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011「犬も歩けば穴に落ちる」

〈二〇二五年 七月二十四日 御加実市Decopoモール 大地区域(ガイアエリア) 一階〉



「──────」


 レイは、静かに分析を行っていた。

 彼女自体、そこまで頭がいい方ではないが、戦闘になれば別である。


 階をぶち抜いて存在する吹き抜けと、それに沿うように設置された商店の前の通路。

 その通路には吹き抜けに落ちないように透明なガラスが商店と反対側に張られていた。

 二匹の犬科の生物を見て、戦いづらさを感じてしまう。


 かなり広い空間、ここは一階なので下は地下だろうか。

 しかし、比較的広い空間であろうと二匹を相手取るのには狭い。


 故に、通路で行動すればもう一匹の狼を邪魔するであろう大きい苔犬の方を狙う。



「──ウ゛ルルルルゥゥゥッ!!」

 拳を受け、怒り心頭な苔の犬が、太く鈍器のような発達した前足を振り下ろす。後ろに下がって回避したレイは、飛び散った苔土を避けつつ一度退避する。


 ナギトたちから離れるように壁を蹴って二匹の頭を飛び越え、対岸へと着地し逆側へとを誘導する。

 その間、苔犬は壁が崩れるほどの重量級の一撃を、レイへと何度も叩きつけていた。

 壁走りしつつ、叩きつけられた腕をさらに足場にして跳躍し、レイはその巨岩と見紛う拳を全て回避する。



「グルァッ!!」

 レイの小賢しい動きに、焦れた苔犬は怒りに喉を鳴らす。

 鳴き声とともに、狼は反転し、苔犬の後ろに下がる。


 この狼も要警戒だろう、何をしてくるかわからない。

 それに、あの飛び散った苔も何か意味があるのかもしれない。



「──ウ゛ワフ」

 苔犬背後から、低い唸りが聞こえる。

 対岸に着いたレイを見る、もう一匹のひとまわり小さい狼が苔犬の背後で鳴く。


「────っ」

 眼前に現れたのは、光を放つ槍。

 一本ではなく、光を幾重にも束ね連なった多数の槍が小さな少女へと殺到する。

 ありえない速さで、即座に転身するレイ……しかし、狙いを澄ました槍が足へと突き刺さってしまう。


「──ウォン!」

 そう吠え、勝ち誇る狼だが……


────それで、止まるレイではない。


 痛みをまるで無視した彼女は転身と同時に跳躍、苔犬を飛び越え光槍を放った狼へと急速落下する。

 回避ではなく、光槍での迎撃を選んだ狼は、レイに光槍の雨を浴びせた。

 レイは足に突き刺さった槍を引き抜き、自らに向かう光槍を露払いの如く、撃ち落とす。

 されども落下の勢いを弱めない。


 電光石火の攻勢、苔犬すら対応できない速さのそれは容易に狼を打ち据える

 


「…………キャン!?」

 咄嗟に横向きに生成した光槍を緩衝材に使って、攻撃を弱めるも、ダイレクトに突き刺さったレイの拳は狼に突き刺さる。

 槍の刺さった傷は、狼に落とした拳骨を引き抜く頃に血は止まっていた。


「────グルァァ!!!!」

 ガラ空きになったレイの背中を、苔犬はその発達した前足で横薙ぎにする。

 剛撃と言うべきそれに振り払われたレイは、横にあった洋服店の中に突っ込む。

 咄嗟に腕で防御していたレイは何事もなかったかのように破けた服を踏みしめながら、苔犬を見据える。

 槍の狼もダメージを受けたが、まだ臨戦態勢であった。


 身体が熱くなっていくのを感じる。

 レイは前までに無かった、戦いへの高揚を肌で感じていた。


 二匹は苔犬が前衛で、光槍の狼が後衛だろう。

 予測を立てる、状況を理解し、逆境を覆す方法を探す楽しみが心からにじみ出る。


 弱そうな少女から異様な雰囲気を感じ、二匹は動けない。



「──────」

 


────目で、言外に『来ないの?』と煽るレイ。


「ガルァァァァ!!」

「ウ゛ウ゛ルォン!」

 非言語を基本とする動物だからこそ感じられたそれに、二匹は堰を切ったようにレイへと襲いかかる。


 先じた、苔犬の前足からの振り下ろしを掌で受け流し、横へと逸らす。

 そのまま、飛んだレイは前足の上に乗って、苔犬の顔に飛びつく。

 顔に飛びつかれた苔犬は、振り払おうと棚やら壁やらにぶつかる。

 

