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自作小説倶楽部 第27冊/2023年下半期(第157-162集)  作者: 自作小説倶楽部
第158集(2023年8月)/テーマ「山」
9/26

04 らてぃあ 著 『山小屋の事件』

梗概

夏山の山小屋で、姉の霊に出会う。


挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「山小屋」


 泥沼をもがき、やっと浮かび上がったように目が覚める。男が重い瞼を開けると目の前に暗闇が迫っていた。小さくなった炎に気付き、慌てて手さぐりで木片を掴むと火に投げ込み、それから己が寝ていた床に手を這わせるとすぐに冷たい金属製の懐中電灯を掴むことが出来た。スイッチを入れかけたが囲炉裏で再び炎が明るく燃え上がるのを見て指を止め、炎に見入る。

 目覚める前に死んだ姉の夢を見ていたような気がした。会いたい気持ちもあったが、どうせお説教されるだろうと考えるとおかしくなった。

 意識が本格的に覚醒すると己の置かれた状況がさらに悪くなっていることに気付いた。眠り込む前に男は老人を脅して彼の山小屋に踏み込んだ。油断なく、老人から逃走に必要な物資を奪うつもりが昏倒してしまったらしい。極度の疲労に加え、怪我の痛み止めの薬が効きすぎたのだろう。囲炉裏に火は残っていたが小屋の中に人の気配は無い。老人は逃げ出して警察に駆け込んだかもしれない。

(強盗に入って思わぬ抵抗、さらに巡回中の警察官に遭遇、そして、この結果。俺は何て運が悪いんだ)

 上半身を起こして座ったまま怪我をした左脚を動かしたが、痛みが無いのではなく感覚がないことがわかった。そして靴を履いていないことに気付く。あの爺さんが脱がしたのか。どこに隠したんだ。畜生。

 進退窮まって男は再び床に横たわった。怒りと悔しさがこみ上げる反面、よく磨かれてつるりとした木の床が発熱した肌に心地よかった。そのままぼんやり炎を見ているうちに男は幼いころ、暗闇を極端に恐れる子供だったことを思い出した。だらしのない両親のために料金が支払われず、電気が止められた夜は恐怖だった。隣には常に姉がいて、暗闇におびえる弟を笑っていた。

(あそこにねえ。姉は暗闇で天井を指さした。顔が見えるよ。わたしたちを見ているの。ひとじゃない何かが、わたしたちを見守っているの。悪いことも良いことも)

 意地悪だが、この世で唯一の身内だった姉はある時、風邪をこじらせてあっさり死んでしまった。以来、彼はこの世はすべて敵だと信じている。

(俺はもう暗闇を恐れる子供じゃない)

 懐中電灯を握る。スイッチを入れ、天井に向けた。

 男は光の先に顔を認めた。一つではない。天井に近い壁にいくつもの顔が浮かび上がっていた。


「ご飯ですか? いえ、ありがたいんですが、仕事で来ているんでごちそうになるわけにはいきません」

 山小屋の老人は長い事情聴取にも快く応じ、錯乱して逮捕された強盗犯の身を案じるほど余裕があった。刃物で脅されたことも、「クマの方が怖い」と言い切った。

「ねえ、あのお面はお爺さんが作ったの?」

 山小屋を覗き込んでいた刑事が言った。

「そうです。重くて顔には付けれませんよ」

「すごいねえ」

 作品に対する誉め言葉と受け取って老人は訛りの強い言葉で説明を始めた。

 長く山で暮らした老人は、訪れる登山者の顔を、木で彫刻することを趣味にしていた。


               了

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