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01「狂騒前夜」

初投稿です。

〈二◯二五年 七月二十二日 御加実市 郊外〉




「──あー、やっぱり駄目か」



 静かに、夜風が凪ぐ中、外套で身を隠した男はそう呟いた。

 全身がほぼ隠れた男の後には幾人かの、そっくりな風貌の彼の仲間と思われる者たちが周囲を警戒するように見張っている。

 その中で、男は地面に触れ......建物で()()()その地点に目を向けた。


 本来ならば、その地点に何かが潜んでいるはずと男は警戒して然るだろう。

 しかし、近所を歩くような足取りで周囲を検める彼は自然体のままだ。


「──班長」

 男以外の幾人の部下たち、その中の一人が低い声で手短に男に声をかける。

 その見た目は大多数の班員と変わらない、少し声音を高くして男は答えた。


「ん、大丈夫だ。ここには居ない……魔力の残り香は凄まじいけどな」

 班長、と呼ばれた男の言葉を聞き、彼の部下であろう者らは警戒度合を一段階下げる。

 男とて、戦闘経験がないわけでもないが、これほどの魔力の残滓はお目にかかったことがない。


 戦闘を、戦場を経験していない部下たちが身を強張らせてしまうことも仕方ないだろう────と、男は上司として自身の部下を分析しつつ、辺りを見回した。


「なるほど……これが噂の【空想現界人】、そりゃ上の連中が欲しがるわけだ」

「……全滅、でしょうか?」

 己の部下のそれには、確信めいたものが乗せられていた。

 己の能力を期待したものであろうと、男は口を開く。


「ああ、全部駄目だね。戦闘専門の一班はおそらく全滅だ。生き残りが居たら連絡ぐらいするだろうし」

「…………これが、たった一人の人間で成せるものなのでしょうか?」


 少しの沈黙と、辺りを眺めた部下がおもむろに放った言葉に、男は思案する。


──────そこには、かつてビル()()()残骸が、横たわり散開していた。


 ありえない、しかし自らが知る人間の中にもこれを為すことができる人間はいる。

 少なくとも、()()()()()()の常識である『カガク』とやらにも可能であろう。


「色々面倒なことになってきたね~。後始末に走るオジサンの苦労も考えてほしいものだ」

 そう、誰にでもなくぼやく男は、おそらく下は真っ赤に染まっているであろう瓦礫の上を歩く。

 問題なのは、この惨状をなしたモノたちが雨後の筍の如く、ポンポン出てくることだ。

 全く、いい迷惑だ。

 この魔術災害も、それを全力で活用しようとしている上も。


「──あの、班長?追跡は可能かと思うのですが......」

 この惨状に戸惑っていた隊員の一人が、恐る恐る男に問いかける。


「いや、今から追跡しても追いつけないし、ムリでしょ?あんまり強くないとはいえ、あの一班を一蹴して、ここまで()()()()化け物の相手なんて」

 男は、何を言ってるんだという顔をして答えた。

