04「エンカウント」
〈二〇二五年 七月二十三日 御加実第一高校 文化部部室棟 五階〉
「──────ふん!おお、案外脆いな。入口を見つけるよりも楽に入れたぞ!!」
がらがらと崩れ落ちる、天井とナギトたちの常識。
「──────」
目の前に、壊れた天井からこちらを除くのは明らかに異常な男であった。
鍛え上げられ、膨張した筋肉とそれを惜しげもなく晒す、鎧に似た防具。
何かのコスプレと言われた方がしっくりくる格好を目の前の異常を成した男はしていた。
『────』
その様子に固まる一同、ナギトはこちらの世界がミニチュアで、外から巨人が干渉してきたとすらおもえた。
少なくとも、目の前の男は話が通じるかすらわからないため、この場から今すぐ逃げるべきなことは確かだった。
不審者、そういう言葉が男を形容するに適切な語句だろう。
「おや、何か?そこにいるのは......」
男との距離は数メートル、当然目視できる距離だ
目の前にいる三人に気づいたのか、穴の空いた屋上から、飛び降りる男。
「────誰だ、お前」
咄嗟に捻り出た言葉である。
そもそも、ナギトはこういう場面で真っ先に逃げ出すタイプだ。
それでも、前に出るのは──
ちらりと、横にいるノワ子を見た。
驚愕か恐怖か、彼女は固まってしまっていた。
陽介は、一応冷静に状況を見ているようだ。
ノワ子をここに置いていくのは流石に忍びない。
「ふむ、魔力を感じない......それどころか、戦士の雰囲気も無い。貴様ら、何者だ?」
不審なオッサンはナギトの言葉をガン無視して問いに問いで答えた。
「......いや、こっちが聞きたいんだが?」
困惑の表情を浮かべるが、内心焦っていた。
彼の感じを見るにこれは──
「うぬ。まあ考えても仕方がない。敵の尖兵かもしれんしな!ここは殴って考えよう!!」
────脳筋ですよねぇ。というか、それを考えたとは言わない
「ナギト、これは嫌な予感がするんだが」
「ああ、俺もだッ──」
そして、何を考える前にノワ子に飛びつく。
咄嗟に押し倒す形となったが、どうにか山勘が当たったらしい。
ドゴ、と崩れ落ちたのは反対側の部室のドア。
「────ぇ?」
驚愕に目を見開くノワ子。
そして、その目は鉄板のドアを拳で貫いた男に向けられていた。
「ふむ、回避されたかぁ。いっちゃん弱っこいのを狙ったつもりだったがのぉ?」
男の表情は変わらず、冷静でその不変さが俺たちの恐怖を煽る。
回避してなどいない、殴るって言ってたから何をする前に避けられるように勘で行動したまでだ。
「クソ、逃げるぞノワ子っ!話が通じない不審者に何言っても無駄か......!」
「ちょ──」
咄嗟に身を翻して、有無を言わせずノワ子の手を引いて走り出す。
陽介はうまくやるだろうから今は、ノワ子だけに集中する。
オカルト部の部室が階段の近くなのが不幸中の幸いであろう。
「ふむ、少々面倒くさい......手荒だが、一人残ればいいか──では、いくぞ」
ナギトたちが階段に逃げ込もうとしていると、男が何か呟き、そのまま壁を殴った。
ただ、殴ったとは思えないほどの音が轟いて、壁にヒビが入った。そしてそのままヒビは天井まで達して天井が崩落、上から瓦礫が降り注いでくる。
「──────っ」
走馬灯のように視界がゆっくりになっていき、煩いはずの音が喪失する。
穏やかに降り注いでいる瓦礫をただ、眺めることしかできない。そして、ナギトは瓦礫に引き潰され──
「──君が先に行け、ノワ子を頼むよ?」
トン、と背中を押された感覚と陽介の声に──
────俺は何もできなかった。
◆◇◆◇◆
ガラガラと瓦礫が崩れ落ちる音が耳を貫く。
それが終わると、虚無感を感じる静寂が流れた。
その光景に唖然とするしかないが、ボケっとしている暇はない。
「──クソッ!陽介ッ!!」
大声で瓦礫の中に問いかけるが、返答はない。
あの場面で、陽介は俺を押して、ノワ子も一緒に瓦礫の落下圏内から俺を出した。
俺は必死に瓦礫をかき分けようとするも、あまりに大きい瓦礫もあり、断念するしかなかった。
諦めかけたそうその時、ピロンとスマホの通知がなった。
SNSの通知であり、陽介からであった、その内容は。
「『無事』か......よかった、生きてた」
ホッと息を吐く俺は、その場にへたり込んだ。
ただ、あの不審者と一緒に消えたのだ。
メッセージを打つ余裕があるので、あのタイミングで逃げたのだろうが。
「──今はこっちの問題に集中するべきか」
陽介の言葉は俺を突き動かしていた。
とにかくこの状況から脱する、さっきの不審者が追いかけてくるかもしれない。
「ノワ子!」
「うーん、むにゃむにゃ......これがコーラの気持ちか」
なんか、呑気な寝言が聞こえた。
ノワ子は気絶し、そのまま眠ってしまったようだ。
確か、昨日は夏休みに乗じて、徹夜でアニメ一気見したらしい。
「ガッテム!ビンタしてやりたいところだが、起こしてる暇はねぇか」
時間はない、この寝坊助は背負っていくしかない。
コイツ、最近太ったとか言ってなかったか?
