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自作小説倶楽部 第27冊/2023年下半期(第157-162集)  作者: 自作小説倶楽部
第160集(2023年10月)/テーマ 「ミステリー」
17/26

04 らてぃあ 著 『ミステリにあってはならない結末』

概要というか言い訳:

あってはならない、とタイトルに付けましたがミステリの歴史では、実は事故でした~。探偵が間違った推理をするのも、事件を葬るのもあると思います。


挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「探偵と未亡人」

「この事件の捜査を袋小路に追い込んだのは被害者自身でした」

 探偵の声は沈黙の中によく響いた。俯いたり、いらいらと時計を見たり、何事もなかったように紅茶をすすっていたり、それぞれの世界に閉じこもっていた関係者は一斉に探偵を注視する。

探偵は一人掛けのソファに沈むように座りこんだ未亡人とその傍らに立つ執事を一瞥すると言葉を続けた。


「被害者の栄氏は一代で財を成した富豪ですが、性格にもビジネスの手法にも少々問題のある人物でした」


「少々じゃあない。悪魔が憑りついていたと言われた方が納得するよ。あくどい方法で私の会社を乗っ取り、最後の約束さえ反故にして大半の従業員たちを辞めさせた。でも犯人は私じゃない。苦労を共にした家族を悲しませるわけにはいかないからね」


 老紳士が口を閉じると今度は若い男が口を挟む。

「白状しますと、彼の死体を発見した時、ついに誰かが手を下したんだと思いました。通報が遅れたのはわざとじゃありません。自分の願いが最悪の形で現実になってひどく動揺してしまったんです。それに、探偵さんにはバレてしまったから話しておきます。美音子さんが犯人じゃないかと思ったんです。それで彼女の居場所を確かめに屋敷に入ったんです」


「馬鹿げている!」

 叫んだのは立派な口ひげを蓄えた刑事だった。

「これは自殺だと証明されたはずですぞ。確かに車椅子の栄氏が一人で海へのスロープを下り、崖から身を投げることは困難です。だが、不可能じゃない。実験して見せた通りです。1年前の事故で半身不随になったことで栄氏は人生を悲観していたのです」


 弱弱しい抗議の声が上がる。未亡人だった。

「違うわ。彼は自分の生命に一番貪欲だった。身体が弱っても精神は変わらなかった。そして――」

 未亡人は続けようとしたが、こみ上げる嗚咽に耐えられず顔を覆い泣き出した。根は善良らしい刑事は戸惑い、お気持ちは理解しますが、と言い訳を始めた。


「状況は確かに不自然でした。しかし一つの前提を覆せばすべては明らかでした。栄氏は大きな嘘をついていたのです」

 探偵の声は見えない糸となって一同の視線をあやつる。


「嘘?」

 つぶやいたのは未亡人だった。


「そう、栄氏が半身不随だということが嘘でした」


「ありえないわ。だって夫は私に車椅子を押させて」


「そうですね。椎さん」

 探偵の声は未亡人を素通りして執事に向けられた。注目は執事に集まる。無表情だった執事は喉の奥で少しうめき、取り出したハンカチで汗を拭いた。そして口を開く。


「お止めしたのですが、旦那様は事故を機会にさらに疑り深くなられまして、奥様や親類の方々を試すのだと言って医師に診断書を書き直させました」


 場の空気が怒りと困惑に包まれた。


「じゃあ、何故栄氏は崖から落ちたんだ。まるで誰かに車椅子から落とされたみたいに」

地団太を踏みながら刑事は叫ぶ。


「もちろん、一時半身不随だったのは本当なので脚は不自由です。それに誰かに目撃されてはならないから、栄氏は車椅子を支えに歩き、単独で行動していたのです。そして崖でこれを落としてしまいました。拾おうとしてバランスを崩したのですよ」

 探偵は金色のライターを取り出した。


     ♣


「とんだ迷推理ね。呆れて物も言えなかったわ」

 未亡人は憎々し気に探偵を睨んだ。客はすべて帰り、執事は仕事を理由に退室してしまった。がらんとした客間には二人しか残されていなかった。


「ご期待には沿えませんでしたか?」


「夫は間違いなく身体が不自由だったわ」


「貴女が栄氏を突き飛ばしたんですね」


「わかっていたの? じゃあ何故わたしを犯人だと名指ししなかったのよ」


「貴女こそ何故、逮捕されようと私を雇ったのですか?」


「誰もわたしを罰しないからよ。誰に目撃されてもいいと思ったのに誰もわたしたちを見ていない。警察はあのとおり。自首して罪を軽くしようとは思わないわ。あの男に目をつけられた時から、わたしの人生は終わっていたの。不思議ね。一年前に急にあの男への憎しみがぶり返したの」


「理由に気が付いておられないですか?」


「知るもんですか、それに、どうやって執事を手なづけたのよ」


「彼はずっと心を痛めていたのですよ。主人に従って悪事に目をつぶっていたことの贖罪の機会をうかがっていた」

 入室を告げ、執事が戻って来た。後に少年が続く。未亡人は少年の顔を凝視した。記憶の扉が激しくノックされる。探偵は少年の肩に手をそえ、未亡人の正面に立たせる。

「彼は一年と少し前、この屋敷で働くことになりました。栄氏は度々この子にも手を上げたそうですね」


 未亡人は青ざめた。

「ご存知のようにこの子は孤児です。でも貴女のよく知る人に似ているはずだ。貴女が栄氏の妻となる前に婚約していた男性の遺児ですよ。栄氏の財産を汚れた金だと思うなら将来のある子どものために使っておしまいなさい」


               『ミステリにあってはならない結末』了

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