 そのまま、遅れた部下に先んじつつ、男は瓦礫を撤去しながら証拠隠滅の準備をする。


「いいじゃない。上が厳しすぎるくらいなんだから、オレが少し緩くたってね」

「そう、でしょうか」

 そして、使い慣れない携帯端末を取り出しつつ、かつてビルだった残骸を見る。


 男は思う、自らに集団のまとめ役のような役職付きの立場は向いていない。

 戦闘指揮という点のみで彼は班の長を任されたが、誰かを引っ張るリーダーという立場に男は向いていないのだ。


──夜も更け、真っ黒な(キャンバス)から染み出た闇はそこにあった大破壊を、怪物の破壊痕を隠すように徐々に広がっていた。



「............はァ、隊長がどうにかするでしょ。化け物の相手は化け物しか務まらないってわけだ」


 手厳しい言葉に苦笑しつつ、男はゆっくりととある番号を携帯に打ち込んでいった。

 ふと見ると、彼の部下たちはすでに片づけを始め、周囲に隠滅魔術をかけ始めていた。


 魔術師たちは怪物がやらかした後片づけに勤しむ。

 時刻は深夜、光のない都市の外れで作業は終わるころには、キャンバスが明るく染まっていた。



◆◇◆◇◆


〈二〇二五年 七月二十三日 御加実市 御加実第一高校 文化部棟〉



────終業式が終わり、退屈なホームルーム。



 皆が浮足立ちながら、先生の長期休みについての小言をきき、ホームルームが終わるとついに高校初めての夏休みが始まった。



 俺こと、間下部(まかべ)凪斗(なぎと)は期末テストを思い出していた。

 まさか、国語の自由作文で、昨今の国際情勢にどう思っているのかがテーマになるとは。

 ありえぬ、国語は得意科目で、九十点を切ったことがなかったはずなのに。

 あのハゲセンが……ついに、一線を越えてきやがった。

 ちなみに、現国の先生は我がクラスの担任であり、田中先生(さきお)という名前だ、あとハゲている。故に、皆からハゲのセンセイ、略してハゲセンと愛を込めて呼ばれている。


「ねー、放課後どうする?」

「とりま、ザギンでシースーでしょ」

「何時代の人間だよ」

「──夏休み始まったぜ!遊びまくろ~!明日から虫取り行こうぜ!!」

「いいよ、標本作りたい」

「まさかの同意!?しかも、割とグロい!?」

「お前ら、学生の本文は勉強だぞ。バカこそ東大に行くんだぞ?」

「何それアタシ知らな~い。オジサン世代のやつ?」

「──────ゴハッ」

 そう、クラスの上位グループとハゲセンが何か話しているのを横目で見みつつ、俺は教室を出ようとする。


「──────あ、あのぉ」

「──おわ!?な、なんだよ影林か。どうした?なんか用か」

 教室の扉を開けた瞬間、ゲームの出待ちの如き位置に鎮座していた彼に話しかける。

 彼の名前は影森陽太、いわゆる影キャというやつだ。

 目立たなく、影が薄い。俺からしてみれば、クマが濃く、アフロヘア、名前はツッコミどころ満載…………いや目立たない要素しかないだろ、テンプレキャラの満漢全席かよとツッコミたくなるステータスだ。

