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√A その①「彼女たちは動き出す」

〈二〇二五年 七月二十二日 魔術界 魔術協会本部 官房長執務室〉



「────さて、すでに通達があったとは思うが、人間界での任務に君たちが抜擢された。何か、不明点などはあるか?フィーネ=トランツェッタ並びに、クレシェ=エイリア特務官」

 柔らかそうな高級椅子に腰掛けた妙齢の男性は書類を手に問いかける。広い職務用の机は良い素材が使われており、彼のここでの地位を窺える。


 机の上に丁寧に置かれた葉巻は、間違いがなければかなり高額のものである。

 ちなみに、男の体躯自体は魔術師たちの上に立つ者とは思えないほど、ふくよかであった。


 そして、男に問いかけられ、私は事前に決まっていた文句を述べる



「はい、問題ありません。フィーネ=トランツェッタ、クレシェ=エイリアス……特務部一課、アルト課長の命により今回の任務をお受けいたします。早速、一つだけ不明点をお聞きしたいのですが、やはりこの件は【空想現界】の関連でしょうか?」

「……フィーネ特務官の知るところではない。貴女は任務書どおりに行動すればいい」

 私の質問が耳に入った瞬間、官房長は露骨に嫌な顔をする。

 相変わらず弱い魔術師には辺りが強い、むしろ一周回って感心しそうだ。


「……あ、あのぉ、局長の言付け、なんですけどぉ」

「ひっ!?な、なんだ、クレシェさん……いや!?特務官!」

 フィーネの背後に隠れるように佇んでいた長身の女性(隠れられてない)が、口を開いた瞬間官房長が顔を青くして声を上擦らせてどうにか返答する。


「……えっとぉ、その、あの、アイギスの局長から、伝言がぁ、あるんですぅ、よ......」

 言い直しを余儀なくした私の先輩は、発言をしているうちに(ほぼ言えてない)徐々に小さくなっていく。

 ただ、私との身長差があるせいで、先ほどと同様全然隠れられていない。


「ひぃ、すみませっ、いや!?な、なるほど、アルト局長からの伝言か。」

 彼女の行動を何故か威嚇行動と取った官房長は、ビビりながらもどうにか取り繕う。

 クレシェ先輩は本人の挙動や言動も相まって、本当に結構不気味だ。


「そ、おぅ……です。なんでも、えっと、そのぉ、なん、だっけ、ぇ?」

 彼女が言い淀んでいるうちに、官房長の顔が青くなっていってしまう。

 本当に、色々相性の悪い二人をジト目で眺めつつ、ため息をついて私が口を開く。

 


「──『今回は僕も出るよ、遅ればせながらね』これがアルト局長の伝言です」

「──なるほど、あのアルトが出る……マジかよ?」

 官房長、取り繕いすぎて変になってますよ。地の文が出てます。

 この官房長官自体、お偉いさんではあるのだが、庶民の出なのでそこまで威厳はない。


「──あ、ありがとぅ。フィーネ、ちゃん」

「……いえ、別に構いません」

 そんな、おっかなびっくりな先輩の感謝に私は短く返した。

 とはいえ、こういう威圧的な役割のためにも先輩を同席させたので、感謝される覚えはない。

 先輩の実力は魔術師の中でも折り紙つきで、私だけだとさっきみたいに舐められてしまうから。


 実力主義の魔術師において、その者の強さは権威に近い。ただこの目の前の男、魔術協会の官房長のように、執務や業務で成り上がった者もいるにはいる。



「......ごめん、なさぁい。官房長、さぁん」

「い、いや、構わんよ。クレシェさm、いや!?クレシェ特務官」

 このように、魔術師の血に染み付いた弱肉強食の慣習はそうそう、離れない。

 ましてや、官房長の魔術師としての実力は中の下。数々の武勇伝をもつクレシェ先輩は埒外の化け物に見えるだろう。


 私も一応同じ部署なので、そうなっても良いはずなのだが。



「────フィーネ特務官、クレシェ特務官を連れて、下がりたまえ。アルト局長の言は確かに受け取った。せいぜい、クレシェさm……こほん、クレシェ特務官の足を引っ張らないように」

