012「決死の逃亡」
〈二〇二五年 七月二十四日 Decopoモール 大地区域 吹き抜け〉
『──────』
────落下していく二匹と一人は何を思い、重力に身を委ねるのだろうか。
光槍を生み出し狼は意識がなく、空中では最も厄介だろう個体が戦闘不能であることにレイは安堵する。
そして、比較的身体の大きい苔犬は空中姿勢を変え、レイと狼よりも速く落ちようとしている。
互いに空中での攻撃手段を持たないため、生まれた奇妙な空白の時間が彼女に妙な感慨を浮かべさせる。
僅か一分にも満たない落下の間隙は、コンマ一秒を競う戦いに比べてあまりに長い。
────思ったよりも手こずってしまった。
レイは思っていた、あの二匹との戦闘に時間はいらない、と。
しかし蓋を開けてみれば、勝負は縺れ込み、さらには落下という想定外が生まれてしまった。
レイには複雑なことはわからない、けれど二匹の知能と戦略はかなりのものだったということは分かる。
一匹はすでに戦闘不能、けれど自分が有利とは思わない。
相手の実力を理解した以上、レイの中に油断はないのだ。
しかし、確かに分析した上での敵の戦力を、見誤った。
強者との戦闘ならともかく、路傍に転がっているような敵との戦いでだ。
ふと、レイは苔の生した犬へと目を向けた。
落下中にも関わらず、ギラギラとした戦意をこちらに向けてきている。
殺意でも憎悪でも憤怒でもなく、戦意を。
相棒を殺されかけて尚、戦いに身を置くものとして苔犬はこちらに敬意を示している。
そんな気がした、だから────
────約一分ほどの落下が終わる。
数十メートルの落下に際して、姿勢を取っていたレイは特に傷もなく着地した。
体重の関係でひと足先に落ちた苔犬も、その体に蒸した苔土で衝撃を吸収したのかほぼ無傷で落体した。そして、次に落下してくるレイ──ではなく、当然、光槍の狼を受け止める。そんな二人を眺めていたレイは、静かに決めた。
────私は不平等に、あなたたちを倒す。
初めての感覚だ。
平等でなく、殺すでなく……前の世界の戦場にいた理不尽に抗うための自衛でなく。
そう、それは初めて沸いた欲かもしれなかった。
本能に根差したそれではない、言語化できるものでもない。
ただ、言語を操らず、本能で動く彼らだからこそ芽生えたものかもしれない
そう、だからこそ、そのことをレイもなんとなく理解した。
「────グルァァ!!!!!!!」
これまでにないほどに、張り上げた雄叫びは、レイの肌を震わす。
戦いに誇りを持ち、格上の自らに一矢報いても衰えぬ戦意が肌を刺す。
故に、少女はただ無言で構える。
────そう、言葉はいらないのだから……ただお互いが目の前の獲物を食らいつくすのみ。
「「────ッ」」
そして、両者は息を合わせたかのようにまったく同時に……待ち侘びた獲物へと牙を立てるのだった。
◆◇◆◇◆
「────ごめんなさい、誘導しちゃいました」
「────アアアアアアアアァァァァ!!!」
そう、誤った少女を執拗に追撃するその男の様子は、明らかに正気を失っているようだった。
彼の外套から体の一部のように生えた鎖が少女へと放たれ、勢い余った数本が壁などを手あたり次第に破壊していく。
「むむッ!?なんじゃこれは!?」
俺に庇われ、ようやく状況を把握したノワ子は驚愕の声を上げた。
無論、そう聞かれても俺に応える言葉はない。
しかし、焦りつつも頭を冷静へと持っていき、瓦礫を踏みしめてノワ子の手を引く。
「──クソ、とにかく今は逃げるッ!」
「────!!」
そうは言っても、鎖を生やした男との距離が近く、迂闊に動けば標的になりかねない。
しかし、どうやら目の前にいる女怪盗に鎖の男は夢中のようで、流れ弾以外の攻撃は飛んでこなさそうである。
咄嗟の判断で、俺たちは緊急時用出入り口へと向かう。
正規の階段入り口とは違い、施錠されているはずの扉だ。ただこの空間だと色々な施錠やら電気やらも通っていないので、開けることができた。
『……幻影はいるかい?』
「──取っとく!」
そう聞いてくるリティアに温存を伝え、階段の外に出る。