 しかしそれを本人に言うとなぜか理解者ポジと解釈され、俺も教室では避けられているため同族扱いされているのだ。


「す、すみません……でも、会長がぁ、その今日は来ないのかって…………」

「────ん、おおう……今日はオカルト部の活動があるから無理だって言っといて」

 ナイフキルできそうな距離感を詰めてくる、影林……だが、今日は部活があるので無理だ。

 こんな感じだが、彼は一応生徒会の役員だ。

 計算が恐ろしく速く、会計をやっているのだ。

 いや、どの口で影が薄いとか、濃すぎでしょ。


「…………残念です。また、生徒会に来てください」

「おう、ま、行けたら行く。じゃな」

 曖昧な返事をしつつ、俺は影森と別れた。


 教室を出れば、予想通り肌が焼かれそうな熱気に襲われる。

 冷房が効いた教室によって、体が冷やされていたのでむしろこの熱気がちょうどいい。

 もちろん、今だけの爽快感だ、きちんと味わっておかねば。


「──ふぅ、エッホエッホ」

 時折小走りしつつ、俺はいつもよりも早く部室へと向かう。

 やはり浮かれていたのか、すぐに暑くなってきたので、ゆっくり向かうことにした。


 窓の外を眺めると、下には部活を始めるところの野球部と、見上げれば青空に入道雲が見えた。


 この高校に入学して、すでに四か月。

 入学し立てにはトラブルもあり、そのおかげで孤立したりもしたが、どうにか普通の学園生活を行えている。



「あ、そう言えば──」

 そうそう、忘れてたアイツに飲み物を買っとかないと思って、俺は財布から小銭を取り出す。

 供物を献上しなければ大体不機嫌になる部活仲間を思い浮かべ、俺は棟の入り口付近の自販機でコーラを購入する。


「......お、当たり」

 この自販機は当たり付きでしかも当たりやすいので人気なのだが、今はホームルーム終わりのすぐなので、人がいない。

 謎の優越感を得つつ、部室棟の入り口に差し掛かる。


 中を覗くとあまり人の気配はしなかった。


 部室棟は各非公認、公認の文化部が好き勝手に内装しており、古びた内装も相まって秘密基地に来たような感覚が俺を襲う。


 火照った手に持った二本もの冷たい液体が染みた。

 飲料の冷たさを堪能し、いくつかの階段を上ると部室前についた。


 部室棟自体、建物が古くエアコンは完備されているもののかかりが悪い。

 そのため、窓も重めのドアも開けっ放しが多い。

 まあ、下の階は比較的実績を残した優良部活なので、エアコンを新しくできる部費が出る。

 しかし、問題児ばかりのオカルト部は、迷惑をかけた方々への補填で普通に赤字だ。

 

 そして、空きっぱなしの鉄扉を覗くと────



────風にその長い黒髪をたなびかせ、窓の縁に座る眼帯の少女がいた。





「──ふぅ......ここから、見える景色も変わらんな」


「…………とりあえず、危ないから降りろよ。ノワ子」

 カッコつけようとしている目の前の女子高生に、冷や水を浴びせる。

 彼女の名前はノワ子、ではなく普通に山田佳奈子である。ノワ子はあだ名であるが────



「何度も言っているだろう!我が名は、ノワール=リヒテン=シュバルツ!!この世界の闇を統べる姫であるぞ!」


 そう、要するに彼女はちょっとだけお茶目な病気にかかっている。

 故に、自称闇の姫として前世の記憶を保ち、現世の闇に立ち向かう高貴なる者──という設定らしい。


「はいはい、ノワール様、早くそこから降りくださいま──」

「うむ、立場を弁えたか人の子よ────あ」

 そう、満足げに頷いた彼女は窓枠から降りようとし、足を滑らす。

 後ろ向きに倒れそうになった彼女の手を咄嗟に引っ張り、こちらに引き寄せる。


「──────っと、危ないって言っただろ」

「す、すまぬ……機関の仕業、ではなさそうだが」

 普通に恰好付けていただけだろ、という言葉を飲み込みつつ、彼女の顔を覗き込む。

 病人が付けるような白い眼帯、青のメッシュにロングの黒髪が、俺の鼻先をくすぐった。


 お分かりだと思うが、彼女はドのつく厨二病である。

 黙っていれば美少女だが、声が大きくテンションが高い彼女は、個性派ぞろいのウチの高校でも要注意人物とされている。

 そんな、拗らせた中二病患者の彼女の事をオカルト部の部員は、親しみを込めてノワ子と呼んでいる。


「ふ、妾の美貌に見とれておるのか?」

 そんなちょっとイタい娘を見る俺の顔を、ノワ子はドヤ顔で見返す。

 ちょっとアホの子でもあるため、ノワ子の言動には色々注意が必要だ。


「別に、ただ目と鼻と口が付いてるな。福笑いかな?」

「妾の尊顔を目隠しして作られた不出来物と申すか!?この無礼者!!」

 とはいえ、まともに返すのも面倒くさいので適当にあしらうのが吉、だ。

 ぷりぷりと顔を紅くして怒るノワ子。しかし、その怒りは続かず、唐突にいつもよりしおらしい態度となる。


「……流石にちょっと、近い、ような…………?」

「────ん、どうした?」

 最後の方は掠れて、聞こえなかったのでさらに彼女に顔を近づける。

 しかし、彼女はむしろ顔を逸らし、さらに耳まで真っ赤になった顔で口をつぐんだままだった。


 なんだ、そんなにさっきの言葉に怒っているのか?