 私と先輩は魔導特務部、行政やら政府やらが複合した魔術協会の中でも、戦闘を得意とする部署。

 その中でも、最強であり、人類を守る盾という理念の元活動しているのが魔導特務一課、通称〈アイギス〉なのだ。


 アイギスの中でも、ほぼ最弱の私はとんでもなく舐められている。

 私もあなたよりは強いですけど!?と言ってやりたいが一応上司なので、そう言うわけにはいかない。



「……了解しました。粉骨砕身で務めさせていただきます」

「ふん、分かればいい」

 そして、官房長はこちらから目線を外して、書類へと目を向けた。

 私など眼中にないらしい。

 こういう反応はいつもの事で、もう慣れてしまったから問題ない。



「──失礼します」

「し、失礼、しましたぁ」

 そう言って、執務室な扉から、丁寧な所作で退室した。

 任務内容に一抹の不安を抱えながら、私は任務の指令書に目を通す。


 後ろを見ると、先輩は大きな扉の縁に頭をぶつけたようだった。

 いや、人類最強クラスの魔術師が何やってんですか……


 そして、さらに別の不安を抱えつつ、私は魔術協会本部を後にした。


◆◇◆◇◆



〈魔術界 ポールトレイン 人間界行き特急車内〉



「────【空想現界】、ですか」


 人間界に向かう途中、私は静かに息を吐いた。

 空想現界という現象そのものは、原因不明とされている。

 しかし、私はおそらく魔術が関わっているだろうと思っている、あくまで予想だが。




「た、確か、【空想現界】はぁ〝魔術災害〟に、認定されてるん、だよね」

 後ろを歩く先輩がそう言葉を重ねた。

 あくまで、今回のメインは先輩だ。

 私はそのサポートに徹するべきなので、ともかく彼女との情報共有が最優先だ。

 

 

「はい、それも〝厄災(ディザスター)級〟です。【五大厄災龍】に迫るまで成長するともという意見もありますね」

 私は補足を付け足す。

 ちなみに【五大厄災龍】は厄災の龍は過去に出現した世界の崩壊が可能な力を持つ五体の【龍】のことだ。

 〝魔術界〟と〝人間界〟では、災害の危険度がまるで違う。

 魔術人の住まう世界には、世界を滅ぼしかねないものが人間界の地震のような頻度で発生する。


「そ、そうなんだぁ……が、頑張らないと、ね!」

 いや、これくらい把握しといてくださいよ。

 私はそう悪態を吐きたくなってしまうが、今は飲み込んでとにかく褒めておこう。


「そう、ですね。でも先輩がいれば大丈夫ですよ」

「え、えへへぇ?......そ、そぅ?」

 クレシェ先輩は顔を赤くして、はにかんだ。

 彼女、クレシェ=エイリアスは私の所属しているアイギスの中でも序列五位の実力者である。

 彼女の武勇伝は計り知れないほどあり、魔術界ではちょっとした著名人だ。


 それに比べて、自分は新米下から数えた方が早いアイギスの中でも落ちこぼれである。

 そのため、おこぼれでアイギスに入った卑怯者。家柄のコネで裏口入課した雑魚などと評価されている。

 実際自身も、アイギスの実力にはついていけていないと評価しているくらいだ。

 周りがさらに下の評価をつけてしまうのは仕方がないだろう、家柄で裏口入学だけは心外だが。

 そう、私とクレシェ先輩とは天と地ほども差があるのだ。


 クレシェ先輩は人間として接していると、頼りないちょっと大きい人見知りの女の子なのだが、戦いでは右に出る者はいない。


「さて、そろそろ駅に着く頃ですね」

 ここは人間界に向かう列車の車内だ。

 魔術界と人間界は特殊な穴で繋がっており、その繋ぎ止めに一役買っているのが、この駅だ。

 