近くの吹き抜けにはエスカレーターがあって階を行き来できるが、見通しが良すぎる。
「(なるほど、敵がいなさすぎるのはこの男が理由か)」
この見通しの良い場所に来たことで、誰もいないことがはっきりわかった。
おそらく、この男が近くにいるモンスターや〝プレイヤー〟をやたらめったらに倒しまくったのだろう。
「まるで逃げる系のホラーゲームだのぉ!?」
「少なくともクソゲーだろッ!」
軽口を叩きつつ、俺はノワ子の手を引いてエスカレーターを下る。
沈黙している動いていないのエスカレーターは、思ったよりも新鮮だった。
ともかく、どうやらあの二人は戦いに夢中らしいので、逃げ切れそうだ──
「────んもぅ、置いてけぼりなんて寂しいですよ?」
頭上から、地を這う生物を嘲笑うような声がする
真上から逆さ吊りになって覗き込んでくる、女怪盗はいたずらに笑う。
「おわ!?よ、妖怪蜘蛛男じゃと!?」
「せめて、女をつけてほしいですね?」
「そこかよ……────って!ヤバいヤバいッ!?」
そう、突如の邂逅に後退すると、背後から鎖男の雄叫びが聞こえ、鎖の絡まる音も近づいてきた。
どうやら、俺たちを逃がす気はないそうで、殺気で背後から刺される感覚を味わう。
「────なんで、追いかけてくるんだよッ!?」
「えぇ、だって彼、倒せそうにないですし?この際死なば諸共的な?」
十中八九原因であろう女怪盗へと怒鳴りつつ、エスカレーターを必死で駆け降りる。
鉄の擦れる音を背負いつつ、逃走するナギトたちに女怪盗は追従する。
女怪盗を狙った鎖が男から乱射され、その一部がこちらへと掠る。
「いや、もう、どう考えても死んだわこれッ!!?」
「だいぶ、テンションおかしいのぅ」
「ふふ、思ったよりも楽しい展開になってきたからでしょうか?っと……」
そう、愉快犯の形相をする女怪盗は、器用に回避行動をとりつつ話す。
せめてその能力で空中ににげてくれませんか!?とナギトは心中で少女に悪態を吐く。
「まてまて、お前にいられるとこっちも危険なんだよ!一人で死ね!」
正直、切実に迷惑なので、とにかく思ったことを口から出す。
肩で息をしながら全力疾走し、エスカレーターの降り口を急カーブして、鎖の弾幕を振り切る。
「もう、こんなにか弱くて可憐な乙女になんてことを言うんですかぁ」
そう、回避しつつ、きゃるんとポーズをとる女怪盗にキレそうになる。
こちとら一般人、おそらく超常存在である【空想現界人】に合わせるのは無理がある。
「わかったぞ、あやつはサークラというやつだな」
「愉快犯で、自爆癖がある、ぶりっ子……確かに、はぁ……その条件は聴牌しそう……ふッ!!」
愉快そうな少女へと繰り出された鎖の余波を避けつつ、ノワ子の軽口に対応する。
ていうか、ノワ子の方にはあまり鎖の余波が来ていない…………これがリアルラックの差か。
『──さーくら、が何かわからないが、この状況をどうにかすべきだろう』
「わぁ、光る球?だぁ……!喋ってるし、こんな生物初めて見ました!」
小並感を感じる感想を述べる女怪盗は、どうやらこちらを離れてくれなそうだ。
もうなりふり構わず、こちらも彼らに対応した策をとらないといけないらしい。
「……リティア、男の方に目眩しを頼むっ!」
咄嗟に叫ぶ俺は、男の方をどうにかする方向に舵を切る。
この愉快犯怪盗はどうやら、少なくとも俺たちには何も危害を加える気はないらしい。
まあ、そこにいるだけで災害みたいなものだが。
『──了解した。目を瞑ってくれ』
その言葉の後、瞬時にリティアは鎖男の前に出る。
一息すら置かず、妖精から眩い光が放たれた。
フードで目が隠れ気味とはいえ、リティアの閃光は一時的に鎖男の視力を奪うのに十分だ。
そして、目をつむった俺たちはさらに身を翻し、撤退する。
────鎖男の視界が回復すると、すでに腹立たしい敵たちは姿を消していた。
◆◇◆◇◆
「……こんな美少女捕まえて密室に連れ込むなんて、君も大胆ですなぁ」
せっかく隠れられているのに空気を読まず、女怪盗は能天気に口の端を上げた。
あの隙に、近くの洋服店の試着室に隠れたが、コイツも振り切った方がよかったか?