「────ふむ、部室は逢瀬の部屋ではないのだけれどねぇ?手をつないでそんなに顔を近づけて、熱々なのもいいが、少しは自重しなよ。ご両人」


 そう、さらに何か言おうとした瞬間、背後から声をかけられる。

 驚き、ノワ子の手を放して、振り向くと自身より少し背の高い美丈夫がいた。


◆◇◆◇◆


 授業が終わり、部室棟も騒がしくなってきた。


「──────おっはよーッ!!みんな、揃ってるね?我らがこの世の真理を求める活動の時間だよ!!」


 朗らかな声とともに部室の扉から登場したのは、俺たちより二つ上の三年生であり、この部活の部長でもある通称『先輩』だ。


「……部長も言ってください?彼らは部室で、イチャイチャしてたんですから」

「ちょっとまて、俺はだな……」

 明らかにニヤついている彼らは俺たちを弄る気満々といった表情で、部長に話しかける。


「そうなの?それはいけませんな?ナギト後輩は、生徒会長とも仲いいんでしょ。二股は駄目です!」

「なぬ!?それは本当か!我が盟友が、謀反とは……誅殺してくれるッ!」

「大分物騒なものいいだけど、別に生徒会の仕事を何回か手伝ってるだけだぞ?今日は部活があるって断って来たし」

 そう、むむむ……と眉をひそめて先輩は精一杯注意しようとするが、正直表情が緩み過ぎて全く怖くない。身長も低めなので、部内でもほぼマスコット扱いである。


「だが、しかしだな…………ナギトよ」

「はいはい、これでも飲んで一旦落ち着け」

 そういうと、俺は彼女に先ほど渡した黒い飲み物、コーラを渡した。

 

「ふふん、やはり妾の盟友はナギトのみであろう!さすが供物(コーラ)はこれに限るっ!」

 そういうと、一瞬で先ほどの事を忘れたように部室の椅子に座った。


「────ふ、お主も悪よの?」

「お代官様こそ、というべきかな?」

「あーもーうるさい!早く、今日の活動しますよ!」

 物で釣って、ノワ子の機嫌を直した俺を他二人が茶化すが、色々面倒くさい彼女にはこれが最適解なのだ。

 というか、部長が撒いた種だった気がするが、先輩の心に気遣いなど存在しないのであきらめるしかない。


「ま、前戯もこれくらいにして、ヤりますか!活動を!」

「戯れは終わりだ……我が智謀にひれ伏すがいい!!」

 なんか、各々、謎のキメポーズをくり出すカオスな状況にもう帰りたくなってきた。

 ともかく今日の活動内容を聞こうと、俺はいつもの日常に頬を緩めて口を開くのだった。



◆◇◆◇◆


「しかし、今日はいつもの活動じゃないんでしょう?先輩」

 我らがオカルト部の常識人枠である陽介が口を開いた。

 俺の横に座ってるこいつは伊高陽介だ。

 イケメンであり、勉強もできてスポーツ万能とは天が二物以上も与えたとんでもない野郎なのだ。

 しかし、学内では彼の悪評は有名でもある。


 曰く怪しい薬をやっているだとか、ヤクザと繋がっているだとか。

 関わってみると普通にいいやつで、噂の人物とは到底思えない。

 まあ、イケメンでいいやつとかある意味危険人物だと思うぞ(僻み)。


「そうだな。んで、急に呼び出してまた変なことさせようってわけですか?()()