 列車は、静かでまるで音がしない。

 これ自体が、空間魔術で保護されているからだ。

 しかも、駅と列車はたった二人の《術式》で運用されているのだ。他の諸々には多くの人員がかかわっているのだが、それでも驚嘆に値する。


 魔術知識を蒐集することが好きな私にとって、こういう豆知識は大好物である。

 特に専門の錬金術に関しては、知識王を自負したいくらいには知見がある。



『──次は、人間界ぃ、人間界ぃ。本日はポールトレイン特急をご利用いただきありがとうございました。扉右側が開きます、開く扉にご注意ください。お降りの際は足元にお気をつけてお降りください』

 何故か間延びした口調のアナウンスとともに、乗降口が開く。

 おそらく、人間界の真似をしているだろうアナウンスなのだろう。


「す、すごぃ……人間界に初めていくけど、れ、列車ってこんな感じなんだぁ」

「多分、あっちの受け売りだと思いますけどね。確かに、魔術界は魔術以外はあまり発展していませんから、もの珍しく見えるかもしれません」

 そう、そもそも人間界と魔術界が開いてまだ三年しかたっていない。巷の陰謀論者はそれよりももっと前から開いてたなどと噂しているが真偽は不明だ。

 ただ、人間界は娯楽やら文化が発展しているので、あっちの文化が魔術界に流入しているのは公然の事実だ。無論、魔術界の技術が人間界に流入などはほぼしていないのだが、一部の人間界を運営するお偉方のみ知り得る機密となっている。

 まあ、人対人の戦争ばかりの歴史を持つ人間界に魔術などを与えてしまえば、どうなるかなど分かりきっている。

 人間界文化の論文で読んだだけで詳しくは知らない。

 そして、特に私の所属する協会はそういう魔術知識を開示しない保守的な思想で動いている。


「ほら、降りますよ。怖がってないで、列車にも運行予定があるんですから」

「で、でもぉ......この扉のぉ、隙間がちょっと......」

「はいはい、行きますよ」

 嫌がる先輩を無理やり押しつつ、私たちは列車を降りた。

 先輩はちょっと嫌がっただけでも、とんでもない力になるので、大岩を押している気分だ。

 言葉で宥めつつ、私は先輩をどうにか下車させることができた。


──まさか、私クレシェ先輩のお守り役で来てませんよね?(※半分正解)


◆◇◆◇◆


〈御加実市 円谷警察署 市内安全課オフィス(元)〉



「【ゲーム】から這い出てきた【空想現界人】……魔導特務部でも対応しきれないほどでしょうか?」

 私は、御加実市の警察署にきていた。

 警察署といっても、ここは協会派の魔術師が日本政府に()()()し、設けている魔術師の拠点のようなものだ。

 協会は日本政府から警察の権利一時的に借り受け、私たちは一応警察官という立ち位置に収まっている。

 さらに今回のような予想外の災害における特別措置として、執行権も付随している。

 正確には協会派閥のだが、他の派閥もおそらくどこかに本拠を構えているだろう。


 暫定的に魔術協会支部となったこの場所で、私は人間界に出向している協会の魔術師から話を聞いていた。


「そ、それが、当初は対処しきれていたのですが、徐々に数が増えてきており、さらに強い個体になると二課の人間では限界がありまして……」

 特務部一課の〈アイギス〉は少数精鋭だが、そこそこ人数のいる二課でも対処しきれないようだ。


「確かに、あちらの能力は魔術とは相違点も多い。それに、人間界に割ける人員にも限りがありますからね。私たちならば、遅れを取るとは思えませんが……とはいえ、どちらにせよ相手の実力を確かめて動くべきです」

