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014「切霧の銀狼」

〈二〇二五年 七月二十四日 Dekopoモール 最下層 地下広場〉


「────」

 辺りを見回すと、想定していたよりもマズい状況が広がっていた。

 血を流し、腕がちぎれかけ、全身ボロボロのレイと悠然と佇む見上げるほどの巨躯を持つ狼。


 レイが落ちていったとはいえ、正直すでにあの犬科モンスター二匹を倒していると思っていた。

 しかし、蓋を開けてみるとあの二匹はおそらく倒したようだが、新手の、それもかなりの強敵と対峙しているではないか。


 俺の脳内で、速やかな状況処理の方法を組み上げていく。

 メアリアには悪いが、鎖男から適当に逃げてもらうしかないのか。メアリアの怪盗能力なら逃走は易いと思うが、鎖男の注意がこっちに向く可能性もある。

 レイの再生能力は俺が近づいてきてようやく発動したようだが、あの鎖男とメアリアという更なる複雑な要素たちを連れてきてしまったため、状況は依然悪い。

 レイの方を見る、彼女はその美しい顔を、肌を傷だらけにされ、辺りには紅い糊がびっしりとついている。彼女の抵抗の証であるが、あまりに痛ましい。


 ただ、レイに俺の感情で負担をかけてしまうのが怖いので、今はこの混沌をどう乗り切るかに思考を割く。


「…………ごめんなさい」

「──?ああ、別に構わない。てか、むしろ俺たちが変なもんを連れてきちまった」

「ちょっとぉー、その〝変なもの〟に、この超華麗美少女怪盗も入っていたりしませんよねー!」

 俺たちの微妙な空気に、茶々が入るが当然無視する。

 この状況を招いたのはレイの暴走が原因だ。

 けれど、それを未然に防げなかった俺たちにも責任はある。


「うむ、妾たちももう少し慎重にディスカッションし、コミットした目的をシェアするべきだったのぅ!」

「やけに意識高い系な慰めだな……」

 ちょっとはシリアスなことをしてくれ。

 まあ、レイ自体がそういう心の遊びのようなものをあまり持っていないので、バランスはとれていると思う。



────話している内に、頭上から鎖男が飛来する。



「────ゴァァァァァアアアアッッ!!!」

 鎖男の落下に備え、避けておいた俺たちとは少し遠くの場所だった。

 鎖を突き立てて落下の衝撃を逃がした鎖男、どうやらあの高さから落ちても無傷らしい。


 そして、それら全てを遠方から見守るのが銀の大狼であり、おそらく上にいる鎖男を警戒してようすみしていたらしい。



「うわ!やっぱり私に殺意マシマシじゃないですか!?────とりあえずパツキンの女の子は一旦休んで、ここは私に任せて先に言ってくださいっ!」

「いや、先に行く場所ねぇだろ!」

 そう言い残したメアリアは俺のツッコミに笑みを返し、空を掴んでその勢いのまますっと飛んでいく。

 俺たちの後に落ちてきた鎖男を連れて銀狼のところへと行った。

 パツキンはともかく、メアリアの行動はありがたかった。


 