「そうだねぇ、このままナギ×ヨウの絡みを見ていたい気分だけど、今日君たちを集めたのは明確な、理由がある!」

 なんだか、危うい前置きをする先輩だが、確かに先輩が部室に全員を集めるなんて珍しい。


 斜向かいに座る、通称『先輩』。

 彼女の噂は他校にまで知られるほどの有名な、どちらかと言えば危険な意味での人物である。

 話している分にはちょっと危ないドッキリとか、腐女子ネタとか……うん、話していても危険な人物だ。

 彼女の噂は、多岐に渡る。

 FBIの捜査員だとか、千年生きた魔法使いだとか、魔族だとか、宇宙人だとか、UMAを千体飼っているだとか。

 これ以上の噂を、実際に見たという人物が大勢いるから眉唾だとは言えない。

 陽介が調べた所によると、この高校にも彼女と同じ顔の人間が数十年前にいたとか……本人は『たぶん、おばあちゃんだね~』と軽くあしらわれてしまった。



「うぬ、また樹海でUMAでも呼ぶのか?」

「そうだね、流石に校庭に地上絵を書くのは勘弁だ。あれは色々な意味で疲れるから」

「町で超常存在について聞き込みが一番嫌だ。恥ずかしいったらありゃしない」

 どれもオカルト部の活動の一環である。

 富士の樹海でのUMA狩りサバイバルも、先生の目を盗んだ校庭地上絵作成も、正直精神的にも肉体的にもキツいものがあった。


「そんなこと言ってー、結局みんなついて来てくれるじゃん?」

 まあ、それが部活の方針だ。

 それに先輩の謎のバイタリティーと超豪運によって、凄まじい超常現象が起きても大体危ない目には合わない。なので意外と面白かったりする。

 ちなみに、ノワ子は気絶、俺か陽介が回収というのがお決まりの流れだ。


「まあ、いつもはただ漫画読んでだべってるだけなんで」

「たまには冒険というのも、乙なものなのさ」


 このオカルト部では、大体いつも漫画を読んで駄弁っているだけのゆるい部活なのだが、たまにガチで活動することもある。

 この学校自体が緩いので、特にお咎めもない。

 まあ、この先輩が色々やらかしまくっているのに部活動として登録できていることはオカルト部の七不思議に数えられている。というか、彼女だけで七つ網羅していると思うのだが。


「────もうちょっと、話したかったけど…………本題に入ろうか」

 彼女は先ほどの腑抜けた顔から怪しげな雰囲気を纏ったいかにもな顔になった。

 そも、オカルト部のオカルトたる部分のほとんどがかの『先輩』に集約しているのだ

 。彼女が言い出したことで〝そう〟ならなかった例はないのだ。


 一同に緊張が走る。ノワ子なんか、「ご、ゴクリ......」とわざわざ口で言っている。


「古今東西、常日頃我らの身の回りに潜む脅威はすぐそこに迫っている。備えなければいけない、注視しなければいけない。しかし、忘れるなかれ、私たちが覗く時“あちら”もまた私たちを覗き込んでいるのだから。そう、そんな状況で常日頃のフィールドワークの甲斐もあってついに私はとある情報を掴んだのだ。それは......今日この学校で百鬼夜行が行われるという情報!!行くぞ、諸君───肝試しだ!」


──彼女はキメ顔でそう言った。



「いや、シリアスな雰囲気で何を言い出すかと思えば、肝試しって小学生かよ」

 あれだけ溜めておいて、何も中身が伴ってない。

 呆れつつ、俺はため息をついた。


「ふふ、余を闇のサバトが呼んでおる............!」

「小学生以来だね、肝試し。特に何も起こらないといいんだけど」

 俺以外の二人はわりと楽しみそうだった。

 俺も毎度のことながら、もはやこういうことには慣れてしまっている。


──今度は鬼が出るか蛇が出るか、せめてまともなものが出ますように。

 