 とはいえ……空想現界とは少なくとも、現行の魔術を遥かに越えた魔術技術ではないか、とフィーネは考える。

 つまり、【空想現界】は埒外の魔術が使われている可能性があると言うことに思い至る。


「ふ、フィーネちゃん……?私が行って解決しようか」

「そうですね、一旦はそれでいいでしょう。ただ、【空想現界人】が参加している【ゲーム】というものを調査するというのが本来の任務です。私たちが守備に回るわけにはいきません」

 とはいえ、フィーネたちの任務は【空想現界人】の保護又は人間界に仇なす魔術犯罪者の逮捕、および処理を目的としている

 あくまで、戦いをしに来たわけではない。

 保護を願い出た【空想現界人】には丁寧な対応がされる。

 とはいえ、それはかなり少ない事例であり、大抵は警戒されたり、最初から敵対される。


 【空想現界人】は大抵極端な思考回路をしている。

 そんな危険人物を一般に下ろすわけにはいかないというのも、上の結論としては割と真っ当であろう。


「なので、大体の現界人の対象法の書類を私の方で作成しておきます。増員の要請も、アイギスの権限で私の方から本部に行ってきます。構いませんね?」

「あ、ありがとうございます!ですが、そこまでしてもらってもいいのでしょうか」

「私たちはそのために来たんです。むしろ、遅れてしまって申し訳ありません」

「い、いやエリートの方にそのような……」

 こちらから謝られて、現地員の魔術師は戸惑っている様子だ。

 魔術界も自身のことで手一杯で遅れてしまったことも確かなのだ。

 そして防衛を優先するあまり、上の判断が遅れてしまったのだ。

 上澄みの戦力たるアイギスが来るのも、かなり遅れてしまった。メンバー自体が引く手数多なことも要因である。


「私たちも、同じく()()の守護者です。その仲間に協力させてください」

「は、はい……では、【空想現界人】の現れた場所を──」

 そう言いかけた現地の二課の課員を止める。


「いえ、お気遣いありがとうございます。ただ、〈大賢者星圏結界〉のネットワークで、《人避けの結界》内の大まかな位置は把握できますのでお構いなく。クレシェ先輩も一緒に行きますよ」