「──いや、軽っ。ちゃんと飯食ってのか」
背負うと、太ったとは思えない重さが体に乗ってきた。
女子を背負う形になってしまうが、コイツの胸は慎ましやかなので、ギリギリセーフだ(失礼)。
「よし、いくか」
背中から伝わってくる慎ましやかとはいえ柔らかい感触を無視し、階段を降り始める。
幸い不審者とは出くわすこともなく階を降りることができた。
あの不審者が数十人といた場合はもはやお手上げなのだが、それはないようだ。
「────」
当たりは静かなもので、やはり先ほどの不審者が他にもいたり、追いかけてきてはいないらしい。
そのまま、次の階段を降りようとした瞬間──
──────目の前の壁が弾けた。
『────────』
壁が破砕され、そこから現れたのは先ほどの不審者ではなく、一人の少女であった。
一瞬の邂逅、瞬きのごとき一瞥。
目があった瞬間に時が止まったような感覚に陥る。
少女の姿はこの世とは隔絶しているような、美しさと異質さを秘めていた。
幼い顔立ち、金髪にセミロング。エメラルドの瞳と、純真さを残したような少しの垂れ目。年下で、庇護欲をくすぐるような可愛さと絵画のような美しさの両方を秘めていた。
白を基調にしたレザーの上着と軽い鉄か何かのプロテクトをつけている。下は灰色の丈の短いキュロットと、薄い黒のタイツを履いていた。
その異様は明らかに、日本のものでなく、そしてこの世界のものかも怪しいような装備であった。
拳を突き出した姿勢で、その細腕でコンクリを破壊したことが予想できる。あの筋骨隆々不審者がやるならともかく、少女が出来るとは──
「............っ!?」
魔法が解けたように、時間が俺へと返却される。
どうやら、俺は初対面の少女の顔を凝視してしまったらしく、彼女の視線が浴びせられる。
慌てて目を逸らすも、なぜか今度はあちらが俺を凝視しているようだった。
「............」
無言でこちらを観察する少女は、ふと自身が破った壁を見て、気付いたような表情をした。
『──────レイっ』
どこからともなく響いた声は彼女の名前なのか、少女は反応し、こちらへと走った。
「......へ?」
突如として、突貫してくる少女。
もちろん全て目で追えたわけではなく、とんでもないスピードで瞬間移動してきたように見えた。
彼女の速度はあの不審者を凌ぐとすら思えた。
そのまま足を払われ、背負われていたノワ子と俺は宙に浮く。
そして──
「────おいおい、よそ見はいけんぜ?お嬢サマ?」
そのまま、目の前に豪炎が炸裂した。
どうやら、それを察知していた少女は咄嗟に、俺とノワ子を抱えて炎の射程から脱出していたのだった。
俺とノワ子を小脇に抱えた少女は、豪炎から逃げ切りそのまま袋小路となった通路の端に立っていた。
「────」
目の前で繰り広げられた光景に、呆然とする。
──なんなんだ、これは......なんなんだ、コイツらは!?
先ほどの男は、身体能力が異様だった。
しかし先ほど目にした炎は明らかに、人のものとは思えない異能であり、この世ならざる力であった。
それを平気で使う目前の人間が、普通ではないことは目に見えて理解できた。
「......この人たちにあたるところだった」
「ハッ、魔力を感じねぇ人間なんて、感知できるわけねぇだろ?」
少女の責めるような言葉に、女は肩をすくめてそう言った。
魔力、確かにそう言った。すなわち魔術やら魔法やらを使うための力なのか?
『────レイ、彼らを離す気は......』
「ない」
『まあ君ならそう言うだろう。けれど、そのままだと戦闘に支障が出るんじゃないか?』
少女は宙に浮く羽の生えた光の玉と話していた。見た目はほぼナ◯ィだ、そうなるとこの玉は妖精か?