 少なくともこの先輩が言い出したことで、ろくなことがなかった。

 そう、ナギトはため息をつき、夕焼けが染め上げた景色に願うのだった


 そして、予想を遥かに凌駕する混沌の渦が彼らを巻き込むことはまだ誰も知らない。






────そして、誰にも見られずほくそ笑む()にさえ。







◆◇◆◇◆


〈御加実市 都心部 人避けの結界内〉




『──南、距離五十に敵、四。北西の距離二百に十。すぐ目の前だ、迎撃を推奨する』

 虚空から声が聞こえた、その優しげでしかし単調な声色には、かけた相手への信頼が滲んでいた。

 かすかに澄んだ人のいない夜の街並みは、どこか寂しげだ。

 それをひた走る少女は静寂を引き裂くように、表通りから裏路地へと入る。


「ん、わかった。他は?」

『他には敵影なし。でも注意してくれ』

 少女は銀鈴のような高く、しかし抑揚の低い声で虚空へと応える。

 虚空に目を凝らすと、光の玉が彼女の周囲に見える。

 羽の生えたオーブのような存在が周囲に溶け込むように浮遊しており、声の主は注意を促す。


 本来、人が存在するはずの歓楽街の外れ、彼女は少し開けた場所を目指し突き進む。

 全く人がいないことへの困惑、しかし少女の表情には感情という色が抜け落ちていた。


「──ッ」

 

 瞬間、夜闇の死角である頭上から振り下ろされた双腕に気づいた少女は回避行動をとった。

 滑り込むように前へと転がり、体勢を立て直し、振り返るとそこには巨人がいた。



「…………」

 筋骨隆々で、身長は三メートルにとどくような巨人と称されるような体躯。

 白い目しかついていない顔と全身黒塗りの容貌────そして、鏡写し姿のそれらが十五体ほど、少女を取り囲んでいた。


『ふむ、数が違う。何らかの方法で誤魔化されているのかな』

「......どちらにせよ、かわらない」

 どうやら、誘い込まれたようで、少女は無関心を塗った表情で拳を握りこむ。


 そのまま、身をかがめた少女はそのまま地を蹴って、巨人たちに肉薄する。


 獣のように正面から襲いかかった少女に、四方八方から群がる巨人たち。

 拳撃、組みつき、掴みかかり……一度ではなく、事前に計算されたかのような綿密な波状攻撃が少女に飛び掛かった。

 そんな絶死の包囲網を届く寸前に跳躍し、少女は宙を舞う。

 さらにしつこい巨人たちは第一波の巨人を足場にして、追撃の二波が少女へと肉薄する。

 振り下ろされた巨人の拳をいともたやすく避けた少女は、そのまま拳を足場に壁へと跳躍する。

 地面を足場に跳躍、(ピンボール)の如き軽業と共に、巨人の頭部に少女の鈍重な膝が突き刺さる。


 さらに三波、上から投下された巨人二人が手を組み合わせ、数百キロはある全身の体重を全て載せた振り下ろしが、少女を襲う。

 咄嗟に、腕でガードした少女は地へと叩きつけられてしまう。

 罅の入ったコンクリを踏みしめ、巨人たちは少女へと攻撃を打ち込む。

 連携が取れたその攻勢に、少女は一つずつ対処していく。

 無論、相手は十人以上であり、その対処は間に合わない。

 

 少女は腹に拳を、頭に肘撃ちを、あまつさえ腕を掴まれ投げ飛ばされる。

 そして、それらを人の体躯の数倍ある巨人が行えば、人サイズの中でも小さい少女など、アリの如し……そう、誰もが予想するだろう。


「──────軽い」

 銀鈴の声で、低い声調(トーン)で、少女はそれらの重撃を受けきり、あまつさえ反撃を行った。

 体重差は計り知れない。

 しかし巨人たちの全力の攻撃は、少女に届いていても、動かすことすらできない。

 まるで物理法則が狂ったかのようなその光景に、同胞たちが小さな少女になぎ倒されていく光景に巨人たちは何の反応もなくただ、連携をとり、息を合わせ詰将棋の如く、少女を虐待する。