「そうだな…………楽しかったか?」

「────いいの?」

「ああ、役に立ちたかったからだろうし、許すさ。けど、今度からああいうのは無しだぞ」

 少し眉尻を下げ分かりにくいが申し訳なさそうにするレイは恐る恐る聞いてくる。

 まあ、自分の行動で俺たちを危険にさらしたという罪悪感があるのは分かるが。


 それでもレイとの契約(パス)から伝わってきた感情は、喜び、楽しさであった。

 こんな惨状で、散々な目にあったのに楽しかったらしい。

 なら、今はそれでいい。


 少なくとも、今はそういうマイナスな感情に気を取られている場合ではない。


『そうだね、一度話し合ってから行動する、それが出来なくとも一度考えて無闇な行動は避けるのが一番だろう』

「ともかく無事で良かったぞ、我と対角をなす金の聖女よ!」

「レイに変な属性をつけるな」

 戯言をいうノワ子にチョップをかます。

 気分を明るくするためとはいえ、脱線し過ぎである。


 少し意外そうに目を丸くしたレイ、若干表情が柔らかくなった気がする。


「痛い!?無礼な、妾を誰と心得る!」

「はいはい、ヒメサマスゴイ〜」

「おざなりすぎるぞ、貴様ッ!?」

 面倒くさいノワ子に餌を適当にあげるナギトは、レイへと向き直る。


「さて、そろそろいけるか?今は、あのクソでか狼を倒すのが先決だ」

「ん……わかった」

「傷ついた乙女をまた立ち上がらせるとは、ナギトも鬼畜よな」

 うっさい、メアがさっきから『まだですか〜?⭐︎』とキラキラした目で見てくるんだよ。

 それに、鎖男と銀の大狼を相手どらせているのは流石に心が痛い。


『────レイの体はほぼ修復完了している。ナギトとの《身体の契約》様様だね』

 リティアも太鼓判を押してくれた。

 そして、レイは静かに立ち上がり、狼を見据える。


「──あのわんこは、物理が効かなかった。けど完全に触れないわけじゃない」

「…………わかった。俺たちもアイツの弱点を考えてみる。リティア、風魔術で俺たちの声をレイとナギトに飛ばせるか?」

『ああ、レイとのパスがない今、魔力を回復するのには時間がかかる。先ほどの幻影で力を使い切ってしまったが、音を伝える風魔術くらいなら問題ない』

 そう伝え終わったリティアは、レイを送り出すように俺たちのそばにきた。

 わんこて、言い方可愛いな


「ん、リティア……ナギトたちを頼んだ」

『了解した、レイがどんな道へ進もうと私は君の味方だよ』

 あの時とは違う、双方が意を交わし合った言葉だ。

 そして、レイは戦いが行われている場所へと向かっていった。



 そして、俺は何かしらの策を講じるために、思考を回す。

 辺りを俯瞰し、状況を整理し、道筋を組み立てるために、目の前の戦闘へと目を向ける。



────鎖男が銀狼とメアリアの相手をしている。


 そして、銀狼は鎖男へと反撃し、メアリアはほぼ無視していた。

 ただ、鎖のいくつかは銀色の毛並みをすり抜けていた。

 メアは相変わらず回避に集中、という感じだ。




「あはは、パツキンちゃんはスゴく足が速いですね〜!」

「ん、あなたも空飛んでる、凄い」

『あーテステス、そいつの名前はメア、能力は空気を掴む、だ。聞こえるか?』

 褒め合う二人は耳元に聞こえた声に少し驚いた様子だ。

 どうやら、俺たちはリティアの発動した風魔術で声をレイたちに届けられていらしい。


「私の個人情報がマイクテスト代わりにされた!?」

「了解、どうすればいい?」

 両極端な反応だが、今はメアリアに構っている暇はない。

 情報共有を優先するまで、ちなみにレイの情報は言わない。

 致命的になるほど重要ではないし、まだメアリアを完全に信用はできないからだ。


『いいだろ、どうせ俺たち以外聞いてるやついないし。そんなことより、作戦だ』

「そんなことってぇ……乙女の沽券に関わるんですよぉ!」

 乙女は関係ないだろ…………ともかく、とりあえず雑だが指揮を執るべきだろう。

 俺はほぼ初心者だが、中学時代には経験がないでもない。


 ともかく、二人は戦闘中だ、指示は簡潔にする。


『レイは銀狼の注意を引いてくれ、銀狼の処理を鎖男とレイで圧迫したい。それと、攻撃がすり抜けるとしても全てが対象じゃなさそうだ、能力を探ってほしい。んで、メアは引き続き、鎖男を狼に誘導してくれ、誘導が必要ないと感じたら、狼の気を引くことにシフトしてくれ』