「むぅ、私だけでぇ、だ、大丈夫だった、のにぃ……」

 クレシェ先輩も先輩で、私のことをまだまだ新米扱いするので困ったものだ。

 私とて、実力以外はちゃんとした協会の魔術師なのだ。

 むしろ、先輩の方が実力以外はほぼ役に立たないくらいなので、コンビとしてはちょうどいいかもしれない。


「……クレシェ、まさかあのクレシェ=エイリアスさんでしょうか?『死界殲殺』の!?さ、サインとかってもらえないでしょうか?」

「────ひ、す、すみませ……ん!?」

「はぁ、ともかく……いきますよ、サインとかはまたの機会に」

 いや、怖がってどうするんですか……この二課の人も肝が据わってるな。

 『死界殲殺』とはこの、私の後ろで縮こまっている人の二つ名だ。

 魔術師は、それ相応の強さを世間に認知されると、誰からともなく二つ名をつけられる。


 ちなみに私は『水彩工房』である。

 先輩と比べて弱そうとか、なんか適当に付けられててね?とかよく言われるが、別にいい。


「もー!もっとしゃんとしてください!?」

「で、でもぉ、フィーネちゃん以外と話すなんて、無理ぃだよ!?」

 ため息一つ、ただ話しかけられただけで石のように動かなくなる先輩を私は、巨岩を引きずるようにして警視庁からどうにか出すのであった。


──ともかく、私たちは人間界の、未曾有の厄災である【空想現界】を解決するために動き出した。




◆◇◆◇◆


〈御加実市 某所 廃ビル 人避けの結界内〉




「──────んん!今日はいい天気だなぁ」


 私の視線の先には、【空想現界人】がいた。

 仲間は魔術探知には掛からない、一人ということだろう。


 見た目は金髪で、モヒカン頭だ。締まらない顔をしており、右目に稲妻のメイクがある。

 中肉中背で、胸元の空いた大胆な衣装を身にまとっている。


 見た目こそ奇抜だが、言動は至って普通だ。

 ただ、あの人間に二課の人間が二人殺され、一人が重症を負わされている。



「──私が行きます、先輩は一旦待機でお願いします」

「も、もぅ、フィーネちゃん。ま、また、私を除け者に、してぇ」

「先輩だと一瞬で終わるから参考にならないんです。だから、先輩はいったんステイしましょう」

 何故か犬の扱いが頭によぎったが、失礼すぎるのですぐにかき消した。

 小声で話していた私は一旦集中するために、押し黙った。

 相手は人、しかし魔術界の法律に基づけば処理してしまっても問題ないのだ。

 場所が人間界であるが、そこは政府との交渉で魔術界の法が適用されることになっている。


 私は、背負っていたギターケースに触れ、集中する。中に入っている()()()()()の構造を魔力を流して、把握する。


 ここまでが私の一つのルーティン。そして、ここからは......



「────《術式展開》」

 展開宣言の後に、私の手から水が〝生えて〟くる。

 そして、その流れは徐々に、カタチを形成してしていく。

 それこそが自らの《術式》であり、これが自らの最も得意とする錬金術の一つの極点。すなわち──




────《偽水錬成フェイク・ハイドアルケミ

 


 自らの持つ魔剣、一度使えばそれは所有者を呪い殺すまで、止まらない呪いの魔剣だ。兄の形見であり、自らの出自にも関連する最上級の魔術具だ。魔剣を錬金術に利用し、水で再現する。

 より詳しく言えば、魔剣のデメリット効果とメリットのある能力を削ぎ落として、切れ味と硬度だけを抽出した水の贋作を作り出す〝錬金〟の魔力適正の《術式》である。

 ちなみに、とある魔術史の偉人の《術式》を参考にしているのだが、それはどうでもいいだろう。



「────あ?」

 死角に現れた私を速やかに察知し、振り向く名も知らぬ【空想現界人】。

 剣を持って近づいてきた私を捉えたようだ。


「警告です、今すぐ、投降してください。でないと、手荒な真似を取らざるを得ません」

「ナニ言ってやがんだ?俺を舐めてんのか、ああん!」

 話が通じない。別に無言で奇襲しても良いが、話しかけたのは一応最後通告を行いたかったからだ。

 だが、どうやら無駄だったらしい。



「仕方がないですね。では──()()()()()

 言い終わった私は、瞬間、地面を蹴って現界人に肉薄する。


「ハ、テメェらがナニモンか知らねぇが。おとといきやがれ!!」

 肉薄した私を、男は拳で迎撃する。

 素早い応戦に対応した私は、拳に剣を合わせて切り結ぶ。


「────っ」


 刃と拳が、火花を散らして交わる。

 拳とは思えない硬さだが、体はどうか。

 瞬時に刃を逆手に持ち替えた私は、体勢を低くして懐に飛び込んだ。


「チッ、思ったよりやるじゃねぇか!」

 私の一閃は脇腹を割くものの、どうやら浅かったらしい。

 そのまま、反対側に回り込んで息を整え、相手の分析を行う。

 