「いいから小声で話せ」
「はいはーい、お口チャック(小声)」
本当に何故かついて来てしまっている女怪盗に、冷たい視線を向ける。
まだ鎖男は近くにいるので、あまり音を出すわけにはいかない。
「うむぅ、ナギトよ、確かにこれは擁護できんかもな」
「なんでお前はあっち側なんだよ」
ノワ子は何故か女怪盗の側に着こうとする。
「うーん、私同性に嫌われるから、好印象は嬉しいですねぇ」
「いや、ワラワ、オヌシ、キライ」
まあ、普通にノワ子は割と人見知りする方だ、レイと話せているのが不思議なくらい。
だが、今は戯言を言っている場合ではない。
だから、単刀直入に本題へと入る。
「──────あの男を地下の広場まで誘導してくれないか?」
そして、俺は彼女に取引を申し出た。
「わお、いきなりじゃんね☆…………うーん、それはできるとは思うんですけど」
まあ、そりゃあ渋るよな、そう心の中で彼女をどう切り崩すかを画策する。
そも、彼女がついて来ていなければこんなことにはなっていない。
ただ、逆に言えば俺たちについてくる理由が彼女の中にあったということだ。
「地下の広場には俺たちの仲間がいる。俺たちの何倍も強い奴が、な」
レイがピンチであることは言う必要はない。
そして、彼女が俺たちを追った理由は、あの鎖男を振り払えないからと見た。
しかも、俺たちでアイツが戦っている犬科二匹にに鎖野郎をぶつけることができるかもしれない。
「なるほど、それは渡りに船ですね」
「それに、仲間も別の敵と戦っている。あの鎖男とは違う、犬科のモンスターだ。上手く、敵対させれれば、お前の目的も、俺たちの目的も叶う……だろ?」
そう、俺たちはレイの負担を、女怪盗は自身に敵対している鎖男をなすりつける。
まさにウィンウィン、そう上手くはいかない可能性もあるが。
「いいですね。というか、それこの一瞬で思いついたんです?すごいですねぇ」
「ん、まあ頭脳労働は俺の仕事だからな」
とはいえ、これくらい普通だ。
この女怪盗もおそらく自らのターゲッティングを外すことを俺たちに取引を持ち掛けていた可能性が高い。
「ただ、鎖男の注意がこちらに向いている以上、私はその仲間が戦っている敵と鎖男、両方と戦わなければならないような……」
「そこまで敵対するって何したんだ……?」
鎖男は無差別に対象を選んでいるはずだが、俺たちではなく女怪盗ばかり狙っていた。
あまりに怒りを買いすぎていると思い、俺は疑問に思った。
「僕は特に何もしてないんですけどねー。ただ出会い頭に『おお、すごいカッコいい鎖ですね!ファッションですか?』って言っただけなんですよ」
「うーん、思ったよりノンデリ発言かもー」
とはいえ、初対面でそこまで地雷を踏み抜く発言は、なかなかできないだろう。
本人は頭の上に?を浮かべているので、悪気はなかった可能性、情状酌量の余地はあるのか?
「確かに、あの鎖は少し姫としてクるものがあるな……」
「でしょう!?」
馬鹿と阿呆の共鳴はやめてもろて。
鎖ってそこまで厨二に人気なのか……と俺は苦笑いを浮かべた。
「ま、とにかくあの様子じゃ、お前の方から鎖男に攻撃してないんだな?」
「はい、回避するのも楽しかったので」
なら、おそらく問題はない。
その発言は問題ありそうだが、それはもうこの際ツッコみはしない。
「なら、モンスターの方から攻撃されれば、そっちに注意がそれるはずだ」
「……なるほど、一応筋は通ってますね。ならば誘導の件……了承します!」
どうにか、協力を取り付けることに成功した。
自覚はないだろうが、地味にノワ子の合いの手も女怪盗の緊張をほぐしてくれたのだろう。
そして、笑顔を張り付けた女怪盗は、ふと口を開いた。
「────私の名前はメアリア、です。メアちゃんでいいですよ?」
そう名乗り、彼女は手を差し出す。
正直、あまり信用できないが、それでも俺たちには戦力が足りないので背に腹は代えられない。
むしろ、彼女と偶然出会えてよかったかもしれない。
「間下部凪斗、ナギトでいい」
「ノワール=シュバルツだ、好きに呼ぶが良い!」
『リティアだ、よろしく』
そう、名乗り合い、気も引き締まる。
まあ、即席の軍団だが、まあどうにかなるだろう。
「ナギちゃんにノワくん、リティアさん、よろしくお願いします!さて、んじゃあ。一直線に地下広場まで行きましょうか」
「ってことは、お前の能力で吹き抜けから降りるってことか?」
あの、空中を飛ぶ能力で俺たちも連れていってくれるらしい。あの能力他人も浮かせられるのか?