 指示はあくまで、個人の裁量を起点とするものだけ。

 ただし、相手の能力を引き出すことと、相手の処理を圧迫して行動や攻撃の主導権(イニシアティブ)を握ることを重きに置く。


「この感じ、私からくさりんを引き剥がすのは無理かもです」

『くさりんって……まあ、了解だ。すまんが俺も詳細な指揮はできないから、臨機応変に頼む。さっき俺の言った言葉はあくまで頭にとどめる程度にしてくれ』

 そう、

 鎖男はともかく、銀の狼は先ほどから違和感を感じている。

 その正体がわかれば優位に動けるとは思うのだが。


「ん、よろしく」

「よろです!パツキンちゃん!」

 レイの名前を言っていなかったことに思い至るが、今はそんな場合ではないかと留まる。


『初対面で連携させてすまんが……頼む』

『精一杯、妾のために励むがよい!』

 割り込んできたノワ子を押しのけつつ、俺は祈るしかない自分に心の中で悪態をつく。

 だが、無いものをねだっても意味はない。


「割り込むなよ、リティアの通信も一応有限なんだぞ」

「いやはや、大事になってきたの?ナギトよ」

「言ってる場合か。危険な状況なら、オカルト部の活動でもさんざ会ってきただろ」

 自責などの雑念は一旦忘れて、俺は風魔術の通信を切る。

 少なくとも、こういう状況には慣れているというのが、俺たちの優位(アドバンテージ)なはずだ。


「まあ、ともかく、今はアイツらを援護する策を考えないと」

『そうだね。手負いとはいえ、レイがあそこまで苦戦する敵なんだ、勝算は薄いと思うよ。だが、私は君たちにこそ突破口はあると思っている』

 そういうリティアに、俺は言葉を返すことはできない。

 その言葉に呼応して、ノワ子が目を輝かせて口を開く。


「しかし!妾の盟友たるナギトならば、あの狼を打破する最も冴えた一手を考えるはずだ!!」

「いや、そこまでは無理だろ…………ま、精々頑張っては見るよ」

 そう、それでも、俺は銀の大狼に覚えた違和感をひも解くことに専念するのだけだ。


────かくして、レイたちとは離れた俺たちの戦いが始まった。


◆◇◆◇◆



────面白いことになってきた。



 メアリアは思う、自らが身を置く状況の奇怪さは思ったよりも奇天烈である、と。


 彼らに会うまでは本来、この任務をつまらないと感じていた。

 だが蓋を開けてみれば、これまで生きてきた中でも上位に位置する興味深さを見つけてしまった。


 ともかく、やるべきことは二つあり、一つはすでに完了している。

 もう一つの目標も順調だ。

 ただ、〝ボス〟から聞いていた話などどうでもよくなってきた。

 それほどまでに、自らが見つけた存在に好意を寄せてしまっている。

 恋、かもしれない……享楽に近い、好奇心なのかもしれない。

 

 なんとなく面白そうだったので、あえて怒らせるように声をかけた。

 あの男から逃げるのも楽しそうだったし、一緒に逃げるのもまた一興だろう。

 聞いていた通り、私が出会った者たちは、あまりにも【ゲーム】や〝イベント〟からあまりに逸脱している。


 全てを知り、それでも自らの好奇心という糸に操られらがながら、メアリアは針に糸を通すような安地のか細い弾幕を潜っていく。


 明らかに魔力を持っていない人間()

 全身から魔力が迸っているのに、振る舞いや言動が素人の人間(ナギト)

 見たことのない幻術を使う妖精(リティア)

 そして、何もかも不明であり、驚異的な強さを保持する【空想現界人(レイ)


 そも、空想現界人たちはそういう人間の見本市だが、例外たちをさらに逸脱した存在など前代未聞である。


 そして、その奇異な集団の情報を持っていた〝ボス〟も怪物じみている。

 ナギトと〝ボス〟、どちらが面白いか。いやどちらも違ってどちらも面白いのだ……と、メアリアは笑みを深めながら、剣林弾雨の中で踊り狂う。


 ボスについてきて良かった、と改めて感じる。

 まったく、惚れ直してしまいました、とメアリアは自らの属する集団の主を想起する。

 もし、ナギトの方が先に出会っていたのであれば、彼に付いて行ったのかもしれない。

 だが、それでも私は全てが欲しい、だからボスに付いて行く。


────そして血生臭い鎖の中で、女怪盗は望んだもの全てを盗み取るために宙を舞う。



◆◇◆◇◆



「──────あは、思ったより狙われますね?」


 背面で体を逸らし、あるかどうかの鎖の弾幕の安地へと滑り込む。

 ここにきて、鎖の量が増えた。

 鎖男さんの発する鎖の量は、銀狼とレイ、そして私に5:3:2の比率。

 私だけ抑えられてはいるものの、それでも凄まじい勢いで射出された鎖が生物の如く狙ってくる。


 鎖男さん自体は、ほぼ一歩も動かない。

 動く時も、攻撃を搔い潜った銀狼の腕の振りおろしを偶に回避するときだけだ。


 銀の大狼は、レイの攻撃をほぼ無視しつつ、鎖男へと集中していた。

 当然、私も無視……ただレイも私もうざったい蠅を払うがごとくごく偶に振りおろしで攻撃するのみ。

 レイも銀狼を中心に、鎖男さんの弾幕は回避するにとどまっていた。


(というか、私よりパツキンちゃんの方が血鎖が多いって私的にショックかもです~)