 そして、後ろの狼もレイへと十数本の光槍を落とす。レイは拳で、ほぼすべての槍を打ち落とす。


 レイごと、壁にぶつかろうとした苔犬、しかし動きを見切ったレイは顔から通路方向へと飛ぶ。

 通路の空中に出たレイに、四方八方から光槍が放たれた。


──しかし、急所を狙ったそれらは、全て腕や足へと突き刺さるにとどまる。


「────」

 喉を鳴らすことすらできず、狼は息を飲んだ。

 分厚い壁すら貫通する自らの光槍を、体を毬のように丸めて腕と足だけで止めたのだ。

 そして、激痛であろうそれらを受けて、涼しい顔で戦闘を続行していることも。


 群れの中で、特に息のあった苔が生した犬とコンビを組んだ。

 どんなプレイヤーと戦っても、撤退はあれど敗北することはなかった。


 しかし、目の前にいる雌はこれまで戦ってきたどの敵よりもしぶとく、強い────




────そして、目の前に()()()()()()()()こちらに突進してくる少女がいた。



 ドン、とレイの肩が光槍の狼にぶつかり、少女に刺さった己のものだったはずの光槍が自身に牙を剥く。

 ありえないほどの衝撃と痛みが狼を襲い、狼は吹き飛ぶ。

 相手も同じはずなのに、何故か少女は足を止めることはない。


 そして、光槍の狼は通路から空中へと投げ出され、そのまま、地下にある広場に落下していく。


 苔犬は相棒をやられた怒りを拳に込め、レイへと殴りかかる。

 だが、レイは華麗な跳躍で拳を躱す、そして苔犬の顔面へと蹴りを────


──レイの蹴りを、足を噛むことで受け止めた苔犬。


 レイの足は血に塗れ、噛んだ苔犬もあまりの勢いに口から吐血してしまう。

 だが、それでもレイを捕らえることに成功した苔犬は、彼女を咥えながら狼が落ちた場所へとそのままダイブしていく。

 苔犬の強靭な顎に挟まれた脚はまともに立つことすらできないだろう。

 しかし、問題はないとレイは舌なめずりをする肉食獣のように目算する。



────このままだと落下する、だがむしろ好都合だ。



 この二匹に逃げられる方が問題、そう分析したレイだが、ふと見上げると──



──────驚愕に顔を染めて目を見開いた、己の契約者が瞳に映った。



 そして出自不明の心残りと、イヌ科の獣二匹とともにレイは落下していくのだった。




◆◇◆◇◆







「──────落ちてしまったな。もしかして妾たち、かなりピンチなのでは?」

 ノワ子は小さくなっていくレイを見て冷や汗をかきつつ、俺へと問いかける。

 二匹と戦っていたレイを遠巻きに眺めていた俺たちは、百均の入り口からひょっこりと顔を出した。

 

「……そうだな。この中で唯一戦えるのがレイだったからな」

『私も彼女との契約もなくなって弱体化している。そうでなくとも、直接的な攻撃は私単体ではできない。しかも今は、彼女と離れてしまっている……今の状態では精々、そよ風を吹かせるくらいしか能の無い妖精さ』