いや、そうとは限らないが。
聞きたいことは山ほどある、しかし今は彼女らが場の主導権を持っており、話を遮ってこの流れを止めるべきではないと直感で理解する。
「一旦、中断して。この人たちを安全な場所に降ろしたい」
少女は女の方を向いて言った。
「おいおい、敵のオレにそれ言うのかよ?」
「だめ?」
そう首を傾げる少女は、おそらく本気で行っているように見えた。
「......サァな?オレがそいつらを悪戯に攻撃することはねぇが、別に守る義理もねぇ。もしかしたら、そいつらを人質にとってお前を手に入れようとするかもよ?」
妥当な返し。自分たちの情報は最低限で相手を惑わし、脅しをかけるような言い方。
やり手のヤクザみたいな女の人だ。
実際、彼女は女マフィアのような見た目をしているのだが。
「──リティア!」
『仕方ない、了解したよ』
その言葉を聞いて一瞬逡巡した後、少女は妖精の名前を呼ぶ。
瞬時に妖精は身を翻し、窓ガラスに向かって風を吹かす。
ただの風ではなく、細かく強い刃のような突風。
そのまま、強化ガラスを割った妖精は少女の周りにも風を纏わせる。
そのまま、窓の方へと足を運ぶ少女────しかし、それを許す女ではない。
「逃がすと思うのかッ!!」
瞬時に飛び出し、少女に肉薄する女。
そして少女は、女マフィアの方にノワ子を投げ捨てた。
そんなことをする奴だとは思わなかったのか、女は目を見開いた。
「────幻術ッ!」
気づいた時にはもう遅い。
女の体をノワ子の幻影がすり抜ける。
そしてその隙に、少女は窓から出ることに成功した。
「もういっかい!」
『妖精使いの荒い主人だね』
声を上げた少女は、窓の縁に足のつま先を引っ掛け、空中でつんのめりって体の上下を反転させる。
部室棟と向かい合わせになる体制になった少女を横目に、妖精は何らかの魔術を発動させる
先ほどの風が下の階のガラスを割り、一足遅く少女が俺たちを手放した。そのまま人間すら吹き飛ばすほどの風に煽られ、俺たちは下の階に入った。
「────痛ぅ......とんでもない荒技で、投げ飛ばしやがって」
とはいえ、彼女に助けられたことも確かだ。
中には幾つかのガラス片が転がっていたが、細かく砕かれており、そこまでの傷を負うこともなく、着地できた。
先ほどの彼女らは一体なんだったのか。
それを疑問に思っている暇などない。
今はとにかくこの場から離れることが最優先だ。
「......ううん、痛い。む、盟友!?一体何が起こって────」
ついでにノワ子も起きたことは行幸だ。
ていうか、あんだけ色々あってなんで今更起きたんだ......寝つき良すぎだろ。
目を覚ました彼女は自身の体を確かめて、こう言った。
「──良かった、夢か......」
「いや、現実だ、めちゃくちゃリアルだぞ」
ホッと息を吐いた彼女は、俺を見て目を丸くする。
「いやいや、ないない!ムキムキマッチョがゴリゴリって?意味不明でしょ」
あ、そういえば、さっきの少女とかの場面は知らないのか。
てか、素が出ているぞ、いいのか厨二病。
「まぁ、俺も現実かどうかは疑わしいところだが、とにかく現実問題、早く逃げないといけないわけだ」
「む、さっきのマッチョが現だとするなら、奴がいる校舎にはいられないわけか──そういえば、陽介は?」
普段の様子を取り戻したノワ子は、陽介について問うた。
「......陽介は、はぐれた。アイツから逃げる時に」
詳細は一旦省く、ついでに先ほどの少女やらのことも話している暇がないので、一旦黙っておこう。
「そうか、あの美丈夫のことだ......上手く逃げているだろうて」
彼を心配しているのを見透かされたような言葉。
そうだ、今は陽介の心配をしている場合ではない。
自身の心配をせねばならない。
「そうだな、ともかく今はここから離脱する。それが最優先だ、陽介とは後で合流できる」
そして、そう言葉にして俺はここを抜け出すために一歩を踏み出した。
〈Tips!〉
・妖精、リティアについて
【空想現界人】には、様々な形がある。レイのような本人だけでなく、使い魔的なお供がいるレイは幾何か見られる。
彼女が使う魔術は、現行の、つまり魔術師たちが使う魔術と同じ原理で動いている。
しかし、【空想現界】の理によって生まれたリティアが使う魔術は少々特殊と言える。
光や大気を操る属性魔術と結界魔術の合わせ技による、幻術は彼女しかできない神業だ。
他にも色々手の内を隠しており、レイの保護者役としては申し分ないであろう。