 心中でそう言う私だが、しかし鎖男さんの意識がレイと銀狼に向かっていることが感じられる。

 それでも、多いことは多い。

 レイは涼しい顔で回避したり、拳で打ち据えたりしているが、空を飛べる私が鎖の二割量を向けられてでこのザマなのだ。鎖男さんの持つ鎖の量と正確さ、そして威力が伺える。


 しかし、状況は膠着状態。

 銀狼へと注意を向ける作戦はだいたい順調。

 けれど私たちには──鎖男さんにも銀狼にも、対処する術がない。

 ありえない量の鎖を放つ鎖男さんも、物理を無効化する銀狼への有効打はあまりないし、それは弾幕を張られている銀狼も同じだろう。

 そのため、一時的な三陣営の三竦み状態というわけだ。


 私的には楽しい時間が続いてオールオッケー!……でもちょっとスパイスが欲しいかも?



「──────ヴァフヴァフッ!」

 しかし、そのもどかしい時間を打ち破ったのは銀狼であった。

 低く吠えたかと思うと、体が雲散霧消してそのまま辺りに立ち込める霧となった。



(霧、というより輪郭がはっきりしているから雲……という感じですね)

 私は咄嗟に空を引き寄せて避けつつ、空中にも散布していた雲を分析する。

 銀色の雲、に近いナニカはふよふよ浮いているだけで、特に何かが起こる兆しはない。



「──────ん」

 私が、どうしたものかと様子見をしていると、レイが試してみようという表情で一番耐久力の高い自身が銀雲の中へと────



◆◇◆◇◆




◆◇◆◇◆



────気が付くと、私は腹部を大きく嚙みちぎられ、メアリアの腕の中で横たわっていた。


「パツキンちゃんッ!!大丈夫ですか!?」

「……ん、治るからだいじょぶ」

 心配するメアにそう言うが、とはいえ傷が深いため再生には少し時間がかかる。

 雲の中に入ろうとした瞬間から記憶がない。

 傷も意識を取り戻してから、ようやく再生を開始したように感じる。

 感覚でいえば、あの空間には人の意識などを遮断する能力があるのだろう。


「あの中、入っちゃだめ……でも───」

「────?って、うわ、ちっちゃい狼がいっぱい!?」

 そう言いかけて、気が付くとあの銀狼を小さくした雲で出来た狼が、二人を囲んでいた。

 瞬時に空へと逃げる私は、同時に精神力を使ってレイの重さを無くして抱えたまま浮かぶ。


 ナギトたちをここまで運べたのはこの能力のおかげだ。


 メアに飛行能力はないが、応用すれば飛行できる能力はある。

 それを可能にするのが体重操作と、手で空気を掴める《風神の手羽(ヴァーユ・パタ)》という《古代兵装(アーティファクト)》を応用した空中変則機動能力である。

 古代の遺物であるこの羽片は使用に精神力を消費するが、他人の体重を操ることもできる。

 自身を変更するよりもかなりの精神力を必要とし、主に脳へと凄まじい負担が───


「……落として」

 抱えられた私は真っすぐ彼女を見て、玉の汗を流したまま空を飛ぶ女怪盗を諭す。

 逡巡の後、私の目を見た彼女は目を伏せて、力を緩める。



「───っ」

 そして彼女は、ゆっくりと私から手を放す。

 


 そんな光景を目前にし、地上に血を求めて集まった狼たちは頭上の餌を、今か今かと待ちわびていた。

  しかし、レイの傷はすでに空中で回復を初め、完治しかけていた。

 

