02 柳橋美湖 著 『アッシャー冒険商会 14』
〈梗概〉
大航海時代、商才はあるが腕っぷしの弱い英国の自称〈詩人〉と、脳筋系義妹→嫁、元軍人老従者の三人が織りなす、新大陸冒険活劇オムニバス。アッシャー商会、魔法使いの挑戦を受ける。
挿図/(C)奄美「魔法使いの来訪」
14 魔法使いの指輪(工芸品)
――アラン・ポオの日記――
「アッシャー冒険商会へようこそ。ほう、大魔法使いエボン様からの紹介状をお持ちですか。では、御屋形様に取り次ぎいたしましょう」
当商会は、新大陸・マサチューセッツ植民地の都市・ミスカトニックのメインストリートに、白の漆喰の壁に黒の木材を使い、ガラス窓をはめ込んだ荘園屋敷風の建物|〈エリザベス朝建築〉による二階建ての本店を構えておりました。
その客が訪ねて来たのは、冬の初め。馬車を降り、玄関をノックしたので、ドアマンが客を中に入れる。身なりのいい紳士で、奇麗に髭を剃り、儀礼用のカツラを被っておりました。
付き合いの浅い方々は、御屋形様・ロデリック様が、商売が上手いだけの優男という印象をお持ちになる。表面上、弱弱しく見えるのは恐らくは無意識からくる演技なのでございましょう。本当の御屋形様は、かなり荒ぶる魂魄を内に秘めている。その深淵を覗くのは愚行としか言いようがありません。
今回の騒動は、旧大陸でもかなり古い家系の魔法使い・ハルード氏が、我らがアッシャー家を訪れ、好奇心から御屋形様の魔力量を測ろうとしたのが発端でありました。
魔法とは、魔法陣により、精霊を召喚し使役するもの。魔法陣作成に長く時間をとってしまうので、あらかじめ何かしらのアイテムに、魔法陣を刻んでおき、事が生じたとき、〈鍵語〉である術式で、瞬時に発動できるようにしているのです。
執務室に通された魔法使いが御屋形様に尋ねます。
「なるほど、貴卿の《呪具》は指輪なのだね?」
御屋形様は、結婚指輪に術式を封じていらっしゃいます。客は、握手する際に、指輪の〈鍵語〉を瞬時に解読、詠唱したのです。
詠唱の直後、封印されていた精霊が解放されるや、来訪者ハルード氏は昏倒。御屋形様は、四つん這いになって、ガラス窓を破り、隣接する町屋敷の屋根をつたって、駆け出したのです。
私は、手代に、問題を起こし伸びている客を縛り上げるよう命じると、御屋形様の後を追って行きました。――私は魔法使いではありませんが、御屋形様の魔力量は膨大で、意識的に制御しないのであれば、痕跡をたどることは素人にも容易なほどです。
精霊に憑依された御屋形様が、向かっているのは、先住民が禁足地としている小山岩陰で、精霊たちが決まって集まる磁場・パワースポットでした。精霊は、地脈がなすエナジーを食する。――もちろん、そういう場所だと当方も承知しておりますので、それなりの対策はしていますよ。
岩陰の前には、先住民に彫ってもらった魔除けのトーテムが四本建てられ結界をなしている。暴走した御屋形様は結界に吸い込まれるように入ると、そこで閉じ込められたのです。
伝書鳩を使って、別宅にいらっしゃる奥様・マデライン様に事の次第を記して送りますと、小一時間ほどして、馬車に乗っておいでになりました。
あとはですね、力業ですよ。
暴れている御屋形様の背後に回って私が両の腕を取り押さえ、奥方様が鳩尾に強力な一撃をお見舞いする。奥方様の左薬指には〈解除〉の魔法陣が彫りこまれた指輪が嵌められていて、こういった事態に備えているのです。――御屋形様は実に用意周到な方でいらっしゃる!
後で捕縛した例の魔法使いを締め上げましたところ、彼は魔法実験に失敗し、召喚した精霊に憑依され、暴走したことが判明しました。――不可抗力とはいえ、事故の責任はとってもらいませんとね。魔法裁判所に提訴して、相応の対価を払ってもらいましたよ。
「魔法使いの指輪(工芸品)」了
〈登場人物〉
アッシャー家
ロデリック:旧大陸の男爵家世嗣。新大陸で〝アッシャー冒険商会〟を起業する。
マデライン:男爵家の遠縁分家の娘、男爵本家の養女を経て、世嗣ロデリックの妻に。
アラン・ポオ:同家一門・執事兼従者。元軍人。
ベン・ミア:ロデリックの学友男性。実はロデリックの昔の恋人。養子のアーサーと〝胡桃屋敷〟に暮らしている。