 リティアは冗談交じりに言う、だが確かに状況は悪いだろう。

 はっきり言って今のパーティの総合戦闘力はかなり低いので、ちょっとした敵に見つかるだけで死にかねない。


「なるほど。もし仮に今の俺たちが、ライオンと十字路でごっつんこすれば間違いなく死ぬな……ノワ子が」

「ふっ、そうだn……なぬ!?妾を生贄にするき満々ではないか!」

 そう憤慨するノワ子はともかく、本当にシャレにならない。

 レイの暴走については仕方ない部分がある、せめて事前に敵と遭遇した時の対応を決めておくんだった。

 そう、このままこの場所に留まってもライオン……もといこの〈区域(エリア)〉ではイヌ科のモンスターに出くわすだけだろう。


『────どうする?ナギト』

「そうだな……」

 何度目かになる俺への問いかけをリティアは行ってくる。

 前もそうだったが俺を試すような問いかけだった、何故かわからないがとにかく用心して答えよう。


「よし、このまま妾たちもこの吹き抜けを降りよう!」

『私の風魔術を期待しての発言申し訳ないが、一人ならともかく、だ。君たち二人を運ぶ程の出力は私の風魔法にない』

 ノワ子が口にしたものは一応俺も考えたが、おそらく駄目だろうと思い発言しなかった策だ。

 吹き抜けをバンジーした後に、地面ギリギリで風魔術を使ってもらうのも無しではない。

 しかし、重力を舐めてはいけない。落下した距離分のエネルギーも総裁しきれずに、地面のシミになるだけだろう。


「この吹き抜けの四階下には地下広場がある。B4階分の高さは約四十メートルか、まず無理だな」

「せっかく妾が頑張って考えたのに~!」

 まあ、択としては的外れって程ではないが。

 少なくとも今取れる方法ではない。


『単純に階段を使って、レイのもとへ向かうしかないようだ』

「ああ、ショートカットは望むべくもない。ただ問題は、道中的に襲われたらって話だ」

 ここは一階、地下広場に行くには間の三フロアを抜けなければいけない。

 当然、道中には敵のイヌ科モンスターが待ち構えているだろう。

 


「ふむぅ、道中にはわんわんがいて、がじがじされるかもしれないというわけか」

「そんな生易しい表現で済めばいいけどな……」

 実際は俺たち以外にいるはずの〝イベント〟の参加者である【空想現界人】も警戒しないといけない。

 そんな中で、三階分下るのは難易度が高い。

 正直言って、ほぼ八方ふさがりな状況だが、進むしかないのだろうか。


『その通りだ。ただ、このままここにいる方が危険かもしれない』

「ああ、レイが想定外に苦戦する場合もある。あ、そういえば……俺と離れた場合、レイは弱体化するんじゃなかったっけ?そうなると───」

 リティアから聞いていたレイの回復能力は俺の近くでしか使えないはずだ。

 もしかすると、俺たちの方だけでなく、レイの方も大ピンチなのでは?


『───ああ、ただ離れても少しの間、制限時間内なら回復能力も保つが、一定の時が過ぎると回復できなくなる』

「う~ん、でもやっぱレイのもとに向かうべきだよなぁ」

『そうだね、最悪私の幻影魔術で逃走を手助けするよ』

 そういえば、ここに来る道中で聞いた、幻影魔術か。

 心強いが、どこまでそれのみで進めるか、だな。

 