 無論、実際はその逆で、少女が巨人を虐待しているとしかいない光景が広がっていた。

 そう言わざるを得ないほどの実力差が両陣営にはあり、巨人たちの連携ですら隔絶した(少女)は越えられないと物語っていた。


 さりとて、少女も無傷とは言えない。

 何度も受けた打撃による打撲、流血してもおかしくはないほどの攻撃の雨を浴びせられた少女は傷だらけであった。

 だが──


「………………」

 黙す少女を尻目に、巨人たちの施した傷は治っていく。

 まるで、時を戻したような光景に、巨人たちは狼狽えはしない。


 ただ、主の命令を忠実に守る機構の組まれた肉人形は、ただ怪物へと突っ込むのみ



 少女は近くの巨人へと跳ね、飛び膝蹴りを胴へとくらわす。

 そのまま吹き飛んだ巨人を無視し、また別の巨人が両手を組んで振り下ろす。

 だが、すんでの距離で相手の懐に一歩踏み込んだ少女は、背後へと巨躯を背負い投げる。


 投げられ地面にめり込んだ仲間を足場にし、勢いをつけた巨人の蹴りが少女を襲う。

 足に拳を打ち合わせ、押し返した少女に、そこを狙って振り下ろされた拳が迫っていた。


 体を捻った体勢で拳を回避すると同時に、腕を掴む。

 そして、そのまま力を入れて手前に引き寄せ、蹴りをくり出した巨人へと巨躯をたたきつける。



 息をつかせる暇を与えられない少女、そして頭上から巨人の死体が振り下ろされる。

 お返しとばかりに仲間の死体を武器にした巨人、意表をつかれた少女はだが表情筋を微動だにしない。



 少女は何事もなかったかのように、振り下ろされた死体を掴んで引っ張り、咄嗟に死体を離した巨人へと渾身のローキックを体に叩きこむ。

 吹き飛んだ巨人にさらに巻き添えを食う形で、二体ほど吹き飛ぶ。

 そして巨人の死体を胴体に打ち付けられて吹き飛んだ巨人へと追いつき、顔へと拳を叩きこむ。


 死体とともに倒された巨人たちを視界に入れた少女は、背後の死角から近づいていた巨人たちに組みつかれてしまう。

 咄嗟に腹部に拳を叩き込むが、思ったより腹部が柔く腕が突き出てしまう。

 おそらく、組み付いて相手を封じるために敢えて、脆い粘着性の強い材質で出来ているのだろう。

 瞬間、肌がピリつくような感覚と、魔力が膨れ上がるような感覚が少女を襲う。



『──レイッ』

 珍しく焦ったような妖精の声と共に、辺りは轟音と爆炎に包まれた。

 全ての音を吹き飛ばすほどの爆音が届く者のいない、繁華街につんざく。



 妖精は、一瞬焦ったものの爆煙の中に一つの小さな影を見つけて安堵する。



『──どうやら全個体が、死体も含めて連動した自爆機能のようだね。無事かい、レイ?』

「......うん」


 爆煙の中からレイと呼ばれた少女の声がした。

 信じていたがそれでも身を案じた、妖精は無事だと分かり安堵する

 煙幕が晴れ、両者は背中合わせに周囲を見た。



『敵襲全周包囲三十八、どうやら今度は数を誤魔化してないみたいだね。包囲されているよ』

 妖精は淡々と自らの主人に報告した。

 先ほどより、明らかに本気が感じられる数だ、すでに数を誤魔化す必要はなくなったのだろう。

 