 硬い、拳も体も同じ強度だ。

 業物であり、凄まじく切れる《偽水錬成フェイク・ハイドアルケミ》製の剣でも体表を切るのが限界だ。

 身体能力、技、ともに私の水準と同じか上回ていると見ていいだろう。


「ええ、貴方の元に来た協会職員とはわけが違います」

「ッ!!」

 言いつつ、水で出来た剣を持って、縮地の要領でパンク男へと頭突きをするように突っ込む。

 咄嗟に拳で応対した男は、振り下ろされた剣を下からの振り上げで跳ね返そうとする。

 しかし、私は剣の《術式》を解除し、男の拳が空振ってしまう。


 さらに、《術式》で剣を生成、振り上げられた男の腕をバックステップで切り落とす。


「…………ぐ、ぁ!!?」

「私の剣の切れ味は抜群でしょう?」

 《偽水錬成フェイク・ハイドアルケミ》製の剣は切れ味や強度を変化させられ、強度を捨てて切れ味を大幅にアップできる。

 渾身のだまし討ちを決めた私は嘲りを吐き、さらに痛みに気を取られた男の背後へと回り込みこみから竹割に剣を振り下げる。



「《茨の道は岩ロックロックン・ロール》ッ!!」


──────しかし、それをパンク男の能力宣言が阻んだ。


 突如、地面から生えた岩の刃が、私を貫いてゆく。

 初撃はどうにか剣で受けたが、さらに地面から岩が連なっていき後退する私を捕らえた。


「……ぐッ!?」

「──よくも腕をやってくれやがったな!」

 咄嗟に、強度を最大にした二本目の剣を出し、がら空きの足元から這い出た岩礁を防御する。

 しかし、岩によって押し出された私を捕捉したパンク男が手薄になった横腹へと拳を叩きこむ。


 瞬時に腕を交差させて体勢を低くし剣で受けるものの、無理な体勢だったので衝撃とダメージが体に浸透してしまう。


「──────しッ!」

「ハッ、無駄だぜェ!!」

 負けじと、着地した瞬間に一本目の剣を投擲、しかし迫り出た岩壁により弾かれ、岩壁から出た岩の槍による反撃が私を襲う。


「……………………っ!」

 そして、私が咄嗟に警戒したのは先ほど同様、岩の攻撃を囮にした術者本人の奇襲。

 しかし、パンク男はどこにもおらず────上から風を切る音が一瞬聞こえる。


「──────ヒャァハ!!武器作れんのはお前だけじゃねぇぜッ!!?」

 気づいた瞬間には既に、目の前……頭上に居た。

 身の丈を上回る大槌を持ったパンク男が、落下の力も使って私へと岩の大槌を振り下ろそうとしていた。おそらく、岩生成による跳躍によって宙へと大槌ごとパンク男本人を射出したのだろう。


 突如、体を覆う影………そして、それに気づけなかった私はその光景に唖然とした。

 そして、自らを潰そうとする大槌を瞠目して、見ることしかできない──────


「──────ぁ、ぇ…………?」

 瞬時に、()は、自らの横腹に突き立てられた剣を見た。

 射出先を見ると、そこには水で出来た腕が振りかぶった後のような様子で生えていたのだ。


 打ち出され、刺さった水製の剣の勢いでパンク男の天空からの振り下ろしの軌道がズレる。

 そして、私は全てを予測したように、半身だけを逸らして大振りで力の入らない一撃を難なく回避する。


「魔術というのは、あなたが思っているよりも変幻自在ですよ」

「…………ぐ、そがぁ!!────ッ!!?」

 私の言葉に苛立ったパンク男が腹に生えた剣を、引き抜こうとし()()()()()