「なら、常時俺たちを透明にすることはできないか?」

『無理だ。そもそも、この魔術は燃費が悪い。幻影は作った場所からあまり動かせない。短距離ならともかく長距離で姿を消すことは不可能なんだ』

 そうなると、もし敵に出くわした瞬間に一瞬だけ残像を作るくらいしかできないか。

 それでもかなりありがたいことは確かだ。

 そもそも、ダメ元で聞いてみただけだが。


「わかった。状況は一刻を争う。兎にも角にもレイのもとに向かおう」

「そして敵に出会わないように祈ろうではないか。ナムナム」

 闇の姫が仏に祈るなよ、お前……と心中でツッコミを入れつつ、俺たちは階を降りてレイの元へと向かった。



◆◇◆◇◆




『──────君に一つだけ言っておかないといけないことがある』


 レイの元へと向かった俺たち。

 見晴らしのいい場所にあるエスカレーターではなく、壁のある周りから見えない階段を降り始める。


 話があるらしいリティアは、その透き通った声で躊躇いうように口を開いた。



「なんだよ?急に改まって」

 そう言うが、リティアの事だおそらく重大なことだろうと予見できた。

 今、それもレイがいない場での話……何か、リティアは油断できない所があるので、慎重に聞き返す。


「告白かの!?校舎の屋上でやるやつ!一度妾も主張してみたくはあるな……」

 そうしみじみ言うノワ子、一回口を閉じなさいワレ。

 真面目な雰囲気を作った俺がバカみたいでしょう。


『────君の魂の総量についてだ』

 ノワ子の、おそらく場を和まそうとした発言を、リティアが躊躇なく切り裂いた。

 思ったよりも、想定を遥かに越える爆弾がリティアの口から放たれた。


「さっき言ってたのだと大丈夫という話だったけど」

 モール入り口で言っていた魂をレイに供給するという話だが、今度は総量についてか。


『……魂というものは、極めて変質しにくいものだ。ただ、レイの能力で君の魂を魔力に変えている。つまり、君の魂は徐々に減っている』

「回復するんじゃないのか?」

『いや、それはない。本来人間の魂は生まれてから増えることも減ることもない。少なくとも前の世界の人間はそうであった。こちらの世界が違うとは、考えにくい』

 本来変換できず、増えることもない魂を扱うレイの能力はそれだけで、稀有なのだろう。

 魔術師たちが狙うのも納得だ。


 不穏になってきた会話の内容に、ノワ子が青ざめていた。

 ノワ子など眼中にないかのようにリティアは口を開く。


『魂とは人間の生きるための魔力を生み出す器官であり、人間の外縁を形づける遺伝子のようなものだ』

「……それが俺から、レイに供給されているってことか」

 つまり、魂とは本来人になくてはならないものだということだ。


『〝多魂体質〟の詳細はわからない。ただ、レイの《廻魂の加護》で使用された君の魂は減ることはあっても増えることはない。だからレイが戦い続ければ、君はいずれ…………』

 そう、リティアは言いよどむ。

 これまでのすっぱりとした発言はぴたりと止まった。

 そして、リティアの言わんとすることが、なんとなく理解できた。

 顔を見ればわかるが、ノワ子も分かっているのだろう。


「──────死ぬ、ってわけか」

 ただ、俺からはあっさりと言葉が出た。

 思ったよりも衝撃は受けていない。

 むしろ、リティアの発言から想像できた内容だ。


「な、ナギト…………」

 リティアのあまりに無慈悲な宣告に、ノワ子は俺を見て、その名を呼んだ。

 正直、やはりという感情の方が強い。

 あれほどの大儀式に俺一人を差し出し、しかも生贄は無事なんて好都合ありはしないと思っていたから。

 

『本当に、申し訳ない。だが、私の最優先事項はレイの無事だ。あの時はレイの手前、口にできなかった。伝えることが遅れたことに本当に申し訳────』


「────ふざけ、ないでッ!!?」

 ノワ子は立ち止まって、リティアへと掴みかかるように叫ぶ。

 彼女とて、これ以上俺がレイと関わるのも本意ではないのかもしれない。

 いつもの演技(ロールプレイ)も忘れて、抗議する。


「いや、俺から願ったことだ。問題はない」

「けど……!それじゃあ、ナギトが……!!」

 激昂するが、代わりに怒っている本人が問題ないと言ってしまえば、ノワ子は言葉を紡ぐことができない。

「すまん、ただ俺もアイツのことを助けたいんだ。どちらにせよ、俺がいないとアイツは死ぬ」

 だが、文句を言っている暇もない。

 事は、すでに起こってしまった。


 アイツ(レイ)を助けると覚悟を決めてしまった。

 それを今更曲げられるほど……器用じゃない。


「……なんで、なんでそんなに自分を大切にできないの?ナギト!!」

 それは嘆きに似た、想いであった。

 それは、友を失いたくないという、悲願であった。

 リティアはレイを選び、ノワ子はナギトを選ぶ。

 そんなことは自明の理である、だから──


「ああ、そうだ、俺はどこか欠けた人間なんだよ。でも、それはアイツも同じだ。あの犬たちとの戦いで確信した。だからせめて、俺がアイツの欠けた所を埋めてやりたい────俺はアイツに助けてもらった。だからかもな?」

 それだけではない、俺はアイツの目が嫌いなのだ。

 あの、この世界に何もないと諦めたような目が。

 そして、それを仕方ないで諦めようとした大嫌いな(レイ)を攻めて否定したい。


 ただの自己満足(否定)だよ。


「…………バカ、ナギトの大バカ野郎ッ!?」

「そうだ、バカな俺の、バカなわがままだ。だからここから出たらノワ子は…………」

 不本意だったノワ子の同行、だからこそこの〝イベント〟を脱出できたら────

 そう、再三思っていたことを口にしようとする。


「──じゃあ、私もいく!私もバカだから!私がいれば、ナギトも無茶できないでしょ!」

「いや、まてまて!?なんでそうなる?」

 言葉を遮られ、ノワ子は胸を張って宣言する

 ノワ子の発言の意図が掴めず、困惑する。


「ふ、散々わがまま言ってるナギトに言われたくないぞ?」

「うっ、でもなぁ…………」

『────これは一本取られたんじゃないかい?』

 こういう時だけ、追撃しないでもらえるリティアさん!?

 一本も何もあるかよ!!?まあとにかく、こんなところでもめている暇はない。


「とにかく、一旦この〝イベント〟からの脱出を目指そう。話はそのあとで」

「うやむやにするでないぞ、ナギト!」

 なんか、元気になってるぅ!?