───周りにあの雲もない、ならばここは……



 空中で身体を丸め、さらに重力で勢いをつけたレイは、狼のいた地面ごと拳を叩きつける。

 何匹化の狼が───爆ぜた。

 そして、集まっていた狼はポップコーンのように跳ね上がる。


 轟音とともに、削れた地面の瓦礫が、塵とともに辺りに舞う。


「……ん、やっぱり」

 レイの予想通り、銀色の雲は埃の舞う視界が覆われた中でもくっきりと見えた。

 拳の風圧で一切揺らがなかった雲、それはおそらくこの世の理の外にあるものだろう。



───寸前、鎖がレイの頭上から振り下ろされる。



「───む、」

 咄嗟に死角からの攻撃を回避したレイは、塵の中から出る。

 ジャラ、という音の方を見ると、雲散霧消する霧たちを鎖男が全方位に向かって攻撃していた。


 すると何故か、銀狼はあの雲の能力も解除してしまう。

 そして、鎖をうざがって前足で叩き落としていく。


「────パツキンちゃん!」

「……ん、もんだいなし」

 上を見るとメアが鎖をよけつつ、レイを呼んでいた。

 ナギトからの言葉はない……ならば私たちができることは、このモンスター両者からできるだけ情報を引き出すのみ。


 そして、銀色の雲を避けつつ、レイは戦場へと再入場するのだった。

 そして、彼らの混沌を極めた戦いはまだ始まったばかりだった。



◆◇◆◇◆




「────今の、見たか?」

「死にゲ―のボスみたいな挙動だったな、アレ妾より強くね?」

 冗談はともかく、というかお前はこの中で(たぶん)最弱だ。

 ノワ子の発言も的を射ているかのしれない、あの狼は策とかでどうにかできる代物ではない気がする。


「魔術的に考えて、どうだリティア?」

『確かに君たちよりも知識はあるが、この世界の魔術と私の魔術は別物だ。それでも言うとするなら、あの能力は本体が霧の中に居ないと成立しないだろう』

 なるほど、確かに霧化もとい雲化に眷属召喚だ、核である本体が霧の中にいるデメリットが無ければ成立しない。中に入れば意識を失うのも強力ではある。

 それに攻撃のすり抜け、そういえば、リティアの幻影も少し似ている。


『幻術使いとして、アレは幻影の類ではないとだけ言っておく』

「うーん、レイが雲に入った瞬間、食いちぎりられたのもな……」


────違和感が積もる。


 それは喉に刺さった棘のように、俺の頭につかえている。

 おそらく、銀狼の能力でもない。鎖男の出自も────


……出自、か。

 確かになんとなく気づいていたが確固たる確証はなかった。


 だが確かに、あの狼の見た目には既視感があった。

 あの銀狼を見た瞬間から感じていた感覚。

 そう、全ての根幹にかかわる概念、けれどそれを確かめる暇もタイミングもなく、ここまで来てしまった。


────【空想現界人】、いやこの場合は【空想現界獣】か?


「……ノワ子、『リング・ブリード』知古の墳墓にいる隠しボスの名前は?」

「…………?、『切霧の銀狼』だぞ、何を言ってるんだ──まさか……!」

 そこまで、言ってようやくノワ子も思い立ったようだ。

 そう、そうなのだ。

 なぜ、気が付かなかったのか──マイナーなキャラか、魔術師にしか会っていなかったからだ。

 どうして、今気が付いたのか──あの銀狼に覚えがあったからだ。

 

『────何の話だい?』

 俺たちの突拍子もない話題に困惑しているリティア。

 そう、これはレイたちにも該当する。

 やはり、異世界から来たのではなく、当初の予想通り彼らは創作物の登場人物であるのだ。



「メア、一つだけ聞いていいか?」

『はい、何でしょう?今くさりんの相手で忙しいんですよ』

 リティアの魔術で、メアへと語りかける。

 ほんの一言で良い、そして確信が欲しかった。


「────お前たちは、どこから来た?」

「…………?、私は創作物から出てきた空想現界人ですけど、なんで今更?」

 


──ビンゴだ。


「マジか、ということはあの銀色の狼も『切霧の銀狼』……てか、お前、『リング・ブリード』RTA勢じゃなかったっけ?何で知らないんだよ」

「ふ、大体キリはドロップがカスだからスキップする走者が多いのだよ!」

 誇らしげに言うな…………といってもこの世の創作を網羅するなんて無理な話だ。


「あの苔の犬も光槍の狼も、全部創作のキャラなのか。全然知らん」

『私は!?』

「知らん」

『ガーン、乙女ショック中…………』

 と言いながら、遠目で見てもメアは鎖をとんでもない機動で回避している、器用な奴だ。

 とはいえ、この世の創作物は多種多様で、その登場人物など星の数ほどいるので仕方がない。



『ん、じゃあ私も物語の登場人物ってこと?』

「ああ、概ね予想通りだ」

 彼女にとっては、自分のいた世界がすべてで、そう簡単に飲み込めることではないのかもしれない。

 それでも、彼女たちは、というか全ての【空想現界人】は割り切るしかないのだろう。


『なるほど、やはり私も他人に都合よく作られた存在というわけだね』

「……なんかこう、悲壮さを煽る感じで言うなよ」

 リティアは平気そうだが、なぜか言葉選びが悪い。

 まあ、おそらく冗談であろう。


『ん、むずかしいことはわからない。私は私、それでいい。それより、作戦だして』

 