 否、彼は掴めずに私の剣は形を変え、ただの水球と化して頭へと纏わりつく。


「──────!?」

 ごぽごぽと水球の中で、パンク男の口から息が泡になり、昇っていく。

 一瞬じたばたと暴れた彼は、背後から距離を詰める私に気づいたのか、全方位に棘岩の壁を張り巡らせる。


 酸素がない状態、しかしそれでも【空想現界人】なら十分ほどは息ができなくても意識を失わずに─出来るのかもしれない。

 パンク男はその間に、私をしとめるつもりだろう。


──────だが、既に彼は詰んでいる。


「……………………ご、ぼ」

 広がるのは泡ではなく、煙のような血であった。


 彼はあの一瞬で私が生成し、私の制御下にある水を飲みこんでしまっていた。

 そう、ここで魔術的に言うのであれば、彼が自身で私の作った水を飲みこんだことが重要なのだ。

 故にただ単に、彼の体内で水を暴れさせるだけで、彼は死に至る。


「一つだけ言いましょう──────あまり、魔術師を舐めるな……あ、聞こえませんでしたか」

 そう、赤色に染まった水のドームを被ったパンク男は膝を折り、地へと倒れ伏したのであった。

 私は仲間を殺された怒りを発散するように、そう嘲笑の言葉を漏らす。


 顔も知らぬ魔術師である、しかしそれでも〝人類の守護者〟たる〈アイギス〉に所属する身として、彼らに追悼を捧げるべきだと思った。

 故に、私は名も知らぬ彼らのため、静かに目を閉じる。


 かくして、苦戦したものの、私の対【空想現界人】の初戦は幕を閉じたのだった。


◆◇◆◇◆


「ふぅ、まあこんなものですか」

 胸を貫かれた空想現界人は、そのまま徐々に光の粒になっていく。


「これが、報告書にあった。死亡時に死体が残らない現象ですか。なるほど、魔術生命らしいといえば、そうですが…………」

 独り言を呟き、言葉にして整理しようとする。

 大まかな情報は正しかった、だが既存の魔術の技術では──



「あ、あのぅ……フィーネ、ちゃん?ご、ごめんなさい」

 突如として後ろからクレシェ先輩の声がした。

 いつもよりも静かだと思っていたが、まさかと思い振り返る。

 見ると後ろには、別所で襲い掛かって来たであろう空想現界人が五人ほど横たわっている。

 そして、彼らの上半身は弾け飛ぶように無くなっていた。

 おそらく、彼女の《術式》でもなんでも無いただの拳を受けた結果であろう、目を疑いたくはなるが。


「…………はぁ、一応大丈夫です。私が倒したのと同じく、リストに入っている現界人です」

「えぇと……そ、そのさっき、リストに載ってない人も襲ってきたから…………もう二人くらい、やちゃったかもぉ?」

 とても申し訳なさそうに言いづらそうな暗い顔でどもりつつ、先輩が言った。

 リスト、というのはこちらに被害を出した敵対的な空想現界人の人相が乗ったものである。


「……構いません。どちらにせよ、私たちには執行権がありますので」

 毎度毎度、彼女の実力を理解させられるこっちの身にもなってほしい。

 多少手こずって倒した敵をただの拳一発で沈めないでほしい。


 まあ、彼女を制御するのが私の役目ですから……と、考えた私は頭痛を抑えるように頭を振った。



「ですが、一応警告はしてくださいね?今はとにかく他の【空想現界人】を探しましょう」

「う、うん!がんばるね!!」


 そうして、二人は廃ビルの中で死体の処理をしてから、報告にあった別所へと向かった。



────そこから、私たち二人によって、【ゲーム】外の現界人たちは狩られていった。




◆◇◆◇◆




 そこからは危なげなく、【空想現界人】たちが潜伏しているであろう場所を周っていった。多種多様な能力を持つ彼らと時に争い、時に交渉し、任務をこなしていった。


 戦う時は先輩のワンパンで終わる事がほとんどだったが。


「────処理十一人、保護十五人ですか…………思ったより、数が多いですね」

「た、確かにぃ、そうだね......」

 私はこれまで対処してきた計二十六人の【空想現界人】の記憶を振り返る。

 多少こじれたこともあったものの、どうにかこちらに招き入れられた人数の方が勝った。

 少なくとも、私だけでは出せない結果であり、逆に先輩だけだと穏便に終わる事例でもこじれて、余計な犠牲を生んでいただろう。

 少なくとも私がここにいる存在意義はある……そう自身に言い聞かせつつ、私は先輩の補佐に徹する。


 