 さっきのお通夜みたいな雰囲気はどうしたんだよ。

 まあ、落ち込まれる方が気分的には嫌だが。


『その通りだ、今はレイの元に急ぐとしよう』

 仕切りなおすリティアはそう言った。


 話している内に、そこそこ階段を降り切っていたみたいだ。

 場所は、地下一階へと入ったところであった。

 そして、一行は更なる下、地下広場を目指す。


「割と大声でしゃべった(主にノワ子が)割に察知されなかったな」

『ふむ、幸運だったのか。それとも……』

 リティアはそう、疑問を投げかけた俺に応えて、黙り込む。

 理由はわからないが、付近には人やらモンスターがいないようだ。


 ただの幸運と割り切るわけにはいかないかもしれない。


「もしかしたら、この〈区域(エリア)〉の人口が少ないんじゃ──────」

 

 そして、その考察を口にしようとした瞬間────



「──────────っ!?」



 差し掛かった地下一階の入り口から、人影が現れた。

 その人物は目元を隠した仮面と、道化(ピエロ)のような化粧をしていた。

 恰好はどこかで見たスタイリッシュ怪盗のような衣装を着ており、おそらく性別は女であろう。

 道化の化粧をしているとはいえ、その隠しきれぬ顔の整いがにじみ出ていた。

 そして、なんと彼女は重力に抗い、水に浮いているように宙を舞っていたのだ。


 危惧していた、予期せぬ邂逅……警戒しつつも、俺は情報を引き出すために前に出る。


────だが、その行為は無為に帰す。




『────下がってッ!!』 

「────ッ!?」

 いつもの冷静なリティアの、焦った声が耳朶につく。

 咄嗟に、ノワ子を庇いつつ、俺は後ろの階段に飛び込んだ。



──────瞬間、地下一階の入り口が階段ごと()()()




「──オァァァァァァアアアアアアッ!!!!!!」

 階段中に響く絶叫とともに、ジャラジャラという音が耳へ届く。

 見ると、宙を舞った多数の埃ですら覆いきれない、ほどの無数の鎖が宙を泳いでいた。


 そして、鎖と怒号を発した主へと目を向けると目前の女怪盗と対峙していた。

 見た目はぼろの外套を着た男、そしてぼろの隙間から触手の如く鎖が這い出ている。

 

 人間離れした者たちの、現実離れした状況に俺たちは唖然としてしまう。

 すると、近くに居る女怪盗がくる、と振り向いて言う


「────ごめんなさい、誘導(トレイン)しちゃいました」

 そう、悪戯をした子供のように笑みを湛えている怪盗に、俺たちは発言も忘れ、その光景を焼き付けるしかない。

 頭が理解を拒む混沌が渦巻き、俺たちを絡め取ろうとしているようで、眩暈がする。


「オォォォォォォォォォォルァァァァァアアアアアッ!!!!!」

 女怪盗に何か恨みでもあるのか、血錆の付いた鎖を背負った男は言語を忘れて怒りの雄たけびを上げる。

 そのまま鎖は女怪盗へと襲い掛かった、そして鎖は何故か近くに居た俺たちまでも矛先が向けられていた。


 女怪盗に目を向けると、先ほど出会ったときのように宙に浮き、血鎖の雨を器用に回避していた


 まるで想定外の光景に、予測があまりに甘かったことを痛感する。

 かくして、仕組まれたような遭遇戦が幕を開けた。

 


──────地下広場への道はあまりにも険しく、そして彼らに課された試練が幕を開けた。


〈Tips!〉

・イベントのコロニー化について

 〝イベント〟のモンスターは大抵、その結界に合わせた生態系を模した環境のモンスターである。

 〈大地区域〉ならば、イヌ科モンスターの群れが居たりする。

 ただ、徒党を組んでいるわけではなく、ゲームマスターの命令によりある程度散らばるようにはいちされている。

 ちなみに、魔術界では魔力から生まれるものを魔物、魔力により現行の動物が変異したものを魔獣と呼ぶ。

・ナギトの体質について

 ナギトは妖精曰く〝多魂体質〟であるが、その魂の総量は常人の数千倍である。

 魔術師も現代の一般人と魂の総量は変わらず、魔術界でも人間界でもナギトは異例な存在である。

 魔術的に、魂とは魔力を生み出し続ける機関であり、それがなくなると死ぬ、あるいは植物状態になる。

 ちなみに、ナギトの中学時代とは特に関係がない体質である。

 つまり、また過去編……

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