文芝居もいいところだね。あの登場はナンセンスだったけど、僕のフォローでどうにか見れる展開になったよ」
青年は、静かに立ち上がり、侮蔑の視線を男に向ける。
「拘束できても、傷つけることは無理か。魔力適性《強化》は、確か身体能力に秀でているだったかな」
瓦礫の上で、縛られた男に向けて青年は煽るように言った。
(──馬鹿な、こちらの情報が漏れているだと!?)
そして、魔術師の男は目の前の少年がこちらの情報を知っていることに動揺する。
「さて......まぁ、君も精々敵に見つからないように祈っておくんだね?──ああ、それと、君の上司にもよろしく」
そして、青年は以前の姿から形を変え、少年となり、そして男を磔にしたまま去っていった。
(──────奴は、一体どこまで知っているのだ)
置いて行かれた不審者は唖然とし、その背を眺めることしかできなかった。
「──さて、そろそろ潮時かな?名残惜しいけど、青春ごっこは終わりだよ、ナギトくん?」
そして、少年となった彼の、ナギトを名指しした呟きは夜闇に溶けて無くなっていった。
ありえざる存在。すなわち空想現界の徒にして、現代の世界にすら行き来する。そう彼は、とある世界を滅ぼしかけた正真正銘のラスボスである。
ここで彼が何をしようとしているかは、彼のみぞ知る。
そして、彼は次の悪巧みに向けて笑みを深めたのだった。
〈Tips!〉
・魔力適正について
魔術師が持つ魔力には使用する魔術に、それぞれ適正がある。
七大適性と呼ばれる、七つの魔力適性……《強化》《付与》《属性》《錬金》《結界》《契約》《固有》があり、全ての魔術師の魔力はこのどれかの適性に属する。
異なる適性でも、一応使うことはできる(《固有》以外)。
ただし、上の並び通りに、その魔術師の適性に近いものほど使いこなせ、遠いものほど使いこなせない。
ちなみに《固有》はそれらのルールに外れた、どれでもない適性のことを言う。
ほぼ念の系統表だと思えばわかりやすい。