「......どうする?」

 レイはこれまでそうしてきたように、全てを預ける声色で妖精に声を掛けた。


『敵も本腰を入れるみたいだ。少なくとも、ここから彼らを撃退することは難しいだろう。こちらの世界に来ておそらく弱体化しているレイに連戦は堪えるだろう』

 そう、鬼神の如き活躍で巨人をなぎ倒した彼女は、しかし本調子ではまったくない。

 レイの愛用する剣すら前の()()に置いて来てしまっている。


「そう......確かにいつもより弱かった」

 手を開いて見つめた少女は自身の体内の違和感を探る。

 しかし、わからない。そして、ここに来る以前の記憶すら曖昧なのだ。



────()()()()()に来てからレイは、謎の集団に狙われている。

 そして、小さな少女は異世界で、理由もわからずに逃亡していた。


『気になるが、原因究明は後回しだ。今はとりあえず撤退した方がいい』

 そう言うと、妖精は少し高い位置に上がった。

 どうやら、周囲を探知するようだ。

 妖精は頼りになる、前の世界からも変わらぬことがあることにレイは少し安堵する。

 その優しくも厳しいような声調に、一度体を落ち着かせた。



「......逃げる、どこに?」

『近くに広くて、隠れる空間の多い場所ある。一旦、そこへ逃げ込もう。そして、背後にある山へ行けば追手もそうそうは手が出せなくなるはずだ』

 レイは辺りを見まわすと、少し遠くにあの巨人たちの気配を感じる。

 しかし、妖精の指示した方向にはあまりいなかった。


 少しその配置に違和感があるが、仕方がない。



「わかった。誘導は任せる」

『......ただ、その方向の包囲がほんの少し薄い。誘い込まれているかも知れない、自爆にも警戒はしてくれ』

 そう、話しているうちに巨人が目視できる位置に現れ始め、囲まれていた。

 彼女たちを逃がす気はさらさないといった、布陣と見える。



「難しいことはわからない......だから、とにかく押し通るだけ」

『そうだね。ならば私はそれを支えるのみだ』


──────そう、私は〝戦い(コレ)〟しか知らないから。


 そして、その言葉と共に彼女たちは巨人たちに突貫していくのだった。




◆◇◆◇◆




──別所、同刻。






「あー、やられてしまいました。まあ、仕方ないですね......」

 屋上、とある少年が自らが買い集めた人造人間(ホムンクルス)部隊を、薙ぎ倒していく小さな一人の少女を眺めていた。


「あんなにバッタバッタと薙ぎ倒せるような代物ではないんですけどねぇ?......まったく、あれがいくらしたと思ってるんですか。隠し札(自爆)も歯が立たない」

 望遠鏡から覗いていた彼は、小さくため息をついて腕から力を抜く。

 彼が所属する陣営の、研究部門に高い金を払って手に入れた人造人間(ホムンクルス)であるが、どうやら少女にはまるで敵わないようだ少年の私設兵、あのビル爆破が行われた戦いでは、さらに第一班を失っているのだ。


 そんな状況でも、冷たい笑みを崩さない少年は口を開く。


「すべて必要経費と割り切りましょうか。後詰めは()()に任せて、私はこちらの娯楽でも楽しみますかね」

 人的、資産的な被害としてとんでもないものを被っているはずの男はそれでも余裕を崩さない。

 予定通り、あの学校へと入った少女たちを横目に彼は紙パックのいちごみるくを取り出す。



「どちらにせよ、細工は済んでいますし……後は天命を尽くすだけ──なんてね?」

 そんな、己が最も嫌う神に祈るような発言を、皮肉を込めて口走る。


 そして、生ぬるい夜風の吹く屋上で、魔人は微笑んだ。


 だからこそ、運や偶然を絶滅させた手を少年は好む。

 そのためなら、彼は手段を惜しまない。




────自らの望むもの、すなわち妖精との契約のためならば。


〈Tips!〉

・魔術師について

 魔術師とは、この世界とは別の異世界から来た魔術を使う人類種である。

 魔術以外は現行の人類と変わらないが、価値観などは平和な現代に住む現代人よりも殺伐としている。

 魔術師が彼らの住む魔術世界から現代世界に来た時期は3年前、現在に渡り現代世界の人間たちの上層部と交渉を続けている。

 今のところ一般社会に出てくることはないが、未曾有の災害【空想現界】が発生し、対処するために暗躍する。

 対処どころか、ただ利用している魔術師たちもいる。

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