とはいえ、信用できない彼女の能力を信用するしかない。
「そういうことです!」
なんだろう、詳しい説明が無い分不安がマシマシなんだが。
「わかった、んじゃあ任せる──リティア」
『まったく妖精使いが荒い。元の主人が恋しいな』
そう冗談めかした発言だが、その言葉には覇気があった。
こっちは本当に何もできないのだから、せめてそれ以外は努力したい、ノワ子はともかく。
「どちらにせよ。俺は何もできないからな。策とか交渉はそこそこできるからそれだけはって感じだ」
「うむ、くるしゅうない!」
コイツはいつも通り、賑やかし要因だ。
枯れ木も山のにぎわい、反省しろよ(某語録)。
◆◇◆◇◆
「──────行きます」
作戦会議の後、俺たちは吹き抜けにアタックをかけることとなった。
先鋒を務めるのはメアリア、その横に俺たちがくっつくので次鋒以降はいないが。
そして、俺たちを俵のように抱えた彼女は疾走し、洋服店を横断する。
そして、当然メアが洋服店から出たタイミングで、同じ通路にいた鎖男に捕捉される。
待ち構えていたかのような速さで放たれた一撃に、メアリアは目を見開く。
そして暴れ狂う血鎖の嵐は彼女と抱えられた俺たちを飲み込み──しかし、血鎖どもの腹が満たされることはなかった。
「────幻術っていうんですか、あれ……すごいですね!」
「あんまり喋るな、声でバレる。ていうか飛行能力は?今のところ落ちてるだけなんだが……」
リティアの幻術で、鎖男の注意を惹き、別所から吹き抜けへと降りるのが作戦である。
メアに抱えられる俺たちは、ただ重力のままに自由落下していた。
「──?、私に飛行能力なんてないですよ」
「は?おい、どういうことだ!?」
「流石にこれは死んだんじゃないのぉ〜」
ノワ子も恐怖で変なことを口走ってるし。
いや、ちょうど空を飛べる能力を持つ【空想現界人】が居てラッキーと思っていたんだが。
地下三階から降りた俺たちは、地下四階の地下広場に一瞬で降りれる。
しかし、どうやらこの建物は〝イベント〟用の異空間化で、実際の建物よりも広くなっているらしい。
すなわち、落ちる距離も上がっており、その分落ちた後の衝撃も上がるだろう。
上を見上げると、遠くに俺たちを追って落ちてきた鎖男が見えた。
だが、そんなことを気にしている余裕はない。
─────地面が近づいてくる。
「やばいやばい、死ぬ死ぬ!?」
そして、俺たちが断末魔を上げ、床のシミになる直前にガクンと衝撃が加わる。
「あれ、言ってませんでしたっけ?私の能力は『空気を掴む』ことができるんです」
どうやら、助かったようだ。
何故か誇らしげなメアが何もないところを突起のように一瞬掴み、速度を殺す。
いや、作戦会議のときも全く言ってなかったが、せめて落ちる前に言ってくれ。
「確かに、落ちる速度が遅い気がしたな……いや、能力言っとけよ!?」
「ふふ、空中でもちょっとずつ、減速していたの気づかれちゃいましたか?」
「ふむ、絶叫マシンとしては悪くない」
そう、ツッコむ俺、平気そうなフリして足がガクガクのノワ子はとりあえず無視だ。
今の重要事項はレイの無事なので、俺はとにかく辺りを見回した。
『───ナギト……』
「……ああそうだな。レイは──」
辺りの光景を目にし、俺たちは息を呑んだ。
そこには、傷だらけで膝をついたレイと……遠くで佇む銀色のナニカがいた。
────かくて、彼らの決死の逃走は一区切りし、新たな火種が待ち受ける。
〈Tips!〉
・レイとナギトの契約について
レイとナギトの間になされた契約は、魂の譲渡、《身体の契約》である。
レイの《廻魂の加護》により、魔力となったナギトの魂がレイの回復を手助けしている。
ちなみに、余った魔力はナギトに逆流している。
そのため、レイの記憶がナギトに流れているし、その逆も然り。
某運命の英霊みたいなやつ。