 現界人が参加しているという【ゲーム】の首謀者、いわゆる黒幕も彼らの間では有名らしい。

 なんでも、【ゲーム】参加前に会えるらしい。

 ただ、その人物像はぼやけている。

 現界人と話した協会魔術師の報告によると、人によって証言が違うためまだ分からないそうだ。


 黒幕の意図はともかく、この【空想現界人】の大量発生は、意図的に魔術師たちの動きを鈍らせるために配置されたものだと感じた。



「やはり、狙いは【ゲーム】の存続を遅延することでしょうか」

「どうにも、へん?な感じがする、よぉ……」

 遅かれ早かれ、魔術師が【ゲーム】に参加することは確定している。

 そうなれば、【ゲーム】自体の終了が近づいてしまうだろう。


 ならば、ここで魔術師たちの動きを制限し、未曾有の災害である【ゲーム】の存続させる。

 もちろん、それだけが狙いではないだろうが。


 そして、【ゲーム】外での被害の大きさから、明らかに外部の魔術師の協力も得ているだろう。

 敵は思ったよりも入念で、用意周到だ。


(厄介ですね。けれど、ここまでして敵の思惑が見えてこない)


 この【ゲーム】は、魔術的な大規模儀式だ。

 これを準備するのに、どれほどの時間や労力などのコストがかかったのか。

 想像だに出来ない代償を払って、やることがこんな遊戯(ゲーム)であるというのにも疑問が残る。


 だが、考えても憶測の域に過ぎない。

 故に、今は目の前の事に集中し、適宜考察すべきだろうと私は考えた。



────そして、




「……なるほど、どうやら私たちはまだまだ休めないらしいです」

「──?、フィーネ、ちゃん……?」

 私の言葉にクレシェ先輩は首を傾げて問う。

 私が、見下ろした魔術が編み込まれた魔術具の端末にはこう書かれていた。



 【ゲーム】で近々〝イベント〟が巻き起こると言う情報が、協会魔術師の協力者(空想現界人)からもたらされたらしい、それと同時に《結界破り》が完成したことも、書いていた。



────魔術師歓迎!という、まるで全てを分かっていたような触れ込みが〝イベント〟でされていたことも。


「なるほど《結界破り》の事も把握しているらしいですね。やはりこちらの情報を把握しているのでしょうか」

「やっぱ、り……私ひとり、で行ったほうが…………」

 その端末を覗き込んだ先輩は、何かを考えこんでそう。


「とにかく、行くしかないですね。罠だとしても」

「……でも、どうしても、だめ?」

 嫌な予感がしたらしい先輩は、珍しく強情だがそう言われたとて流石に無理だ。

 私は一抹の不安、まるで黒幕の手のひらで脅されているような、そんな推理が頭によぎる。



「そういうわけにはいきません。私とて、〈アイギス〉の一員ですから」

「………………うん、フィーネちゃんが行きたいなら、私が守る」

 だが、それでも歩みを止めるわけにはいかない。

 そう言い切った私に、先輩はただ黙してそう覚悟を決めていた。


 そんな先輩と対象に、私の脳裏に悪い予感がよぎる。

 だが、どうにかそれを振り払うように、頭を振って歩き出す。

 そのまま〝イベント〟会場である大規模ショッピングモールへと私たちは足を向けた。


────そして、フィーネにとって()()()()()一週間が、始まるのだった。


〈Tips!〉

・魔術界と人間界について

 魔術界は魔術師、つまり魔術が使える人種が全てを占める人類が住まう世界。

 人間界は化学が発展し、魔術が全く使えないものが住まう現代。

 両世界は列車で繋がっており、とある貴族の空間魔術によって運営されている。

 某超有名魔法学園ファンタジーとは関係のない駅。

 両世界が繋がりだしたのは三年前であり、原因は不明。

 〈大賢者星圏結界〉という、かつての大賢者が作った結界が予め人間界に張り巡らされていたりと、両世界が三年以上前から繋がりだした形跡もある。

 そのため、憶測が憶測を呼び、陰謀論の的にされている。

 今の原因となる最も一般的な説はマルチバース、多次元の歪による一時的な現象というものである。

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