────わ、わかんないっピ……じゃなくて、どうやらショックを受けたわけではないようだ。


「ふむ、某タコさんから貰った首吊りロープは出さんで良いのか?」

「なんの話だノワ子……それよりもあの『切霧の銀狼』の攻略だゾ」

 とにかく、話を前に進めなければならない、立ち止まっている暇はないのだ。

 冗談はともかく、いや本当に笑えないので、俺は話題を逸らす。


「ふむ、出現時のモーション中にダメージが入るから木の棒でスタンを入れ続けるのか?」

「ゲームの方じゃねぇよ。というか、間抜けな攻略法過ぎんだろ」

 こちらもゲームキャラであったならそれでもよかったが、今その強そうな木の棒はない。

 そんなに簡単に倒せるのに、RTAでスルー一択ってどんだけドロップアイテムがカスなんだ


「──気づいたことがもう一つ、これは単純だが鎖の男は、正確には男の鎖には生命の動きを感知する機能があるってことだ」

『それは───確かに思い当たる節はある。レイを霧の中でも正確にとらえていた』

「ああ、それにあの鎖の男が広場に居りてきた時、動いてない俺でもなく、動いたメアリアを攻撃していたからな」

 鎖男に出会う前、モンスターがあまりにもいなかったのはおそらく、生物の動きを識別し、感知する能力があの鎖に備わっているからだ。


『なるほど、だから鎖の狙いが正確だったんですね!』

「そう、それは銀狼の能力にも関連する。あの銀色の雲を作り出す能力、そして体を透かす能力はゲームにもあったよな?やけに銀狼が鎖の男を警戒するのは、本体を感知されるからだ」

「うむ、確かにあった。あの雲に入るとダメージを受ける仕様も再現するとは恐れ入ったぞ」

 ゲームでは詳しいダメージ元が見えなかったようだが、中にいる本体が無防備な侵入者を攻撃しているのだろう。



「あの雲に入った瞬間、レイとのつながりが一瞬だけ切れた感覚があった。そこを攻撃されたんだろうな」

『契約を切られた状態で、か。思ったよりもかなり状況は危うかったようだ』

 ともかく、情報も得ていない状況で迂闊に突っ込むのは悪手だろう。


「ノワ子、『切霧の銀狼』の弱点とかあるのか?」

 一応動画配信とかでしか見たことがないので、有識者はノワ子のみだ。

 正直、ゲームの攻略なのであまり当てにはできないと思うが。


「弱点属性は水。倒し方は本体が霧の中でハイライトされ、霧の中に魔術をぶち込んで、本体の霧化を解くくらいかの」

「うん、現実じゃ無理そう……じゃあ、別の手を用意するしかない────」

 リティアの魔術はよしんば使えたとしても、そもそもターゲッティングのUIは現実にないのだ。

 そう、ならば…………



「────今、思いついた奇策だけど、試してみるか?」

 全ての情報を統括し、整理整頓したナギトは頭の中に一つの案が浮かぶ。

 そして、そう言ったナギトは少し悪ぶった笑みを浮かべる。



────そして、たった一つの冴えたやり方、ではないがおそらく効果的だろう策をレイたちへと風魔術の通信で伝えるのであった。


〈Tips!〉

・ボスについて

 〝イベント〟内では、ボスが各所に点在している。

 そして、それらは中ボスと呼ばれる自由に動けるものと大ボスと呼ばれる一定の部屋に配置されそこから出られないものが存在する。

 大ボスに挑む場合、ボス部屋に入れば出られなくなり、他者が入ってくることはない。

 外からの攻撃は出来ず、そもそも中に入り、中心に立つまで大ボスが現れることはない。

 ボスを倒せば『狩猟ポイント』、アイテムなど〝イベント〟を優位に進めるものが手に入る。

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